The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

世界に一つだけの壁の花 ウォールフラワー

 カセットテープに自分でセレクションした曲を収録して「Myベスト」として愉しむ、あるいは意中の相手にそれをプレゼントする、という文化は今現在若い人の間ではまだ存在するのだろうか。僕の幼児の頃はまだレコードも普通にあって、子供向け雑誌にソノシートのおまけが付いていたりした。小学校高学年から中学に入って自分の小遣いで好きなものを買おうという時期にCDになったという感じか。それでも当然好きなもの全部を買えるわけでもなく、友人たちとCDの貸し借りをして、それをカセットテープにダビングして持っておく、というのが普通だった。大学の間もほぼそのままでカセットテープは音楽を聴くための重要なアイテムだったのだ。
「Myベスト」テープというのも好きな楽曲を10曲程度集めて一枚のアルバムとして想定し、例えばドライブ中に聴くために曲順なども練りに練って作ったものである。映画などではしばしば「恥ずかしい過去」として出てくるがこうした「Myベストテープ」を好きな女の子にプレゼントというの事もあった。こういう行為はただ並べているだけでなくとてもセンスが問われる行為だと思っている。
 21世紀になるともうiPodなどのデジタルオーディオプレーヤーに一気に何百曲とぶち込め、好きな曲ばかり聴くということが普通でアルバムを通して聴く、ということはあまりなくなっているのではないか。市販されているアーティストのCDでも曲順とかは昔ほど重要視されていない気がする。もしかしたら今の30代あたりまでがカセットテープに自己セレクションの「MYベスト」を作ったりする最後の世代かもしれない。何故か今回観た映画ではそんなことばかり思い返していた。「ウォールフラワー」を観賞。

物語

 チャーリーは文学好きの少年。高校デビューに失敗し、既に卒業までの日々を指折り待つ毎日。兄は大学生で家を出ており、姉が同じ学校にいる。あるときチャーリーは同じ授業を受講する上級生パトリックとその妹サムと出会う。二人は親の再婚で兄妹となった間柄で、それぞれに複雑な事情を抱える。サムに恋したチャーリーは彼らとその仲間たちに加わる。サムは大学生と付き合っておりチャーリーは仲間の一人メアリー・エリザベスと付き合うことに。またパトリックはカミングアウトしたゲイだが彼の恋人はアメフト部のスター選手でその付き合いは秘密だった。
 チャーリーは叔母さんの事故死以来幻を見るようになっていたが、パトリックたちとの付き合いで見なくなっていた。しかし上級生の大学進学が近づくに連れて徐々にまた・・・

 原作は1999年に発売された同名小説で、作者のスティーヴン・シュボースキーは今回監督/脚本も担当している(余談だが制作はあのジョン・マルコヴィッチ)。舞台になる時代は映画の方では具体的な年代は登場しない(原作では1991年から92年にかけての物語)が、おそらく原作同様、90年代初頭から中盤にかけてのどこかだろう。劇中出てくるコードレスフォンが僕の実家で同時期使っていたのとほぼ同じ形状だったし、携帯電話やインターネット、個人の持つパソコンという要素が全く出てこないのもそれを裏付ける。メインの登場人物たちは僕(1977年生まれ)とほぼ同世代か少し上ぐらいだろう。同世代の僕としては出てくる要素がことごとく好みであり、もちろん日米の違いはあれど共感できることが多く、かなり大好きな作品となった。
 主演のチャーリーを演じるのはローガン・ラーマン。僕が劇場で観た中では「3時10分、決断のとき」に出ていたようだ(ほとんど記憶にないがおそらくクリスチャン・ベールの息子役)。あと「キャリー」でスー・スネルを演じたガブリエル・ワイルドが「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」コンスタンスを演じていたが、ローガン・ラーマンはあの作品で主演のダルタニアンとして出ていたのだな。映画そのものはあんまり覚えてないのだが、予告編は何度も観たので顔はダルタニアンで覚えていた。今回は高校入学したての少年という役で周りよりも数段幼い感じだが、高校の底辺にいる少年をうまく演じていた。
 ヒロインのサムはエマ・ワトソン。ご存知「ハリー・ポッター」シリーズのハーマイオニー。シリーズも終了して今後は如何にシリーズの役にとらわれず、新たな魅力を開発していくかがシリーズ出演者の課題となるわけだけれど、その意味ではこのサムという比較的奔放で勉強もあまりできない、というハーマイオニーとは対照的な役柄はうってつけだったかもしれない。子役出身の例に漏れず、どうしても大人なのに幼いイメージが付いてしまうが、もう23歳!劇中同様実際にローガン・ラーマンより年上であったのだな(ローガン・ラーマンは21歳)。今回は主人公の憧れのヒロインであり、年上と交際する上級生、友人の妹、という様々な顔を見せてくれる。
 そして実は年上役であるエズラ・ミラーがまだ21歳。僕はまだ見ていないのだが昨年「少年は残酷な弓を射る」という作品で美少年として話題になっていた。僕は名前だけ知っていて、今回のエンドクレジットを見るまでパトリックではなくチャーリーがエズラ・ミラーだと思っていたのは内緒だ。しかしこれが実に魅力的な役と演技であった。パトリックはゲイだがそれをオープンにしている。今でこそアメリカ映画の登場人物にゲイがいて、それを隠していないというのは特段珍しい設定ではないがほんのちょっと前、この作品の舞台である1990年代半ばぐらいまではまだそこまで開かれていなかったのではないか*1。今でももちろんアメリカとはいえ完全に開かれているわけではないだろうし、都市部と田舎では事情も違うのだろうがパトリックはかなり勇気のある先進的な人物である。実際、パトリックはオープンだが彼の恋人はアメフトのスター選手で、彼はその地位のためとともにおそらく親の体面のために自分がゲイであることを秘密にしているし、バレそうになった際にはむしろ積極的にゲイフォビアを標榜し、パトリックの悪口を言い自分への疑惑を逸らしている。このパトリックがまた実に魅力的でまた演じるエズラのちょっと高めな声もキャラクターととても似合っている。横顔とかは僕は「仮面ライダーW」の主人公の一人、左翔太郎を演じた桐山漣に似たものを感じた。とにかく美少年だし、演技合戦という意味でもチャーリーやサムの繊細な落ち着いた演技とはまた別な喧騒的ながら要所要所でチャーリーとサムの心の支えになるパトリックをエズラが見事に演じている。僕はすっかりこの作品でエズラ・ミラーという役者のファンに成りました。

 その他の役者はチャーリーの父親にTVシリーズ「ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル」のディラン・マクダーモット。叔母役に「乙女の祈り」でポウリーン・パーカーを演じたメラニー・リンスキーなど。パトリックの仲間ではチャーリーの初めての恋人となるメアリー・エリザベスが出番が多いが僕はごスッ娘のアリス役の子が好みかな。
 後はチャーリーの理解者となる国語教師に「40歳の童貞男」のポール・ラッド(余談だが彼の代表作が「40歳の童貞男」のためか彼の出てる作品の邦題は「40男のバージンロード」とか「40歳からの家族ケーカク」なんてものがある)。そしてラスト近くにほんのちょっと出てくるだけだが強く印象に残るのがジョン・キューザック。そしてもう一人特別な人が出ています(後述)。

 劇中では様々なサブカルチャーが出てきて、中でも重要な扱いされるのが「ロッキー・ホラー・ショー」とデヴィッド・ボウイ。「ロッキー・ホラー・ショー」は僕も何度も書いている通り劇中同様のパフォーマンスをコスプレした人たちがステージで映画の進行に併せて行い、観客も歌ったり踊ったり登場人物の行動にツッコミを入れたりという特殊な鑑賞方法が特徴的。例年は川崎ハロウィンでの上映が有名だが、今年は久々に日本での上映権が復活したとかで、川崎以外でも色んな所で上映されているようだよ!アメリカでは毎週のように何処かで上映されていて、これ以外にもシットコムの「ドリュー・ケリー・ショー」なんかでも「ロッキー・ホラー〜」を観に行くエピソードがあった(敵対するのは「プリシラ」の熱狂的なファン!)。劇中ではパトリックのグループがステージでパフォーマンスを行い、パトリックはフランクを、エマ・ワトソンがジャネットを演じている。そしてローガンも途中からロッキーを演じる。僕自身はあくまで客席で踊る程度のファンであるのだが、それでも他の映画で「ロッキー・ホラー〜」が出てきて思わず一緒に歌いそうになってしまった。

ロッキー・ホラー・ショー in 川崎ハロウィン2013

 そして劇中には様々な音楽も登場するがサムがラジオで聴いてタイトルも分からずに惚れ込む曲がデヴィッド・ボウイの「HEROES」である。超有名な曲で僕も大好き。映画では「ムーラン・ルージュ」でユアン・マクレガーニコール・キッドマンの「エレファント・メドレー」の中に登場するし、TVドラマ「HEROES」でも当然のように使われている。またローランド・エメリッヒ監督のアメリカ版「GODZILLA」のサウンドトラックにもその名もThe Wallflowers による「HEORES」カバーが使われている。デヴィッド・ボウイの曲としても代表曲と言ってもいいと思うのでアンテナが鋭い印象のあるサムたちが知らないというのは意外にも思えるが、これがラストにとても良い効果を生んでいる。最初に述べた自作テープにもつながるがこの音楽をカセットテープを通してやりとりするのが青春だなあという感じがする。少なくとも僕の青春はそこに通じている。

 この作品、直接そのシーンが描かれることは無く台詞で処理、あるいは匂わせるにとどめているが(そのおかげで雰囲気が重くなり過ぎず、社会派映画ではなく青春映画としてその位置をとどめていると思う)、登場人物の少年少女は多くが実は諸事情を抱え、暗い過去を持っている。チャーリーは叔母さんが事故で死んだことを自分の責任だと思いトラウマとなっているが実はその叔母さんはDVの被害者であると同時にチャーリーに対して性的虐待の加害者でもあった。そしてサムも実の父とその仲間に性的虐待を受けていたことが暗示される。
 チャーリーが思う「なぜ自分の好きな女性は皆ろくでもない男と付き合うのか」という疑問は僕なんかも常々思うところだ。自分なら絶対女性を殴ったりしない、浮気もしないのに!と思うが好きな女性はDVに走ったり、浮気が当たり前の男ばかり好きになる。こういう悔しさはよく分かる。劇中では姉、サム、そして叔母さんとチャーリーの大好きな女性は皆問題ある男性を好きになる。そして痛い目にあう。僕もいざ付き合い始めたら豹変するかもしれないと自分で自分を恐れつつ、でもあの男よりは自分の方が絶対マシなのに!などと思ってしまったりするのだ。
 冒頭でなんとトム・サヴィーニが教師役で出てくる。僕などはそれだけで(まさか彼が普通に役者としてだけ出るとは思わなかったので)もしかしたらスプラッタなシーンも有るのかな、などと少し警戒したのだが、そんなことはなくあくまで青春映画。しかしトム・サヴィーニが人間の内蔵という即物的な表現を通して実は人間の内面も表現していた通り、この映画でも表面は決して残虐なシーンはないが(せいぜい喧嘩シーンぐらい)、その裏では人間の醜い面もしっかり存在していることを現しているのではないだろうか。トム・サヴィーニの教師は出番は少ないながら強烈な印象を残し、またベトナム戦争に行っていた、という過去がわざわざ言及される(トム・サヴィーニベトナム戦争に従軍していてジョージ・A・ロメロの「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」に参加できなかった。彼がベトナムで見た惨状を叩きつけたのがやはりロメロのゾンビ映画「ゾンビ(Dawn of the Dead)」であった)ことからおそらく意識的なキャスティングだと思う。

 一見爽やかな青春映画、しかしその裏側には人間の愚かさと素晴らしさが愛をこめて描かれている。そしてそれを彩るのは自分の大好きな映画や音楽たち。超おすすめです。

ウォールフラワー (集英社文庫)

ウォールフラワー (集英社文庫)

Perks of Being a Wallflower

Perks of Being a Wallflower

 ところで僕は2006年の段階で自己セレクションによる自作CD-ROMを女性にプレゼントしたことがあります。それはジュディー・ガーランドの「虹の彼方に」から始まりデヴィッド・ボウイの「HEROES」、メタリカの「Enter Sandman」などなどを経てまたメタリカの「Battery」で終わるというもので有りました。プレゼントされた女性がそれを聴いて(聴いたとして)どう思ったかは知らない。ギャフン!

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記事タイトルはこちらから。正直タイトルの「he Perks of Being a Wallflower」はいまいちよく理解していない。「壁の花」なんて言われるのは褒め言葉ではないような気もするんだけど・・・

*1:リメイク版「キャリー」の監督、キンバリー・ピアースの「ボーイズ・ドント・クライ」の元になった男装の同性愛者ブランドン・ティーナが殺された事件は1993年の出来事である