The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

世紀末を疾走せよ!! マッドマックス1、2轟音上映


 うぉおおお!!!V8インターセプター!!!

 ジタバタするなよ!世紀末がくるぜ!
 というわけで、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」の公開もあと少し。私小覇王のこよなく愛する映画「マッドマックス」シリーズの最新作が公開間近!すでに観た人の間でも絶賛の嵐!そしてそれに合わせて旧作の方も再び注目を集めています。
 6月の金曜は「マッドマックス」ということで昨日6月5日はテレビ東京午後ロードで「マッドマックス」を放送!そして次週12日は「マッドマックス2」!再来週19日は「マッドマックス サンダードーム」と続き20日の「怒りのデス・ロード」へ!AKB総選挙なんて見てる場合じゃねえ!!(毎年AKB総選挙見ながらブログ書いてる気がするなあ)
 まあ僕はDVDをBOXで持っていて、以前放送された「午後ロード」版も保存していて、ついにはそれに飽きたらず、blu-rayBOXも買っちゃったんですが、ところがお客さん!また映画公開に合わせて出るんですよblu-rayBOXが!しかも、そこの「マッドマックス2」には過去の山寺宏一版(テレビ朝日版、午後ロードで放送されたのもこちら)に加えてTBS版である鈴置洋孝版マックスも収録されるとか。そしてなんと!新規収録された安原義人版の「2」と「サンダードーム」も収録されているのです!ヒャッホウ!まあ、ぶっちゃけ「2」はマックスのセリフは少なくどちらかと言うとヒューマンガス(麦人)やウェズ(若本規夫)のほうが馴染み深かったりするのでそこら辺が変わっちゃったらちょっと微妙ではあるのですが、「サンダードーム」は純粋に喜びたい!「マッドマックス トリロジースーパーチャージャー・エディション」6月17日発売です!買っちゃおうかなあ…

 そして昨日は新宿はピカデリーで「マッドマックス1&2轟音上映」という物がありました。僕は「2」は一応名画座的なもので劇場で観たことはあるんですけれど、何しろリアルタイムではまだ物心もつかぬ頃の作品、基本的には自宅で楽しむ作品でした。だから、新作もさることながら、旧作が再上映されるならぜひ観たい!というのがまず第一歩。そしてなんとウェズ役のヴァーノン・ウェルズやジョニー役のティム・バーンズたちが来場するとアナウンスされているではないですか!これは観に行かなくては!

 当日は生憎の雨。しかしその日放送の午後ロード「マッドマックス」を見てから(←アホ)出発。普段新作は川崎駅周辺の三つの劇場で大概間に合ってしまうため、新宿ピカデリーは初めてです(武蔵野館など他の新宿の劇場はある)。チケットを発行して下に降りるとそこにはV8インターセプター!ファンが作ったレプリカだそうでさすがに実際のエンジンは積んでないようですが、感慨深い。あんまり自動車には興味が無い僕ですがこれだけは別です。

 さて、開場すると司会役は玉袋筋太郎。革ジャン着込んでマックス仕様です。そしてゲストとして1と2の出演者が登場。写真OKとのことで撮りまくりました(お陰でスマホの電源すぐ切れた)。ただ撮りまくった割に興奮してたせいかあまり鮮明な写真はありません。ご容赦を。


 まずはスタントマンのデイル・ベンチ(右)。「1」で真しとやかに「撮影中スタントマンが死んだ!」と噂されましたがその当人です。玉ちゃんによると「世界で一番死亡説が流れた男」。もちろん生きてます。
 そして映画の始まりを告げるジェット噴射装置付きの自殺マシーン、ナイトライダー役のヴィンス・ギル。後ほど登場したDr.ジョージ・ミラーによると彼は撮影中無免許で、今も免許は持っていないそうです。

 極悪暴走族トーカッター一味のカンディリーニ役ポール・ジョンストン(左)とジョニー・ザ・ボーイ役ティム・バーンズ。この二人は30年以上経ってもあんまり変わりませんね。ポール・ジョンストンは「ちゃんと手があるよ」アピール。バーンズは一番熱く日本のファンや映画についてアピールしていたような。

 そして、この日のゲスト唯一の堅気!マックスの妻ジェシー役のジョアン・サミュエル(左)と「2」出演者「映画史上最強の悪の手下」ウェズ役のヴァーノン・ウェルズ(右)!そしてゲストにもサプライズだったという監督ジョージ・ミラー(中)DEATH!
 ジョアン・サミュエルさんは正直30年経ってかなり太られておばちゃんになってしまったなあ、という感じもするのですがその美しさはフィルムにきちんと焼き付けられています。巨大な画面で見るジェシーは今でも恋に落ちる美しさ。玉ちゃんのリクエストでマックスを仕事に送る時の愛の仕草もやってくれました。
 ヴァーノン・ウェルズはゲストの中ではその後もキャリアが日本でも知られ、これまたカルト的な人気を誇る「コマンドー」のベネット役なども知られています。日本絡みだと「未来戦隊タイムレンジャー」のパワーレンジャー版「パワーレンジャー・タイムフォース」で敵組織の親玉ランシック(オリジナルだが一応ドン・ドルネロにあたる)を演じていたりします。日本だと安岡力也とか竹内力みたいな立ち位置の役者でしょうか。ウェルズは有名な「ウェズの尻温度計」の話を。ゴールデン・ユース(ウェズの後ろに乗ってた金髪美青年)の話をしようとして止めました(笑)。
 そして!ジョージ・ミラー!まさか自分の人生に影響を与えた映画の創造主に会えるとは!「映画の思い出を語り出したら2週間はかかるよ」と言っていましたが、本当2週間話を聞いてそのまま「怒りのデス・ロード」を観に行きたい気分です。

 そして映画本編。今回は「サンダードーム」を除く「1」と「2」。轟音上映とのことで普段より音量がでかいのかな?あんまりその辺は気にならなかったけれど、でも大画面で観る「マッドマックス」は最高でした。本編部分についての内容は以前書いた記事を参照してください。

 ちなみに上映終了後には「怒りのデス・ロード」の予告編が流れたんですが、これが今まで劇場で他の作品の前に流れたのとは別で千葉繁が明らかにTVアニメ「北斗の拳」の次回予告のノリでナレーションを務めたものでした。
北斗の拳千葉繁次回予告はこういうの。

これの後半のノリね。
 とにかく、大画面・大音量でこの作品を見れたのは良かったです。そして新作に備えよ!

参照記事

 僕のボケボケの写真ではなくくっきりはっきり下写真が見たい方はこちら。
世紀末に備えよ!

GOLDEN☆BEST/シブがき隊

GOLDEN☆BEST/シブがき隊

壁と迷路と男と女 メイズ・ランナー

 めいど!!

 さあ、まもなく「ハンガー・ゲーム」の最終作(の前編)「ハンガー・ゲームFINAL レジスタンス」が公開!日本ではイマイチ評価が低い作品ではありますが(というか人によって温度差が激しい作品という感じか)、僕は今最も応援したい熱い作品の一つ。原作の需要度が日本では低いので盛り上がらないということもありますね。
 「ハンガー・ゲーム」シリーズはアメリカではいわゆる「ヤング・アダルト小説」と呼ばれるティーネイジャーを主な読者とした小説を原作としていて、このヤング・アダルト小説を原作とした映画は近年、アメリカではそれこそアメコミの映画化作品と並ぶくらいブームになっています。日本で言うならライトノベルと呼ばれる作品で、特殊なシチュエーションを舞台にした若者しか出てこないような作品が多いのでその出来具合はばらつきがあるのですが、それこそ僕の「ハンガー・ゲーム」のようにドはまりするか、あるいは苦手と思うか両極端に分かれることが多いでしょうか。今回はそんなヤング・アダルト小説を原作とした三部作の第1作ということで「ハンガー・ゲーム」とも共通する部分を多く持つ「メイズ・ランナー」を観賞。

物語

 また一人の若者が送られてきた。ここは四方を巨大な壁に囲まれた空間。ここでは記憶をなくした少年たちが一ヶ月に一度物資とともに送られてくる。壁の外は巨大な迷路になっており、朝扉が開くと夕方閉まるまでに戻ってこないと迷路の中で怪物に殺されてしまう。迷路の探索者は「ランナー」と呼ばれている。
 新入りであるトーマスはリーダーであるアルビーを助けるた迷路に挑む。彼は怪物との死闘でこの迷路の謎の手がかりの一端を得る。
 新入りが送られてきた。今度は初めての女性。そして一緒に「これで終わり」と書かれたメッセージも。物資が送られて来なければこれまで何とか送ってきた自給自足の生活も不可能だ。若者たちの取った決断は…

 原作はジェームズ・ダーシュナーの「The Maze Runner」。2009年にの1作目から現時点で3部作と前日譚の4作が発表されていて更に新作も予定されているらしい。邦訳は映画に合わせて1作目のみ出た模様。映画はアメリカでは2014年の9月公開で日本ではちょっと間があいた形になるが、おかげで続編の「the Maze Runner:The Scorch Trials」は今年の秋には日本でも公開されるそうなのでそちらも楽しみである。

 まず、この映画を見て連想するのは巨大な壁に囲まれた極限状態の若者たちの物語ということで「進撃の巨人」だろう。僕も最初に予告編を観た時連想したのはそれだ。日本でも実写版の公開が待機中で比べられることになるかもしれないと思った*1
 劇中にはクライマックスまで大人が登場しないのでほぼ少年(といっても役者は10代前半から30歳ぐらいまで色々。劇中では一番最初の住人であるアルビーでも20代前半ぐらいの設定だろう)だけで話が進んでいく。いろんなタイプが登場するので一人ぐらいはお気に入りのキャラが見つかるだろう。主役のトーマス、リーダーのアルビー、ランナーのリーダーであるミンホ、副リーダーのニュート、年少のマスコット的なチャック、敵対するギャリー。この内人気が出そうなのはミンホとニュートかな。
 ギャリー役のウィル・ポーターは「ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島」のいじわるな親戚ユースチスを演じていた。あの時点では身体は小さい感じだったが、今回は体躯は立派ながら意地の悪そうな表情はユースチスのまま、という感じ。リーダーシップをめぐりトーマスと敵対する。
 主人公のトーマスのディラン・オブライエンは意思の強うそうな美男子。「ヤング・スーパーマン」のトム・ウェリングややはりスーパーマンである「マン・オブ・スティール」のヘンリー・カヴィルをもっと幼くした感じか。

 少年たちばかりの世界へ突如送り込まれたたった一人の女性テレサはカヤ・スコデラリオ。僕の中では「美しいとされるお姫様より魅力的な侍女」でお馴染みの「タイタンの戦い」のアンドロメダの侍女役でお馴染み。というかあの頃から注目していた自分の目を褒めたい。
 彼女がやってきても少年たちが全く性的劣情を催さず、一個人としてちゃんと受け入れているのはヤング・アダルト小説の都合のいいところか。普通は男たちの中に一人女性が!とくれば「アナタハンの女王」みたいな女性を取り合って抗争がみたいなのが思いつくところ。その辺は妙にお行儀がいい。原作ではどうなっているのか分からないし、もちろんそんな描写はストーリー上邪魔でしかないのだが、人間ドラマそれも負の感情を強調するなら普通にありえそうなものだ。好意的に解釈するなら少年たちは記憶を人為的に封印されて送り込まれているが、その際にそういう性的な部分での抑制も人為的にされているのかも。

 でも僕の一番のお気に入りはニュート役のトーマス・ブロディ=サングスターかな!若いころのレオナルド・ディカプリオリバー・フェニックスを足して割った感じ。あるいは同時代だとデイン・デハーンがもっと親しみやすくなった感じか。
  
 この手の映画だともう一人の主人公といえるのはその舞台。巨大な壁に囲まれたその外では幾重にも迷路が展開ししかも時間によって動き形状が変化する。ランナーはその迷路を駆け抜け、ルートを探り、模型を作り脱出経路を探る。それを阻むのは謎の怪物グリーバー。グリーバーはWRTAデジタル製で「スターシップ・トゥルーパーズ」のウォリアー・バグに「タイタンの戦い」のクラーケンの顔がついた感じ。全体としてなぜかカマドウマを強く連想してしまうビジュアルだが、これは中々よく出来ていて、可能ならもっと明るいところで見たかった。機械と生命のハイブリットな怪物である。
 そして、迷路自体はちょっと巨大すぎて後半に行くとあまり「迷路」という感じではなくなっていくのが残念か。しかし少年たちの生活地域である正方形の広場も含め、この舞台となるロケーション自体がもう一人の主役であることは間違いない。ちなみに昔巨大迷路のアトラクションが流行ったことがあって、でも僕はああいうの見るたびに下くぐって脱出することばかり考える不届き者です。後は壁ぶちぬいて直進するとかね。あの迷路を作る理由もイマイチよく分からないが、その辺は続編で解明されるのか。

 物語は迷路の外につながり、少年たちは何もわからぬまま次のステージへ。続編も面白そうだが、単純に本作をパワーアップさせたものというより、かなり内容も変わってくるみたい。
 さて、「ヤング・アダルト小説」の映画化作品では僕が見た限りでは「ハンガー・ゲーム」シリーズ、そしてこの「メイズ・ランナー」は楽しめ、「トワイライト」「アイ・アム・ナンバー4」はちょっと残念という感じ(他にも見ていないが「ダイバージェント」なんかもこのジャンルに含まれる)。この差は現代を舞台にしているか、現代ではない今とは異なる世界を舞台にしているかの違いが大きように思う。突飛な設定が持ち込まれても未来だとか特殊な状況下を舞台にする作品はまだ受け入れ可能なのだが、現代の日常社会に特殊な設定が侵入してくる作品だと心理的な壁が働くのかもしれない。

メイズ・ランナー (角川文庫)

メイズ・ランナー (角川文庫)

 好き嫌いは激しく分かれそう(特に原作や若手俳優に馴染みのない日本では)だけど、僕は面白かったし続編も楽しみです。オススメ!
酒と泪と男と女

酒と泪と男と女

*1:余談だが実写版はアンニュイな林原めぐみのナレーションの時点で観る気が失われる。林原めぐみは好きだが、いわゆる「エヴァンゲリオン綾波レイ系のキャラは僕には全然ピンとこないのであの延長線上にある彼女のナレーションもあんまり好きではない。彼女の演じるキャラではもっと明るいキャラが好き

視線をそらすな、そらさせろ! フォーカス

 劇場で観た映画の感想がたまっているのでちょっと短めにいきたいと思います。

 あたりまえだけど人間完全に客観的に映画を評価するなんてことは出来ず、自分の経験や好みを参照にする。そしてその一番わかり易い例が続けざまに複数映画を観た場合だ。例えば、昨年の僕がワーストに選んだ作品に「キック・アス ジャスティス・フォーエバー」があったのだけれど、あれはちょっと可哀想なところもあって、あれは「ウルフ・オブ・ウォールストリート」とハシゴして「ウルフ〜」を観た直後に続けて観ていたりする。すると当然先に観た作品の強烈な印象が残ってしまい、後の作品の似たようなシーンはインパクトが薄れる。「ウルフ〜」と「キック・アス2」の場合シモネタシーンがそれでことごとく後者の該当シーンに薄い印象を抱いてしまい、全然笑えなかった。まったくこれ一本だけ観たのだったらその薄まるということがなく、普通に楽しめたかもしれない(それでも総合的にイマイチだったけどね)。もちろん逆もありでイマイチと思った作品の後に観たちょっと面白い作品は、最初の不満を打ち消す作用もあるため余計に面白く感じたりする。今回の作品もちょっとばかりそういう作用があったことは最初に記しておこう。ウィル・スミスの主演作「フォーカス」を観賞。

物語

 ある男がニューヨークで美人局に遭う。しかしその男はあっさりと美人局を見破り逆手に取る、相手の女性ジェスはその男が気になり後を追う。彼こそ一大スリグループを率いるニッキーだった。
 ニッキーのグループに入りスリの極意を教わるジェス。狙いはスーパーボウルが行われるニューオリンズ。世界中からやってきた金持ち・観光客を相手にニッキーのグループはスリ/詐欺で、あっというかに120万ドルを荒稼ぎ。ジェスも実力を発揮しやがてニッキーとジェスは惹かれ合っていく。
 決勝当日。二人はVIPルームから観戦するが、ちょっとした賭けがやがて一人の男との莫大な賭けへ。仲間の金を賭けようとするニッキーを止めようとするジェス。しかしそこにはさらなる仕掛けが…

 タイトルは「視線」。詐欺やスリを働く時は相手の視線を如何に誘導するか、という意味合い。ちょっと日本語で「フォーカス」って言うと写真関係の用語に聞こえちゃうんだけどね。最初に予告編を観た時はウィル・スミスにしては珍しいちょっと予算小規模の作品なのかな?とか思ったのだが(ホテルで喋ってるシーンとラストの監禁されたシーン中心だったからかな)、いざ公開されたらTVスポットも多く結局はいつものウィル・スミス作品のように俺様な作品ではあった。
 監督は「フィリップ、きみを愛してる!」のグレン・フィカーラ&ジョン・レクア。あの作品は実在の詐欺師スティーブン・ラッセルのウソのような本当の詐欺と脱獄と純愛を描いた物語だったが、本作も詐欺と純愛の物語とも言える。制作はデニース・ディ・ノヴィで、彼女はティム・バートンの90年代初期の傑作群を一緒に手がけた人(「バットマン・リターンズ」も「シザーハンズ」も彼女の制作です)で、まるでハーレイクインや少女漫画のような物語でありながら映画ならではのリアリティもあるのは彼女の力も大きいのではないのかと思う。
 今回は「マジック・イン・ムーンライト」の後に(直後というわけではないけれど次の日ぐらい)観た作品で、「トリックと詐欺と恋愛」みたいな部分が共通する要素だった。もちろん話そのものはぜんぜん違うんだけど、たまたま続けて観て共通する要素もあるので比べてしまった。そして「マジック・イン・ムーンライト」で出てきた不満はほぼこの「フォーカス」で解消されている。「マジック〜」での、年齢差のあるカップルなのにそこに葛藤がないこと、詐欺師の割に純朴に描かれすぎなヒロイン、といった不満点は似たシチュエーションでありながらこちらは見事に解決していると思う。この辺もデニース・ディ・ノヴィのちからも大きいと思われ。

 ウィル・スミスは1968年生まれなので現在46歳。ヒロインのマーゴット・ロビーは1990年生まれの24歳なので約20歳差。でもコチラはそんなに年齢差を感じさせない。ウィル・スミスが年齢が分かりづらいし若く見えるというのもあるけれど、まず行動が若々しいし確かに年齢を感じさせない魅力があるのでこの年齢差カップルが全然不自然に見えない。またこの映画ではニッキーは弟子でもあるジェスにちゃんと節度ある態度を取っていて、一度は堅気に戻るよう仕掛けるのでその辺でちゃんと葛藤が描かれているのだ。
 マーゴット・ロビーは「ウルフ・オブ・ウォールストリート」でレオナルド・ディカプリオの2番目の妻を演じて、モデルの美人妻ということでディカプリオ=ジョーダン・ベルフォードの成功の証明みたいな役どころであった。ただ、あの映画では本当に外見的な美人であって、それほど印象に残らなかったのも事実。美人だけれど二度目観た時にちゃんと顔を覚えているかと言ったら疑わしい、と言ったところだろうか。ところが一転、本作では女詐欺師であり、未熟ながら劇中で一気に成長していく役でもある。マーゴット・ロビーのルックスは当然「ウルフ〜」から大きく変わるわけでもなく、金髪でモデル級のスタイルと美貌を持つ美人なのだけれど、本作ではニッキーが指摘するように色気は感じない。どちらかと言えば少年のような佇まいさえあり、つまり美貌をそのままに演技でキャラクターの性格付を演じているわけで見事である。
 この二人、ウィル・スミスとマーゴット・ロビーの二人は続くDCコミックスバットマンヴィランが刑期と引き換えに政府の特殊チームとしてミッションに挑むという「スーサイド・スクワッド」でも共にチームを組むことに。マーゴット・ロビーはハーレイクイン、ウィル・スミスはデッドショット。ジャレッド・レトジョーカーを演じるので今度は恋人同士というわけではなさそうですがこれは楽しみ。ベン・アフレックバットマンが登場するそうなので、「マン・オブ・スティール」「スーパーマンVバットマン」と連なる映画世界の話なのかな。

 あとね!素顔でロドリゴ・サントロが出てたり(そういや素顔のロドリゴ・サントロを最初に観たのは「フィリップ、きみを愛している!」だったな)、脇のキャラクターも魅力的なんだけど、一番はスーパーボウルの会場でニッキーと賭けをする東洋人リー・ユァンを演じたB・D・ウォン!伝説的なギャンブラーという設定で軽薄な笑いを絶やさぬ男だが、その目は全然笑っていない。でも確かに人懐っこそうで魅力にあふれた男。ここでは本人も知らぬまま気持よくニッキーにしてやられる役で、直接本編に関わってくるキャラクターではないのだが、その強烈なキャラクターでもし続編があればまた出て欲しいし、あるいは彼を主役にしたスピンオフとかを作ってもらいたいぐらい(僕はこういう展開を妄想するの好きです)。

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 監督の(僕が観た)前作。

-ペン、ペニー、ペニス狂騒曲 ウルフ・オブ・ウォールストリート

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 マーゴット・ロビーの出演作。これもある意味「詐欺と愛」か。

-インクレディブル・犯行!!! グランドイリュージョン

 直接関係ないけどなんとなく雰囲気が似ているな、と思った作品。
 
 ウィル・スミスはどちらかと言うと苦手な、嫌いと言っても良い俳優なんだけど本作は良かったです。

死のメソッド(演技) バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

 1960年の映画「サイコ」の制作裏側を描いた映画「ヒッチコック」で興味深かったのはジェームズ・ダーシー演じるアンソニー・パーキンス(ノーマン・ベイツ)がアンソニー・ホプキンスが演じるヒッチコックに対し、詳しくノーマン・ベイツのキャラクターを知ろうと質問をする。その時ヒッチコックは「ただ脚本通り演じればいいんだよ」と必要以上に役を知ろうとするパーキンスをやんわりたしなめるシーンだ。(もちろん全部が全部ではないが)一般的にアメリカの俳優はその役になりきるために役の(劇中関係ない)経歴を全部知ろうとしたり、例えば警官の役だったら実際に警官に体験取材したり、あるいは私生活でも役になりきったまま過ごす、などといった役作りをして(外見的な肉体改造はもちろん)役と自分とを近づける。一方で演劇の歴史の長いイギリスの俳優はあくまで脚本から抽出して役作りをし、必要以上に役と自分を融合しない。アメリカの俳優に多く見られる演技の仕方は一般に「メソッド演技」と呼ばれるものでこの「ヒッチコック」のシーンはアメリカの俳優のそういう方針をイギリス出身のヒッチコックが(そして演じたアンソニー・ホプキンスもメソッド演技否定派として知られる)が否定する象徴的なシーンとも言えるだろう。なんでこんな書き出しから始めたのかというと、今回観た(といってももう1ヶ月以上経つのだけれど)「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を見て思い出したのが「ヒッチコック」だったり、あるいは自分のメソッド演技に対する嫌悪感みたいなものが沸き立ってきたからだ。「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を観賞。

物語

 かつて「バードマン」というスーパーヒーロー映画シリーズでタイトルロールを演じ一世を風靡したリーガン・トムソン。しかし現在はヒットに恵まれず、「バードマンのみの俳優」と思われている。そんな彼が一念発起で企画したのが自分の演出/主演でブロードウェイ舞台としてレイモンド・カーヴァーの「愛について語るときに我々の語ること」を公演することだった。
 しかし、舞台にトラブルはつきもの。共演の男優は練習中に事故に遭い降板。代わりにやってきたマイクは演技は素晴らしい物の自分勝手で酒を飲むシーンでは実際の酒を飲まなきゃ暴れるようなヤクネタ俳優だ。プレビュー好演は散々に終わり、やがてリーガンにはバードマンに扮したもう一人の自分の声に悩まされるようになる…

 原題は「Birdman or The Unexpected Virtue of Ignorance」で邦題もほぼそのまま直訳したもの。この手の長いタイトルはやはりキューブリックの「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」を思わせますね。最初はマイケル・キートンがかつて「バードマン」として一世を風靡した俳優として主演、と聞いて、「ギャラクシー・クエスト」的なヒーローものかと思ったり、あるいは「トロピック・サンダー」だったりもしたのだけれど、実際は「ブラックスワン」とかに近いタイプの映画だった。「ブラックスワン」が実際のバレエとは異なるようにこの「バードマン」も実際のブロードウェイの舞台とは大分異なるのだろう。「バードマン」と聞いて思い出すのは例えば藤子不二雄の「パーマン」に出てくるバードマンだったり(実は最初はスーパーマンそのものだった)、あるいはDCコミックスホークマンホークガールだったり。また「ウォッチメン」に出てきたナイトオウル2世を連想した人もいるだろう。ただやはり一番最初に思い浮かべるのは1989年の「バットマン」である。マイケル・キートンブルース・ウェイン=バットマンを演じたこの作品は当初キートンバットマン役には合わないということで大規模な反対運動まで起きたことは有名だ。しかしいざ映画が公開されるとピタリと批判は止み、ヒーローの中に狂気を抱いた演技は高く評価された。以降、映画シリーズでバットマンを演じた俳優は多くいるが今でも真っ先にバットマンマイケル・キートンで固定されている人も多いと思う*1。このキートンの経歴がそのままリーガンのキャラクターに生かされているのは間違いないだろう。また実際は「バットマン」ではなくTVシリーズの「スーパーマン」でスーパーマンを演じしかしそのイメージから逃れることが出来ず自殺したジョージ・リーヴスこそモデルとも*2
 だから例えばミッキー・ロークが「レスラー」や「シン・シティ」で、あるいはロバート・ダウニーJrが「アイアンマン」で自分のキャリアと役柄を重ねあわせて見事な復帰を遂げた、と言われるように、この「バードマン」でマイケル・キートンも自分の過去キャリアと払拭した!というようなことを言われたりするが、個人的にはあんまりこの意見には与したくはない。というのもキートンは確かに大ブレイクしたのは「バットマン」かも知れないが、それ以前にもキャリアがあり(そもそも反対運動が起きたのは新人だからではなくそれまでのキートンのキャリアが主に狂気的なコメディ演技で知られていたからである)、さらに「バットマン」と「バットマン・リターンズ」でバットマンシリーズを降板した後も特にキャリアに陰りが見られるということもないからである。そりゃ主演作品こそ少ないかも知れないが、性格俳優としてしっかりコンスタントに出演し続けておりスランプだった、というようなイメージはない。
 ここでのキートンは最初からおっさん臭さを全開に、その狂気をはらんだ表情はいつもの通り。

 漫画家の荒木飛呂彦は自分の創造したキャラクターの詳細な履歴書を創作してキャラクターの行動に統一感を出しているというし、ディーン・クーンツも実際には作中にはまったく登場しないところまで含めてキャラクターの経歴を考えておくべき、と言っている。これらもあるいは創作における「メソッド演技」といってもいいのかもしれない。もっとも一人の人物になりきる役者のそれと創造主としてすべてをコントロールするべくそれらを備えておく作家とではまた別なのかもしれないが。
 実際の舞台の世界のことは詳しくは分からないが、この映画で演技の天才とされるマイクを演じるエドワート・ノートンはいわゆるメソッド演技に近いアプローチをする人だと思う。ある種の天才ではあるがそれ故毎回脚本や演出にも口出しし結果トラブルになることも多いと聞く(1作のみで降板した「インクレディブル・ハルク」でもそういうことがあったらしい)。だからここでもマイクのキャラにエドワート・ノートン自身を重ねることも可能だろう。ただ、劇中で酒を飲むシーンでは実際に酒を飲むとか、ベッドシーンで興奮して勃起したとか(私生活ではインポテンツという設定)、これを演技の天才と言われるとこちらは素人ながら首をひねらざるをえない。実際の演技の天才とは酒を飲まずとも酔っているように見せ、あるいは勃起せずとも官能的なベッドシーンを演じてみせる人のことではないか?こういうシーンが挿入されるたび「メソッド演技はクソだな!」という想いを強くしてしまう。
 例えば漫画家を主人公にした物語では締め切りの恐怖が描かれたり、あるいはボクシングものでは減量の苦しみが描写されるのがお約束だったりするように役者の舞台裏を描く物語は役者がメソッド演技を追求する様子が描かれるのが多い。例えば役者が刑事の役作りをするため実際の刑事に体験取材してたら本当の事件に巻き込まれて…みたいなコメディ映画もあった。締め切り、減量、メソッド演技、それらは必ずしもその職業に取って絶対不可避なものではないにも関わらず多用されるのはそれがドラマを作る上で分かりやすいからに過ぎない。
 もちろん、実際にどういう役作りをするか、というのは俳優それぞれによるもので出来上がりが素晴らしければ過程は問わないけれどメソッド演技で苦しんでるところなどを見せられてもなあ、という感じ。

 監督はアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。メキシコ出身の映画監督ということであるいは明らかに間違ったブロードウェイ描写などは狙ったものかも知れない(脚本も担当)。映画はクライマックスまでワンカットでつないでいるように見せている。実際はうまく扉などでカット割りされているし、時間の進み具合と映画の進み具合が一緒というわけでもなくワンシーンワンカットはあくまで「それっぽく見せている」だけなので、凄いと思う一方、単なるこれみよがしな映像テクニックにすぎない、という意見もあるだろう。個人的にはそれほど映画の中で効果的ではなかったかな、と思う。一服するつもりが締め出されて、ブリーフ一丁でニューヨークのタイムズスクウェアを大観衆の中歩きそのまま劇場に突入するシーンなんかは効果抜群だったけれど。後はこのワンシーンワンカット最初はカメラマンが居るのかな(要するにPOV)、と思ったりもしたのだけれど(最初の方にカメラに向かって話しかける?シーンがある)その辺はどうも違うようだ。
 ドッペルゲンガー的にバードマンがリーガンに話しかけたり、あるいはリーガンがまるで超能力の持ち主であるかのように見せるシーンなどはあんまりフェアではないかなという気もする。演出全体としては技術的に凄いとは思ったけれどあまりにテクニカルすぎて、感情に訴えるところはなかった。

 ナオミ・ワッツとアンドレア・ライズボローが突然のレズプレイに走るのもイマイチ唐突過ぎた。ナオミ・ワッツはブロードウェイの初舞台の女優という役だったが、これは「キング・コング」のアン・ダロウ役とも重なるのか。
 リーガンの娘にエマ・ストーン。リーガンのマネージャーでもあり、薬物中毒からリハビリ中という役柄で「マジック・イン・ムーンライト」よりちょっとやさぐれたエマ・ストーンのイメージには近いかも。

 事前に期待したよりはあんまりな印象の作品でもありました。これは「バードマン」というヒーロー映画に出てたという設定があくまで過去のヒット作という意味でしかなく、単にアメリカのコミック原作の超大作という揶揄の対象としての描写にとどまっているからだろう。劇中にマイケル・ファスベンダーやロバート・ダウニーJrやジェレミー・レナーなどが実名で言及されるもののいずれも実力がありながらアメコミ映画なんかに出てる俳優、という感じなのでアメコミ映画を愛するものとしてはちょっとなあ…という想いが残るのであった。

*1:1989年当時バットマンの実写版で真っ先に連想されるのはTVシリーズで演じたアダム・ウェストで、ここの比較で否定されたりしていたものだが、現在は先にキートンとの比較で新しいバットマン俳優を批判する人もいt\るのだから全ては時の流れに左右されるのだ

*2:ちなみに新作「スーパーマンVSバットマン」でバットマンを演じるベン・アフレックジョージ・リーヴスの死の謎を描いた「ハリウッド・ランド」でリーヴスを演じていて劇中では当然スーパーマンの格好で演じるシーンも有るため、バットマンとスーパーマンの両方を演じた(更に言うならマーベルのデアデビルも)おそらく唯一の俳優である

トリプルX、トリプルH(ハゲ)、トリプルドム! ワイルド・スピード SKY MISSION

 5月3日は地上波で「バトルシップ」が放送されるとあって、ツイッターのTLでは好きな人(バトルシッパーというらしい)で盛り上がっていたのだけれど、御存知の通り僕はどうにもあの作品が苦手でバカ映画としてネタ消費することも辛い。もちろん好きな人は胸を張って好きなモノを好きと言っていいと思うけれど、ちょっとした祭り状態は興味のない人間にはちょっと辛い。放送はもちろん、ツイッターを見なければ済む話ではあるのだが、自宅で自由な状態だと、つい見てしまうだろう、ということでその喧騒から逃れるべくその時間帯にちょっとした避難措置として劇場へ。そんなんだから何を観るかは劇場についてから決めたんだけど、今回はこれまで全くと言っていいほど手付かずだったシリーズへ挑戦。「ワイルド・スピードSKY MISSION」を観賞。

 原題は「FAST & FURIOUS7」ということでシリーズ七本目。このシリーズ、キャスト的にはヴィン・ディーゼルミシェル・ロドリゲスジョーダナ・ブリュースターと僕好みの役者が出ていたのにどうにもこれまで興が乗らなかった。TVで放送された時も一応見たはずなのだが、ながら見だったせいかあまり入り込めなかったのだ。車両強奪犯グループを検挙するために潜入した捜査官が公道レースなどをしている内徐々に犯人グループと友情を育み…みたいな話だっただろうか。
 そしてあれよあれよとシリーズが本数を重ね、ロック様(ドウェイン・ジョンソン)が参加した時にはもう今さらおいそれと参入出来ないな、という感じだった。だから本来はこの7作目もスルー予定ではあったのだが、前述のような理由で劇場鑑賞。だからこれまでのストーリーもキャラクターもほとんど分からない状態での観賞だったのだが、これが何の問題もなかったです。

 物語は某国の病院から始まる。重症でベッドに寝ている男の兄と思われる人物の後ろ姿。これがジェイソン・ステイサム。そして重症の男がルーク・エヴァンス。どうやらルーク・エヴァンスは前作の悪役らしくこのシーン以外では出てこないのだが、前作のラストで重症を負い、その復讐に兄であるステイサムが乗り出す、という展開。男性の美男役者にキャーキャー言うのは自分が男でも女でもあんまり変わらないのだが、もちろん好みはあって、ルーク・エヴァンスライアン・ゴズリングはどうも僕にはイマイチその良さが分からない俳優だった(もちろん美形んであることは十分認めています)。ただルーク・エヴァンスは「ホビット」や「ドラキュラZERO」など出演作品を多く見ることで最近はその魅力が分かってきた感じ。ライアン・ゴズリングはまだちょっとよく分からないなあ。
 ステイサムは悪役だが神出鬼没でFBIのオフィスに突然現れたり、ドバイの高層ビルのパーティーに突然出現したり、事態が停滞した時にそれをぶち壊すべく現れる悪のワイルドカード
 そんなわけで一応物語は前作「ユーロ・ミッション」を引き継いではいるようなのだが、特に分からなくなることはなかった。特に説明くさいわけではないが、必要最低限の情報は与えてくれる。ミシェル・ロドリゲスが記憶喪失になっているとか前述のルーク・エヴァンスが前作の悪党で今回はその兄が敵役であるとか。ただ犯罪者であるはずのドム(ヴィン・ディーゼル)がFBIのホブス(ロック様)と普通に接しているとか、多少はシリーズ観ていないとわからない部分もあるけれど、まあ大きく障害になることは無いだろう。
 この映画ヴィン・ディーゼル、ロック様、ジェイソン・ステイサム(おまけでタイリース・ギブスンも)と登場人物の大半がハゲ。よく考えるとかなり豪華なキャストではある。

 この映画ジャンルとしては現代アクションであるが、なんでかSF映画からのオマージュ的なシーンが多かったように思える。タイリース・ギブスンが出ているからか、アゼルバイジャンで自動車ごと飛行機から飛び出して(邦題の「スカイミッション」の元になっているのは主にこのシーンだろう)、パラシュートで降り立つシーンやその後の森のなかのカーチェイスは「トランスフォーマー:リベンジ」を連想。またこの作品に出てくるクルマたちはそのほとんどがワンシチュエーションで大破するが、にも関わらず(あるいはそのおかげで)まるで生きているような魅力を放っている。
 そして、今回はカート・ラッセルが登場するのである!カート・ラッセルカート・ラッセル出演映画に外れなし!もう!出てるなら早く言ってよ!そうと分かってたらもっと早く観に行ったのに!というわけでカート・ラッセル諜報機関に所属する偉い人で役名は「ミスター・ノーボディ」。登場直後からかなり胡散臭い役柄だが、きちんとアクションもこなし、最後はなんだかよくわからないけれど格好良く退場する。個人的にはカート・ラッセルを観るだけでも価値があると思います。ちなみにカート・ラッセルが登場する直前にジェイソン・ステイサムデス・プルーフ仕様のクルマでヴィン・ディーゼルの搭乗車と激突するシーンがあるのだけれど、この辺もカート・ラッセル出演の「デス・プルーフ」のオマージュかもしれない。

 多分最初のシリーズとはかなり内容も変わってきているんだと思うんだけど(時間軸も一直線じゃないんだっけ?)。本作はそれこそヴィン・ディーゼル出世作トリプルX」やドバイの高層ビルが舞台というだけの共通点だけど「M:I GP」とかを思い起こさせるスパイアクションでもあって、ただそのアクションの殆どにクルマが大きく絡む。
 頭のいい緻密なアクションと度胸一発!大胆なアクションが一体化していて、とても見応えがあります。ラストの特定の人物を走りながら乗り換えさせ、戦闘ヘリからの攻撃を避ける、という部分などきちんと計算された部分が生きたアクション。かと言ってラストはロック様がガトリングガンを手で持ち上げて撃ちまくるという力技だしその辺のバランスがいいですね。ロック様「メタルギア・ソリッド」映画でヴァルカン・レイヴン役やらないかな。
 監督は「死霊館」「インシディアス」のジェームズ・ワン。この2つや僕は見てないんだけど「ソウ」シリーズなどで有名なのでてっきりホラー専門の人なのかと思ったらアクションでも大丈夫なんだね。まあ「インシディアス」とかいわゆる心理ホラーというより如何に驚かせるかという感じではあるので、アクションやっても全然不思議ではないけれど。

 主役であるポール・ウォーカーが撮影中に交通事故(撮影によるものではなくプライベート)で亡くなったことでシリーズやポール・ウォーカーのファンには特別なものとなっただろう。映画を見ている限りおそらくラストシーン以外特別その死による強い影響は感じられない。僕はシリーズにもポール・ウォーカーにもほとんど思い入れはないが、シリーズとしての完結編的な意味も手伝って感傷的にはなってしまう。ラストの急にヴィン・ディーゼルのモノローグになり、運転するヴィン・ディーゼルの車にポール・ウォーカーが横付けし、また別れる(別々の道を行く)ところは多分ポール・ウォーカーにセリフがないところから死後に合成か何かで撮影されたシーンなのだと思うけれどちょっとうるっとはきました。

 普通にアクション映画としても面白く、シリーズを観ていないクても十分楽しめるし、シリーズを見ていれば更に楽しめるのだろう。オススメです。

マジックは不在。ただウディ・アレンの欲望に忠実なファンタジーがあるだけ マジック・イン・ムーンライト

 どんな作品かさっぱり把握していなかったけれどエマ・ストーンが出ている!その一点で観に行った作品。ウディ・アレンの監督最新作「マジック・イン・ムーンライト」を観賞。正直ウディ・アレンは苦手です。

物語

 1928年、辮髪のカツラに泥鰌髭を付けて中国人マジシャンとして有名なスタンリーはベルリンでの興行の後、マジシャン仲間のハワードからとある依頼を受ける。南仏に住むアメリカ人富豪夫婦からの依頼で、母親と弟が霊能力者を名乗る女性に入れ込んでいるという。夫婦から本当の霊能力者なのか検証を依頼されたが、ハワードには見抜けなかった。そこでスタンリーに頼みたいと。
 南仏に行ったスタンリーはその自称霊能力者、ソフィーと出会う。ソフィーはスタンリーの過去を言い当て、交霊会でもトリックを発見できなかった。スタンリーもソフィーを信じ始めるが…

 ウディ・アレンは初期の俳優としての作品は好きなのもあるんだけれど、監督作品はどうも苦手ですね。今回はエマ・ストーンが出ているというだけの情報で観に行って、映画が始まるとどうやら「マジシャンによるインチキ超常現象を暴く物語」と知ってちょっとワクワクしたのですが、そこはウディ・アレンの作品であって、「レッドライト」や「プレステージ」みたいな本格的な「超常現象バスター」や「マジシャン同士の愛憎」という物語ではなくあくまで恋愛描写のちょっとした味付け、という感じです。作品自体はまったく軽く、それなりに面白かったのですが、それ故か逆に引っかかるところがいくつかありました。それで逆にウディ・アレンの嫌な部分が再認識してしまった感もあり。
 主演はコリン・ファース。人付き合いの悪い嫌味な厭世家ですが、そのへんの嫌な部分はコリン・ファース自身の魅力に拠って緩和されています。
 エマ・ストーンは霊能力者を自称する女性ソフィーを演じていますが後述するように役柄にしてはあまりに純朴な感じに描かれていて疑問が残ります。エマ・ストーン自身は相変わらず魅力的ですが1928年という時代設定の人物としてはあんまり時代性は感じられず普通に現代の少女だなあ、という感じ。
 ほかにハワード役のサイモン・マクバーニーがルックス的にはウディ・アレンが反映されているのでしょうか。ソフィーのステージママとでもいうのか母親役に「ミスト」のかモーディー夫人ことマーシャ・ゲイ・ハーデン。ただマーシャ・ゲイ・ハーデンを起用していてこの役柄なのに扱いはもったいなかったような気がします。この設定ならもっと前面に出てきて、真実が判明したあと本来ソフィーが受ける悪意を一身に集める悪役としての役柄であっても良かったのではないかと思います。

 1928年はハリー・フーディーニが亡くなった2年後で、おそらくこのスタンリーのモデルもフーディーニだと思われます。フーディーニは稀代のマジシャンでその代表的な奇術は脱出。自分を鎖でしばった状態で様々な難所から脱出し世間を驚愕させました。ジョン・メリエス同様マジシャンから転向して初期の映画に於けるドラマとしての映画を確立した一人でもあります。また彼は霊能力者や超能力者といった超常現象をマジシャンの立場から次々暴いていった超常現象バスターの走りでもあって、そのきっかけが母の死によって一時的に超常現象に傾倒したけれど冷静に観たらインチキばかりだったから、というあたりやはりスタンリーのモデルと言っていいでしょう。最後は妻に「もし死後の世界があれば何らかの方法で伝える」と言っていたらしいのですが結局死後の世界など無いのかフーディーニのメッセージが送られてくることはなかったのでした。


 映画はマジシャンとしての実力をスタンリーにはかなわないと引け目を感じていたハワードがソフィー親子と協力して仕組んだ詐欺であったという展開を迎ますが、この映画は超常現象の有無ではなくあくまで恋愛ものなので映画は続きます。でも僕的にはここからいよいよウディ・アレンのどす黒い欲望が見えてくる感じですね。

 僕が最初の段階で、「超常現象を暴く物語」と思ってしまったせいもあるのでしょうが、恋愛ものとしてもいささかご都合主義な部分が見られます。まずエマ・ストーンコリン・ファースもキュートで魅力的だったのですが、この二人が恋愛関係に陥るカップルとしてはかなり年齢差があります。もちろん実際に年齢差のあるカップルは珍しくないし、例えば(ヴァンパイアという設定とはいえ)「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」のティルダ・スウィントントム・ヒドルストンの20歳差カップルのようにルックス的に年齢差を感じさせない場合もあります。でもコリン・ファースはいくら魅力的でも普通に役者の実年齢通り50代にしか見えないし役の設定もおそらくそのくらいでしょう。エマ・ストーンも20代で(劇中のやりとりからも設定も20代)、しかも映画の中ではまだ10代の少女のような雰囲気さえあります。この二人がカップルとして成立するのにそこに年齢差をエクスキューズするシーンが無いんですね。またスタンリーは厭世家で基本的に人を信じず、傲慢なキャラクターですがそれ自体は全然良い、ただ良い人出あるよりはよほど魅力的にできる設定だと思うんですが、やっと互いの価値観を見いだせる女性と婚約しているにも関わらずソフィーを好きになったからとあっさり婚約者を捨て、しかもそれを(劇中ではそのシーンはない)電話で済ませます。さらにまずはソフィーのほうがスタンリーを好きになり、好意を寄せられていると知って自分も意識し始めるという始まり方なのですね。この男に都合のいい、かなり酷い事をしているにもかかわらず罪悪感を感じないキャラは実はかなりウディ・アレンの自身の価値観が反映されていると思っていいのではないのでしょうか。(外見的にはハワードこそウディ・アレンぽいのだけれど)
 ウディ・アレンは映画人としての才能は確かですが、一男性としてはかなり最低な部類に入る人物です。なんといっても交際相手の養女に手を出して結婚したという人です。血のつながりこそ無くても後見人的な立場の人物が被後見人に手を出したというだけでクズです。この「マジック・イン・ムーンライト」はそんなウディ・アレンの願望がだだ漏れした作品とも言えるのではないでしょうか。はるか年下の女性が一方的に好きになってくれる、そのために自分が現在交際している相手を捨てても特に責められることもない。こんな男にとって都合のいい話はありません。映画の中でスタンリーを演じるコリン・ファースは役者としてとても魅力的ですが、少なくとも脚本は陳腐に過ぎ、会話からスタンリーがそんなに女性に好かれるタイプとは思えません。
 一方エマ・ストーン演じるソフィーも魅力的ではありましたが、霊能力詐欺を試みるキャラクターとしては(絵図を書いているのはハワードと母親だとしても)純粋すぎる気がします。詐欺の常習犯、しかも幼いころは生活に苦労したという役柄にしては、人の機微を知らなすぎます。同じエマ・ストーン演じる詐欺師としても「ゾンビランド」の方がはるかに手練で詐欺師としての説得力に富みます。1928年という時代に沿ったファッションなのかも知れませんが、その服装もちょっと少女趣味がすぎる気がします。この辺もある種の男(ウディ・アレン)の願望がだだ漏れになっているのでしょう。
 もちろん、この厭世家の年配の男と若い詐欺師の女が恋愛関係に陥る展開、それ自体は全然いいと思うのですが、そこに至るにはこの脚本はあまりに葛藤がなさすぎます。葛藤がない分さらっと入ってくることはある種のメリットではあるのですが、これなら例えばスタンリーの年齢をもっと下げるとか、あるいはソフィーの年齢を上げるとかしてその普通なら年齢差を埋めるか(それなら特に年齢差が注目されなくても良い)、あるいは脚本にその葛藤を織り込むかしないと説得力のあるものにしないと本当にただのファンタジーで終わってしまいます(実際霊能力を暴くというのがきっかけにも関わらず恋愛描写にはリアリティがないのです)。

「月光の魔法」と言うタイトルですが、この映画には見る人を「おおっ!」と驚愕させるマジックはありません。ただある種の人に都合のいいファンタジーがあるだけです。

隣りあわせの灰と青春 シンデレラ & エルサのサプライズ

 本当は怖いシンデレラ!ここ数年の流行の一つである古典的なお伽話を最新技術で実写化!解釈のぜんぜん違う「白雪姫」2本、「ジャックと豆の木」「美女と野獣」そしてディズニー公式の「眠れる森の美女」外伝「マニフィセント」、お伽話オールスターズによる「イントゥ・ザ・ウッズ」などがあるわけですが*1、今回はディズニー公式で外伝でもひねったものでもなく真正面からのリメイク。ケネス・ブラナー監督の「シンデレラ」を観賞。

アナと雪の女王 エルサのサプライズ


 同時上映は「アナと雪の女王」新作「エルサのサプライズ」。アナの誕生日のために奮闘するエルサとクリストフたちの様子を描く。スマートフォンのゲームアプリで「FREE FALL」というのがあってそこの本編後のゲームの部分がこの「エルサのサプライズ」なんですね。なのでそこで出てくるアイテムがこれでもかと登場するのでちょっと答え合わせをしながら観た部分も。日本語吹替ではちゃんと神田沙也加と松たか子、ピーエル瀧らが続投。ハンス王子もちょっと出てくるけれど、長編として作られると聞く続編では捲土重来を謀るハンス王子が南の魔術師を連れてアレンデールを侵略しにくるという話はどうか?

シンデレラ


 物語はもうそのまんまです。結構オリジナルのエピソードとか挿入して膨らませるのかな、とおもいきや、意外にも特に新しいエピソードはなし。まんまあの「シンデレラ」が実写で展開される。これまでにも「シンデレラ」のその後を描いた「エバー・アフター」などあったわけだけれど、だからこそかここ最近の作品の中では正統派とでも言っていい出来栄え。。
 とはいっても「シンデレラ」も元々のお伽話は色々あるわけで、源流は中国とも古代ギリシャとも言われていて(似たような話はやはり世界中あるみたい)、底本となっているのはディズニーの「シンデレラ」。一部楽曲も共通している。僕はそちらを見てはいるはずなのだが、詳しくは覚えていない。なので今回の実写化がどこまでアニメ映画「シンデレラ」に忠実なのかはちょっと分からない。
 例えば漠然と知っているお伽話「シンデレラ」だと王子は舞踏会で初めてシンデレラと出会い、しかしガラスの靴を残して去ったシンデレラを見つけるために国中の娘の足にガラスの靴を履かせていくが、一目惚れしたのに顔覚えていないのかよ!とか思っていたのだが、この映画では舞踏会より前に森でシンデレラと王子が出会い、その時点で王子が惚れたことが示されているので、あくまで探す手段でしかないことが分かり、現代風の整合性は取れている。
 お伽話における「遠い昔(あるいは「昔々」)」をどの時代に見るかはちょっと意見が分かれるところではあるけれど、この「シンデレラ」では18世紀から19世紀初頭ぐらいが舞台のように思えて、それこそ「アナと雪の女王」と同じぐらいの時期っぽい。もうちょっと昔(百年戦争ぐらいの時期)のイメージがあったが。
 舞台となる王国も城のロケーションが「アナと雪の女王」のアレンデールとよく似ていてなるほど同時上映にしたのもよく分かる。この映画一応架空の国の特に年代を指定しない設定だけれど、物語の中ではパリが言及されてはいるんだよね。ファッションの中心地パリって言うとやはりブルボン朝ルイ14世の頃とかなのかなあ。お城の衛兵とかはハンス・ルドルフ・マヌエルの絵「傭兵」に出てくる左右アンバランスな派手な格好をした兵士が務めていたりしたのでスイス傭兵を雇っているみたいです。


 主演のシンデレラ(ちゃんとした名前はエラだが途中から義姉によってシンデレラ(灰かぶりのエラ)とあだ名される)はリリー・ジェームズ。「白雪姫と鏡の女王」のリリー・コリンズに続く眉毛のリリーだ。映画の役柄から若く見えるけれど現在26歳。最初は眉毛リリー1号に比べてちょっと魅力に欠ける気もするけれど最終的にはちゃんと魅力的に見えるから不思議。ただ、ドレス姿のウェストはCG加工で実際よりちょっと細くなってるらしいです。残念。
 魔法使い(フェアリー・ゴッド・マザー)はヘレナ・ボナム・カーターで彼女がドタバタしながらかぼちゃを馬車に、ネズミを馬に、アヒルを御者に、そしてトカゲを従者に変える。ここでシンデレラのドレスも見事なものに変えるのだが、ここでシンデレラが着ているピンクのドレスをシンデレラは「母の遺したドレスだからあんまり変えないで欲しい」と言うのに出てきたのは青いドレスで外見もガラッと変えちゃうのはどうなのか?しかもシンデレラもそれに納得しちゃう。このフェアリー・ゴッド・マザーとの出会いもちょっと唐突なので王子の時同様、舞踏会の前に出会っておくシーンがあると良かったかも(もしやあったかな?)。眉毛が太いのは清純であることか何かの象徴になってるの?それとも単にここ最近の女性のファッションのトレンドなのでしょうか?
 王子役はリチャード・マッデン。ここ最近のお伽話実写映画では様々な面で女性が強くなったことを反映しているのか主人公のヒロインが能動的でその分王子役が割りを食うことが多いのだが(担当も王子でなく猟師だったり庶民であることも)、ここでは正統派なヒーローとしての王子の役割を。最も王子自身がアクションをするわけでもないので他の作品に比べるとボロが出なかっただけとも言えるか。股間のモッコリも目立つ白タイツを見事に履きこなしている。

 悪役と言える継母(役名もステップマザー表記で固有名は出てこない)はケイト・ブランシェット。ケイトさんは演じる役で「かわいい/怖い」と「善い/悪い」の組み合わせで四つに分けられるが今回は「怖い・悪い」か。この映画では「白雪姫」の女王や「眠れる森の美女」のマレフィセントのような徹底的な極悪人と言うよりは実際に存在しそうな悪人という感じだが、僕はこの継母を見て二人の人物を連想した。一人はロシア帝国の皇女ソフィア。帝室に生まれ皇位に昇る事こそなかったが、政治に辣腕を奮い、弟であるピョートル大帝との政治抗争の末破れた。彼女の存在が後の「女帝のロシア」を産む礎となったことは間違いない。ロシア帝室の皇女というのは中々に不幸で身分が下の貴族に嫁ぐわけにもいかないし、かといって他のヨーロッパ王室は野蛮なロシアの皇女など手に余り貰い受けるのは拒否されて、結局修道女となるのが普通だったという。さらにソフィアは容貌も悪かったらしく優れた頭脳を持ちながら生まれながらにして朽ちることを宿命漬けられたような存在。しかし彼女は弟の摂政となることで政治の世界に関わった。腹違いの弟であるピョートルとうまくやれればロシアはさらに前進したかもしれないが、この2つの才能はぶつかりあった。「シンデレラ」の継母も才能を持ちながら結局のところ自分で何かをやるわけではなく結婚とそれによる夫の財力の使用という手段でしか自分を活かせなかった。
 もぅ一人はガートルード・バニシェフスキー。映画「アメリカン・クライム」、ジャック・ケッチャムの「隣の家の少女」のモデルとなった1965年にインディアナ州で起きたシルヴィア・ライケンス事件の主犯である。この事件は旅芸人の娘シルヴィアと妹が両親の巡業の間バニシェフスキー家に預けられたが、約束されていた仕送りが遅れたことをきっかけにバニシェフスキー一家と一部の仲間による壮絶な虐待が行われ、ついに死を迎えたという事件で「インディアナで起きた最も恐ろしい事件」とされる。「シンデレラ」の場合、最終的にハッピーエンドが担保にされているのでもちろん死を迎えることはないがそれでも継母と義姉たちのシンデレラへの扱いは現代なら十分虐待である。また劇中でシンデレラを嫌う理由として「清純で純真だから」というようなことを言っているが、この相手が汚れがないからこそ、自分との境遇の違いで相手を憎むことしか出来ない、というのもなんとなく共通するところのような。というかシンデレラももし王子との出会いが無ければ最終的に虐待がエスカレートして死に至らしめていたような気がする。日本だと尼崎や北九州で起きた家族乗っ取り事件を思い起こさせる。いずれにしろ女性が結婚という受身的な手段でしか成り上がることの出来ない時代に恵まれた環境で純真に育ったシンデレラを憎んでしまうというのは十分理解できて、お伽話にありがちな分かりやすい悪役ではなかったが、もっと複雑な悪役として成功していたと思う。これは演じたケイト・ブランシェットによるところも大きいだろう。
 他悪役(という程でもないのだが)、王子が庶民の娘と結婚することをよしとせず、シンデレラ探しを妨害する大公にステラン・スカルスガルド。ブラナー作品は「マイティ・ソー」にも。意地悪な姉二人は特に個性分けがされておらず、名前もどっちがどっちか分からなくなるぐらいだけれど黄色のほうより桃のほうが若干かわいいかな(僕の好みの問題)。映画を観る我々の観点だと明らかにこの二人の姉よりシンデレラのほうがセンスがいい、というか過剰でなく流行に流されない格好なのだけれど、劇中では二人の姉のファッションこそが流行りでありパリの最先端という設定。
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 今回は吹替で観賞。シンデレラに高畑充希、王子に城田優。いわゆるタレント吹替の一種だとは思うがこれが全然違和感なし。城田優はクレジット見るまで全く気づかなかったし普通にうまかった。高畑充希のシンデレラはちょっと朴訥な喋り方で見ながら(誰だかわからないけどプロでは無いのかな?)などと思いながら観ていたけれど、シンデレラというキャラクターには見事にはまっていて文句なし。
 ほかはヘレナ・ボナム・カーターのフェアリー・ゴッド・マザー(この呼名はマレフィセントのことでもあるな)に朴璐美ヘレナ・ボナム・カーターって高乃麗もよくあてていたと思うけれど共にハスキーな声という感じか。ヘレナ・ボナム・カーターはブラナー作品では「フランケンシュタイン」でヴィクターの婚約者エリザベスを演じていた。
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 まったくひねりはないけれど王道のお伽話実写化だとは思います。僕みたいに皇女ソフィアやらガートルード・バニシェフスキーやら連想するのはまれであろうし、小さい子どもと親が一緒に見たりするには十分面白かったです。演出ケネス・ブラナーなので手堅くありますしね。
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*1:ティム・バートンの「アリス・イン・ワンダーランド」が流れの最初期のものだと思うが技術的には「アバター」の惑星パンドラの描写では無いかとも思う