異形から生まれたさらなる異形 シン・ゴジラ
思えば去年の今頃は映画「進撃の巨人」の記事が自ブログ史上かつてないバズり方をして畏れ慄いていたのであった。なんとなくブログの更新頻度が遅くなり色々と低温火傷のような感じで自分にも影響を与えていたのである。あれから一年。その実写版「進撃の巨人」のスタッフとキャストの多くがそのままスライドして制作した映画「シン・ゴジラ」を鑑賞。いや実際のところはどうするか迷ったんですよ。監督は樋口真嗣だし(特技監督としては信用している)。でもやっぱりゴジラの新作といえば観に行かないわけにはいかないのであった。
物語
海上保安庁が東京湾で乗員の消えた船を発見。ほぼ同時に大量の水蒸気が東京湾から噴出、アクアラインでも崩落事故が起きた。政府は事故の解明と対策を急ぐが原因が未知の巨大生物の存在である可能性が浮上。間もなくその巨大生物が東京都に上陸する。
その巨大生物は這いずるように都市を蹂躙するがやがて二足歩行に変化する。自衛隊のヘリが攻撃を開始しようとしたところで巨大生物も東京湾へ消える。
巨大生物の通った後には放射性物質による汚染も確認され、体内に原子炉のような機関を備え、かつ自己進化を繰り返しながら成長する究極生物である可能性が高くなっていく。アメリカからこの生物を研究していたとされる日本人科学者の情報を与えられ、その学者の残した資料に残された大戸島の伝説に伝わる怪物「呉爾羅」から巨大生物は「ゴジラ/GODZILLA」と名づけられる。対策班はゴジラの体内をめぐり体内の原子炉からの熱を排出させる役割を果たす血液を凝固させる薬を経口投与することでゴジラの活動を停止させる計画を立てる。
二度目のゴジラ上陸。しかしゴジラは予想を超えて大きく進化し、またとても生物とは言えない攻撃手段も備えていた。自衛隊も在日米軍もなすすべがないままゴジラにやられ、ゴジラは活動を停止。国連安保理は東京への核攻撃を決める……
面白かったです!正直予告編は全く面白そうに感じず(特に初期のゴジラの尻尾と逃げる民衆というやつ)、あれなら予告編作らないほうが良かったんじゃないか、と思ったぐらいだったのだけれど、本編の映像はとてもスリリングでした。ただ手放しで褒められないという部分も大きく、好きか嫌いかで言ったらちょっと嫌いの方へ傾く…って感じかも。例えば「進撃の巨人」で見られたような無駄なエロとかはありません。今回は庵野秀明と樋口真嗣の共同監督ということだけれど、脚本も担当した庵野秀明が総合演出、樋口真嗣は特撮部分という感じに分かれた模様。やっぱり脚本って重要だよねえ。登場人物の多くはプロフェッショナルであり、無駄なドラマ(恋愛や家族の描写など)が排除されているのである意味ではストイックな「働く人賛歌」ともいえる。一方でその描き方に好き嫌いは分かれそうで僕の場合あんまり好みではなかったかな、という感じ。ただこれは後述するけれど、あくまで僕の好みの問題であって良い悪いの問題ではない。
庵野秀明といえば「エヴァンゲリオン」なのだが、僕は「エヴァンゲリオン」は最初のTVシリーズとその映画版はひと通りハマったけれど、今まだ続いている新しい映画シリーズは特に興味はない状態(TVで放映されたら見る、という程度)。もう僕の中では旧劇場版であのシリーズはしっかり完結しているものなので。ただ庵野秀明監督というとアニメ監督という印象の強い人もいるだろうけど、学生時代から(「アオイホノオ」参照)特撮にも造詣が深い人ではある。だからあんまり意外な人選という気はしなかった。今回の作品も見終わってみればどこを切っても庵野印!というような紛れも無い庵野秀明の映画ではあった。
映画は2014年のハリウッド版レジェンダリー・ピクチャーズの「GODZILLA ゴジラ」の大ヒットを受けて製作が決定したそう。以前のハリウッド版、ローランド・エメリッヒ監督(「インディペンデンス・デイ:リサージェンス公開中!)の「ゴジラ/GODZILLA」の製作が決まった際には当時日本で展開していた「平成VSシリーズ」を終了させた*1のだが、本来ハリウッド版がシリーズ展開している間は日本では製作できない契約だったのがエメリッヒゴジラが興行的に失敗したため、再び国内のゴジラシリーズを再開した経緯を持つ(「ゴジラ2000」に始まるミレニアムシリーズ)。だからてっきり今回もそういう契約だったのかな?と思ったのだが違ったようだ。レジェンダリー版も続編は企画中ですでに公開が決まっている新しい「キング・コング」と共通の世界を持ち、単独の続編はもちろん、コングとのVS作品も予定されている。
なのでハリウッド版とは全く別に今度の「シン・ゴジラ」は制作されているようだ。
で、今までの国内のゴジラシリーズは全て1954年の「ゴジラ」を基点とし、幾つか時系列的なシリーズ分けができるがいずれも1954年「ゴジラ」の続編という形式を取っていた。ハリウッド版の2作は共に全くの新作であったわけだが(ギャレゴジの方はちょっとオマージュ的に1954年が重要な節目とはなっている)、今回の「シン・ゴジラ」は日本のゴジラとしては初めて1954年の「ゴジラ」から続くわけではない、全く新しい時系列のゴジラとなっている。王道の怪獣映画はむしろハリウッドに任せて日本は独自の新しい怪獣映画を切り拓くという感じか。もちろん、大きな背景には2011年の東日本大震災と福島原発事故があるだろう。かつてまだ戦争の記憶が生々しい頃に第五福竜丸事件などが起きた核への恐怖を怪獣映画というフィクションに託したように、今度もあれから5年近く経ってそろそろその記憶をフィクションに昇華しようと試みたのか。
今回のゴジラ。まずはそのビジュアルはかなり早い段階から公開されていたけれど、個人的にはとても魅力的に思えた。1954年の初代ゴジラを更に凄みを増したような様相に「ゴジラVSデストロイア」に出てきたバーニングゴジラを思わせる全身を彩る赤。2014年の「GODZILLA ゴジラ」がキンゴジ(キングコング対ゴジラ)や平成VSシリーズのゴジラのようなマッチョな方向へデザインをシフトしたのに比べるとあえて反対方向へ持ってきた感じだろう。ただ、あのデザインはデザイン単体としてはとてもか格好良く思ったものの、これが実際に映画内で動くとどうなるか、というとちょっと動いているところが想像できない感じもあった。それは予告編を見ても変わらず、見かけがおどろどろしいだけの木偶の坊なのではないか?という不安も抱いた。今回は日本のゴジラとしては初のフルCGで描かれていて、公開初日に明かされたがモーションキャプチャーを狂言師の野村萬斎が演じている。そのほとんどが足とクビの動きだろうか。
今回のゴジラは変態する。最初に姿を表した時は深海魚のラブカを思わせる愛嬌のあるギョロ目にクビが長くエラが目立つ。最初にこのゴジラ(劇中登場するのは第二形態らしい)が登場した時は、ゴジラとは別の新しい怪獣が登場するのかな?と思ったぐらい従来のゴジラのイメージとはかけ離れている。過去のゴジラの子供や子供時代であるミニラやゴジラジュニアといった存在と比べても異形である。ただこのゴジラが動く動く。CGで表現されたそれはちょっと粗っぽくはあるのだが、愛嬌があり、しかし表情豊かなのに何考えてるかわからない狂気さ、音楽とも相まってこの辺はかなり興奮してしまった。このゴジラがやがて立ち上がり二足歩行になって一旦姿を消し、再び現れた時には小さい目に細い腕のあのゴジラとなる。正直ゴジラとしてじゃなく全く新しい怪獣としてこの第二形態のみでも良かったと思うぐらい。
そして成長したゴジラ(第四形態)は118mとギャレゴジ(108m)を超える歴代最長(今回は痩せている印象もあり、横幅とかを比べると全体的な大きさではギャレゴジやVSシリーズのゴジラに見劣りするかもしれない)。 直立の二足歩行で全体的なフォルムは初代のゴジラを受け継ぎつつ、腕はより細くなっているし、頭部には最初のゴジラデザインである阿部和助の「キノコ雲をイメージした頭部」を連想させるものとなった。一番の特徴は丸く骨がむき出しになったような形状の尾と全身からのぞく赤い体表だろう。「ゴジラVSデストロイア」のバーニングゴジラが皮膚が赤く光ることでメルトダウン寸前の様子を表していたが、今回もゴジラ体内の原子炉に似た内燃機関を冷やすが冷やしきれず赤く燃え立つ血が体表に現れている、という感じか。丸い尻尾はなにか意味があるのかな?と思っていたが、後半でやってくれました。
ゴジラといえば口から出す放射熱線であるが、今回はかなり凝った様子を見せる。口(大きく開くと下顎が割れる)からまずは炎を出す。この火炎は道路にそって拡がりそれだけでも恐ろしい威力だが、それが収束すると今度はレーザービーム状になりビルを切断する。さらに戦闘機など航空兵器に狙われると背びれから無数のレーザービームを放つ(これはほぼイデオン)。そして最後には尻尾の先からも熱線を放つ。この辺になるともう何でもありでゴジラの生物ぽさはほぼゼロ。「風の谷のナウシカ」に出てくる巨神兵(「巨神兵東京に現わる」もこの監督コンビの作品だ)を想起させる生体兵器という感じ。映像的には興奮したが、これはもうゴジラじゃなくてもいいんじゃないかな?という思いも持った。
登場人物は「進撃の巨人」から引き続き長谷川博己、石原さとみ、國村隼他豪華キャスト。ただ登場人物が多すぎて役名を覚えるのが追いつかず、かつ確かに豪華キャストではあるのでもう途中から役名よりも役者名でキャラクターを認識するようにしていた。役名で覚えてたのは長谷川博己の主人公の矢口蘭堂、石原さとみのカヨコ・アン・パターソン、平泉成の里見大臣ぐらいかな。後はもう竹野内豊は竹野内豊、高良健吾は高良健吾、とかって感じ。いちいちテロップ付きで出てくるけど、あんまり覚えるのには役に立ってないかな(お前の記憶力が悪いだけだ!という批判は甘んじて受けます)。
テロップといえば、いちいち人物、場所、兵器などテロップが多すぎる。これはいつでもテロップをつけるいわゆるTVのバラエティ的な手法というよりは庵野秀明監督の過去の作品へのオマージュ的な手法なのだと思うけれど、ちょっとうるさすぎた。かつあんまり効果的ではなかったと思う(元ネタが分かる人には楽しいんだろうけれど)。
人間側のドラマはほぼ会議室で進行するんだけれど、この辺は2007年の「トランスフォーマー」でのアフガンの村でのレノックスたち米兵とスコルポノックの戦闘を遠いペンタゴンから見る、あのワクワクしたシーンがずっと続いている感じ。
もちろん過去のすべてのゴジラ映画が参照にされていると思うけれど、個人的に影響が強いのかなあ、と思ったのは1984年の「ゴジラ」と「ゴジラVSビオランテ」の2本だろうか。
ドラマ部分では過去のゴジラ映画とは異質なぐらい政治家、官僚、自衛官といった官の側の人間しか登場しない。一応科学者も登場するが一貫して官のチームで働いているし、松尾スズキ演じるメディアの人間が登場する以外は市井の人間は登場人物としては登場しない。それがこの映画をストイックなまでにプロフェッショナルが活躍する作品としていて、そこに魅力を感じる人も多いだろう。ただ(先述したとおり良い悪いではないが)僕はそのへんが逆に気になってしまった。最初の「ゴジラ」の監督である本多猪四郎の盟友としても知られ「七人の侍」などで世界に名を馳せた黒澤明監督は生前「ゴジラ」のことを聞かれて「本多監督は真面目だからゴジラが現れてパニックになっても軍人や警官がちゃんと働くけど、オレが撮ってたら官憲は市民を見捨てて真っ先に逃げる」というような事を言っていて(ちょっと出展を失念)、僕もリアル志向のゴジラというのであればそういう方向も描かれるだろう、と濃いおっさんばかりの出演者一覧を観た時には連想したのだが、皆真面目な人間ばかりでこのゴジラという国難に一丸となって立ち向かっていくのである。実際にこんなことが起きた時に人がどういう行動を起こすかは分からない。でもフィクションならばこそ、そんなことやってる場合じゃねえだろ!という事態でも醜く権力争いして欲しいし、市民なんかより自分の命さえ助かれば、という政治家なんかが登場して欲しいと思ったりする(そして散々不快にさせたところで無残な死に方をして観客の溜飲を下げて欲しい)。
この辺は例えば劇中の政権(大杉漣が総理大臣で柄本明や平泉成が閣僚、ちょっとタカ派っぽい女性防衛大臣に余貴美子といった面子)を現実の(僕が嫌いな)現政権(安倍自公政権)に重ねて言っているわけではなくて*2、僕の中には根本的に政治家不信、国家不信があるからで、国家というものはゆえあれば国民を裏切るし、軍隊、警察というものは(自国の)市民に銃を向けるだろうと思っている(沖縄の現状を見よう)。なのでこの映画の性善説(誤用)*3、で描かれているような官の描写は気持ち悪いとか思ってしまった。
もちろん過去のゴジラ映画でも政治家や軍人で悪い人物というのは基本登場しなかったと思うのだが(マッドサイエンティストや企業の社長などでは登場した)、他の作品は子供向けの要素が高く、また主役は民間人が設定されたりすることが多いため、あまり気にならない。だが、この「シン・ゴジラ」は新進気鋭の若い政治家が主役でかつ官しか登場しないため、その辺が気になってしまう。ましてやゴジラという怪獣への対処のプロセスが過去のどの作品よりも詳細に描かれている作品なので余計に気になってしまうのだ。
緊急事態に対しての政府の行動などは実際にもし似た事態が起きたらどうなるか、というシミュレーションに拠っているのだろうし、理想化されすぎている向きはあるものの特に右よりだとかは思わなかったが、外国の対応の描写はちょっと気になる部分も。別に中国、ロシアが日本を核攻撃したいかのような描写などは必要だっただろうか。現在の日本国内の雰囲気を反映しているといえばそうなのかもしれないがちょっと気になった。アメリカが(アジアの東京だからではなく)NYだったとしても同じ行動を取る、と竹野内豊の口を通して言うのもなんだか微妙。こういった部分はリアル志向だからこそ気になる部分ではある。
この正直予告編から漂うつまらなそうっていう空気感。まさかこんな衝撃的な作品になるとは思わなかった。
音楽は鷺巣詩郎。最初のゴジラ第二形態上陸なんかは良かったです。ただ劇中では「エヴァンゲリオン」の音楽や伊福部昭の有名な「ゴジラ」テーマをはじめとした東宝怪獣映画の音楽も使われていて、特に伊福部昭の使用は元のテーマをアレンジして使うとかではなく、オリジナルのモノラル音源をそのまま使用しているのでちょっと劇中の他の音楽と比べて浮く印象。後半は特に頻繁に使われエンドクレジットでも伊福部昭の楽曲のみが流れる。この「シン・ゴジラ」は1954年の「ゴジラ」の続編ではない全く一からの作品だし、伊福部昭のテーマを使用する必要はないか、使ってもここぞという一場面のみにしたほうが良かったのではないかと思う。ただ最初は伊福部昭の楽曲を鷺巣詩郎がステレオに新録もしたらしいのだが、最終的にモノラル音源を使うと庵野秀明が決めたらしいので、その辺は意図的なものらしい。個人的にはあまり効果的には思えなかったけれど。
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多分この「シン・ゴジラ」から直接続く続編はないんじゃないかなって気はするが、今後作られる新しいゴジラには確実に影響をあたえるだろう。ただ、これがスタンダードになっちゃうとそれはそれで違う気がする。
胸を張って好きだとはいえないけれど、何やら凄い作品だということは確かです。これは是非スクリーンでの鑑賞を!