The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

才能と嫉妬と劣等感 「累−かさね−」と「響−HIBIKI−」

 さて、久々の単独映画記事、といきたいのですが故あって2本まとめてです。普段あんまり邦画を観ない僕がかなり前から気になっていた2本。しかも共通点が多いのでまとめて感想あげます。「累−かさね−」と「響−HIBIKI−」を観賞。

f:id:susahadeth52623:20180921132509j:image

  • 「累」物語

 今は亡き女優、淵透世を母に持つ累(かさね)。しかしその容姿は母に似ず、更に口裂け女のような大きな傷があることから劣等感に悩まされ孤独に生きてきた。母の13回忌で出会った男羽生田から演劇の舞台に誘われた累はそこで美しい丹沢ニナと出会う。ニナはとある理由から演技に注力できず中々芽が出ない。羽生田の提案は累がニナの代わりを務めること。実は累が母から受け継いだ口紅はキスした相手とかを入れ替えることができる不思議な力を持っており羽生田はそれを知っていたのだ。

 入れ替わった累は丹沢ニナとして表舞台に立つ。新進気鋭の演出家烏合霊汰の舞台のオーディションに合格する累。しかしニナは自分の人生を奪われるのでは、と徐々に恐れを抱いていく……

  こちらは土屋太鳳と芳根京子という2人の女優のぶつかり合い。この二人が顔を入れ替えるという設定のもと、互いを演じ合う。この二人は似たキャリアを積んでいるが演技の仕方としてはわりと対照的だと思う。芳根京子の方は僕はちゃんと認識したのは「表参道高校合唱部」での合唱好き少女の役。そしてその後朝の連続テレビ小説「べっぴんさん」の主演を経て現在。一方、土屋太鳳は「リミット」と言うドラマで知ったがちゃんと認識したのは映画「るろうに剣心」の巻町操役。その後朝ドラ「まれ」を経て、つい最近は「チア☆ダン」のドラマ版で主演していた。似た経歴の二人だが、俳優としての種類はわりと別物で、土屋太鳳は何を演じても土屋太鳳らしさが現れるスタータイプで芳根京子芳根京子としてはそんなに印象に残らないが役をきっちり演じきる演技派タイプという印象。土屋太鳳た太陽なら芳根京子は月。そんなイメージがある。

 この映画でもその印象は生かされている。

 この映画は原作が松浦だるまのマンガ「累」全14巻で、映画は最初の4巻までを使用している。僕は映画を観てから原作漫画を読んだのだが、わりと大胆に脚色・改変しているように思った。おそらく続編などを考慮せずあくまでこの一本だけでの完結を目指したのであろう。余計な部分(多くは累や透世や口紅の秘密に関する部分)を省き、累とニナの二人の関係にテーマを絞っている。更に原作はあくまで累が主人公であり、ニナはその中で出会う一登場人物に過ぎない(4巻で退場してしまう)が、映画はこの二人をわりと対等な主人公同士として描いている。しかし結果テーマ部分としては原作の訴えたいことがより鮮明に浮かび上がったのではないかと思う。

f:id:susahadeth52623:20180921132702j:image

 僕が最初に思ったのは「ブラックスワン」と「フェイス/オフ」。演劇=バレエを舞台に主演を奪われそうになったプリマドンナがあることで演技者として覚醒するという作品。主人公の名がニナであるのも共通。これはともに「累」劇中舞台であるチェーホフ」の「かもめ」の主人公ニーナからの引用であろう。

フェイス/オフ」はニコラス・ケイジジョン・トラボルタが互いの顔を入れ替えるというアクション映画なのでまあまんまではあるのだが、ここでこの二人がオリジナルの自分を演じる時より」互いに入れ替わった設定の役を演じるときのほうがはるかにいきいきしていたのと同様に、この「累」でも互いに入れ替わっている時の方が魅力的に映っている。累が土屋太鳳の顔をもつニナとして演技をしている時は確かに魅力的だし、原作では累の顔になって周りの目に怯えていたニナも映画では(どうせ一時的だからと開き直っているのか)堂々と傷の付いた顔を表に上げ過ごしているのでオリジナルの累の時より魅力的だ(いっても芳根京子の顔なのだから元は美人だ)。

 ニナをきちんと主人公の位置まで押し上げたことで二人の間の才能と嫉妬、劣等感みたいなものがより際立った。

f:id:susahadeth52623:20180921132705j:image

 この映画の魅力のもう一つは劇中舞台。邦画で出てくる劇中劇とか登場人物が出てくるTV番組とかそういうものが大概手抜きというか、もうちょっと実際の番組作りと同じくらいのクオリティで仕上げてくれよ、と思うのだが、本作にはそれがない。2本ある(厳密には最初の小劇団の含めて3本)劇中劇は「かもめ」(こちらは稽古風景のみだが)「サロメ」ともにちゃんと全編観たい!と思わせるものになっている。特に「サロメ」は土屋太鳳の熱演もあって、映画とは別にこれはこれで本当に公演してくれないか、あるいは全編撮影しているのならソフト化の際に是非ノーカットで独立したものとして観たい!と思う出来。土屋太鳳はこれまで舞台はやったことがないというから驚きだ。

 とにかく今年の邦画の中では素晴らしく、口紅など世界観の秘密に関するところは匂わせる程度に納めくどくど解読しなかったところや、だらだらエピローグをやらず、スパッと終わるところも素晴らしかった。


「累 -かさね-」【特報①】9月7日(金)公開

 

松浦だるま「累」画集 紅虹

松浦だるま「累」画集 紅虹

 

f:id:susahadeth52623:20180921132650j:image

「響」物語

 文芸雑誌「木蓮」の新人賞応募作としてとある原稿が届く。応募要項が全然守られていないその作品は破棄されるはずであったが女性編集者花井ふみが目を留める。

 4月、高校に入学した鮎喰響は不良のたまり場になっていた文芸部に入部し、初っ端から喧嘩を売られそれに答えた結果不良たちを追い出す。中々周りとのコミュニケーションが上手く取れない響だが、実は小説を読むこと、書くことにかけては天才だった。部長である祖父江凛夏は実は大ベストセラー作家祖父江秋人の娘であり、彼女を通じて響はふみと出会う。ふみが驚愕した応募作「お伽の庭」の作者こそ響だったのだ。新人賞受賞式で自分に喧嘩を売ってきた同時受賞作家を椅子で殴打するなどトラブルを起こす響。しかし「お伽の庭」は芥川賞直木賞のダブルノミネートを果たすのだった……

  こちらも原作は漫画。柳本光晴「響~小説家になる方法~」で既刊10巻。映画は6巻あたりまでを映画化。こちらは「累」と比べると丁寧なダイジェストという感じ。一部登場人物やエピソードをカットしているが概ね原作に忠実で、キャストのハマり具合もあって、原作のファンは満足できるだろう(その点僕は映画から入ったので分からないが、「累」の方は原作ファンはもしかしたら拒否反応を起こす人もいるかもしれない)。

 主演は平手友梨奈。アイドルグループ「欅坂46」のメンバー。現在最年少でデビュー以来ずっとセンターを務めた人だ。演技としてはグループで出演した「徳山大二郎を誰が殺したか?」「残酷な観客たち」というドラマは僕も見ている。ただ、この2作はほぼ自分を演じる形なので純粋な他人を演じるのは初とも言える。ちなみに「残酷な観客たち」はつまらなかったけど「徳山大二郎を誰が殺したか?」はそれこそ舞台劇なんかにすると面白い題材で、ある程度彼女たちのグループとしての関係やキャラクターを知っていないといけないとはいえ、十分面白いドラマだったのでおすすめ。

 今回は15歳の天才で、文章の天才の割にコミュニケーションをとるのは苦手という役柄で、やはり最年少でずっとセンターを努め、この一年ぐらいは楽曲に入れ込み過ぎたのかちょっとヤバいと言われてる状態だった平手友梨奈と重なるところがある。今回は平手友梨奈という女優の演技力がどうこう、というよりは役者と役柄がピタリと重なって違和感がないところが素晴らしいという感じなので、彼女の真価はまた次の機会であろうと思う。

 映画は丁寧なダイジェスト、と書いたが、省略された部分があることで原作よりもリカとの対比が強調された形となった。リカは文芸部の部長で作家祖父江秋人を父に持ち、自身も才能がある。高校生のうちに作家デビューもする。ただし響が天才タイプであるならリカは秀才タイプという感じで響の才能に打ちのめされる。響がWノミネートを果たす一方でリカはどちらにも残らなかった。間のエピソードがないのでこの響とリカの才能と嫉妬、劣等感の描写がより際立って痛いです。リカ役はアヤカ・ウィルソン

f:id:susahadeth52623:20180921132721j:image、 響の書いた「お伽の庭」は読んだ登場人物が皆素晴らしいと思うその一方で、しかし「累」がちゃんと劇中劇を見せてその演技力を観客に見せていたのと比べると、簡単なあらすじやその情景の感想なんかは出てくるものの、具体的な描写も実際の文章も出てこない。これは原作からそうで、まあ天才の書いた文章とされるものを実際に見せてそれで観客が納得するものを描写できるかといえば難しいので仕方がないとは言える。そこで具体的な才能よりも人物のエキセントリックな行動で描写することとなる。文章よりももっぱら肉体言語が用いられ、響は「殺すぞ」という脅し文句に対し躊躇せず相手の指を折り、暴力をふるうな、と言われて自分のためなら我慢出来ても友人のためなら躊躇しない。映画ではそういう暴力描写が実際の人によって描かれることで、原作ではわりとコミカルだったものがもうちょっとシリアスな感じに。

f:id:susahadeth52623:20180921132719j:image

まず指を折ることから始まる出会いもある(ねえよ!)。

 実際、その辺の響のエキセントリックな描写は実写になることでまた原作とは別の趣きをもっていて、飛び降りて何事もなかったようにすたすた歩き去る描写(原作では落ちない)や、新人賞授賞式で椅子で殴った田中を電車で追い詰めるシーンや雑誌カメラマンの矢野の自宅に押しかけるシーンとかは、原作ではいきなり存在するのに、映画では一応後をつける描写があることで響の行動がより非常識に見えてくる。

f:id:susahadeth52623:20180921132724j:image

 個人的には純文学は読まないです。趣味で小説書いたりもするけれど、書くのも読むのももっぱらSFやホラー、ミステリなどのジャンル小説のみ。だから毎年の芥川賞とかほとんど興味が無いし、何度もノミネートみたいなの意味があるのか?とも思うし、劇中の描写がリアルなら芥川賞受賞にそこまでのめり込んでいる人がいるんだ?という不思議な驚きもあった。それはさておき映画の構成で良かったのは小栗旬演じる作家の描写。直接響と絡むのは最後の最後だが、原作では(映画の原作となった部分の)終盤にまとめて描写されているのに対し、響の物語と同時進行で小栗旬の描写が描かれることで(そこでは響とのニアミスもある)、最後の出会いが際立つ。

 原作にあって映画で無くなって残念だったのは作家の吉野先生。吉野先生との出会いは響の作家人生においても重要だと思うし。一方無くなってよかったのは響の幼なじみ涼太郎。涼太郎自体は登場するけれど、出番は少なく特に響への恋愛描写(ストーカー描写ともいう)は完全に無くなっている。これが連続ドラマならそういう描写も入って良いけれど、時間が限られてる映画では余計な描写だと思うのでこれは入れなくて正解。

 

映画「響-HIBIKI-」オリジナル・サウンドトラック

映画「響-HIBIKI-」オリジナル・サウンドトラック

 

 


映画『響 -HIBIKI-』予告

 今回取り上げた2作に特に物語面で共通点があるわけではない。しかしともに漫画原作で公開日も近く、女性二人(累とニナ、響とリカ)の才能と嫉妬、劣等感みたいなものが描かれているなどテーマ的な部分で共通点も見いだせた。まあ一緒にした一番の理由は僕が同日にはしごしたからってのがあるんですけど。

 両作とも10巻以上続く(「累」はもう完結したが、「響」はとりあえず既刊10巻で続刊中)原作の最初の方を映画化した形なので物語は続いている。しかし個人的には映画「累」はもうこれで完結していると思う。原作の方はニナの代わりの女性を見つけ累が再び別人の女優として成り上がる話やそれと平行して口紅と母親の秘密、異母姉妹などが出てくるのだが、再び仕切りなおすのならともかく、今回の作品の続編としては正直その辺はどうでもよく続編はいらない(替わりに劇中の「サロメ」舞台を実際に公演するか完全版を見せてほしい)。

 一方「響」は続きの物語が観たい。原作にあるテレビ局に乗り込むところや文科省をぶん殴るところとか観たいのでこちらは早めに続編製作をお願いします。

 個人的に心に刺さったのは「累」の方だが、続編が観たいのは「響」と言う感じである。ともに良い邦画でした。

フェイス/オフ [Blu-ray]

フェイス/オフ [Blu-ray]

 
Black Bird / Tiny Dancers /思い出は奇麗で(初回生産限定盤)(DVD付)

Black Bird / Tiny Dancers /思い出は奇麗で(初回生産限定盤)(DVD付)