The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

遥か悠久なる物語 クラウド アトラス

 手塚治虫のマンガ手法によく知られたものとして「スターシステム」というものがある。漫画のキャラクターを役者に見立てて、同じキャラクターを違うマンガで役割を変えて出すのだ。手塚治虫以外にも永井豪石ノ森章太郎も近いことはやっているが手塚治虫の作品ほど徹底はしていないだろう。初期の有名キャラクターではヒゲオヤジやケンイチ少年がおり、後期の有名キャラクターではブラックジャック写楽保介がいる。またロック・ホームはデビュー当初はケンイチ少年のようなヒーローだったが、その後低迷し、「バンパイヤ」で美形悪役としてイメ―ジを更新して悪役として大ブレイクする、というそれこそ本物の役者のような役者人生を歩んでいる。ちなみに僕は勝手にロック・ホーム(間久部緑郎)、ハム・エッグ、アセチレン・ランプ、スカンク草井の4人を手塚治虫の悪役俳優四天王と呼んでいる。ハム・エッグが目先の利益で動く小悪党、アセチレン・ランプは殺し屋などのプロとしての美学を持っているタイプ。ロックが自分の才能に絶対の自信をもつ耽美的な悪役、そしてスカンク草井は人間の善性そのものに挑戦する「ダークナイト」のジョーカーのような悪役というイメージ。もちろん彼らも役者なのでこの限りではなく時には善玉も演じるし性別さえ超越するときさえある。
 そんな中で代表作「火の鳥」だけはちょっと趣が違う。というのもこのシリーズは火の鳥という不死の生命体を狂言回しに遠い未来の宇宙や古代の地球などを舞台に物語が繰り広げられるが、猿田彦や牧村と言った一部の登場人物は単に役者として登場するだけでなく、同じ人物の輪廻転生した姿であるとされる。この物語は過去と未来が交互に描かれたが、最後は現代編で終わる予定だったという。
 今回観た「クラウド アトラス」は様々な時代の物語を交錯しながら描き、同じ役者が違う物語の複数の人物を演じる、ということで事前に「火の鳥」を連想したりしたのだが、予想以上に「原作・手塚治虫」という装いであった。「クラウド アトラス」を鑑賞。そういや「鉄腕アトム」にアトラスっていたね。

物語

 焚き火の前で語れれる幾層にも重なった物語・・・
 1849年、南太平洋諸島。奴隷売買契約を結ぶために訪れた新米の弁護士アダム・ユーイング。契約を終え帰る途上の船の中で彼に友情を感じた逃亡奴隷の密航者オトゥアと出会う。彼は病に倒れドクター・ヘンリー・グーストとオトゥアが看病するが・・・

 1936年、スコットランド。貴族の青年と一夜を過ごした作曲家を志す青年ロバート・フロビシャーはかつての名作曲家ビビアン・エアズの採譜係として雇われる。心の恋人を思いながらエアズの妻とも関係を持ち、彼のもとで作曲の腕を磨く。やがて彼は自分の曲を作るがそれはエアズが夢で見た、と主張する曲だった・・・

 1973年、サンフランシスコ。ルイサ・レイは父親のようなジャーナリストを目指しているが今はゴシップ誌の記者にとどまっている。あるときエレベーターの事故がきっかけで出会った物理学者ルーファス・シックススミスから情報提供を持ちかけられるが、彼はホテルで殺され、彼女も命を狙われる・・・

 2012年、ロンドン。編集者ティモシー・カベンディッシュは担当した作家ダーモット・ホギンズの「自作を酷評した批評家をパーティーの席で窓から落として殺す」というスキャンダルのお陰でダーモットの作品「顔面パンチ」をヒットさせることに成功するが、ダーモットのヤクザな兄弟から莫大な売上の一部をよこすよう脅迫される。金策に行き詰まったカベンディッシュは兄を頼るが、彼を快く思わない兄はカベンディッシュを自分が出資する老人養護施設へ送り込んでしまう。そこは凶悪なミズ・ノークスが暴力で老人たちを支配する世界だった・・・

 2144年、ネオソウル。クローン人間・複製種を純血種が支配する世界。レストランの給仕クローンであるソンミ451は同じ給仕クローンのユナ939に影響されて自我を学んでいく。あるとき事件が起こりユナ939は殺されてしまう。ソンミ451はヘジュ・チャンという男性に助けられ広い世界へと出て行くことに。彼は反政府組織に属しており・・・

 2321年、ハワイ。文明は崩壊した。ソンミを神と祀る部族の一員であるザックリーは妹の夫と甥が野蛮なコナ族に襲われるところを見捨てたため村では陰口を叩かれている。彼の村に文明を保持している部族プレシエントのメロニムが訪れる。彼女は村人の近づかない「悪魔の山」へのガイドを探しており、ザッカリーはカサゴの毒にやられた姪の生命を救うことを条件にガイドを買って出る。ザッカリーには常に彼だけに見える悪魔オールド・ジョージーの誘惑が待っていて・・・


 原作はデイヴィッド・ミッチェルの2004年出版作品。日本に滞在していたこともあるようで、本作は三島由紀夫の「豊饒の海」に影響を受けているそうだ。僕がそう感じたからといってオリジナリティが無い、等と言うつもりは毛頭ないが、もしかしたら「火の鳥」の影響もあるのかもしれない。
 原作は6つの物語が順繰りに紹介される構造となっているようだが、映画の方は6つの物語はそれぞれ分割され交錯され紹介される。各章の主人公にあたるのは身体の何処かに流れ星に似た痣がある人物。そしてそれを取り巻く様々なキャラクターをトム・ハンクスハル・ベリーペ・ドゥナといった役者がそれそれメーキャップを変えて登場する。分かりやすいのはトム・ハンクス(彼は声も比較的分かりやすい)で彼のキャラクターはまさに「火の鳥」における猿田彦(猿田博士)である。猿田彦は始祖が犯した罪でどの人生でも酷い目に遭う。トム・ハンクスも最初の1849年では主人公アダム・ユーイングの命を狙う医者として登場し、その後安ホテルの業突く張りな支配人、自作を酷評した書評家を怒りに任せて殺す作家、などを演じ、最後はそれまでの罪を全部精算するような主役を張っている。そしてペ・ドゥナ演じるクローンはまさに「火の鳥」のロビタや「クローン編」のクローンのような役割でますます「火の鳥」ぽいと思ってしまったのだった。
 その他、ベン・ウィショーが作品全体のテーマ曲ともなる「クラウド アトラス六重奏」を創造する若き作曲家。ハル・ベリー原発を巡る陰謀を追う記者などを演じている。

 その他、素顔で演じている以外に特殊メイクも駆使して演じているので最後のエンド・クレジットを観て「ああ!あの役もあの役者だったのか!」と驚いたりもした。人によっては性別も変わっていたりする。その中でも比較的一貫した役柄を演じているのがヒュー・グラントヒューゴ・ウィーヴィングヒュー・グラントはその時代における権力、体制、権威と言った悪の役割。一方ヒューゴ・ウィーヴィングは各時代で直接的に主人公の前に立ちふさがる悪役を演じている。物語の中では現代2012年を舞台にした物語がちょっとユーモラスな佳作*1で劣悪老人ホームに押し込まれた主人公が施設の老人たちと共謀して脱出を試みる、という話だがここではヒューゴ・ウィーヴィングは大柄で凶悪な施設の女性看護士ミズ・ノークスを演じていたりする。まさに北斗の拳の「おまえのようなババアがいるか」の再現。


 監督は「マトリックス」シリーズのラナとアンディのウォシャウスキー姉弟。まだ「スピード・レーサー」の頃は「兄弟」表記だったと思うが、あの後に兄のローレンスが性転換をして名前からラナに変わった。その話は以前から聞いていたが、この作品の公開前に監督たちが作品を紹介している映像を見て改めて女声になったラナの動く姿を見た。全然茶化すつもりは無く、純粋に凄いなあ、と思う。実際そんな監督だからこそ大胆に役者にも別性を演じさせたりする演出ができたのではないか、とすら思う。
 監督はもう一人、「ラン・ローラ・ラン」のトム・ティクヴァも担当。各時代ごとに演出をティクヴァとウォシャウスキーで分け合ったようだ。
 また、ウォシャウスキーといえばその作品には常に「革命」の要素が入っているが、今回も「ソンミ451」のエピソードがズバリ革命ものであるし、それ以外でも常にその時代の体制・権力に立ち向かうような物語になっていてウォシャウスキーのテーマは一貫している。実際「マトリックス」をぎゅっと凝縮すればこの「クラウド アトラス」の物語の一編として挿入しても違和感はないほど(もし入れるならソンミ編とザッカリー編の間だろう)。
 作品は各章から文献や音楽が受け継がれる形で次の章で出てくる。実際に複数の章にまたがって出てくる同一人物はフロビシャーの恋人でレイに情報提供を持ち抱えるシックススミスだけだが、各章の主人公たちが残した証は次の次代に受け継がれるのだ。音楽家フロビシャーはユーイングの航海日記を読み、レイはフロビシャーの作曲した「クラウド・アトラス六重奏を聴く。レイの事件をノンフィクション化した原稿はカベンディッシュに持ち込まれ、カベンディッシュの事件は映画化されソンミたちが外の世界を知る道標となる。そしてソンミが革命のために残した演説は文明が滅んだ後もザッカリーたちを導く教義となる。物語は受け継がれていく。この物語は火の鳥の出てこない「火の鳥」と言ってもイイ。
 上映時間は172分と長いが、もし6つの物語のどれかを削ったり、各エピソードをもっと短くしても物語が中途半端に終わるだけだろう。実際およそ3時間はあっという間に過ぎてそれほど長い!というストレスは感じないはずである。てか、みんなもっと長い映画見ようよ!(最近「短い映画がいい映画」という主張が多くて「2時間以上ないと物足りない」派である僕としてはちょっとストレス気味だったりする)ここ最近の作品見ても面白い作品は軒並み2時間越えてるようなのばっかりなんだけどなあ。

 ハル・ベリーの歯が白い!

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再録 G.I.ジョー 忍者とニンジャは別物です。
今回、ペ・ドゥナが重要な役で出ていたり、舞台がネオソウルという未来のソウルになっていたりすることで、またぞろ騒いでいる人が一部入るようですね。すげーくだらない。単に韓国が国際的に存在感を増していてかつては東京や香港が担った役割をソウルも担当するようになっただけなのに。

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 どうやら、同じ役者が演じているキャラクターが輪廻転生しているとか、そういう設定は特にないようであるが、ただでさえ「火の鳥」っぽい物語がスターシステムを利用することで更に手塚治虫っぽさが漂っている。もちろん、手塚治虫をパクったとかそういう気は全くないが、僕はある種手塚治虫の映画化のようなつもりで観た。
 ソフト化される折には各エピソードだけを見れるモードとか付きそうだけどそれだけで観てもたいして面白くはならないだろうな。これは編集の勝利だと思う。
 後、予告編などではソンミ編が際立ってしまうが、「マトリックス」の監督ということでソンミ編の映像が多くを占めると思ってしまう人もいると思う。実際は1/6ほどなのだが実は(ソンミ編もいいけれど)それ以外の普通のパートがとてもいいんですよ。なのでみんな観るといいよ。
クラウド・アトラス 上

クラウド・アトラス 上

クラウド・アトラス 下

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*1:一見要らなそうで一番重要な物語でもあると思う