The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

鋼鉄の男は明日の希望になれるのか? マン・オブ・スティール

 この春に日本でも大ヒットした作品にマーク・ウォールバーグ主演の「テッド/TED」があるが、僕がいまいちあの作品が好きになれないのは日本独自の字幕問題などもあるが、劇中で「フラッシュ・ゴードン」をリスペクトしてるくせに、最後の最後でブライアン・シンガーの「スーパーマン・リターンズ」を貶しているからだ。「フラッシュ・ゴードン」なんかを持ち上げといて……いや、それは個人の趣味だからいいんだけど、「スーパーマン・リターンズ」は実にまじめに作られたいい映画じゃないか!僕はあの映画はプリプロダクションの段階で色々あったものとしては頑張ったと思っている。興行収入に関してもティム・バートンニコラス・ケイジが関わっていた頃の経費も制作費に含んで計算しているのでそれをシンガーに背負わせるのは酷だと思う。いやとりあえず「リターンズ」はスーパーマンの映画としてとても良く作られていた、ということを強く主張しておきたい(だいたいパーカー・ポージーの出てる映画がつまらぬわけがない!)。

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「スーパーマンの呪い」という都市伝説があって、「リターンズ」主演のブランドン・ラウスがその後ぱっとしなかったりすることもあって、スーパーマンの映画作品はマーベル作品や同じDCのバットマンに比べると恵まれてない印象が強いが、それでも久方ぶりのスーパーマン映画が制作された。「マン・オブ・スティール」を観賞。

物語

 栄華を誇ったクリプトン星も今や滅びようとしている。ジョー・エルはその危険性を訴えるが聞く耳を持つものはいない。そこへ停滞したクリプトン社会に不満を持つゾッド将軍がクーデターを起こす。ジョー・エルは生まれたばかりの我が子カル・エルを生き延びさせるため宇宙船に乗せ、似た外見の知的生命体の住む星へ送り出すがゾッド将軍に殺されてしまう。クーデターは失敗に終わりゾッド将軍とその一派はファントム・ゾーンへ送られるが間も無くしてクリプト星は最後の時を迎える。ジョー・エルの妻にしてカル・エルの母、ララは我が子を思いながら星と運命を共にするのであった。
 現代の地球。カンザス州のケント牧場で育ったクラーク・ケントは自らの不思議な力に戸惑っていた。常人ではありえない能力。養父のジョナサンによって彼は自身が宇宙からやってきた存在だと知る。彼こそがカル・エルの成長した姿である。おとなになったクラークは身分を隠しながら各地を放浪していた。人助けのために力を発揮するとまた姿を消す生活。カナダにの氷壁に謎の物体が埋まっていると聞いた彼は現地へ向かうがそこへはデイリー・プラネットのロイス・レーン記者も訪れていた。クラークはその物体がクリプトンのものだと知る。自らのルーツを知るクラーク。アクシデントでロイスが負傷を負いそれを直したクラークをロイスは追いかけることに。彼は物体を「孤独の要塞」とし、父の遺した映像に従ってコスチュームを受け取る。クリプトンで「希望」を意味する「S」の字に似たシンボルをあしらったコスチュームを。
 その頃、地球には謎の宇宙船とそこからのメッセージが。それはカル・エルを差し出せ、と宣告していた・・・

 制作/脚本はクリストファー・ノーラン、脚本はデヴィッド・S・ゴイヤー、そして監督がザック・スナイダーとアメコミ映画なら任せろ!と言った布陣。タイトルの「Man of Steel」はそのまま「鋼鉄の男」という意味で「Man of tomorrow(明日の男)」などと同じスーパーマンの異名。要するにノーランのバットマンがタイトルにバットマンと出さず「ダークナイト」と入れたのと同じ趣向である。
 で、先にあんなことを書いたけれど、僕はリチャード・ドナー版(シンガー版含む)の1978年からの映画シリーズにはそれほど思い入れは無いのである。もちろん、僕もスーパーマンに最初に触れたのはあの映画だけれど、一番好きなスーパーマンの映像作品は1996年から始まるブルース・ティムポール・ディニによるアニメシリーズである。それ以外にもロイスとクラークの両方を主人公とした「新スーパーマン(Lois & Clark: The New Adventures of Superman)」やクラークの高校からの青春時代を描いた「ヤング・スーパーマンSmallville)」など映画よりもTVシリーズのほうがスーパーマンの映像作品としては印象が強い。実はバットマンと違ってスーパーマンは(映像における描写の凄さはともかく)TVシリーズの方が向いているヒーローなのではないかと思う。
 ノーラン、ゴイヤー、ザックの3人を「アメコミ映画なら任せろ!」と表現したが、実は彼らがこれまで手がけた作品は「バットマン」「ブレイド」そして「ウォッチメン」ととても陽性とはいえないヒーローばかり。彼らの資質もいわゆるダークヒーローの方向に強く向いていると思う。だから、僕ははっきりいってとても不安だった。
 「ダークナイト」シリーズは絶賛もされたが、一部ではかなり激しく「こんなのバットマンじゃない」という意見もあった。特にフランク・ミラーの「ダークナイト・リターンズ」を一番のバットマンとする人々はその傾向が強い*1。僕はバットマンはミラーの専売特許でもなし、いろんなバットマン像があっていいと持っている。一般にどちらかと言えば「バットマンの方が設定の自由度(縛りともいうか)は低くて、スーパーマンは何やっても自由」と思われているのでは無いかと思うが、少なくとも僕は逆の考え。バットマンに関しては1966年のTVシリーズでも、シュマッチャーのようなキッチュバットマンでも、ノーランのようなフィルム・ノワールっぽいバットマンでもきちんと手がければそれなりに成立すると思っている。バットマンのキャラクターは正義の味方と言っても限りなく曖昧。自身が犯罪者に近い存在であるし、時には正義のヒーローの枠を越えて悪辣になることもある。
 一方でスーパーマンは元祖スーパーヒーローにしてすべてのヒーローのロールモデルになるような存在。僕としてはスーパーマンにはダークヒーロ―のような必要以上の暗さを求めてはいない。永遠のボーイスカウトとも揶揄される時もあるスーパーマンの魅力はその真っ直ぐさだ。コスチュームも明るく原色で構成される星条旗カラー。バットマンはバラエティ豊かでも受け入れられるがスーパーマンはそのような理想像があってその一線を越えると受け入れるのが難しい。僕にとってスーパーマンはそういうキャラクターなのである。もちろん、原作コミックスの方でも悩み、暗く重苦しい展開するエピソードも多い。だけど一回限りの映画ではもっと根本的なスーパーマンの一途なまっすぐさを追求してほしいと思うのだ。
 そういうことで本作。映画としてはとても面白かったし、ビジュアルや構成も見事だった。ただやはり、「僕の求めるスーパーマンとノーランやゴイヤー、ザックの求めるスーパーマンは違うな」というのが率直な意見。もちろんそういう変なこだわりのない人には全く問題ない面白さだったと思う。脚本がおかしいとか完成度が低いとかではない。度々例に出して申し訳ないがこの「マン・オブ・スティール」の僕にとってのコレジャナイ感は「パシフィック・リム」に対するコレジャナイ感とはまた別のものだ。「パシフィック・リム」は物語の筋などが良くなくてダメな印象だが、こちらはあくまで僕の方のこだわりに問題がある感じ。どちらかと言うと「アイアンマン3」が全体としてはとても面白かったのにマンダリンの設定に違和感を抱いてしまってちょっと消化不良だったのに似ている。

アベンジャーズ」「スター・トレック イントゥ・ダークネス」でも見られた連行される大物、という図。先の2つと違うのは連行されるのが悪役ではなく我らが主人公であるということ。
 全体としてはやはり暗く重苦しい展開がスーパーマンらしからぬのである。一番はやはりスーパーマンのコスチュームであろう。スーパーマンのコスチュームはバットマンのスーツと違って装備としての意味合いは殆ど無い(作品によってはカル・エルが乗ってきた宇宙船の中でカル・エルをくるんでいた布から作り地球の他の布よりも頑丈という設定もある)。どちらかと言えばそれは「正義と真実とアメリカンウェイ」を象徴するシンボル的意味合いが強い。バットマンのコウモリを模した格好ももちろん象徴だが、あちらは犯罪者に対して恐怖心を煽るのが第一目的。その他にも耳の部分に通信機、マントは防火使用だったりグライダーの翼とかなったり実用的な仕様になっている。ところがスーパーマンの場合その強さというのはスーパーマン自身に由来するのでコスチュームには防弾だとかを心配する必要は無く、純然たるシンボルである。赤・青・黄の星条旗カラーはヴィランに対しての脅威だけでなく一般民衆に対しても希望となる。それこそ胸のSの字はクリプトンでなくとも人々の希望のシンボルなのだ。
 今回の作品ではコスチュームはジョー・エルが提供したものであり、デザイン・制作にクラークの意思は反映されていない。確かにジョーやゾッド将軍の一派(胸の部分に家のシンボルが付いている鎧といった感じのもの)に比べるとカラフルで明るめであるがそれでも従来のスーパーマンのコスチュームに比べると圧倒的に暗い。最初のスーパーヒーローであるスーパーマンの衣装は青いタイツに赤いパンツとマントと言った出で立ちで、現在の洗練されたコスチュームを見慣れた目には古臭くダサい、と思われてしまうのかもしれない。それでも先ほど述べた通りスーパーマンバットマンではコスチュームの意味合いがそもそも違うのだ。僕は「スーパーマン リターンズ」の衣装でさえちょっと暗いと思っているが、スーパーマンの衣装はダサいと言われようと原色の星条旗カラーを貫くべきだったと思う。今回はお陰でクラークのアメリカ移民として「正義と真実とアメリカンウェイ」のために戦う、という意味合いが低い。
 また、クラークがジョー・エルに渡されたコスチュームを着て空を飛ぶ場面もあるが、そこでのクラークは表情は楽しそうなのに、BGMがファンファーレタイプではなくハンス・ジマーの重苦しいスコアなのでどうにも空を飛ぶ楽しさ、爽快感、躍動感みたいなものに欠ける。
 余談だが以前当時3歳の姪っ子に幾つかアメコミを読んで聞かせた事がある。もちろんそのまま読むのではなく絵を見せつつ、紙芝居的に聞かせてあげる感じ。その時にいくつか用意したヒーローの中で圧倒的に姪が興味を示し共感していたのがスーパーマンだった。そのカラフルな衣装に目を輝かせ、分かりやすい超人描写に憧れ、そして彼の孤児としての物語に同情を覚える。3歳の彼女にはバットマンスパイダーマンのような覆面をかぶるタイプのヒーローは人間ではなくお化けと認識されるらしく(マスクの概念が分からないらしい)、他のヒーローにはそれほど興味を覚えなかったのにスーパーマンだけは別格だった。やはり子供にとってスーパーマンは特別なのだ。
 もちろん僕もそうだったようにある程度年齢を重ねると「スーパーマンなんてだせえよな」という認識になるが、逆に大人になると「スーパーマンだけはいつまでもあのままでいてほしい」と思うようになる。
 まあだから、コスチュームのダークナイト路線はちょっとカンベンであるなあ、というのが僕の感想。
 またラストにスーパーマンはとんでもないことをしてしまう。原作ではこの結果精神を病んでしまう展開もあったが、こういうのはシリーズが続く内にあったとしても、第一回から展開されるのはどうかな、と思う。

 クラーク・ケントカル・エル=スーパーマンを演じるのはヘンリー・カヴィル。僕の2011年のワースト作品「インモータルズ」でテセウスを演じたイギリス出身。連続して神話的な主人公を演じる事となったが正直「インモータルズ」では殆ど印象に残らなかった。スーパーマンを演じた俳優というとドナー版のクリストファー・リーブが有名だが、他にも50年代のTVシリーズで演じたジョージ・リーブスなども有名*2。あのコスチュームが似合う顔立ちと言うのはどちらかと言うと長方形な輪郭の持ち主であると思う。
 カヴィルは「ヤング・スーパーマン」でクラークを演じたトム・ウェリングに似ている部分もあって時折トム・ウェリングと見間違うのだが、「ヤング・スーパーマン」の場合スーパーマンのコスチュームは登場しない。ウェリングやカヴィルのようなホームベースに近い輪郭の顔だとあんまり似合わない気がする。それでも髭を生やしている時は文句なしに格好良く、「インモータルズ」の時に比べると圧倒的に魅力を放っていた。

 クリプトン星や地球におけるクラークの少年時代、おとなになってからの放浪シーンなどもやはり暗めではあるが綿密に描写されている。少年時代はカットバックされる形で挿入されるがケビン・コスナージョナサン・ケントダイアン・レインマーサ・ケントがクラークの養父母であるケント夫妻を演じている。ドナー版の「スーパーマン」は70年代までの旧設定のスーパーマンを元にしているのでジョナサンはクラークのスーパーマンデビューをまたずして死去してしまうがその後の「新スーパーマン」などでは86年以降の新設定(「マン・オブ・スティール」はジョン・バーンが手がけたその新しいスーパーマンの誌名タイトルでもある)ではふたりとも健在。今回はその折衷案という感じか、ジョナサンはクラークを教え導くも早めに死亡してしまう。ケビン・コスナーはしばらくぶりに観た気がするが、古き良きアメリカの理想の父親像をうまく演じていた。ダイアン・レインも同様。これはすべての映像化作品に言えることでもあるのだがこのケント夫妻に育てられたからこそクラークはああいうまっすぐな青年に育った、と毎回思わせられる。時代によって描写は違うがこの両親に育てられたからこそクラークはその力を誤ったことに使わず人々のために使うことが出来たのだ。
 ただ、少年時代のクラークが超能力の発現に戸惑い、それを隠すために孤立した少年時代を送っている、というような描写はもう「ヤング・スーパーマン」で飽きるほど見てるので全然目新しい描写ではない。こういう時やはりTVシリーズのほうがスーパーマン向きのメディアだなあ、と思ってしまう。「スパイダーマン」は明らかに「スーパーマン」を意識して生まれたヒーロー(孤児である、新聞社に努めているなどスーパーマンを意識しつつそこと差別化を図っている)だが、「ヤング・スーパーマン」などのこういう描写は逆に「スパイダーマン」の影響を受けているのかな、と思う。
 後は残念なのはラナ・ラングっぽい少女が出てくるのに全然言及されずななぜかピート・ロスが出番が多いのがなんだかなー、という感じはしますね。
 
 クリプトン星の描写もディティールは細かくなっているが、ドラマ自体はやはりもう何回も見て入るので特にその面での新鮮さは無し。ただ、ジョー・エルを演じたラッセル・クロウは予想以上に出番が多くてドナー版のマーロン・ブランドよりもっと子供を愛する父親らしさがにじみ出ていて良かった。ジョーは最初のクリプトンでの一連の描写以外にも中盤以降も残された映像?としてクラークやロイスとともに活躍する。
 
 今回の悪役はゾッド将軍。スーパーマンとは同じクリプトン人であり、同じ能力を持つヴィラン。スーパーマンヴィランも最大のライバルレックス・ルーサーを初めとして個性豊かだがスーパーマンと全く対等という意味ではやはり同じクリプトン人であるゾッド将軍ということになる(ドゥームズデイだとむしろ強すぎる)。クリプトン人が地球の太陽の下では超能力を発揮することができるが、そうなるには環境になれることと資質が必要らしく、スーパーマン以外のクリプトン人はなかなか発揮できない。ゾッド将軍も最初は慣れない感じだが元々の戦士の資質かスーパーマンとのバトルの中で徐々に能力を開花させていく描写が素晴らしい。ゾッド将軍を演じたのはマイケル・シャノン。どちらかと言うとラスボスの威厳というよりは戦闘部隊の実行隊長として物語的なラスボスとはまた別な印象(「マッドマックス2」のウェズのような感じか)だけど悪役として頑張っていたと思う。
 このスーパーマンとゾッド将軍とのラストバトルは空中を飛び交いながらの肉弾戦で言われているように「ドラゴンボール」とかのバトルを思い出させる。ザックが影響を受けているのはゆうきまさみの「鉄腕バーディー」であるそうだが、僕は「ジョジョの奇妙な冒険」第3部のラスト、空条承太郎 VS DIOを連想した。同じ能力の持ち主同士の戦いでその中で徐々に能力を開花させていくとか、一方が車を投げつけるような卑怯な戦い方とするとかそういう部分が似ていると思った。
 ところでスーパーマン(とクリプトン人)にはいろんな超能力があるがそれにしてもこの映画ではヒートビジョン(目からビーム)好きすぎだろう!ザックかノーランのどっちの趣味かは分からないけどそこまでヒートビジョンが好きならもうサイクロップスを主人公とした映画を撮ってくれよ!と思う。
 とにかくこの肉弾戦バトルに関しては本当に見事で今後のバトル映画の指針となるであろうと思う。

 ヒロイン、ロイス・レーンエイミー・アダムス。「リターンズ」では当時23歳のケイト・ボスワースが演じていて設定(5歳の子持ちのベテラン記者)と比べて若すぎる!とかか言われていたが、今回はかなり年長。もっともエイミーさん自体はあんまり年齢感じさせないのでそんなに気にはならないけれど。今回のロイスはピューリッツァー賞受賞者という設定がついていて、その辺は「リターンズ」の「スーパーマンは必要か」という記事で受賞したという設定をちょっとだけ引き継いでいるのかなあ、などと思った。
 今回は彼女はまず、各地で人を救う超人を取材をしていくうちにクラークにたどり着いて、そのあとクラークがスーパーマンデビューという形なので最初からクラーク=スーパーマンだと知ってる。そうすると定番のヒーローとヒロインとヒーローの正体の三角関係が早々に失われてしまうのはちょっと残念。ちなみにエイミー・アダムスは「ヤング・スーパーマン」にゲスト出演してましたね。クリプトナイトの影響でなんでも喰っちゃう女の子の役でした。
 その他の女性役としてはゾッド将軍の右腕であるファオラが美しくも冷酷な感じがにじみ出る雰囲気で素晴らしい。演じてるのは「パンドラム」のアンチュ・トラウェ
 他にもエミル・ハミルトン博士なども原作からの登場人物である。またデイリー・プラネットのペリー・ホワイト編集長も登場。演じているのはモーフィアスことローレンス・フィッシュバーン。しかし太ったなあ。しかし、その一方でレックス・ルーサージミー・オルセンが登場しないのは残念。別にメインキャラクターとしてではなくても、ゾッド将軍が地球人に向けてメッセージを発する時にレックスらしき禿頭の人物がちらっと映るとかそういう演出を見せてくれたらよかったのに。

 やはりノーランがイギリス人だからか、あまりスーパーマンのアメリカ人としてのアイデンティティの部分はちょっと少ない。最後に取ってつけたように「カンザス人」であることを強調したりするが、本当に取ってつけたようにしか感じなかったりした。脚本のゴイヤーらしく細かい設定はみごとだが、自分の理想とするスーパーマンと彼らの理想とするスーパーマンはやはり別物なのだな。ただ一本のヒーロー映画としては最高だとも思う。
 今後は次回作でベン・アフレック演じるバットマンが登場するということだが、現時点ではちょっと想像がつかない。一時は「グリーン・ランタン」が映画版DCユニバースの最初の作品になるとも言われていて、あの作品の出来はともかくそういう起点となる作品としては良かったと思うのだがどうやら違うことになりそうだ。
 ラスト、クラークはスーパーマンとしての活躍の一方事件の渦中にいても不思議じゃない職業、新聞記者を選択し、「デイリー・プラネット」の記者として就職する。そこはご存知ロイス・レーンの職場だ。クラークを紹介されてロイスは言う。
「ようこそプラネットへ」
ようこそデイリー・プラネットへ。そして地球へ。スーパーマンの活躍はまだ始まったばかりだ。彼が皆の明日の希望となるかどうかはこれからなのだ。

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 冒頭でちょっとスーパーマンについて書いた。
 
ヒーローとブランドと制約
 今回の「スーパーマン」としての違和感はこの仮面ライダーに対する思いと近いかと思います。
 
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 「ヤング・スーパーマン」についての記事。
 
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*1:タイトルに「ダークナイト」を使用したことも原因のひとつだろう

*2:彼はスーパーマンのイメージから抜けだせずスランプに陥り猟銃自殺するが、その事件を描いた映画「ハリウッド・ランド」でリーブスに扮していた(当然スーパーマンの格好をするシーンも有る)のがこのたび新しいバットマンに決まったベン・アフレックである