The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

戦場に駆ける馬 戦火の馬

 馬、というと犬と並んで人間の古くからの友、というイメージがある。もちろん犬や馬以外にも人間と関わりの深い動物が多いが気まぐれな猫や家畜としての意味合いが強い牛に比べると犬と馬は人間との友情を深めることの出来る動物という感じだ。古くは三国志に出てくる呂布関羽の愛馬である赤兎馬(一体どんな長寿な馬なんだ、というツッコミはなしね)や硫黄島の戦いで戦死したバロン西とその愛馬ウラヌス号とかが思い出される(フィクション*1だと「北斗の拳」の黒王号とかかな)。馬は頭も良く、自分に良くしてくれる人間への愛情も深いという。僕は親戚に農家が多かったが主に飼っていたのは牛なので牛に対してはそこそこ世話などの経験もあるのだが、馬に関しては未経験。とはいえ地元に競馬場が合った縁で馬に乗せてもらったりしたことはある。そんな馬と人間の友情を描いた映画、スピルバーグの新作「戦火の馬」を観た。

物語

 第一次世界大戦前夜のイギリスの田舎町。そこで一頭のサラブレッドが生まれる。その仔馬に興味をもつ少年アルバート。やがて馬は母親から引き離され競りにかけられるが、それを購入したのは少年の父親であった。小作農であるナラコット家は本来農耕用野馬を求めていたが地主への意地から必要ないサラブレッドを買ってしまったのだ。アルバートは馬にジョーイと名付け友情を育んでいく。ナラコット家に当てられた土地は荒れ果てた土地。小作料を払えなければジョーイも土地も家も奪われてしまう。しかしアルバートジョーイはその土地を耕し始めるのだった。
 戦争が始まり、父親ジョーイを軍に売ってしまう。買い取ったニコルズ大尉は大切にすること、そして無事戻ってきた時にはアルバートに返すことを約束する。かつて父親が所属していた部隊の隊旗をジョーイにくくりつける。
 しかし戦争は当初の予測から外れどんどん大変なことに。ニコルズ大尉も戦死し、ジョーイの持ち主は戦争の中次々と変わっていくのだった。そしてアルバートもやがて戦場へと駆り出される・・・

 事前の情報では「マイティ・ソー」でロキ役を演じたトム・ヒドルストンが出ていて馬が主題ということで「ロキが巨人の雄馬をたぶらかすために雌馬に化けて、結果としてオーディンの愛馬となる八本脚の駿馬スレイプニルを産む神話を映画化したに違いない」などと冗談交じりに思っていたのだが、ロキのイメージが強すぎてトム・ヒドルストンはおそらくドイツの嫌みっぽい貴族将校か何かだろう、と思っていたのだがこれが実は良い人だった。
 この映画いわゆる大スターは出演しておらず、有名所は先のトム・ヒドルストンと地主役のデヴィッド・シューリス(「ハリー・ポッター」シリーズのルーピン先生でお馴染み)ぐらいのものであるがそれがあくまで主人公は馬なんだと認識させてくれる。
 あと最近はハリウッド映画でもこの傾向が強い気がするが、この映画も基本イギリス人にはイギリス人、フランス人にはフランス人の役者を当てている(ドイツ人についてはパンフになかったので不明)。結果としてアメリカ人はスタッフのみという映画だ(使われてる言語はドイツもフランスも基本英語なんだけどね)。

第一次世界大戦

 この映画の舞台は第一次世界大戦(1914〜1918)時のイギリスとフランスである。イギリスは主に戦争勃発前にそして主戦場となったフランスが中盤からの舞台となる。第一次世界大戦前のヨーロッパは普仏戦争(1870)以降大きな戦争がなかった。およそ40年平和が続いていたせいか第一次世界大戦が起きた時も殆どの人(各国首脳も一般人も)は軽い小競り合いで年内で終了すると思っていたらしい。まさか敗戦=即国家の消滅、と思ってた人は皆無だった。この時点で総力戦を経験している国家はアメリカだけであり(南北戦争)、日露戦争が多少その傾向もあったが戦場になったのは日本でもロシアでもなく主に中国と朝鮮半島だった。
 20世紀に入ってすぐイギリスのヴィクトリア女王が亡くなるがその時点で欧州の各国の関係は複雑に入り組んでおり(ほとんどの王家が親戚関係にあった)、ドイツとロシアの関係悪化をヴィクトリア女王が手紙の中で「孫のウィリー(ヴィルヘルム2世)とニッキー(ニコライ2世、皇妃であるアレクサンドラ・フョードロヴナがヴィクトリア女王の孫)の仲が悪くて・・・」と国家間の関係をまるで家庭内の問題のように書いていたというのは有名な逸話。この辺の19世紀末から20世紀初頭、第一次世界大戦までの欧州の勢力図とか関係とかは複雑だけどとても面白い。この前の「シャーロック・ホームズ シャドウゲーム」とかもこの辺の事情を知識と知っておくと物語を楽しむ上での良いスパイスになると思う。2005年のフランス映画「ルパン」もラストシーンはサラエボ事件オーストリア皇太子暗殺事件、第一次世界大戦のきっかけとなった*2)で締めていた。
 「戦火の馬」でも戦争が始まった時に若者たちが嬉々として兵役に志願する描写が見られるけど、最初はちょっと戦争へ行けば年内に戦争が終わり、帰ってくる頃にはちょうどクリスマスで地元で英雄扱いされ女の子にもモテモテとかそういう気分で志願した各国の若者も多かったらしい。しかしこの戦争はその後の戦争のあり方をガラッと変えた戦争であった。「戦火の馬」はその辺の第一次世界大戦の変化の様子、戦争開始当初の牧歌的な「騎士道精神溢れる」戦闘から後期の凄惨な戦闘までを上手く描いていたと思う、馬を通して。
 最初は欧州で始まった戦争は各国の植民地を巻き込み日英同盟によって日本が参戦し、ドイツの潜水艦による無差別商船攻撃がアメリカ商船に及んだ結果文字通り世界中を巻き込んだ戦争となっていく。日本は欧州が手出しできないのをいいことに袁世凱政権に「対華21カ条要求」というどう贔屓目に見ても酷いとしかいえない条約を中国に無理やり飲ませている。
 最初ジョーイはニコルズ大尉の愛馬として騎兵隊に配属される。この時点では騎兵隊が戦場の花形で、戦場も草原が主であったが、騎兵隊は機関砲(ガトリング砲など)によって倒れていく。やがて機関砲を避けるため塹壕が掘られ戦闘は長期化しその塹壕を打ち破るため戦車が開発され、毒ガスも使用される(映画では出てこないが飛行機が戦争に使用されたのも第一次世界大戦からであった。また近代的な潜水艦が使用された戦争でもある)。劇中ではソンムの戦いが出てきたがこれが戦車が初めて投入された戦いである。
 
 これまで作られた第一次世界大戦を舞台にした映画というと終戦第二次世界大戦が始まる前に作られた「西部戦線異状なし」が決定版ということになるのだろうが、「戦火の馬」もそれに準じる作品とは言えるかもしれない。ただ主軸テーマは「馬と人間の友情」で有るので必ずしも第一次世界大戦が舞台でなくても成立する話でもあるのだが。ちなみにスピルバーグは「シンドラーのリスト」「プライベートライアン」(追加「太陽の帝国」も!)という第二次世界大戦を舞台にした傑作を撮っているが*3第一次世界大戦を舞台にしたのはこれが初めて。というより第一次世界大戦はアメリカが積極参戦した戦争では無いのであんまり舞台にした映画自体が作られていないようだ。


 エンドクレジットのSpecial Thanks的な物でピーター・ジャクソンの名前を見つけたような気がするのだがそのせいかどうか分らないが最初のイギリスの片田舎や途中のフランス農家の描写はなんとなく「ロード・オブ・ザ・リング」」のホビット庄を思わせる。あるいは作品全体として戦争が始まる前と始まってから色彩の対比は「イップ・マン 序章」の戦争前と戦争後のトーンの違いを連想させた。後はやっぱりジョーイがいいんだよね。特に戦争に行って黒いトップソーンと言う馬との友情。映画ではジョーイは戦場でイギリス騎兵隊→ドイツ兵→フランス農家→再びドイツ軍と所属を変える。それぞれにドラマがあるが必ずそこには馬を愛する人がいることが救い。そしてトップソーンとの友情はいつも一緒。特に大砲を運ぶために足を怪我したトップソーンに変わり率先して自分が牽引しようとするシーンは馬ながら感情が一気に湧き出るようにこちらに伝わってきた。
 トップソーンを失ってジョーイは何かが吹っ切れたように戦場を駆けるが金網に引っかかって身動きがとれなくなってしまう。ここでイギリス・ドイツ両軍がジョーイを助けるために一時休戦する。実際にこういう出来事があったか不明だがこの頃になると兵士たちの厭戦ムードはかなり高かったようで終戦が決まった途端敵対していたドイツ兵とロシア兵が抱き合って喜んだ、というエピソード等が残されている。
 
 全体としてはファミリー向けっぽい作品だが、そこはスピルバーグらしい直接的ではないが嫌ーな描写もある。ジョーイとトップソーンを奪って軍を脱走したドイツ人兄弟が処刑されるシーンは風車越しのアングルになっており風車の羽が一瞬兄弟を隠し上がった時には兄弟が倒れている、など直接的描写を超える印象を残している。
 
 後は音楽。例によってジョン・ウィリアムスだがこれが良かった。特徴的なテーマがあるというわけでもないのだが劇中では見事に機能していた。総合的に現時点では今年一番の作品かもしれない(まあ、今年は主にアメコミ映画で大作がたくさん公開されるので最終的にどうなるかは分かりませんが)。

戦火の馬

戦火の馬

  • 作者: マイケルモーパーゴ,Michael Morpurgo,佐藤見果夢
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 第一次世界大戦の結果、ヨーロッパからは(各国で革命が起きたため)君主国家が激減し、強大なオーストリア=ハンガリー帝国が解体されることで現在のヨーロッパの国境がほぼ確定された。一方総力戦による国家の消滅と引き継いだ政権が戦勝国に多大な賠償金を払わなければならず、結果としてそれらは第二次世界大戦の遠因ともなった。人類がさらなる地獄を目にするのは終戦およそ30年後のことである。
 第一次世界大戦で徴用された馬の数は100万頭を超える。そのうち戻ってきたのはわずか1万頭に過ぎない。

*1:赤兎馬もある意味フィクションだが

*2:ちなみにこの皇太子は来日経験あり

*3:「1941」は評価のわかれるところ