The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

妄想推理、超絶武技 捜査官X

 昨年、その出演作のクオリティーの高さで圧倒したドニー・イェンの主演作「捜査官X」を鑑賞。これ原題が「武侠WU XIA」で、文字通りジャンルは武侠物である。ただ日本ではドニーさんよりもう一人の主演、金城武の方を宣伝の顔としたようで邦題も彼の役柄によっている。

物語

 1917年、雲南省の小さな村。紙職人のジンシーは両替商に押し入った強盗に立向い、必死の抵抗の末強盗二人組を殺してしまう。正当防衛として認められ村の英雄となったジンシーだが、町から来た捜査官シュウは強盗が武術の心得がある凶悪犯イェンとその相棒だと知る。はたして素人が武装した武術の達人を倒せるものだろうか?疑問を持ったシュウはジンシーを調べ始める。果たして彼のたどり着いた結論はイェンとその相棒は偶然でなく確かな技で殺された、というものだった。
 ジンシーは数年前に村へやってきた外部の人間であり、しかも罪を犯していたという。ますます彼を疑うシュウだがジンシーはそんな彼にもやさしく接するのだった。果たしてジンシーは何者なのか?

 邦題がまるで推理物のようになっているのもある程度理解できる不思議な魅力の映画だった。一般に推理劇というのは近代のある程度民主化が進んだ社会を舞台にしたものが多い。これは拷問などで問答無用で罪を仕立てられる社会よりもきちんと証拠を積み重ねて行かなければならない社会というのはある程度限られるからである。また、その物証も当然科学的な態度が求められるため迷信などが大手を振っている社会での推理劇も難しい。
 とはいえ、時代劇であり推理劇である、というのも幾つかあって、捕物帳や中世を舞台にしたもの。今回の中国でも宋を舞台にしたものなどがあったはずだ。今回は1917年が舞台なので既に清朝は倒れ、近代といえるが雲南省の奥地ではまだまだ清代とそうは変わらないだろう。この映画の中でも村人のほとんどは辮髪をしている。
 この映画の前半は金城武演じる捜査官シュウ(邦題のXはシュウの頭文字)が「ジンシー(ドニー・イェン)は一体何者なのか?」ということを探っていく展開。彼は彼なりの捜査方法を駆使して現場を検証する。まるでその現場にいたかのように再現し検証する。このアクションと推理が渾然一体となった描写はそれこそガイ・リッチーの「シャーロック・ホームズ」シリーズと、いやそれよりも洗練された描写に思える。ただ、彼の推理は多分に妄想的であり、本当にジンシーが武道の達人なのか?それともシュウの単なる妄想なのか観客にも分からなくなっていく。シュウの思い込みはやがてジンシーのストーカーとかし、彼をじっと追い続ける。一方ジンシーは素朴なおっさんで在り続け、シュウに丁寧に接する。しかし丁寧に接すれば接するほどシュウの方は妄想を募らせるのだなあ。
 例えば、強盗二人を倒した時のシュミレーションや彼が橋から落ちた時(落としたのはシュウ)最低限の被害で済んだのは彼が見事な受け身をとったからだと推理したののはともかく、彼の周りにだけ蝿がいないことを持って「武道家のオーラが蝿を追っ払っているに違いない」とかにいたっては「いくらなんでもそりゃ証拠にならんでしょ」とか思ってしまう。そしてこのあと「武道の達人ならこれぐらい簡単に避けられるはずだ」と後ろから鎌を持ってジンシーに襲いかかってしまうのだ!(結果はジンシー大怪我!)
 観客も「ドニーさんが演じてるんだから本当は・・・いやだからこそ、裏を書いて普通の人間なんじゃないか・・・」などと想像を巡らせる。結果として前半はかなり不思議な雰囲気である。その意味で前半の雰囲気を持って「捜査官X」と付けた邦題も悪くないと思う。

 ところが後半は一変して武侠物ならではの激しいクンフーアクションと化す。実はジンシーが漢民族に激しい恨みを持つ西夏族による暗殺組織「七十二地刹」のNo.2であったことが判明、彼を組織に引き戻すべく七十二地刹が村を襲撃。ここから完全にドニーさんが主役となりドニー無双!
 そして、父親でもある七十二地刹の首領がなんとジミー・ウォング。この人はブルース・リー以前の武打星で「天皇巨星」と呼ばれ大人気を誇った人。今でも香港映画界には良くも悪くも*1影響力を持っており日本では勝新太郎と共演したことでも有名。今回はドニー・イェンが小さい頃のヒーローと共演したいということでジミーさんが久々に俳優復帰、共演と相成ったようだ。彼はある種のサイコパス的な邪悪な存在として描かれている。
 クライマックスではドニーさんの本名が「タン・ロン」であることが判明したり片腕になったりと過去の香港映画へのオマージュ的描写も続出、見ていてとても楽しい。ちなみにドニーさんは香港ブルース・リーファンクラブ会長だったはずである。

ドラゴンへの道 [Blu-ray]

ドラゴンへの道 [Blu-ray]

片腕ドラゴン デジタル・リマスター版 [DVD]

片腕ドラゴン デジタル・リマスター版 [DVD]

 実は香港版「シャーロック・ホームズ」的な認識でしかいなかったので(まああの映画も多分にアクション映画ではあったが)あんまりアクションには期待していなかった。にもかかわらずやっぱりドニーさんは凄いなあ、と思い知らされた一編である。そんなに大々的に公開はしていないようなのでお早めに。

*1:彼は黒社会の一員であることを公言している人物でもある