The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

虚空の讃歌 ゼロ・グラビティ

宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない
"In space no one can hear you scream."

と言うのは、映画「エイリアン」の有名なコピーだが、実際、宇宙空間では音は聞こえない。我々が見るスペースオペラなどの宇宙戦闘が描かれる作品では当たり前のように爆発音が鳴り響くが実際は聞こえないのだ*1。宇宙までいかなくても昔から「板子一枚下は地獄」等と言われるように海の上、陸地から離れた場所は危険と隣り合わせである。それがましてや宇宙なら。宇宙空間で漂流する宇宙飛行士を描いた「ゼロ・グラビティ」を観賞。

物語

 宇宙で船外作業をするライアン・ストーン、マット・コワルスキーそしてシャリフ。そこにロシアが自国の人工衛星をミサイルで破壊した、と連絡が入る。それは彼らの作業には影響はないはずだったが、衛星の破片が他の衛星も破壊し宇宙ゴミとなり、彼らの作業宙域にも襲いかかる。シャリフは死亡しストーンも漂流、コワルスキーに救われるも彼らの乗ってきたシャトルは大破、乗員はすべて死亡していた。2人は無事地球に戻ることはできるのか?

 今回は公開日に少し先駆けて試写会でIMAX3Dで観賞。時々「これはIMAX(あるいは3D)で観るべき作品」というような感想を上げるがこれもその一つで、実はそれ以前に予告編を通常の劇場で観た時は普通に面白そうではあったが、特に心惹かれるということは無かった。しかし「メタリカ・スルー・ザ・ネヴァー」を久々にIMAXで観た時に流れた予告編がそれまで観たものと全く同じ内容であったにも関わらず迫力が段違いになっていて、これは観るならIMAXだなあ、と思ったものだった。そしてその期待は全く裏切られることはなかった。
 冒頭から宇宙空間での作業風景が描かれ、カメラも自由自在に動き回る。と言ってもそれは宇宙飛行士たちの動きに絶妙に合わせているためこちらが混乱することはない。監督はメキシコのアルフォンソ・キュアロン。世間一般的には「ハリー・ポッター」シリーズの第3弾「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」の監督として知られている形だろうか。「ハリー・ポッター」シリーズの方向性を大きく変え、その後のシリーズの質の向上に大きく貢献した人だ。正直クリス・コロンバスがずっと監督していたらあのシリーズはあそこまで良くはならなかったろう(もちろん原作自体が1,2作目と3作目以降ではかなり物語の暗さが違うのだろうが)。
 そして脅威のカメラ長回しで驚かせた「トゥモロー・ワールド」。映像的にはこちらが「ゼロ・グラビティ」の映像の凄さに繋がる感じか。

 主な登場人物は2人。舞台も宇宙という広大な領域を舞台にしながらしかし実質は密室劇とでも言えそうなものである。ジョージ・クルーニーは経験豊富なコワルスキー。音楽をかけながら作業し、口数は減らず、宇宙遊泳の新記録に挑む男。その頼もしさはクルーニーにふさわしく日本なら阿部寛という感じだろうか。彼はストーンを助けた後、自ら虚空の彼方に消え去るが、その後絶望に打ちひしがれるストーンの前に現れる。これは結構突然でちょっとそれはご都合が過ぎるなあ、と思ったのだが、結果としてそれはストーンが見た幻であった。先ほどの通り僕自身、まあそうだろうなあ、もうああなっちゃ助からないだろう、思ったが、一方で心の片隅で「でもジョージ・クルーニーだったらああいうヒーロー的な行動も納得してしまうかも!」などとも思ってしまった。
 主演といえるのはサンドラ・ブロック演じるライアン・ストーンで彼女はほぼ出ずっぱりである。小さな娘を亡くした宇宙飛行士でこれが初の宇宙。技術者として最低限の訓練はしているがいかんせん経験が足りずパニックに対応しきれない。コワルスキーとは対照的なキャラクター。
 僕は冒頭に「エイリアン」のコピーを掲示したが、この映画当然エイリアンなどのモンスターなどは出てこず、むしろ「実際に宇宙事故が起きたら」というifに対してできるだけリアルにシミュレートしたものだと言ってもいい。にも関わらず、いくつかのシーンで「エイリアン」を想起させた。例えばストーンが最初にISSのエアロックに入ってそれまで着用していた宇宙服を脱ぐシーンがある。ここでは脱いだあとのタンクトップにパンツという下着姿になり、そのどちらかといえば鍛えられたサンドラ・ブロックの肢体が露わになるところで「エイリアン」のクライマックスでシガニー・ウィーバーリプリーがやはり下着姿から宇宙服を着るシーンを思い出した。あのシーン、極限状態での妙な色気が漂う名シーンだが、それと同様なエロスを感じた。エロスといえばもう一つ、無重力の中での宇宙服脱着シーンといえば「バーバレラ」で、「エイリアン」と「バーバレラ」というSF史上に残る二大宇宙服着替えシーンを連想させ、しかしその両方に勝るとも劣らない名シーンとなったと思う。

 劇中では国際宇宙ステーションISSとそこに繋がれている緊急脱出用宇宙船ソユーズ、中国の宇宙ステーション天宮とやはり脱出船神舟が登場する。これらは主にロシア(旧ソ連)や中国の施設だが、おそらく国際規格ではあるのだろう。ストーンたちもある程度使えるようになっている。
 よく「NASAの最新技術で・・・」という言い回しがギャグとして成立するくらいだが、ここで出てくる技術は実はどれも結構古い。というかそりゃNASAや各国の宇宙開発機関などは様々な最新技術を研究してはいるだろうが実際に宇宙で使われている技術は一昔前の枯れた技術であることが多い。最新技術は最新である分、予測が着かないトラブルが起きうる場合もある。その時にまだ未知の技術であると制限された宇宙船やステーションでトラブルが起きた時に対処しきれないからだ。だから宇宙空間で使われる技術は地上で使われている技術に比べ古くても安心できる、トラブルが起きても十分対処できる酸いも甘いも噛み分けた技術であることが多いという。今回出てくるソユーズ神舟も「ザ・最新技術!」という感じではなくむしろレトロなインターフェイスだったりするがその辺がリアルさに拍車をかけている。
 全体的に緊迫感が雰囲気を支配する作品だが、時々ちょっと可笑しいシーンもあって、この作品ワーナー・ブラザーズの制作だがアメリカのシャトルには「ルーニー・テューンズ」のキャラクター、マービン・ザ・マーシャンの人形が出てきたり、中国の天宮では卓球のラケットが浮いている。中国といえば卓球なのかもしれないがあの狭いステーションで卓球はムリだろう!(とか言って実際にステーションで卓球してたりするかもしれないけれど)
 ただ、やはりそういう特殊な意味で和むシーンはほんの少しで全体的には常に緊迫状態が続いている。この作品はこの手の大作映画としては91分と短めだが、それでもずーっと緊張状態が続くため短く感じることはないと思う。短い映画が良い映画、などとは到底思わないが、この作品に関してはシチュエーションが限定されサンドラの視点からほぼ動かないので90分強でも充分に描いているし、作品の密度から90分でも充実度としてはもっと長い時間に良い意味で感じることだろう。僕は物語としては中盤だがソユーズの燃料が切れた時点でバッドエンドで終わてしまうのか、と思ったほど。また最終的にはハッピーエンドを迎えるが、ぶっちゃけこのまま奮闘むなしく虚空の彼方に消え行く運命という終わり方でもそれはそれでイイんじゃないか、と思ってしまうほどだった。

 タイトルは邦題は「無重力」を意味する「ゼロ・グラビティ」。原題は「重力」を意味する「グラビティ "Gravity"」。もちろん劇中の大半は無重力状態で展開し、実際台詞に中にも「ゼロG」という単語が出てくるので邦題も分かりやすくはある。ただ、最後まで観ると原題の方が深く作品の本質を現しているなあとは思う。
 音楽はスティーブン・プライスという人で要所々々を盛り上げるが、この作品であれば台詞と効果音以外の音楽は要らなかったかなあ、というか無いバージョンも見たいなあ、と。実際は無音の空間である宇宙だからこそあえて音楽な無いものも見てみたい。

 ラスト、ストーンは無事地球に帰還する。そこはどこかの水の中(蛙が出てくるので海ではない。湖か)。扉を開け入ってくる水に飲まれまいとするストーン。宇宙服を脱ぎ捨て再びタンクトップ姿となって無事陸地に辿り着き倒れこむ。そのありがたみを感じるかのように土を握りしめる。そしてカメラはあおり気味で立ち上がり歩いて行く。一歩一歩、重力を感じながら。そしてエンドタイトル。

ゼロ・グラビティ 国内盤

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タイトルはこちらの超有名な第1話タイトルから。
タイトルに対してご批判を受けたので変更しました。不快に思われた方申し訳ございませんでした。
バーバレラ [Blu-ray]

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エド・ハリスも声だけだけど出てるよ!

*1:機動戦士ガンダム」では音が鳴らないとパイロットなどが不安を感じるため、映像に合わせて人工の爆発音などがコクピットに聴こえるようになっている、という裏設定があったはず