破滅の大家の匿名作品? もうひとりのシェイクスピア
あらためて今年もよろしくお願いします。
恒例の元日劇場鑑賞は「ホビット」3回目と「もうひとりのシェイクスピア」。「ホビット」は最後に吹替で鑑賞。とりあえず、3部作完結してからソフトを買うつもりなのでしばらく見れないですね。寂しい。
そして、もう一つはなんと、あのローランド・エメリッヒ監督による史劇「もうひとりのシェイクスピア」。昨年はマヤの暦がどうのうこうので世界が滅びるとか言われていたけどエメリッヒはその名もズバリ「2012」というタイトルで世界が崩壊する映画を撮っていたね。今回は「実はシェイクスピアは預言書を書いていて、それによると今年がその滅びる年なのだ!」というものでは決して無く、「シェイクスピア別人説」に則って描かれた、実にまっとうな*1作品だった。
物語
現代、1人の男が劇場で観客に告げる。時代の魂であるシェイクスピア。その謎の存在について我々の考えうる物語をお見せしましょう。
そして時代は16世紀のイギリスへ。エリザベス1世治下のロンドン。劇作家のベン・ジョンソンがロバート・セシル卿の配下に捕まったのだ。「オックスフォード伯の書いた作品はどこにある?」
更に少し遡る。ベン・ジョンソンはオックスフォード伯エドワードに呼ばれる。自分の作品をジョンソンの名前で劇場で発表せよ、と。しかし自分に自身のあるジョンソンはそれを断る。かくして匿名の脚本で始まったその劇「ヘンリー5世」は大好評を得、観客は脚本家の登場を希望する。渋るジョンソン。そこで名乗りを上げたのが役者でもあるウィリアム・シェイクスピアだった。やがてオクスフォード伯エドワードが密かに書きためた作品たち、「ジュリアス・シーザー」、「マクベス」、「ロミオとジュリエット」・・・がウィリアム・シェイクスピアの名前で発表されどれも大好評を得るのだった。
オクスフォード伯エドワードは時の権力者ウィリアム・セシルの娘婿で清教徒であるセシルの家庭で娯楽とは無縁の生活を送っていたが密かな楽しみが戯曲を書くことだった。彼にはエリザベス1世との秘密があって・・・
一方、名を貸しただけであるはずのシェイクスピアも徐々に暴走し始めていた・・・
シェイクスピアの作品というと映画化作品もいとまがないが、冷静に考えるとちゃんとした作品ってあんまり見たことないかも。どちらかと言うと現代に置き換えたりした翻案作品の方が多いかもしれない。それでも「ロミオとジュリエット」をNYに置き換えた「ウェスト・サイド物語」だったり「マクベス」を戦国時代に置き換えた「蜘蛛巣城」だったりと誰しも何らかの形で触れてはいるはずである。ちなみにバズ・ラーマン監督(「華麗なるギャッツビー」が近日公開!)がレオナルド・ディカプリオ、クレア・ディンズで撮った「ロミオ+ジュリエット」は現代ブラジルに置き換えているがセリフは全部シェイクスピアのものをそのまま使っていて実質「脚本ウィリアム・シェイクスピア」といってもおかしくない作品。まあ問題は「タイタニック」同様ロミオを演じるディカプリオの方がジュリエットより可愛いってことですな。
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一方で平易なセリフ、生き生きとした展開などは貴族ではありえなく、また元ネタとなったタネ本もそんなにたくさん必要だったわけではなく平民でも少し学があれば(そしてもちろん本人に才能があれば)十分書けたものであり、ストラットフォードのシェイクスピアを否定するものではないというのが現在の代表的な認識であるそうだ。
まあ、でもそれを言っては映画は成り立たないので、この映画では別人説を取っている。選ばれたのがオクスフォード伯エドワード。彼は劇中では「何もせず無為に過ごした」と嘆くような人物だが、実際は戦争で勇猛を持って知られ「槍を振るう人spear-shaker」などとも呼ばれていたらしい。反対にすると「Shake-spear」だ。劇中、彼はエリザベス1世のお気に入りとなり、彼女の愛人となる。やがて時が経ち(公式には)子供のいないエリザベスの後継としてスコットランド王のジェームズ1世が候補となるが、隠し子説のあるエセックス伯と彼の友人サウサンプトン伯、またジェームズの擁立を考えているセシル親子などの陰謀が絡みあう。一方でエドワードは自分が密かに書きためた戯曲をベン・ジョンソンを通じて発表するのだった。
宮廷の物語と市井の物語が二本立てとなってその両方にエドワードが中心となる。
実は映画を観てから結構シェイクスピアについて調べて分かったのだが、この物語に出てくる人物はほぼすべてが実在の人物。貴族はもちろんベン・ジョンソン、そして途中でシェイクスピアの正体を探ろうとして謎の死を遂げるクリストファー・マーロウも実在の人物なのだな。この辺の実在の人物をうまくフィクションに絡める手段は「リンカーン/秘密の書」でもあったが向こうの作品は上手いと思う。
この映画は時間軸によって物語が前後し、エリザベス1世やエドワードは若いころと後で別の役者が演じている。僕は事前に誰が出ていてどんな物語なのか一切把握していなかったのでちょっと混乱した。ちなみにエリザベス1世の若いころと晩年をそれぞれ演じているジョエリー・リチャードソンとヴァネッサ・レッドグレイヴは実の母娘だそうです。ちなみに若いころよりも晩年のエリザベスの色っぽい描写の方が見所。
ローランド・エメリッヒは今回は脚本を自ら手がけていたわけではないが、10年越しの企画であり(資金難や先にアカデミー賞作品である「恋におちたシェイクスピア」があったため当時は頓挫)エメリッヒ自身の数々の成功があって製作が可能になったのだという。最近僕はエメリッヒを再評価していて、彼には複雑な心理描写のあるドラマは難しいかもしれないが、(スペクタクル描写などはもちろん)物語の定形的な人物を描写する力に長けていると思う。今回はそこに自分の脚本でないからかもしれないが、キャラクター自身はいつものエメリッヒらしい平板な造形ながら結構複雑な心理描写も加わっている。例えばもっぱら悪役としての描写ながら意外にしんみりじわじわと共感させるロバート・セシル。彼の描写は見事。
エドワードはベン・ジョンソンの才能を認めて彼の名を使って自分の作品を発表しようとするが、ベン自身にもプライドがあるためそれを拒否する。結果としてその作品は良し悪しの分からぬシェイクスピアの名で発表される。エドワードが一番認めて欲しかったのは実はベンだった、という一連の件は結構感動的。一方、本物のシェイクスピアは結構あくどい描かれ方でちょっと損な役回りだ。シェイクスピアを演じているのはレイフ・スポールで彼は「ハリー・ポッター」、「ラスト・サムライ」、「魔法にかけられて」などで知られるティモシー・スポールの息子だそうです。あんまり似てないね。個人的にはむしろジョン・マルコヴィッチ似って感じだなあ。
今回意外だなと思ったのは、題材そのものもエメリッヒらしからぬ感じではあったが、それでもエメリッヒならやりそうな宮廷描写の壮大な宮殿などがほとんど無かったこと。とても地味な(しかしリアリティはある)描写であった。それこそケイト・ブランシェットの「エリザベス」のような絢爛豪華な描写も出来たはず(別にセットを作らなくてもそれこそお得意のCGがある)。にも関わらず、エメリッヒはそういう描写をしない。照明も実際程ではないにしろずっと暗めで描かれている。どちらかと言うと誇張をよしとするこれまでのエメリッヒ作品には無かった。そんなことも見ながら思ったりした。偉そうに言うとエメリッヒは一皮むけたな、という感じ。これまで伊達に世界を破壊しまくったわけでないのだ。
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シェイクスピア=クリンゴン説
ところで、「シェイクスピア別人説」といえばあれを外すわけにはいくまい、「シェイクスピア=クリンゴン説」である。クリンゴンとはもちろん「スタートレック」シリーズに出てくる異星人のことである。最初のころはカークたち惑星連邦の宿敵として、シリーズ後半にはウォーフなどレギュラーキャラクターも登場しスタートレックには欠かせない存在だ。また「クリンゴン語」という架空言語もあり、それは人(熱心なファン)によっては(劇中使用言語である特色上)軍事用語に偏っているにもかかわらず日常会話をこなすことも出来るという、人工言語としてはかなり完成されたものである。
さて、映画「スタートレックVI 未知の世界」はカーク船長とそのクルーが活躍する作品としては劇中の時系列上最後の作品だがそこで、クリンゴンの宰相ゴルコン(デヴィッド・ワーナー)が「シェイクスピアはクリンゴン語で聞くに限るよ」というようなことを言い、敵役にあたるクリンゴンのチャン将軍(クリストファー・プラマー!)が戦闘中にシェイクスピアをそらんじながら戦うなどかなりのシェイクスピアマニアであることを伺わせるが*3。このエピソード自体は「未来の宇宙でもシェイクスピアは読まれていてそれがクリンゴン語に翻訳されているほど、広まっているのだなあ」という程度だが、さすが米国の熱心なファン、そこから更に飛躍して「実はシェイクスピアは地球に不時着したクリンゴンだった!」というトンデモ説まで唱えられた。元々クリンゴンにはクリンゴンオペラというものもあるし、実は「ハムレット」も「マクベス」も元々クリンゴンに伝わる出来事や伝説を地球上の出来事に置き換えて書かれたものなのだ!
というわけでオクスフォード伯エドワードがシェイクスピアだなんてとんでもない。本当はクリンゴンだったんですよ!カプラ!
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