ヨキことかなヨキことかな WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜
映画の予告編も色々あって、洋画の予告編はあんまりストーリーを語らず映像で断片的に見せてくれる印象。もちろん物語によるのだろうけど、基本設定だけ抑えて観たいと思わせる物が多い。一方邦画の場合はかなりストーリーや見せ場をガッツリ見せてしまうことが多いように思える。それで、何度も観たい予告編はどちらかと言えばそれは圧倒的に洋画の方なのだな。邦画は一度で十分、というか何度も観せられると勝手にこちらで物語が推測できてしまい、本編を見なくても見た気になってしまう。特に話題作は劇場でかなり早い段階から予告編がかかるので観せられれば観せられるほど、「もういいいや…」という思いが強くなってしまう*1。今回観た映画も劇場に行く度に予告編を観せられ、それは正直面白そうに感じなかったため、スルー予定だった作品である。ところがツイッターで観た人の評判が良かったので、観に行ったらこれが実に良かったのであった。矢口史靖監督の最新作「WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜」を鑑賞。
物語
大学受験に失敗し、彼女にもふられた平野勇気はふと見つけた林業の研修生募集のパンフレットを見つけ、そこの表紙に載っていた女性に惹かれて研修を受けることにした。三重県の田舎にやってきた平野は一ヶ月の講習を受けることになるが、退屈な授業、厳しい実習、そしてパンフレットの表紙の女性がいないことを知って逃げ出そうとする。しかし、いざ逃げ出そうとしたその時その表紙の女性が現れ、平野は講習を続行する事にする。
一ヶ月が過ぎ、平野は今度は実地研修生として中村林業で働くことに。そこは携帯の電波も入らない山奥の神去村。しかも平野が宿泊する家は講習で彼を怒鳴った短気な飯田与喜。再び逃げ出そうとするも、あの表紙の女性、直紀が村にいることで踏みとどまる。長い一年が始まった…
予告編の段階では全く惹かれなかったけれど、監督矢口史靖の作品では「スウィングガールズ」が大好きで、それは「けいおん!」の時にも書いたけれど、高校生が自分たちで立ち上げた音楽部活動の物語という点が、自分たちの代で冬眠状態だった高校の吹奏楽部を復活させて活動した自分の高校生活とダブるからでもある。邦画では比較的「文化系部活動映画」とでも言うべき作品は好きで「スウィングガールズ」は、山形の方言とも相まって何度も見たものだ。だから全部見てるわけではないものの矢口監督は比較的好きな監督で続く「ハッピーフライト」は劇場で観た。ただ、続く「ロボジー」は今回同様予告編で全然そそられなかったため、劇場はスルー。現在も未見で、その流れで本来は今作もスルー予定だった。
タイトルが「WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜」で僕は邦画によくある妙に長い副題のつく映画もあまり好きではなかったりする。まあ、スーパー戦隊だとか仮面ライダーだとかあるいは「相棒」だとかTVの延長線上にあるシリーズ物は単に2、3と続けていくのもあれなのでまだ許容範囲なのだが(それでも「相棒 劇場版Ⅲ」の副題はちょっと酷いかも)、シリーズ物じゃない作品だとちょっと、というのもあったのだ。ただ、これ原作があって映画の副題は原作の題名だったのですな。三浦しおんの「神去なあなあ日常」が原作で、僕はアンテナの感度が低かったのか映画を観るまで知らなかった。確かに映画として売り出す場合「神去なあなあ日常」だけではどんな映画かわかりにくいし、それに比べると「WOOD JOB!」はある程度想像がつきやすい。その上で副題で原作タイトルを使うというのは正解なのかもしれない。
同じTBS製作、似たシチュエーションの作品として「銀の匙」があるけれど、僕は「銀の匙」は原作を読んでいたせいか多少不自然な部分があったけれど、原作を読んでいない本作には特にそういう部分は感じなかった。こちらも原作を読んでいた人にはもしかしたら多少違和感を感じる部分があるのかもしれないけれど、僕は読んでいなかったせいか「銀の匙」よりスムーズに構成がとれていると感じた。ただ、後述するけれど作品のテーマ的な部分ではおそらく「銀の匙」のほうが重いものを提示している。
この作品序盤は主人公にも田舎の人にもあんまり感情移入できないのだけどだんだん、その両方に感情移入してくる作り。主人公平野勇気には染谷将太。僕はあんまり映画では見たことがなくて見ていたものではドラマの「みんなエスパーだよ」でちょっとスケベな高校生を演じていて、今回はその延長線上、要するにごく一般的な若者という感じ。関係ないが「相棒」の初期エピソードに子役として出ていて、その時は美少年でしたね(別に今が美男子ではないということではありません)。目が大きい幼い風貌だけれど今回はその一方でどんよりしていて言ってみれば目が死んでいる状態。そこからちょっとづつ生気を取り戻すような状態に持っていくのはさすがだ。
ただ映画を観て一番主人公らしいのは伊藤英明演じるヨキだろう。ヨキは浮気グセもあるし、短気で必ずしもいいやつではないんだけれど、そこはやはり演じる伊藤英明の魅力か、平野(都会から来たもやしっこ代表)の他には唯一若い男性(といっても伊藤英明も40近いけれど)なので格好いい部分を担当しているのだな。特に何度か出てくる、伐採して倒れる木をバックにそれには目もくれず(ちょっと一瞥する程度)背を向けて決めるシーンは完全に、特撮作品における倒して爆発する怪人をバックに決めポーズをする特撮ヒーローのそれと同一である。とにかく格好いい。ちなみに撮影においては親方の光石研もヨキの伊藤英明もマキタスポーツも染谷将太もチェーンソーを使って木を伐採する作業に関しては全員素人で実は一番覚えが早かったのは劇中とは逆に染谷将太だったそうである。
ヨキの奥さんには優香。この人はグラビアアイドルとして露出が多かった頃は全然ぴんとこなかったのだけど、最近はバイプレーヤーとして非常に魅力的。あと藤原紀香と並んで声の演技が上手い女優というイメージが有ります。そしてヨキの浮気相手「ニューヨークの女」が元アイドリング!!!7号の谷澤恵里香さんですね。多分同じ事務所の先輩優香のバーターなのかな、と思うけれど、出番は一瞬ながらわかりやすいセクシーさで良かったですよ。最近は「ロンドンハーツ」などバラエティでの活躍が多いですが元々は「ドグちゃん」など特撮作品なんかでも活躍しましたしね。
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その他親方役の光石研やその奥さんである西田尚美なんかは矢口作品常連と言ったところだろうか。マキタスポーツは最近、役者としてのほうがよく見かけるね。
現在の森林管理というのは近代ドイツで発展したものが元になっているそうである。ただ日本は戦国時代から江戸初期にかけて大量の木材を消費したことで独自の発展を遂げて、江戸中期には木材はただ自然に自生するものを切り倒すのではなく、苗を植えて、間引きしたり枝を払ったりして生長の遅い作物という認識ができていたそう。劇中でも100年前に植えた木を伐採する描写があるが、普通の農作物はたいてい一年の内に収穫できるし、よって収入も年単位で計算できるが林業はそうはいかない。植えた木の苗木が伐採して収穫できるまで数十年以上かかるし、その間は病気や予測もつかない災害で失われるかもしれない。また収穫できてもその価格は植えた時とは全く違っているかもしれない数十年後の市場価格にさらされる。単に目先の利益だけを追求したのではやって行けず、だからある種林業というのは社会事業でもあるのだな。
なーんて、このへんは全部ジャレッド・ダイアモンドの「文明崩壊」からの受け売り。いい本なのでみんな読むといいよ。
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エンターテインメント作品としては極上だったと思う。ただ、コメディとしての優先で幾つか疑問に思う部分もあって、例えばラストのふんどし姿でいざ出陣!という時に親から電話がかかってきてもしかして家族に不幸が?!というところから実はどうでも良い電話で、今度は急がないと祭りのクライマックスに間に合わない、という部分。長澤まさみのバイクで頂上まで行くのはどうなのか、と。神聖な祭りならバイクで他のふんどし男子の列をバイクでかき分けて行くのはなんか違う気がするし、多分古臭いけれどああいうのは女人禁制とかありそうな気もする。ふんどし男子の列の最後尾まではバイクで行くけれど後は平野が全力疾走!とかで良かったんじゃないかな。
後は社会的なテーマの部分で林業の経済的な厳しさみたいなものはほぼ手付かず、いや実際に林業が経済的にどうなのかはわからない。でも少なくとも若手の人材不足であろうことは作品の前提である都会から若いものを研修という名目で引っ張ってくる部分から確かだろう。映画だけだと単に根性のある残った若者とダメな若者の差ぐらいでしか感じられない。
同様に平野の元彼女が大学で所属するスローライフ研究会というサークルにまつわる部分も平野の怒りや他の学生に対する扱いは劇中の通りでいいと思うけれどせめて元彼女に対するフォローは欲しかったですね。単純に「良い田舎VS悪い都会」の構図から脱しきれてないようにも思う。一応頑固者で外からの者を受け入れない老人みたいなキャラクターも出てくるけれどほんのアクセントって感じだしなあ。その辺例えば同じ鹿の解体など似た描写があり似たシチュエーションの「銀の匙」のほうが踏み込んで描いていたと思う。ただ「銀の匙」は必ずしもそのテーマが作品の中で消化しきれていない部分はあったし、逆に「WOOD JOB!」内でもっと強く触れていたらコメディ作品としてはギクシャクしたものになってしまったかもしれないので難しいところではあるけれど。
でもコメディ作品としては日本の作品としては近年稀にみる完成度の高さだと思います。社会的なテーマはまずおいておいても楽しい作品なのでオススメです。
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監督の(僕が観た)前作。
*1:劇場によるのだろうけど、洋画を観に行った時は原則洋画の予告編しか流れない(逆もしかり)が、TOHOシネマズの場合、洋画を観に行っても毎回頭に邦画の予告編が数本流れることが多い