The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

燃える石炭、薄い氷、真昼の花火〜そう見えずとも危険なもの 薄氷の殺人

 たまにある「今日はなんでもいいから映画観るぞ」と決めて劇場へ行き、劇場についてから見る映画を決めた作品。予告編も全く見ておらず意外とそういう作品は全く事前に情報を入れていないせいか、そもそもジャンルから予測がつかなかったりするので意外と楽しめることが多い。今回はまあ、タイトルからしてジャンルは予想できたが、それでも新鮮な驚きを味わえた作品であった。「薄氷の殺人」を観賞。

物語

 中国華北地方。1999年、石炭工場でバラバラになった死体が見つかる。その死体は各地の工場で発見されており、同時に死体をばらまくには複数犯であると思われた。ジャン刑事たちは遺体の主の弟とその仲間を見つけるが、不注意から銃撃戦になり参考人を殺してしまう。
 2004年。ジャンは刑事職を解かれ警備員をしていたが、ある時張り込み中の同僚を見つけ声をかける。元同僚によるとかつてのバラバラ事件の被害者の妻の周辺で過去5年の間に2件、最初の事件も合わせると3件の死体が見つかっているという。同僚に黙ってその妻、ジージェンと接触するジャン。そして徐々に惹かれ合っていく。果たして彼女は魔性の女なのかそれとも…

 この作品、映画が始まるまでずっと、韓国映画だと思い込んでいたのである。しかしこれは中国・香港の合作映画であった。韓国映画ではないのは映画が始まって各種オープニングテロップが出た時点ですぐわかったのだが、それでも香港映画なのか中国映画なのか、あるいは台湾映画なのかは最後まで観終わってから確認した次第。というのも出演している俳優がどれも覚えがなかったから。ただ、覚えがないというのも僕の一方的な勘違いで、ヒロインのグイ・ルンメイツイ・ハーク監督、ジェット・リー主演の「ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝」でエキゾチックな魅力を放っていた韃靼族の王女を演じていたし、ジャン刑事役のリャオ・ファンはジャッキー・チェンのアクション引退作と謳われた(当然のようにその後もジャッキーはアクション映画に出ている)「ライジング・ドラゴン」にジャッキーの同僚のひとりとして出ている。ただこれらの作品とは趣が大分異なるのも確かで(グイ・ルンメイに関しては時代劇の武侠ものと現代劇で役柄からメイクから全然違うので許して欲しい)、観ている最中は見知らぬ俳優による作品として認識していて、先の韓国映画と思い込んでいたというのも手伝って、結果として作品をまるでドキュメンタリーのような絶妙なリアリズムで体感することになったのも確かだ。

 原題は「白日焔火」で劇中でも出てくる店の名前。日本語では「白昼の花火」と訳されて、どうやらいわゆる花火というより爆竹に近い音を楽しむものらしい。そして英語タイトルは「BLACK COAL, THIN ICE」で「黒い石炭、薄い氷」という感じで、これも劇中で出てくる死体が発見される石炭工場と何度か象徴的に舞台となるスケートリンクを表す。邦題はこの英題の「薄氷」をアレンジしたもの。これらは一見危険度が見た目では分かりづらいが触ったり、踏み込んだりすると危険なものばかりだ。石炭は炎を出して燃えるばかりではない。薄氷は強く踏み込んでは割れる可能性がある。そして白昼の花火も鮮やかな炎を上げるわけではないがやはり火事になる危険がある。いずれも事件、と言うよりその核になる女性を表しているのかも。というような解釈をしてみたが、公式サイトの監督の言によると「石炭と氷は現実だ。白昼の花火は現実離れしている。それらは同じコインの裏表なんだ」とのこと。
 監督・脚本はディオア・イーナン。僕はこの監督の作品は初めて観るけれど、デヴィッド・フィンチャーの「ゾディアック」やポン・ジュノの「殺人の追憶」を思い出した。この二つは実際に起きた事件を元にしていてしかし未解決の事件であり、そのドキュメンタリータッチの描写や、直接の被害者とかでもないキャラが事件を追う内に人生の破滅に向かっていく様などが共通している。この作品は特に実際の事件が元になっているとかではないようだが、それでも実録物っぽいリアリズムがある。
 主人公であるジャンはルックス的にも人格的にも主役としては観客の共感を得づらいタイプ。映画冒頭では女性とトランプをしていてその後セックス。しかし直後のシーンでそれが離婚する前の最後の一発だったと分かる(しかも駅のホームで別れる寸前まで未練タラタラなのは主人公の方。しかもその未練は妻そのものではなくどうやらセックスに対してだ)。そんな主人公であるし、2004年の身の持ち崩しかたも自業自得。工場の警備員を務めるようになってからも工員の女性にセクハラしたり(ただこれは周囲も面白がっているところとかまだセクハラがセクハラとして認知されていない中国の事情もあるのかもしれない。グイ・ルンメイが務めるクリーニング屋の店主もとんだセクハラ野郎だしな)。
 グイ・ルンメイは本当に薄幸の美女、という感じで、全然「ドラゴンゲート」の役柄とは別物。不幸のオーラを身にまとい、しかしそれが性的魅力となって外に発揮されるようなキャラクター。
 映画は一応ミステリーであるが誰が犯人であるとか、手口の真相はとかそういう部分はあまり重要ではない作品だろう(もちろんまったくのおざなりというわけではない)。ところどころ可笑しなコメディ描写もあり2004年に入ったところ冒頭でジャンがバイクを取り替えられ、しかもその後ジャンがずっとその取り替えられたバイクを使用しているところとか妙な可笑しみを感じる。この辺は中国・香港と言うよりやっぱり韓国映画っぽい雰囲気。

 以前、「怪しい彼女」の時に書いたけれど、韓国映画だと「これを日本映画でリメイクするとしたらこの役は誰が演じることになるか」というシミュレーションをすることがある。これが香港映画や中国映画だと同じ東洋人が出演する映画でも、あんまりそういうことはしない。この辺はやはり中国より韓国のほうが日本の風俗と近いものがあり、日本に置き換える、という脳内の作業がし易いのだと思う。今回は韓国映画だと思い込んで観賞に臨んだり、有名な俳優が出ていなかったり、あるいは作品の雰囲気が独特な事もあって、リメイクとまではいかなかったが主演の二人グイ・ルンメイとリャオ・ファンを日本の俳優に置き換えて観たりもしていた。グイ・ルンメイは美人だけど幸薄い感じで紺野まひる壇蜜とかだとちょっとあざとすぎるか)、そしてリャオ・ファンは山中崇。そして殺されるジャンの元同僚刑事はちょっと歳を取り過ぎてしまうけれど笹野高史あたり。


 面白かったけれど、ちょっと女性描写に難はあり中国の出来事だとしても2004年という最近が舞台なので人によってはキツい人もいるとは思う。カメラワークが独特でその辺も映像的魅力にはあふれていた。
 ただ、この映画特に実際の事件がモデルというわけではないのに、なぜ1999年から始まり、2004年が舞台なんだろう。10年前である意味があるのだろうか。やはり世紀末の空気が必要だったということだろうか。