The Spirit in the Bottle

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家路へ 新感染&ソウル・ステーション

 最近はトビー・フーパージョージ・A・ロメロとホラー映画の巨匠の訃報が相次ぎ、僕も大好きな作品の監督なので軽く落ち込んだり。ちょっと一時代の終わりというか象徴性も感じます。一方で新しい作り手も出てきているわけで、今回はそんな新しいホラー映画として韓国の作品を。昨年話題になった韓国製ゾンビ映画「新感染ファイナル・エクスプレス」とその前日譚であるアニメ映画「ソウル・ステーション/パンデミック」を観賞。

ソウル・ステーション/パンデミック

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物語

 夕暮れのソウル駅。ホームレスの老人が首から血を流す大怪我をしながら駅構内のねぐらへ向かう。老人の弟はそれに気づき様々な助けの手段を講じるが全て梨のつぶて。やがて老人は死亡してしまう。弟が駅員に訴え死亡した現場に赴くとそこにあるはずの老人の遺体が亡くなってしまっていた。老人を裏路地で見つけた弟だったが、老人は人を襲い食べていて、弟にも襲いかかってきた!

 家出少女ヘスンは自分に身体を売らせて日銭を稼ごうとする恋人キウンと喧嘩をして駅をうろついていた。一方キウンはキウンが勝手にネットに載せた売春広告を見てやってきたヘスンの父と名乗る男と出会う。父にこっぴどく怒鳴られ、とりあえず拠点にしている安宿でヘスンの帰りを待つことに。しかし宿では女将が客を襲い、それを目撃したキウンたちにも襲いかかってきた。なんとか部屋の外へ出ると外には同じような者達が多数徘徊している。なんとか自動車まで辿り着いた二人はヘスンを探すこととするのだった。

 一方ヘスンは駅で凶暴化した者達に襲われホームレスたちと一緒に交番へ駆け込む。最初はホームレスだからとバカにしていた警官だったが、やがて交番にも押し寄せヘスンたちは留置所へ逃げ込むことに。果たしてソウルで何が起きたのか?そしてヘスンたちは助かるのか?

  製作及び韓国での公開順は「ソウル・ステーション」「新感染」の順番だが、僕はまず「新感染」を観て、その後「ソウル・ステーション」を観た。で、「ソウル・ステーション」を観た後勢い余ってもう一度「新感染」を観た形。もちろんどっちを先に観ても問題なく楽しめるが、やはり制作順通りに観たほうがより物語は理解しやすいように思う。例えば「新感染」でソグたちが乗車してから車両内のニュースでデモを鎮圧、というニュースを見るが、このデモの正体は「ソウル・ステーション」の方を観ていれば分かる。

 でこの2本の作品はともにヨン・サンホ監督作品で多少矛盾はあるのかもしれないが同じ世界の物語であり時間的にも両作品は前後して交差している。ただ同じ監督、同じ世界観、同じゾンビが出てくる映画であってもこの2本はかなりテーマ的な部分で異なる部分があり、それが自分には興味深かった。

 韓国のアニメ映画、というのをきちんと意識して観たのはおそらく初めてだと思うのだけれど、個人的に全くアニメを見ているという意識が無かった。もちろんアニメならではのカットやシーンもあるのだけれど、驚くほど普段の韓国の実写映画を見ている感覚で観ていた。絵柄的には確かにキャラクターの等身も高くリアルな絵柄ではあるんだけど、おそらくこの絵柄で日本で作られると動きにしろ会話にしろもっと淡々とした感じになるのではないか、と思った。でもこの映画では韓国人の喜怒哀楽の激しい部分がそのままアニメになっても生きている感じ。リアルな表現だが、台詞のやりとりは激しく、でもデフォルメはされていない、そんな感じ。特にお役所や警官の(相手がホームレスだからと)小馬鹿にする感じのやる気のない演技・描写はちょっと日本や欧米のアニメでも、珍しいんじゃないか、と思うぐらい素晴らしい。今回は字幕で観たけれど日本語吹替版も公開されているようです。そっちはどうなってるのかちょっと気にならないでもない。

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 主演のヘスンを演じているのは「サニー」「怪しい彼女」のシム・ウンギョン。19歳の家出少女で風俗店から逃げ出してきたものの出会った恋人キウンは彼女に体を売らせようとするクズ。ヘスンはホラー映画のヒロインとしてそれなりに強い部分もあるが、根本的に男性に頼らないと生きていけない体質の女性、という風に描かれている。交番から逃げ出した後なぜか初老のホームレスのアジョシ(おじさん)と行動を共にする。そのホームレスが亡くなったあとは電線を伝って逃げようとする男性を見つけ同じ行動を取る(結果その男性を犠牲にして自分だけ助かってしまう)。特にホームレスのアジョシとの行動は何故行動を共にしているのかよくわからない感じ。ふらふらと頼れそうな男性の後を追ってしまう感じだろうか(ホームレスのアジョシはゾンビ化した警官から銃を奪ってヘスンを助けた)。

 この「ソウル・ステーション」は上映時間約90分と短め。何故こんな事態に陥ったのか、という部分は全く触れられない。物語的には最初の感染源であろう冒頭の老人ホームレスにしても最初に怪我を負った状態で登場していて、じゃあその怪我を負わせたのは誰なのか?と言う部分には触れられない。ただし「新感染」では描かれ無かった部分も描かれ、むしろアニメといってもこっちのほうが社会的なテーマは深いかもしれない。

 「新感染」は邦題が駄洒落になっているようにメインの舞台は韓国のソウルから釜山までの日本でいう新幹線、高速鉄道KTXが主たる舞台となっている。当然一部例外を除いてそれに乗って旅行できるレベルには裕福な人達がメインの登場人物だ。一方で「ソウル・ステーションはソウル駅の近辺を根城とするホームレス、安宿を拠点にその日暮らしをする若者がメインの登場人物。途中ヘスンとアジョシをいちゃついてるカップルと勘違いして罵倒していく(ちょっとアレな)おばさんがこの世の中、社会、国家への呪詛を吐き捨て、こんな世界滅んでしまえばいい!というような事を言うが、「ソウル・ステーション」の方はまさにそんな「この浮世こそ地獄」という感覚でそこに本当の地獄が溢れだしてきた、と言う感じ。物語的にも全く救いはなくまさになんなら生きていくことよりゾンビになる事こそ救い、と受け止められなくもない。

 とまれこのアニメ映画が評判となり、続編後日談として「新感染」が制作されることとなる。


『ソウル・ステーション/パンデミック』予告篇

新感染 ファイナル・エクスプレス

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物語

 ファンドマネージャーのソグは妻と離婚して娘のスアンを引き取って暮らしているが、仕事が忙しくてあまりスアンをかまってやれない。スアンは誕生日に釜山にいる母の元へ行きたがっていて、ソグは母の忠告もあり一緒に釜山へ行くことにする。まだ日も昇らない朝方、ソウルでは何やら不穏なことが起きていたようだが無事釜山行きKTXに乗車。ソウルを出発する。直前に乗り込んできた女性が女性乗務員に噛み付き、襲われた者もまた凶暴化し車両内はパニックに。ソグとスアンは屈強なサンファとその身重の妻ソンギュン、高校の野球部のヨングクなどと行動を共にしながら釜山へ向かうKTX内で安全を求める!

 こちらは実写映画。先述したように「ソウル・ステーション」は驚くほどアニメ映画というよりも通常の実写韓国映画と同じ感覚で観れたので、この監督が続編を実写で撮ろうと思ったのも納得。ただし同じ世界を描いた作品でも「新感染」と「ソウル・ステーション」は大きな違いもあって、こちらのほうがより前向きで一つのエンターテインメント作品として完成度は高い。

 邦題は駄洒落で、原題は「釜山行き」で英語題他の外国語題も概ねこの原題に準じている。副題含めてあんまり良いとも思えないけど、割りとこの駄洒落題は嫌いじゃないかな。ただ中国語題が「屍速列車」で簡潔にして格好いい。せめてこの同じ漢字文化圏、中国語題に負けないぐらい頭を捻って邦題をつけてほしい*1もの。

 同じ列車を舞台にした韓国映画ということで「スノー・ピアサー」を連想したりするのだが、「スノー・ピアサー」が列車という閉じた社会で、でもその中でも明確に存在する格差社会を寓話的に描いていたが、その辺の描写はむしろ「ソウル・ステーション」のほうに譲る。「ソウル・ステーション」はソウル駅を中心に同心円上に広がるパニック、という感じだが「新感染」はソウルから釜山まで線状に辿っていく物語。このソウルから釜山へゾンビ禍が南下していく様子は朝鮮戦争の時の北朝鮮軍の進路を暗示している、なんて解説もあって、「ゴジラ」におけるゴジラの東京上陸の進路が東京大空襲の時のB29編隊の進路と同様で空襲、戦争を暗示している、なんてのに通じるところか。

 KTX出発間際、感染した女性が乗り込んでくるが、この女性を演じているのがシム・ウンギョン。これはもちろん「ソウル・ステーション」の方で主演している関連である。で僕はこの情報を知って「ソウル・ステーション」を観たので、てっきりこの女性が「ソウル・ステーション」の方の主役ヘスン(の成れの果て)なのかな?と思っていたのだがどうやら別人という扱いのよう。とまれこのシム・ウンギョンがパニックの原因となる。ちなみにこのウンギョンに噛まれる女性乗務員がチャーミングな美人で、てっきりこの人がヒロインなのかな?とか思ったりした。二回目観賞の時も!(この人はゾンビとなってある意味映画を象徴するヒロインみたいな感じになるが)

 社会の底辺の人たちがメインである「ソウル・ステーション」と比べるとこちらは比較的社会的地位の高い人たちがメインとなる。その中で描かれる疑心暗鬼の物語は割りと定番で平板な描き方だと思う。自分本位なおっちゃんが出てきたりする。主人公のソグもファンドマネージャーという資本主義社会での勝ち組で最初は自分たちだけ助かろうとしたり、スアンに他人より自分を優先しろと諭したりわりと嫌な人物として描かれているがそれが物語の中で徐々に行動し成長していく。

 ソグたちはKTXの中のニュース映像でソウルが凶暴化した群衆によって混乱状態になっていること、暴力的なデモを警察や軍が出動して鎮圧していることなどを知るが、このデモというのはゾンビ化した感染者のことではなく、ゾンビから逃げ出したのに政府から隔離させられその場所から逃げ出そうとすると放水によって押しとどめられる人たちのことだということが「ソウル・ステーション」を見ていると分かる仕組み。

 こちらは登場人物も多く、一応パニックの原因と思われる事象にも言及があったり、より詳細にこの世界について描かれている。また主人公が実はこの事態に一枚噛んでいた可能性が示唆されるところは理不尽さより因果応報というふうにも受け止められそう。

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 列車の中をゾンビをぶちのめしながら前方に進む三銃士。この3人、どうしても西島秀俊大塚明夫浅利陽介に見えてしょうがなかった。ちなみに大塚明夫に見えたマ・ドンゾクの日本語吹替の声は大塚明夫ではなく小山力也のようです。

 多く出てくる役者は皆魅力的で主人公ソグを演じるコン・ユはハンサムだが他人を見下す感じの前半から、後半の慈愛に満ちた表情への変化を上手く演じているし、子役であるスアン役のキム・スアン(名前が同じというのは演技(act)より反応(react)をさせるためだろうか、とか思ったけれど、この子は子役としてすでに結構なキャリアがある模様)も良かった。何度か書いてるけど、子供が重要な役割を果たす映画って、(役柄というよりも)その子役に好感を持てるかどうかってことが結構重要になってくるのですよ。高校生カップルも微笑ましい(周りの野球部員が素直に祝福している感じなのも良かった)。

 後は老姉妹。この姉妹のうちお姉さんの方は普通におばあちゃんという感じなんだけど、口が悪そうな妹の方はちょっと老人というには若いような、40歳ぐらいの人がコント用のメイクで老人を演じている、って感じに思ったのだがどうなんだろう。他最初に美人すぎて僕がヒロインと勘違いした女性乗務員や男性乗務員、運転手なども良いキャラでしたね。

 でも一番魅力的なのはチョン・ユミとマ・ドンソクの夫婦だろう。芯の強い妊娠中の妻ソンギョンと大柄で口は悪いけど正義感が強いサンファ。この夫婦がいるだけで映画に力強さを与えている。

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 ソグ役のコン・ユとソンギョン役のチョン・ユミは「トガニ 幼き瞳の告発」のコンビでもありますね。

 この世への呪詛に満ち、人間なんて滅んでしまえ!というルサンチマンあふれる「ソウル・ステーション」と比べると疑心暗鬼、人間のほうが恐ろしい、という展開になれど極限状態でなお生への望み、人間性への希望をつなぐ「新感染」はかなり前向き。それは両作品のラストシーンにも現れているだろう。

 この映画に出てくるのはいわゆる「走るゾンビ」。特にただ走るだけでなく結構な運動量を誇り、「ワールド・ウォーZ」ほどではないけれど、個体としてより群体としてのゾンビを見せてくれる。

 いわゆるゴア描写もそれなりにあるけれど、いい意味で抑制が効いているというか、そんなにこれみよがしに見せるタイプの描写ではないです。物語的にも前向きで希望を見せて終わるので多分物足りないと思う人もいるだろうけど、その分より多くの人に奨められる作品。


「新感染 ファイナル・エクスプレス」予告編 

新感染 ファイナル・エクスプレス (竹書房文庫)

新感染 ファイナル・エクスプレス (竹書房文庫)

 
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  同じ監督による、同じ世界を描いた2作。その違いばかり強調してしまったけれど、もちろん共通する部分もある。それは「家」だ。ヘスンは地下の線路を歩きながら家出してきた実家に帰りたいと泣く。それを受けてホームレスのアジョシも別に怒鳴るでなく、自分も家に帰りたいけどそもそもホームレスだから家がないんだよ!と泣く。「新感染」でも悪役的立場になったバス会社の重役は感染して自分を失う直前にまるで子供に戻ったように「家に帰りたい」と呟く*2。帰る場=家という構図だが、それは単にノスタルジックな田舎という感じではなく都会であってもいいから家族がいる場所、という風に受け止めた。ゾンビに帰る場所はないが人間にはそれがあるのだ。

*1:この映画だけでなく「ドリーム」とかもね

*2:この重役とホームレスのアジョシはおそらく同年代で共に韓国の民主化の時期に貢献した世代か