実録!映画スパイ大作戦! アルゴ
ベン・アフレックと言えば盟友マット・デイモンとともに「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」に脚本/出演した才人であるが手堅く俳優としてのキャリアを築いているマット・デイモンに比べるといかにもなバカ大作に出たり、ラズベリー賞を連続で受賞したり微妙なキャリアと言う印象が強い。多分僕のブログの中でもマット・デイモンに比べてベン・アフレックが登場することはわずかであると思う(多分記事タイトルとして出演作を取り上げるのは今回が初めてではないか)。個人的にはケビン・スミス諸作品(特に「モール・ラッツ」でのいけ好かないアパレル店長役)とやっぱり「デアデビル」が馴染み深い。
ただ、そんな彼だが監督作としては「ゴーン・ベイビー・ゴーン」、「ザ・タウン」と社会派で骨太な作品が多い。今回はそんな彼が製作/監督/出演した(脚本は別)実在の事件を比較的忠実に再現した「アルゴ」を鑑賞。
物語
おはよう、メンデスくん。まずはこの6人の写真を見て欲しい。彼らは先のイランにおけるアメリカ大使館占領事件で密かに脱出しカナダ大使の私邸に匿われている。大使館職員のリストはシュレッダーに掛けて入るが、彼らが復元するのも時間の問題だ。もしも職員の人数が足りないことがイラン革命防衛隊に発覚すれば大使館の人質はもちろん、カナダ大使私邸の6人も公開処刑されてしまうだろう。
そこで今回の君の任務だが、彼らのイラン国外への脱出を手引きして欲しい。作戦は偽のSF映画を企画しそのロケハンと称して偽造したパスポートでロケハンクルーに偽装した彼らを堂々と飛行機でスイスへ送り出すのだ。この計画を作られない映画のタイトルに法って「アルゴ作戦」と名付ける。
チームメンバーは「猿の惑星」シリーズでお馴染み特殊メイクアップ・アーティスト、ジョン・チェンバース、初期には傑作を手がけたが今はいまいちな大物プロデューサー、レスター・シーゲル。そしてチームリーダーはアンソニー・メンデス、君だ。
なお例によって、君、もしくは君のメンバーが捕えられ、或いは殺されても当局は一切関知しないからそのつもりで。成功を祈る。なおこの作戦は成功しても18年間機密扱いされ手柄や名誉はカナダ大使のものとなる。Argo, Fuck yourself!
とても手に汗握る作品。事前に知っていたのは1979年の「イランアメリカ大使館人質事件」を題材に偽映画の撮影と称して潜入し人質を救出する、というもの。だから観る前はもっと奇抜で突拍子もない作戦かと思っていた。例えばこの作品では実在の人物としてジョン・チェンバースが登場するが彼が直に乗り込んで、人質たちに特殊メイクを施して見た目から別人に偽装するとか、あるいは実際に撮影をしてSFやファンタジー風の格好をした人たちがたくさん出てきてそれに紛れ込ませるとか。実際はロケハンと称してベン・アフレック扮するCIAの捜査官が潜入し、6人をロケハンのスタッフ(それぞれ監督、美術監督、脚本家、製作補、カメラマン、ロケマネージャー)に偽装するという感じで偽映画そのものは全く作られない。
ただ、イランにおいてこそハラハラ・ドキドキではあるものの作戦自体は地味だが、その前、アメリカにおける事前対策が面白い。SF映画で中東やアフリカでロケをする、というのはおそらく時代的にも「スターウォーズ」のタトゥイーンとしてチュニジアロケがされたのが念頭にあるのではないかと思う。また劇中では「最後の猿の惑星」が印象的に使われている(メンデスはTV放映されている「最期の猿の惑星」を見て作戦を思いつくのだ)。
冒頭のワーナー・ブラザーズのマークが現在の紋章風のものではなく(こちらはラストに出てくる)1972年から1984年にかけて使われていた丸っこいもの。この時点で1979年〜1981年という舞台になる時代の雰囲気がムンムンとする。なんでしょう、70年代が舞台ってだけでサスペンスの匂いがするね。最初にイラン革命に至るまでのイラン(ペルシア)の歴史がざっくりと語られる。この一連の事件のある意味で原因であるパフラヴィー朝は1925年にレザー・シャーが即位したことから始まる。レザー・シャーは国号をイラン(アーリア人の国)とし、トルコや日本に倣い西欧化を促進し一定の評価を得ている。しかし急激な資本主義化、近代化は経済危機を招き貧富が拡大しやがてイランイスラム革命を招くのは劇中の通り。二代目の皇帝であるモハンマド・レザー・シャーは健康の理由にアメリカ入りしそれに怒ったイランの学生たちが中心となって事件が起きるわけだ。この映画が特にアメリカ万歳でイランを批判するものになっているとは思わない。個人的には国王に逃げられたイランの人の気持ちも分かる。イラン革命そのものについてもイスラム主義が強すぎるなあ、とは思うもののじゃあ、革命前と比べて今のほうが悪いのかどうかというとそれはまだ判断をつけるには早いだろう。
ちなみに僕は物心ついた時にはイランはイラン・イラク戦争(1980−1988)としてイラクとセットで覚えていたのだが、この戦争はイスラム革命の余波によって国内のシーア派が活気付くのを警戒したフセイン大統領が戦争を仕掛けたものだがこの時のイラクを支援していたのはアメリカ。また劇中ではこの事態に乗じるかのようにソ連のアフガニスタン侵攻のニュースが流れるが、ここでソ連に抵抗するアフガンゲリラやイスラム諸国からやってきた義勇軍ムジャヒディンに武器提供や軍事訓練を施したりしていたのもアメリカ(CIA)。その中からタリバンやアル・カーイダが生まれるのだから皮肉なものである。
作戦のための偽装映画「アルゴ」は内容から察するに「フラッシュゴードン」に似たスペースオペラ。というか今年作られた「ジョン・カーター」そっくりだよね。先ほどの通り時代的には「スターウォーズ」の登場でSF映画の隆盛が始まった頃。この頃は「スターウォーズ」の影響を受けて「スーパーマン」「スタートレック」「フラッシュ・ゴードン」などが作られている。劇中で「アルゴ」の脚本読み合わせと称してコスプレした人たちが集まってマスコミに対するお披露目をする場があるが(映画製作の既成事実を作るため)そこにはフラッシュゴードンのミン皇帝やバーバレラ、色の変なチューバッカやC3−POなどが出てくる。さらに別のシーンでは「スターウォーズ」の影響を受けて作られたTVシリーズ「宇宙空母ギャラクティカ(後にリメイク)」のサイロンの着ぐるみ脱いだエキストラが登場したりする。
ジョン・チェンバースは実在の人物。この作戦によって映画人でありながらCIAの勲章を得たらしいがこの人は「猿の惑星」の猿メイクがあまりにも素晴らしく*1アカデミー賞にアカデミーメイクアップ賞が設立されるきっかけとなった人物である(最初のアカデミーメイクアップ賞の授与はこの作戦の後の1981年第54回アカデミー賞)。劇中ではバッファローマンみたいなメイクアップをしたりしていた。彼がいなければリック・ベイカーもスタン・ウィンストンもボブ・ロッティンも現れなかったかもしれない。今回はジョン・グッドマンが好演。
もう一人の海千山千の映画プロデューサーレスター・シーゲルはおそらく架空の人物。モデルになった人はいるかもしれないがちょっと判断つかない。レスターという名前から(こっちは苗字だけど)マーク・L・レスターあたりかなあ、などと思う。こちらはアラン・アーキンが熱演。「アルゴ、糞食らえ!Argo,Fuck yourself!」の名台詞はこの人のもの。
ベン・アフレック演じるメンデスの直接の上司にあたるジャック・オドネルブライアン・クリストンは何気に今年出演作をたくさん見ている。「ジョン・カーター」「ドライヴ」「トータル・リコール」「ロック・オブ・エイジズ」に続いて5本目。主演作ではないけれど名バイプレーヤーですね。後はやはりバイプレーヤー、ボブ・ガントンも出てましたね。
いっぽうカナダ大使私邸に逃げ込んだ6人。彼らはいかにもあの当時のファッション。彼らは謂わば被害者ではあるのだが、大使私邸に逃げ込んでいるのに普通にワインを飲んだり比較的恵まれた生活を過ごしているため(イラン人の使用人に対しては友人ということになっている)僕の目にはそれほど哀れに思えなかったりする。特に美人の奥さんを持つスタフォードはせっかくメンデスがやってきて作戦を提案しても文句ばかり言って拗ねるので見てるこっちとしてはいい加減むかっ腹が立ったりする。とは言えそういう描写があるからこそ、そんな彼が、ラスト近くペルシア語で映画について革命防護隊に説明し難を逃れ、飛行機の中で6人を代表してメンデスに握手を求める姿にグッと来るのだが。
カナダ大使はヴィクター・ガーバー。「タイタニック」の設計主任トマース・アンドリュースですね。この作戦は機密扱いにされて公にならなかったので全部カナダ大使の独断と手柄になってしまったらしい。お陰でイランとカナダの仲も悪くなった。とはいえこの大使がメンデスの名誉を横取りしたわけではなく彼は彼で十分活躍している。
作られなかった(作る気がなかった)映画「アルゴ」はおそらくギリシア神話の「アルゴノーツ」から取られているのだろう。アルゴノーツ(アルゴナウタイ)はヘラクレスやオルペウスも乗っていたとされる船の物語。劇中でも少し触れられて(関係性を記者に問われて返したセリフが「アルゴ、糞食らえ!Argo,Fuck yourself!」)いるがこのアルゴ冒険隊をこの作戦に従事した人たちになぞらえることも可能だろう。また「アルゴ」の物語自体はちょうどイラン革命時の暴君を倒すというイランの人たちにアピールするものだったのも功を奏したと思われる。
関係ないけど作るつもりのない作品の物語、ということでは僕はメル・ブルックスの「プロデューサーズ」なんかを連想した。
後はですね。時代と場所柄アメリカ人もイラン人もヒゲを生やしている人が多いんですね。イランの革命防衛隊の人とか往年のカストロ議長みたいな人がたくさん出てきました。ベン・アフレックもヒゲモジャでその特徴的な顎が隠されてむしろ男臭さが中和されているような感じがした。
とにかくスリリングでサスペンスフル。リアルスパイ大作戦という感じでとても面白かったです。ラストにCIAをサーカスに例えるセリフが登場したけれどそういえば「裏切りのサーカス」でもスパイ機関をサーカスに例えていたなあ。
ラストは当時の実際の情景や人物の写真と劇中で再現したシーンや人物が一緒に映る。こうして見るとかなり忠実に再現している。そして当時の大統領で現在史上最強の元大統領と呼ばれるカーター大統領の独白が入る。彼はこれらの事件が影響したのか大統領の座を共和党のレーガンに譲ることになる。レ−ガン大統領はタカ派的な政策で冷戦を勝利に導くがいまだ評価は微妙だ。カーター大統領はむしろ大統領を辞めてから精力的に活動しているが、例えばこの事件の成果を自分の手柄として喧伝し選挙を有利に導くこともできたかもしれない。しかしそうしなかったのは評価されてしかるべきだろう。
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なんとなく今年観た映画の集大成的ないろいろな要素が合わさった作品でした。ベン・アフレックは次回作もぜひ期待したい!
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*1:役者の表情を活かせる上にメイクをしたまま食事ができた