The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

Dのレコンギスタ ドラキュラZERO

 この秋、どうしても観たい映画がいくつかあってそれは「ドラキュラZERO」「ヘラクレス」「美女と野獣」の3つ。要するに何度も映画化されている古典的な題材の作品群。ただ凄い作品の出来に期待しているのかというとそうでもなくて、楽しみだけどもとより作品の質にはあんまり期待していないということでは昨年の「飛び出す 悪魔のいけにえ」や「サイレントヒル・リベレーション」なんかと同質な楽しみ方ですね。というわけでまずは「ドラキュラZERO」。

物語

15世紀トランシルヴァニアのワラキア公国。君主ヴラド3世はかつてオスマン帝国の人質として過ごしたがその後、誰もが恐れる戦士となった。あるとき怪物の出現が噂される山へ行くとそこでブラドは謎の怪物と出会う。命からがら逃げ出したヴラドは修道士からその怪物は吸血鬼ではあろうと言われるのだった。
 オスマン帝国の使者が現れ、子供を1000人人質にするように申し入れが。その中にはヴラドの息子も含まれていた。ヴラドはこの申し入れを拒否。オスマン帝国との戦争が起きようとしていた。国力では圧倒的に勝るオスマン帝国の前にヴラドは怪物の力を利用しようとする。怪物はヴラドに自分と入れ替わりで呪いを引き受けるように言う。3日間ヴラドは驚異的な力を手に入れオスマン帝国軍を蹴散らす。しかし3日の間、渇きに耐えられなければヴラドは永遠に呪われた吸血鬼となってしまうのだ。そして遂にメフメト2世率いるオスマン帝国の本体がワラキアに迫る…!

 原題は「DRACULA Untold」「語られざるドラキュラ」とかそんな感じ。全体的な雰因気は先の「アイ・フランケンシュタイン」とよく似ている。同じ古典モンスターの外伝作品。「アイ・フランケンシュタイン」はメアリー・シェリーの原作のその後を描いた作品だったが、「ドラキュラZERO」はブラム・ストーカーの原作の前日譚を描いた作品。ただどちらも原作に書かれた要素を膨らませてと言うよりはほぼオリジナルな物語である。
 僕がこの作品に興味があった部分は「フランケンシュタイン」と違って「ドラキュラ」には実在のモデルになった人物がいて、この映画にはどこまでその史実としてのドラキュラが反映されているか気になったから、という部分も大きい。ただ、ストーカーは「吸血鬼ドラキュラ」を書くときに特に史実のドラキュラを調べた、というわけでもなかったようで特に作品中で史実のドラキュラに言及されることはない。「アイ・フランケンシュタイン」がコッポラ製作の「フランケンシュタイン」の影響が強いと思われるのと同様、この作品もコッポラが監督した1992年の「ドラキュラ」の影響が強いように思う。コッポラ版でもドラキュラが吸血鬼となるきっかけになったのは愛する王妃の死だった。ただこの王妃、コッポラ版では名前がエリザベータウィノナ・ライダー!)だったけれど本作ではミレーナ。

ヴラド・ツェペシュ


 史実のドラキュラことワラキア公ヴラド3世は1431年生まれの1476年死去。東のオスマン帝国と西のオーストリアポーランドといった大国(そう!この頃はオーストリアはもちろんポーランドも大国だったのです)に挟まれながらワラキア(現ルーマニアの一部)の独立を保ったことで知られている人物である。「ドラキュラ」という名前は「悪魔の子」とか「竜の子」とかいう意味で父親ヴラド2世が「ドラクル」と呼ばれたことに由来する。「ドラクル」は英語のドラゴン、龍を意味するが西欧では龍は基本的に悪いものとして扱われるので同時に「悪魔」の意味も持つ。が、これは単に勇敢な戦士を評する称号であってそれほど悪い意味は少なくとも地元ではなかったようである。ドラキュラは幼少期をオスマン帝国の人質として過ごし、ワラキア大公となって後も弟ラドゥとの抗争や地元の貴族との軋轢に苦労している。オスマン帝国からみれば属国のつもりだったがこれに対抗して独立を守り、ある意味で東ヨーロッパにおけるイスラム勢力の侵攻が防がれたのは彼の大功績といえるかもしれない。東のレコンキスタとでもいったところか。ただ、彼は見せしめとして串刺し刑を好み、オスマン帝国が地図にない森を発見して近づいたらそれは先行したオスマン軍兵士がことごとく串刺しにされてさらされたものだった、などという逸話もある。「ツェペシュ」とは「串刺公」というような意味である。また国内においても自分に従わない貴族を同様に処刑したり、病気や浮浪者、障害者を一箇所に集めて「生の苦しみから解放する」などと言って燃やしたなどともいうから苛烈な独裁者であったことは間違いないようだ。本来ならキリスト教圏を護ったものとして西欧でも讃えられてもいい英雄だが、こういう行状が災いして「悪魔の子」としてその恐ろしさを喧伝するパンフレットが刷られた。ストーカーが「ドラキュラ」を書いた頃にはあまり知られていなかったがそれでも基本的にロンドンで手に入れられる資料はこういう視点のものであったのだろうことは想像に難くない。
 ただ歴史上悪人とされたものが地元では英雄扱いされることは珍しくなく、ドラキュラ公もその例にあたる。まあ中間搾取する貴族を大粛清したということは一般農民にとっては名君であるとも言えるのでこの辺は後述するイヴァン4世なんかとも共通する。
 ドラキュラはその苛烈な生き方がおよそ1世紀後の日本の織田信長と比べられることもあるが、幼少期を人質として過ごした、という部分なんかはむしろ徳川家康と近いか。家康も今川と織田という大国に挟まれて苦労した小国三河の出身だった*1。ただ、生き方で近いのは織田信長と同世代の欧州の君主、イングランドエリザベス1世やロシアのイヴァン4世ではないだろうか。いずれも過酷な幼少期を過ごし長じて君主として力を発揮する。秦の始皇帝なんかも似てるかも。てかエリザベス1世とイヴァン4世と織田信長豊臣秀吉を入れたっていい)がほぼ同世代同時代人って凄いよな。いずれも東西を代表する君主で名君でもあると主に敵には容赦無い独裁者暴君でもある。また身内を手にかけている(イヴァン4世なんか皇太子を政治的な理由でなしその場の勢いで自ら殴り殺してる)点なんかも共通で、こういう人物が同時期に登場したのはある意味時代の要請だったのだろうか。

 えー、映画の話に戻ります。映画においてはほぼ史実は無視。ファンタジーとして見たほうが良い。主人公のドラキュラを演じるのは「インモータルズ」のゼウス*2、「ホビット 竜に奪われた王国」のバルドを演じたルーク・エヴァンス。顔が濃くて美男子だと思うけれど僕の中ではイマイチ印象に残らない人である。今回はドラキュラであり、怪物となる前から串刺し公として恐れられていた旨語られるが、語られるだけで具体的な描写はなし。あくまで良い夫、良い父親、良い君主として描かれている。あくまでイケメン、ルーク・エヴァンスを主役に据えたファンタジーロマンスとでもいうべき感じで最後まで残虐な怪物吸血鬼ドラキュラという雰囲気では描かれていないのが残念。
 ただ、怪物になりかけのドラキュラがオスマン帝国相手に単騎突入して蹴散らすシーンは「戦国無双」「三國無双」などのゲームのようでちょっとおもしろかったけれど。
 ヒロインであるミレーヌは「複製された男」のサラ・ガドン。いずれも変貌する旦那に苦労する役でありますな。

 ドミニク・クーパーは「デビルズ・ダブル」のウダイに続く、「史実上では死んでないのに劇中で殺された中東の独裁者」を演じている。今回演じたメフメト2世なんてオスマン帝国の歴代スルタンの中でも英雄度の高い、それこそ日本で言うなら織田信長のような人物だとは思うんだけど(領土拡張という行為の是非は置いておいて)、この物語の中ではワラキアを搾取する暴君、「300」のクセルクセスにも似た雰囲気で描かれている。ドミニク・クーパーは「リンカーン」では吸血鬼を演じていたが、「キャプテン・アメリカ」のパパスタークなんかも含めてこういう歴史と物語の狭間を描くような作品に縁があるようだ。最初に認識したのは「マンマ・ミーア」のアマンダ・サイフリッドの恋人役だったりするんだけれど。
 ラストは現代。ミレーヌと瓜二つの女性を見つけ話しかけるドラキュラとそれを確認するチャールズ・ダンスの元怪物という構図で終わる。このエンディングはちょっとがっくり来て、別にもうドラキュラが怪物として描かれていなくてもいいんだけど、こちらはストーカーの前日譚として観ているわけでどうせなら現代ではなくヴィクトリア朝のロンドンを舞台にミレーヌそっくりな原作のヒロイン、ミーナ・マーレに話しかけるドラキュラというカットで終わり、原作の「吸血鬼ドラキュラ」へ続く、とすればよかったのに(実際コッポラ版ではエリザヴェータの生まれ変わりがミーナという設定になっていた)。結局このラストのせいで史実のドラキュラとも原作のドラキュラとも関係ない物語として終わってしまったのでラストは本当に残念。

 全体としては「アイ・フランケンシュタイン」と同様もうちょっと何かあればいいんだけど惜しい……という仕上がり。同じヴァンパイアものなら「トワイライト」などの美男美女のファンタジーラブロマンスとして観るのが正解だったんだろうか。この物語ならもっと吸血鬼など怪物要素を出したほうが良かったかと個人的には思う。チャールズ・ダンスの怪物もラストとかは要らんかったなあ。続編も狙っているのかしら。

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 ある意味共演も多いドラキュラとフランケンシュタインの怪物の原作をこの2作で挟んだ兄弟作みたいな感じかもしれない。

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)

 タイトルはこちらから。ある意味キリスト教イスラム教の歴史で言えばこの地域の争いは東欧のレコンキスタといえないこともないと思う。
 さてこのあと「ヘラクレス」「美女と野獣」の感想。そして「エクスペンダブルズ3」「イコライザー」「サボタージュ」とアクション映画の感想と続き「インターステラー」が待ってます。(とすでに見た作品(インターステラーは予定)の名を挙げることでさぼりがちな自分を奮い立たせるのだった。その前に「ジャージーボーイズ」の感想書け自分)

*1:一昔前は家康の駿府人質時代は屈辱的な過酷な扱いをされていた、という描き方が主だったが最近は今川義元は家康を一門に準じる扱いをしてエリート教育を施していたという見方が大きい。実際最初の性質築山殿は義元の姪であるし、太原雪斎が教育係となっていることからも伺える

*2:タイタンの戦い」のアポロでもあった