The Spirit in the Bottle

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人形使いと帰還兵 ザ・マスター

 ポール・トーマス・アンダーソン(以降はPTA)の新作。彼の作品としては「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」以来であって、もっぱらこのブログでは”ダメな方の”ポール・アンダーソンの方ばかり取り上げていたがやっとここで本命登場という感じ。初期の「ブギーナイツ」や「マグノリア*1のころは多少ポップな感じがしたが、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」以降で又少し作風が変わったか。この映画も現代ではなく1950年というちょっと昔を舞台にとても硬質な映画であった。

物語

 第二次世界大戦後。軍を退役したフレディはスーパーでの写真屋、農場での労働などに就労するがどれも長続きしない。あるとき船上パーティーで盛り上がる船に潜り込み酔って前後不覚に落ちいいってしまう。目覚めるとその船の船長で作家、自己啓発セミナーの主催者でもあるランカスター・トッドに引き合わされ、フレディの調合した酒と交換に彼のもとで働くことに。
 やがてトッドは新興宗教の開祖として人を集め、集団として大きな力を持ち始める。粗野なフレディは彼の言っていることがわからないままに彼に付き従うが・・・

 PTAの作品としては143分と短め。作品全体では何年にも及ぶ物語な雰囲気があるが実際の所1950年の一年だけを舞台にしている。
 主演はホアキン・フェニックス。さすがにもうリヴァー・フェニックスの弟、という風には言われなくなったが、なんとなく兄の死は未だに影を落としているようにも見える。というか彼の場合、今回も例によってダメ人間の役なのであるが、なんかもうスクリーンの中だけじゃなくて本当にダメ人間なのでは?と思ってしまう雰囲気がある。僕にとっては未だに「誘う女」と「グラディエーター」なのであるが、今回の演技もリアルに「こいつ本当にダメ人間なのではないか」と思わせる凄みがあった。
 また、この映画、観た人の間では「一度じゃ理解できない」というふうに言われていたのであるが、僕は特にそんな風には思わなかった。というのはおそらくタイトルの「ザ・マスター」というのが複数の意味を持つ単語だからなのだな。

Master Of Puppets

 もしもこの映画を解説するのにふさわしい一曲があるとすれば、僕はメタリカの「メタル・マスター(Master Of Puppets)」を挙げよう。メタリカのこの曲は一般に麻薬中毒の恐怖を描いたものとされるが、特にそういう意味に取らず、文字通り受け取ると支配するものとされるものの関係を描いた歌詞と取れる。
歌詞などはこちらを参照。

MASTER OF PUPPETS : メタリカ歌詞勝手に解釈論


メタル・マスター

メタル・マスター

 「ザ・マスター」劇中「マスター」とは多彩な才能を発揮するトッドに対して「極めた者」というような意味で最初登場する。ところが物語が進むに連れて同じ「マスター」でもそれは信者、特にフレディに対して「支配者」としての意味に変わっていく。

コーズ・メソッドとサイエントロジー

 で、この「ザ・マスター」トッドであるがこれはどう見てもL・ロン・ハバードがモデルである。ハバードはSF作家・宗教家でアメリカでは「ダイアネティクス」という心理療法を元にしたサイエントロジーという宗教の開祖として知られている。サイエントロジーの有名な信者ではトム・クルーズジョン・トラボルタなどがいてトラボルタはハバードの「バトルフィールド・アース」を映画化している。一般に欧州では悪質なカルト宗教とみなされており、トム・クルーズやトラボルタの(特にサイエントロジーと関係のない)映画でも上映が制限されることがある。トム・クルーズの場合(そういえば彼自身PTAの「マグノリア」ではある種の教祖を演じていたな)映画「ワルキューレ」でドイツの英雄であるシュタウフェンベルク大佐をサイエントロジー信者であるトム・クルーズが演じるということでかなり強い反発が起きたそうだ。
 ここではその良し悪しは問題にしないが、とりあえずこのトッドという人物と彼の団体がハバードとサイエントロジーをモデルにしていることは間違いない。彼は劇中でコーズ・メソッドという心理試験を行うが、ここでは質問攻めによって相手の秘密を抜き出しそれによって支配する。

 トッドはフレディを支配するが同時に彼こそが最大の障害となる。トッドの家族は彼が教義を全く理解していないことから、敵組織(そんなものは特に存在せず彼らがほかから狙われているという被害妄想に陥った典型的なカルト化している描写となる)のスパイではないかと疑うが、トッドは彼を教化することこそが自分に与えられた使命のように感じる。
 一方フレディは特に彼の考えに共感しているわけではなくただ、一宿一飯の恩義として彼に仕えている。彼はトッドの新作書籍をバカにした男を殴りつけるが実のところ彼自身が教えなんてものを全く理解していないのだ。僕はこのトッドとフレディの関係を見て幕末の武市半平太岡田以蔵の関係を連想した。岡田以蔵土佐勤王党の考えや尊皇攘夷の理想などほぼ理解せずただ武市半平太に従ったが結局バカにされ切り離された。
 映画はそんなフレディが再びトッドの元へ訪れるがトッドから教団から去るように勧められてて終わる。「君の支配者は君自身なんだ」。
 
 トッドを演じているのはフィリップ・シーモア・ホフマン。彼はPTAの作品には「ブギーナイツ」「マグノリア」「パンチドランク・ラブ」と出ている。今回はどちらかと言うと情けない役回りであったそれまでと違い、カリスマ性溢れる教祖を演じてる(といっても新興宗教といって我々が想像するものとはだいぶん違うので戸惑う人も多いだろう)。教義的な部分とは別に組織運営は妻のマリーに文字通り玉を握られてはいるがそれでも詐欺師とカリスマの両方をうまく演じている。
 妻のマリーはエイミー・アダムスでトッドの後妻なのだが、実質組織運営を任されている人物。下世話な話だがフレディが視界に入る人物全員が全裸となる妄想シーンのようなものがあってそこでもエイミー・アダムスは映るのだがうまく隠されて見えなかったのは残念です。
 ラストイギリスでトッドから別れを告げられたフレディがパブでナンパした女性と吹っ切れたようにセックスをするシーンの開放されたシーンが印象的。ラストまで含めて船の先から見た波のシーンが繰り返し使われているのも印象的であった。

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*1:そういえば「パラノーマン」のサントラを購入して聴いたのだが、同じジョン・ブライオンだけあって「マグノリア」によく似てた。どっちも良かったよね