The Spirit in the Bottle

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肉いあン畜生 銀の匙 Silver Spoon

 今年のはじめに「麦子さんと」という映画を観てそれがあまりに良かったのでスルー予定だったけれど観た映画。それが今回の「銀の匙Silver Spoon」。荒川弘による原作漫画は好きで全巻買い揃えているけれど、実写映画となると、まあ別にいいかな、と思っていた。けれども「麦子さんと」があまりに良かったので、その「麦子さんと」を撮った吉田恵輔監督の手によるものと知って見ることを決定。楽しみにしていたのだった。「銀の匙Silver Spoon」を鑑賞。

物語

 進学校から日本でも最大規模の面積を誇る農業高校、大蝦夷農業高校に進学した八軒勇吾。中学での競争社会に疲れ、逃げるように寮のあるこの高校にやってきた彼は将来の夢をしっかり持っているクラスメイトに囲まれ驚きの経験を重ねる。クラスメイトの御影アキの勧めで馬術部に入部。秋には食肉に加工される子豚との出会い。夏休みは御影の家で酪農のアルバイト。やがて農業にもいろんな苦労があることを知る。そして文化祭の季節がやってきた・・・

 僕の農業体験と言うと、まあ父親方の実家*1(自分が育った場所のすぐ近く)が農家で親戚も半分ぐらいは農業やってるので自分の直接の家業ではないけれど、それなりに農作業の手伝いなどはしてきた。馬はいなかったけれど牛を飼っているところは多く、ほんの少しだが牛の世話はしたこともある。また小学校の頃は夏休みになると、親戚の農家に労働力として売りに出され一週間ほど無償で強制労働をされたことも(と言うのは冗談でまあ、農作業の手伝いもしつつ色々かわいがってもらってた)。それでなくても学校などでも体験学習的なもので農作業をしたりしたこともあるので、まあ農家の子ほどではないけれど、一般的なサラリーマン家庭とかよりは多く経験してるかな、と思う。
 地元福島県の農業高校は名前が「農蚕高校」と言って農業だけでなく「蚕業」、つまり蚕を育てて絹を取るのが同じくらい重要視されていたなあ。父の実家でも桑の葉と蚕を育てていたし、僕も育てたこともある。農業って自然と触れ合う、みたいなイメージがあるけれどある意味一番自然と対立する仕事だと思う。だからこそ凄いなあ、思うわけで。
 ただ、北海道の農業高校、「銀の匙」の舞台となっている大蝦夷農業高校みたいに農家の子供が多く進学する、と言うよりはもちろんそういう子もいたけれど大部分はあんまり勉強できない子が行くところ、というイメージもあってその辺はやはり北海道とは違うのかもしれない。ちなみに僕は高校受験に失敗している(というほど大げさなものではないが第一志望には進学できなかった)ので八軒の立場も少し分かる。
 映画は面白かったし、いろいろ考えさせることも多かったけれど、やはり原作と比べてしまうので「麦子さんと」の時のようなすんなりと作品に入り込める感じでは無かったかなあ。
 原作は酪農出身である作者荒川弘の経験が多く反映されているようで(より作者の経験に基づいている作品は「百姓貴族」)、多分御影家が近いのかなと思うが、そこで農家の子を主役にせず、一歩引いた視点で見れる都会の進学校出身の子を主役にすることで北海道や農業に縁のない人間にも楽しく読めるようになっている。ある種の業界もので、シリアスなストーリー漫画の部分もあるが基本的にはコメディー作品と言っていいだろう。その辺で漫画のコメディ(ギャグ)部分を実写に移し替えるのは中々難しかったようだ。
 映画はTBSの制作で、これアニメの方はフジテレビなんだけれどどうなっているんだろう。映像化権ってのは複雑ですね。原作は現在11巻まで発売中で、映画では秋の文化祭が終わり、駒場家が離農して退学するあたりまでを描いている。文化祭が6〜7巻、離農の話が8巻なので結構盛りだくさんで原作の内容を追っている。個人的にはもっとゆったりと物語のスピードが進む感じで一年でなく夏休みや今回は出てこなかったけれどピザ窯の話と豚丼を組み合わせてピークに持ってくる感じでも良かったのではないかなあ、と思う。これは例えばシリーズ化が前提の制作であればもっとゆったり作れたかもしれないけどそうではなくて一回きりだから出来るだけ詰め込んだ、ということなのかなあ。

 キャラクターはほぼ原作の通りだが、一部統合されたり、削除されたキャラクターもいる。僕個人は例えば犬の「副ぶちょー」がなんの説明もなくいたり、逆に八軒の兄貴が出てこなかったあたりは残念。主人公は八軒勇吾中島健人。僕はほぼ知らないけれどジャニーズの若手で「Sexy Zone」というグループのメンバーだとか。しかし凄いグループ名だね。現在19歳だそうで、15〜16歳である八軒を演じるにはちょっと年長。でもこれは僕は何度か言っている通り、中学/高校位を舞台にした映画で、マンガや小説のキャラクターというのは設定されてる年齢よりしっかりしている事が多いので実際の中学生や高校生を配役しても違和感を感じることのほうが多い。だからエキストラはまだいいがちゃんとした役柄だと設定年齢より少し年上を配役したほうが良いと思っている(もちろん作品や制作意図による)。まあ、それでもこの年代だと女子は男子よりしっかりしてることが多いので設定年齢=役者の実年齢でもまだマシなことが多い気がするけれど。そういう意味ではよく出来ていた配役だと思う。ちなみに八軒の中学時代でプレッシャーでおかしくなった?クラスメイトを「桐島、部活やめるってよ」の武文役で一躍ヒーローになり、映画監督としても知られる前野朋哉が演じていて、彼は1986年の1月生まれだから27歳で中学生を演じていたことになるね!中学高校生を演じるには卒業してからしばらく寝かせたほうが良い!
 ヒロインである、御影アキ広瀬アリス。この人はTVの学校物で何度か見ているけれど、あれか、新しい電波人間タックルか。あんまりショートカットのイメージはなくて、最初に予告編などで見た時はちょっと原作の御影とはイメージ違うかなあ、などと思ったりもした。劇中何度か「太った?」と追われるけれど確かにちょっとふっくらしている印象。ただ最初のほうでちょっとTシャツの間から覗く胸の谷間を見せてくれるが全体的には色気とは無縁、色恋沙汰にもとんと鈍感な役である。この八軒と御影の二人はTV慣れしているというかあんまり素人っぽさはないので日本映画特有のもっさり感とも無縁である意味安心してみていられる。
 学生主要3人の中では駒場役の市川知宏だけちょっと新人ぽい芋臭さが出ていて(とはいえ調べたらすでにたくさん映画/ドラマ出演がある人なのですな)最初は違和感を抱いたのだが、終盤になるにつれてその辺は緩和されてきた。
 他の学生では稲田多摩子役は安田カナという人で主に舞台のほうで活躍している方だそうだけれど、これが原作のタマコ(通常状態)そっくり。ただ、ルックスは完璧ながら台詞を喋るとイマイチでものすごく冷たく感じてしまう。タマコは学生ながらものすごくシビアな思考を持つキャラクターで原作でも冷静な、時には冷徹とも言える台詞を吐くが作者の絵柄か見せ方か、冷たくは感じない。映画のタマコは原作と比べて出番が少ない(ギャグ的描写が少ない)という部分もあるけれど、ただ冷たい人物に見えてしまった。ばんえい競馬のレースづくりでその体格を活かした笑いどころもあるのだが、ああいう描写をもっと最初の方に持ってくればその後の現実的な台詞を吐くシーンも感じ方が変わったかもしれない。このタマコはそのへんでとても残念。ちなみに稲田先輩の方は一応比定されるキャラクターが出てくるけれど、特に名前は呼ばれないし、タマコの兄という設定も出てこない。
 で、はっきりとダメ出しできるキャラクターが常盤恵次で、原作では主にギャグ担当でムードメイカーだが映画ではひたすらウザキャラである。しかも下ネタをデリカシー無く披露するので個人的には完全に要らないキャラだった。いや下ネタ担当でも原作のエロチキンぶりとは程遠いんだよなあ。これは役者が悪いのか、脚本/演出が悪いのか…… 常盤ならではの鶏がらみやあるいは八軒が勉強を教えてあげるエピソードなどがあるわけでもなし、相川が削除されて常盤が残ったのはちょっと理解できない。せめて、夏休み明けに常盤が「数え役満」で罰として掃除させられるエピソードあればまだ良かったけどね。
 映画における農業のテーマがどの辺に焦点が置かれているのかはっきりしないので散漫な印象ではあるのだけれど、「将来の夢」「経済動物の生き死に」という面で言えば獣医を目指しているけど、血に弱い相川を出したほうが絶対良かったと思う。この常盤に関しては本当残念である。その他吉野や別府も登場。西川はそれらしいキャラはいるが(寮が常盤も入れた4人部屋になっている)、アニメ絵が得意というキャラクターは馬術部の栄に統合されてしまっています。
 個人的には馬術部のメガネかけた女性先輩(豊西先輩?)が出番少ないながら好印象。

 あるいは原作のエピソードを抜き出す中で出番無くても良かったんじゃないか、と思ったのが南九条あやめやくの黒木華なのだけれど、これはこれでワンポイントであるけれど良かったです。その他大人たちはみな豪勢で、先生たちは吹石一恵中村獅童、そして上島竜兵中村獅童は中島先生役だけれど担任である桜木先生のキャラクターも統合されているためか、原作の「ダメな大人」部分は影を潜めている。校長の上島竜兵はもちろん原作の小人のようなデフォルメ描写はないけれど、それでもうまく雰囲気を再現していた。なにげに上島竜兵の出てる映画を1年で3本も観てますよ、僕は。
 原作では稲田家の家族(父、母、兄、妹)がそっくりで「稲田家のDNAこわい!」と言わしめたが、実写版は御影家のDNAがこわい!アキの祖父である石橋蓮司が家長でアキの父である息子が竹内力、そして弟が哀川翔!完全に狙ったキャスティングだと思うし、原作でも八軒の父親とはまた別に威丈夫でガタイのいい怖いイメージがあるキャラクターだがこのキャスティングで怖さ倍増!とはいえ、むしろ微笑ましい部分のほうが多いのはさすがというべきか。

 原作と比べて観てしまうことで素直に作品に入り込めず比較でキツめの意見が多くなってしまったけれど、とても面白かったです。ただ、原作のコメディ要素はちょっと少なめに感じるし、ギャグ部分はちょっとうまくいっていない感じはありました。僕は吉田恵輔監督作品は前作の「麦子さんと」と本作しか見ていないのでどのへんが吉田監督らしさなのかはまだよくわかっていないけれど、本作で時折アドリブ中心なんじゃないか、と思うようなフレッシュなシーンもあり要所要所ではこれが吉田監督らしさなのかなあ、と思ったリしました。
 他の動物の生命を食べて生きること、経済動物という存在、将来の夢、離農。そういう酪農テーマというシリアスな部分ではちょっと散漫な感じもするけれど基本は重い作品ではなく青春コメディ映画だからその辺は全然いいと思う次第。
 

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最新は11巻が発売中!とりあえず八軒はこっちでは文化祭参加できてよかったね!

*1:僕は百姓と大工のハーフ