The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

ソマリアを舞台に代理戦争の果てに キャプテン・フィリップス

 我が国の国民的アニメ・漫画作品といえば「ルパン3世」と「ONE PIECE」である。いやあ両方共泥棒と海賊、世間的には犯罪者が主人公ですね。どちらも日本だけでなく国際的な人気を誇る作品でもある。もちろん僕も大好き。「ONE PIECE」はその人気からアンチも多くて、もちろん嫌いな人がいてもいいんだけど、まあ正直僕はきちんとした批判を聴いたことがない。下手な理屈をつけるぐらいなら「ただ嫌い」で十分だと思うのだけれど。海賊と言うのはある種ロマンを掻き立てるものであって、映画は水物、これまでは海の上でセットを組むのが難しいとか、水面に光が反射して撮影に苦労する、結果として予算がかさみあんまり成功した作品というのは無かったのだけれどディズニーのアトラクションを映画化した(シリーズ続いて忘れられてるかもしれないけど最初はそうだったですよ)「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズの成功で海賊物の人気は確かであることを伺わせた。
 僕自身の海賊というものに対するイメージも豪快でありながらある種の規律を守る海のロマンチスト、というもの。この辺同じ盗賊でも山賊とはかなりロマンチシズムの度合いが異なる。現実の海賊というのは洋の東西を問わず存在して、東アジアでも日本人が主体の前期倭寇、日中朝入り交じる後期倭寇などが存在する。
 それでは現在ではどうかというと、大きく2つ、マラッカ海峡に出没するものとソマリア海域に出没するものに分けられる。いずれもカリブの海賊からイメージするロマンと冒険の香りからは程遠いものである。「キャプテン・フィリップス」を観賞。

物語

 ソマリアへの航行をするフィリップス船長の指揮するコンテナ船、マースク・アラバマ号。ソマリア海域に入った時小舟に乗った武装集団が船に接近。その時は振り切ることに成功するが翌日再び一隻の船が近づき4人の武装した集団が船を乗っ取る。大多数のクルーは隠れ、彼らの連携によって海賊のリーダー、ムセを捉えることに成功する。フィリップスは彼らに救命艇を与え、船に予め備えられていた6万ドルを与え船からの退去させようとするが、彼らはフィリップスをそのまま人質として救命艇に連れ込んでしまった・・・!

 あ、最初は、

アメリカならキャプテン・アメリカ、イギリスならキャプテン・ブリテン、日本ならバトルジャパン。しかしてフィリピンのヒーローといえばそれがキャプテン・フィリップス*1だ!

とかいうネタで始めようと思っていたのだった。でも実際に作品を見たらそんな冗談を言える雰囲気の作品では無かったなあ。
 この映画予告編が結構長く公開されていた印象で映画を見に行く度に見せられたので正直ちょっと食傷気味で公開されても観に行くかどうか迷ってた部分があった。監督はポール・グリーングラスで「ユナイテッド93」や「グリーンゾーン」の人なのでいわゆるお涙頂戴ものではないとは思っていたが、主演はトム・ハンクスだし予告編の作りはどうにもヒューマンドラマっぽい作りだったから。つまり僕は救命艇の中で海賊のリーダーと二人っきりで漂流する羽目になった主人公が海賊と心通わせる作品だと思っていたのだ。あるいは「ライフ・オブ・パイ」のトラが武器を持った人間に変わったバージョン、といったところか。不勉強で僕は映画の元になった事件を知らず、予告編で知ってもあえて事前の勉強はしなかった(というか公開されて評判を耳にするまで観る気も特になかったから)。
 ところが実際にはさすがグリーングラスとでもいうべきか実際は冷徹でリアリズムに満ちた作品であった。実際にあった事件がモデルでそうであれば「海賊と心を通わせる」なんてのは絵空事であるのだが、そこは映画としてそういうアレンジがあるかと思ったが脆くも打ち砕かれる。救命艇は漂流するわけでもなくソマリア海岸を目指すがすぐにアメリカ軍に補足され人質交換交渉の話になる。グリーングラス作品ということでやはり実話であった「ユナイテッド93」を連想させる。狭い救命艇内部が主な舞台でカメラも揺れまくるがそこは上手いグリーングラスということでわけがわからなくなったりカメラ酔いすることもない。
 トム・ハンクス以外には冒頭に彼の妻としてキャスリーン・ターナーが登場し、船員のひとりとしてTV「ツイン・ピークス」はじめいろんな作品でバイプレーヤーを務めるクリス・マルケイが僕が顔を知る俳優としては登場するがほとんどは無名の俳優であると思う(アラバマ号の船員たちはそれなりにキャリアのある俳優のようだが)。その中でもやはり強烈な印象を残すのがムサたちソマリアの海賊だろう。

 冒頭、ソマリアの荒れ果てた漁村の様子が描かれる。彼らは「将軍」の命令で近海を航行する船を襲い船員や物資を人質とし身代金をせしめる。村にはそれしか仕事は無くリーダーは村の若者を募ると誰もがその海賊行為という危険な仕事を志望する。ムサはその中でも痩せていてまるで骸骨のような風貌だが押しの強さでリーダーの座につく。彼らは一応英語も話せるようで決して未開な野蛮人ではなく貧困のうちにいるが当たり前の一個の人間である。彼は自らを漁師と名乗りやがてそれをフィリップス船長に否定されるが、これは冷静に考えれば失礼な話である。食いっぱぐれた漁師が海賊行為に走るなんてことはそれこそ倭寇の昔から普通にあることだし、この辺はフィリップスの無意識にも見下した態度が見え隠れする。自分たちはソマリアに援助物資を運んでいる、恵んでやっている、なのにそれを理解しない野蛮人たちめ、という態度だ。劇中ではフィリップスには理解できないソマリア語?による会話もあるため、我々観客は彼ら海賊の置かれた環境にも十分に理解と同情を示すことが可能なのだ。特にまだ子どもと言ってもいい足を怪我した少年と救命艇の運転を任された男には好感さえ持つことが可能だ。ムセは常に苛立ちながらもリーダーとしてそれなりにリーダーシップとカリスマと頭の良さを見せる。一人だけ、他の村からきたというナジェという男がいわゆる厄ネタで観ながら「とりあえずこいつは早く始末しろよ、でないとお前ら悲惨な最後を迎えるぞ!」と海賊の心配をしてしまった。
 彼らソマリアの海賊を演じた俳優は世界中から集められ(主にケニア出身のソマリア系)、ムセを演じたバーカッド・アブディはこれがデビュー作で実際にソマリアから内戦の激化を逃れて家族とともにアメリカにやってきた人だという。とにかく演技という面では彼らが見どころだ。

 海賊VS船員という構図は一見誤解しやすいが、実は彼らはともに貧困の低所得者同士の対決でもある。アラバマ号の船員は武装も許されず危険な海域を航行し、しかも労働条件は決して良くはない。海賊が現れ、一時的に追っ払った時も海賊と対峙するに見合う給料はもらっていない、と言う。それを契約したんだからというのはフィリップス船長だ。どちらかと言うとフィリップス船長は会社側の人間である。この孤立した船の中での問題を極端化すれば海賊を登場させるまでもなく反乱が起きて「蟹工船」となるかもしれない。
 一方ムセは彼の言を信じるなら過去に人質交換で600万ドルせしめた実績があるという、にも関わらず彼は600万ドル稼いだ男とは思えないみすぼらしい格好、生活をしている。彼らが命がけの海賊行為で稼いだ儲けはすべて「将軍」に掠め取られているのだ。この下層階級同士の代理闘争、という構図が世の無常に拍車をかける。
 ただ、やはりアメリカが違うところは一民間人であるフィリップス船長を救うためにアメリカは駆逐艦強襲揚陸艦、SEALsなど全勢力を持って助けに向かうところだ。アメリカ人に喧嘩を売るとアメリカ軍がやってくる!これはおそらく船長レベルではなく単に下っ端の船員でもアメリカという国はそういうふうに動いてくれるんだよね。

 タイトル「Captain Phillips」は邦題、原題ともにトム・ハンクスが演じたフィリップス船長を指すが、映画を観て印象に残るのは同じキャプテンでもムセの方である。ある意味この映画はムセとフィリップスのキャプテンという座を巡る話でもある気がするので「Phillips」を外して単に「Captain」だけでも良かったという気はする。
 物語のラスト。ムセが交渉で騙されてアメリカ軍に拿捕され他の3人は同時狙撃で命を落とす。フィリップス船長は血しぶきを浴び、彼は呆然とし、現実の事件での彼らのその後が字幕で語られて終わる。2009年というほんの少し前の出来事である。

*1:フィリピンの国名はスペイン国王フェリペ2世(英語で言うフィリップ)の名に由来する