The Spirit in the Bottle

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ハリウッドの見せた日本的死生観 47RONIN

 元禄14年3月14日(1701年4月21日)、江戸城殿中に置いて赤穂藩浅野長矩高家旗本吉良上野介義央に対して刀を抜き刃傷に及んだ。浅野長矩は直ちに切腹赤穂藩は改易となる。翌元禄15年12月14日(1703年1月30日)赤穂家の藩士ら47名が江戸の吉良屋敷に討ち入り主君の敵として吉良上野介を殺害する。世に言う「元禄赤穂事件」である。
 一般には「忠臣蔵」として呼ばれるこの事件は事件が起きた直後から日本人の心に響いたのか歌舞伎や人形浄瑠璃、現代に及んでドラマや映画で今も日本の冬の風物詩となっている。かのセオドア・ルーズベルト大統領もこの忠臣蔵に関する本を読んで親日家となったと言われる(もっとも日露戦争後には露骨な日本の領土獲得欲に野望を感じたのか日本を警戒していたようだが)。
 明らかに「狂気の物語」。当時から赤穂浪士たちは同情を集めたが法に照らせば当時から彼らはテロリストだった*1
 僕も史実の赤穂浪士に好意を抱くかはともかく物語としては嫌いじゃなくて、特に印象深いのは1985年の日テレで年末時代劇スペシャルとしてドラマ化された「忠臣蔵」。また1964年の大河ドラマの「赤穂浪士」は本編は見たことはないがそのテーマ曲は忠臣蔵関連では頻繁に流れるので一度は聞いたことがあるはず。
 そんな彼らの物語は長い間、日本人を愉しませてきたが、この度アメリカでも映画化、しかも西部劇への翻案とかではなくなんと日本の江戸時代を舞台にしているという。「47RONIN」を観賞。一応記念ということで事件から310年後の12月14日に観賞しました。正確には旧暦の12月14日だけど。

物語

 鎖国によって外国から閉ざされた国、日本。強力な徳川将軍の元、多くの大名たちがそれぞれの国を治めている。異人との混血として生まれ迫害されてきた少年カイは赤穂の国流れ付き殺されそうになり所を藩主の浅野長矩に救われる。サムライとは別の森の者として育ったカイはやがて浅野長矩の娘ミカ姫と恋仲になるのだった。赤穂の国を将軍綱吉が訪れるという栄誉が訪れ、それには赤穂の国を狙う隣国の吉良上野介も同席した。カイは魔性のものであるミヅキを見咎め家老である大石内蔵助に伝えるが大石は取り合わなかった。
 キラはミヅキの妖術を使い浅野長矩が自分を斬りつけるように誘う。綱吉は直ちに浅野を切腹させ、一年後のミカと吉良の婚姻を持って赤穂の国を吉良のものとすることを決める。大石は地下牢に軟禁、浅野の家臣たちもそれぞれ散り散りとなるのだった。
 1年後、大石は解放され、かつての家臣たちを集め、婚姻を一週間後に控えたミカを助け出し吉良を討つことを誓う。そのためにはかつて蔑ろにしたカイの力が必要だった。カイはオランダ人に売り飛ばされ長崎の出島で見世物の格闘技に駆り出されていた・・・

 我々が現在「忠臣蔵」として親しんでいる物語は史実7分創作3分といったところだろうか。人名や場所、時代設定はそのままに人物の造形や立ち位置、それぞれの逸話などを創作したりしている(有名なところでは赤埴源蔵の徳利の別れなどは創作)。
 しかしそもそも江戸時代には江戸時代の出来事を江戸時代のものとして描くことはできなかった。元禄赤穂事件は討ち入りの起きた45年後には人形浄瑠璃になっているが、この「仮名手本忠臣蔵」では時代を南北朝期、人名なら大石内蔵助を大星由良之助、浅野内匠頭を塩冶判官、吉良上野介高師直と変え、演じられた。まあ確かに吉良よりは高師直の方が戦闘力、権力、女好きと明らかに格上なので悪役としてはこちらのほうが申し分ないとは思うのだけど。とは言え誰の目にも赤穂事件をモデルにしているのは明らかだったし、例えば浅野内匠頭=塩冶判官は赤穂藩が塩の産地だったことにちなむし、吉良上野介高師直は吉良家が高家という江戸幕府典礼や儀式を司る家柄だったことに由来する。タイトルの「忠臣蔵」にしてから「蔵いっぱいの忠誠心」と「忠臣、大石内蔵助」のダブルミーニング
 実際の事件ではあの黒に白のダンダラ模様の揃いの服もなかったし(歌舞伎由来のこの衣装は後に新選組の隊服のデザインに影響を与える)、山鹿流の陣太鼓も鳴らなかった。単純に刑事事件としてみれば襲われても刀を抜かなかった吉良上野介には何の落ち度もない(一方浅野長矩は殿中で刃傷に及ぶという狂気もさることながら、一度刀を向けた相手にトドメをさせなかった、という意味で二重に武士としては不名誉である)。時の将軍徳川綱吉の裁断は請求に過ぎたかも知れないが*2切腹も改易も決して行き過ぎではないだろう。あえて言うなら御家再興など浪人対策を幕府は誤ったというべきか。いずれにしろ赤穂浪士の実像はかなり初期から史実とはかけ離れて伝わっていると言っていいだろう。だから、今更ファンタジー全開でアメリカで作られても特に問題は無いのだ!

 今回は3D吹替で観賞。僕は日本語と英語が行き交う作品はあんまり得意ではないことが「パシフィック・リム」「ウルヴァリン:SAMURAI」あたりでなんとなく分かった気がするので今回は最初から吹替という選択で臨んだ。とは言え、役者は主役のキアヌ・リーブスと綱吉役のケイリー・ヒロユキ・タガワを除くとほぼ日本人キャストで、演じた本人が吹替も担当している。カイ役のキアヌの声はシュー先生こと森川智之氏。
 作品は最初に簡単な日本の国情に付いて解説が入る。そこは意外なぐらいに江戸時代の幕藩体制についてきちんと述べているが、やはり一旦ドラマに入るとそこは実際の日本とは別物。カイの半生の後は赤穂のサムライたちによる謎巨大生物(麒麟か白鐸かという感じ。顔は蚩尤っぽい)狩りから始まるが、そこでサムライたちが着用している甲冑は日本のものというよりモンゴルか女真族っぽい。と言うか森や草原でこの生物狩るシーンは確かに事前に聞いていた通り「もののけ姫」っぽい。また実際は江戸城内で起きた事件が赤穂で起きたことに変わっている。この辺参勤交代を簡単に解説するのが難しかったか。
 ところで浅野内匠頭を演じているのは田中泯である。「龍馬伝」の吉田東洋。そして吉良上野介を演じているのは浅野忠信である。「浅野」忠信が吉良を演じる、というのはまあ置いといて、どうしても日本の忠臣蔵に慣らされた身には田中泯浅野内匠頭というより吉良上野介にしか見えない。ただ、従来の神経質そうな若い君主という感じの浅野内匠頭よりも年齢を増し、実績があることを見せることで浅野内匠頭に忠義を尽くすサムライたちの動機におそらく海外の人は納得することだろう。「君、君たらずとも、臣、臣たるべし」という江戸自体の倫理は通用しない。
 また史実だと被害者としか言えない吉良上野介も領土欲を明らかにし、若く設定設定することでカイとはミカ姫を取り合う恋敵にもなったのも勧善懲悪的に分かりやすく良かった。日本の忠臣蔵だとかなり不当に吉良を悪く描かないと、どうしてもただお爺ちゃんを集団で襲う作品になってしまうからなあ。吉良上野介は総髪の由比正雪という感じの風貌だが悪事を実質取り仕切っているのは菊地凛子演じるミヅキである。彼女の妖術でそもそもの刃傷自体が吉良側の仕組んだこと、となっているので因果関係は分かりやすい。実を言うと予告編の時点では菊地凛子とミカ姫の柴咲コウの区別があまりつかなかったのであるが、当然全然違う役である。日本語吹替は本人が当てている、と書いたが、当然菊地凛子も本人。ただ、菊地凛子は喋らなければ表情や仕草はかなり魅せてくれるけれどいざ口を開くとどうにもイマイチ。もしかしたら英語の演技ではそんなに違和感がないのかもしれないが菊地凛子が喋る度にむず痒くなってしまう。菊地凛子の吹替だけは本人じゃない別の人にやって欲しかった!
 主役はもちろんキアヌ・リーブス「スピード」、「マトリックス」とアクション映画の重要人物だが、今度は剣戟。中盤の「天狗」とのシーンでは超人的な動きを見せるし、最初は「ハーフのサムライ」と聞いてびっくりしたが、元々様々な人種の血を引いているキアヌだからかそれほど違和感はなかった。ヒロインの柴咲コウともお似合い。柴咲コウって最初にCMで見かけた時は30歳ぐらいの人だと思ったけど、高校生だったとか聞いてびっくりしたが、いい意味で変わってなくてやっと実年齢が追いついた、という感じがする。

 四十七士は筆頭の大石内蔵助真田広之。彼が大石内蔵助(僕の中では里見浩太朗でイメージが固定されてた)を演じるにはまだ若い、という感じがするが実際の大石の年齢は既に越えている。彼は「ラスト・サムライ」「スピード・レーサー」「ウルヴァリン:SAMURAI」などアメリカ製日本映画とでもいうべき作品に出演していて、特に「ラスト・サムライ」や「ウルヴァリン」では日本の描写に対して意見をしたりしているそうで、おそらくこの作品でもそういうアドバイザーな役割も果たしているのではないかと思うが、だんだんと日本の描写がトンデモになっているのが楽しい。もちろん、作品の性質上この映画ではああいうおかしな描写でもOK、むしろやるなら中途半端ではなく盛大に!ということで映画が変わればきちんとまじめに、と言うものになるんだろうけど。大石はもう一人の主役と言ってよく、アクション面でも活躍する。彼が出演しているからかどうか、僕は今回の「47RONIN」は深作欣二監督の「里見八犬伝」と似た雰囲気だと思った。クライマックスの吉良の城なんかは特に。あれからグロとエロを抜いた感じ。
 他には大石内蔵助の息子大石主税役に赤西仁。日本では色々と騒ぎを起こしたジャニーズの元KAT-TUNの人なのかな、僕はあまり知らないのだけどこの映画では多分海外の人が見たら(日本人が見ても?)少年にしか見えないのでそのせいでラストが改変されている。
 他には磯貝十郎左衛門にボウケンシルバー(というかキョウリュウグレイ)の出合正幸。彼は美男であったため吉良家の女中から情報を引き出したりするのが従来の忠臣蔵での役割だがそれを受け継いでか遊郭で情報を探る係。
 他に堀部と呼ばれる老人がいておそらく彼が堀部弥兵衛である。従来の忠臣蔵では大石内蔵助の次くらいに主役級である剣豪堀部安兵衛にあたるキャラは明確には存在しないが、ヤスヨと呼ばれるカイを最後まで認めずしかし最後には仲間、立派な侍と認める人物がいる。おそらく彼が堀部安兵衛に当たるのだと思う。
 
 敵の吉良方には吉良上野介とミヅキのほかに巨漢の鎧武者が登場する。外見は「ウルヴァリン:SAMURAI」のパワードスーツの方のシルバー・サムライを連想させる。実際キアヌと並んでもダヴィデとゴリアテといった感じ。彼は吉良方の一大戦力だが、どうも中に人が入ってた気配がなく、もしかしたら本当にロボットなのかもしれない。

もののけ姫」「ロード・オブ・ザ・リング」「ラスト・サムライ」といった作品を想起させるシーンも多い。正直物語は大筋でなぞっていてもやはり別物という感じがする。ドラマもアクションも中だるみしている感は否めない。ただ、思いの外まじめに作ってはいて鎧や衣装、史実と違う日本の描写もそういうものだと思えばその中できちんとやっている。物語的な矛盾といえばなぜ大石が地下牢に軟禁されていたのがイキナリ解放されたのか?ということぐらいか。これ実際は京都山科の遊郭で大石が遊び呆けてたという時期のことだから映画という短時間で大石のキャラクターに討ち入りの方向性を持たせる意味では投獄されてた、と言う方が分かりやすいのだけれど、その解放にもうちょっと設定が欲しかったかな。
 史実では討ち入りに参加した四十七士は一人をのぞいて全員切腹となる。これぞ武士の鑑!生かすべきという意見も幕閣内にはあったそうだが、結局「生き延びて晩節を汚す者が現れればこの討ち入りにもケチがつく。ここで潔く切腹させることで彼らの行為は末永く讃えられる事となるだろう」というような意見で切腹となる。結果としてこの判断は正しかったわけだがハリウッド版がこの結末を受け入れたのには驚いた。「ラスト・サムライ」ではトム・クルーズ演じるオールグレン大尉は侍たちと運命を共にするも生き延びるが、ここではキアヌ含めて切腹となる。てっきり僕はキアヌは討ち入り後にいなくなった寺坂吉右衛門(逃亡したとも、大石の密命を受けて離脱したとも様々な説がある)の立ち位置となり生き延びると思ったのだ。戦闘中の死ではなく、すべての事が終わった後の死。この結末を受け入れただけでもハリウッド版忠臣蔵が作られた価値はあったかもしれない。

47 Ronin

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 公開時に見てなんとなく忠臣蔵っぽいなあ、と思った1作。
 
 もちろん現代は徳川幕府に気兼ねすることなく江戸時代の出来事を描いて構わないのだけれど、もしかなうなら「仮名手本忠臣蔵」を元の南北朝時代設定で実写化してほしいですね。ただでさえ、南北朝時代の時代劇は少ないので・・・

*1:最近韓国が伊藤博文を暗殺した安重根の石碑を建てようとして、一部の日本人や菅官房長官が反発していた。「テロリストを英雄視するなんて」みたいな意見も多かったが、テロリストであっても国によって英雄化することなんてのは別に国を問わずあるし、そもそも殺された伊藤博文自体が幕末には暗殺や英国公使館焼き討ちをしたテロリスト出身である。そして長年、集団で人の屋敷に押し入ってそこの人間を殺すようなテロリストを英雄視してきた物語に親しんできたのはほかならぬ日本人である

*2:綱吉生母である桂昌院従一位叙任が迫っていたため勅使を迎えての儀式の最中に起きたこの刃傷事件を請求に裁き、朝廷に対してのアピールもあったという