The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

血塗れの正義、混沌の調停者 ジャッジ・ドレッド

 時代劇などでお馴染みの「幕府」という言葉は実際には江戸時代も末期になってから使われるようになったらしいが元の中国語による本来の意味は「王に代わって戦線に出る将軍の陣所」である。更に本来は軍人は行政を取ることは出来ないが、戦争で混乱した地域ではいちいち中央にお伺いを立てることも出来ないので王に替わり将軍が現地の行政も司る、それを拡大解釈して日本では戦乱で武力を持たない天皇=朝廷では行政がおぼつかないので武力を持つ武士が行政を代替わりする、ということで「幕府」の語が用いられるようになったのだという。
 似たようなのは他の国にもあって西部開拓時代の保安官も中央の力が中々及ばない西部において警察権と裁判権を臨時的に一手に担ったのが保安官であった。だから、西部劇では特にきちんとした裁判を開かなくても保安官の判断で犯罪者を処罰できる。急激に拡大して無法がまかり通る西部を収めるための緊急措置だといえるだろう。
 そして未来において幕府や保安官に匹敵するのが「ジャッジ」である。イギリスのバイオレンスコミックスを実写化した「ジャッジ・ドレッド」を鑑賞。合言葉は「I am a Low! オレが法律だ!

物語

 核戦争で荒廃した未来。アメリカにおいて人類の生活圏は「メガシティ」と呼ばれるいくつかの巨大都市だけとなっていた。巨大な都市の中は混沌とした世界で犯罪が絶えない。このメガシティにおいて秩序を司るのが警察であり、裁判官であり、処刑執行人である「ジャッジ」と呼ばれる組織だった。
 東海岸に位置する「メガシティ1」。数あるジャッジの中でもその有能さと容赦の無さで伝説となっているドレッドは、今日も犯罪者を追い詰め、容赦なく処刑した。
 ドレッドの新しい任務は試験には落ちたが、その強力なサイキック能力でなんとか落第を免れた新米ジャッジ、アンダーソンをパートナーとし彼女とともに行動して実地試験を監督すること。
 巨大なビルがまるごとスラム化している200階建てのピーチツリーでは麻薬犯罪組織の女ボス、ママが敵対者を見せしめとして残酷な方法で始末していた。死体のもとに駆けつけたのはドレッドとアンダーソン。二人はママの腹心を逮捕するが、情報が漏れることを恐れたママはピーチツリーを封鎖、二人を殺そうとするのだった・・・

 まずは普通にアクション映画として面白かった!原作になったのはイギリスのコミックスで「2000AD」という雑誌に連載されていた。1977年(同い年!)に誕生し今も続いている。イギリスなので厳密にはアメリカンコミックスとはまた別物なのだが、同じ1970年代に誕生したヒーローというとマーベルの「パニッシャー」や「ゴーストライダー」などどちらかと言うと暗くバイオレンスなヒーローが多い。続かなかったがDCにも「ヴィジランテ」というヒーローなどがいた。このコミックスの歴史の中では比較的新しい彼らは当時の世相を反映して犯罪者に容赦無い、どちらかと言うとアンチ・ヒーローという役柄だと思う。日本で知られ始めたのは1990年代の中頃からで暴力的な作風で一世を風靡したサイモン・ビズリーというアーティストが手がけ始めた頃か。
 「トムとジェリー」や「パワーパフガールズ」などで絶対に顔を見せないキャラクターというのがある。「トムとジェリー」ならトムの飼い主や、そこにつとめるメイドといった人間たち。「パワーパフガールズ」では市長の秘書であるミス・ベラム。劇中の人物は顔を見ているはずなのに、花瓶で隠れたりして視聴者には決して素顔を見せることはない。こういう「お約束」が存在する作品というのがあって、コミックスの「ジャッジ・ドレッド」においてもそういうお約束がある。主人公のドレッドは決して素顔を見せない。顔が映る時は必ずヘルメットをしているし、劇中ではメットを脱ぐ時もあるがそれは読者には決して見せることはない。
 そして実はこの頃に一度映画化されている。1995年のシルベスター・スタローン主演による映画「ジャッジ・ドレッド」は退廃的な雰囲気、ロボットが出てきたり、SF的なガジェットはあったがそこは主演がスタローンということでこの「素顔を見せない」というお約束があっけなく破られてしまった。登場して早々素顔を晒し、物語が進むに連れてヴェルサーチがデザインしたという制服も脱ぎ捨てそこには上半身裸になった、いつものスライがただアクションを繰り広げる作品となっていた。同時期に作られた同じスタローン主演のSFヒーローアクション「デモリションマン」は(悪役のウェズリー・スナイプスの好演もあって)カルト作品として人気を博しているが、こちらの方はほぼ無視されている状態だ。今回原題が単に「DREDD」だけなのは一応スライ版と判別しやすくしているのだろう。

 今回の映画版で主人公ドレッドを演じるのは「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのローハンの王子エオメル、新しい「スター・トレック」シリーズのドクター・マッコイなどを演じたカール・アーバン。コミックス原作映画では「RED」でブルース・ウィリスを追う若手CIA工作員を演じていた。それなりに顔も知られているが、今回は見事に顔を晒さず演じきった。ヘルメットから除くのは鼻から下の顔半分のみ。これこそ原作ファンが待ち望んだ展開。顔を見せなくても、その低くしゃがれた声と身体で魅せる動きで十分他のジャッジなどと判別可能だし魅力的。そしておそらくアメリカとは異なる表現規制のせいか、普通のアメコミでは考えられないバイオレンス描写も特徴だが、映画では見事に再現している。
 物語は閉鎖されたビルの中でのギャングとの抗争、という感じなので物語の規模で言えばスライ版より小規模だしSF的な要素も少ないのだが、その分描写が容赦無い。また「ロボコップ」のポール・バーホーベンを思わせるブラックユーモアな未来描写も少しだが登場(死体再利用班とか)。この作品に似ているのは「ロボコップ」ややはりマーベルのバイオレンスヒーローである「パニッシャー:ウォーゾーン」だろう。
 相棒になる新米ジャッジ、カサンドラ・アンダーソンを演じるのはオリヴィア・サールビーと言う女性。「ユナイテッド93」や「JUNO/ジュノ」に出てたらしいが僕は全く覚えていなくて実質これが初対面。でも表情と動きと金髪ショートカットがよく似合っていて可愛らしかった。
 悪役のママを演じるのは「300」でレオニダスの妃ゴルゴを演じたレナ・ヘディ。どちらかと言うと「ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ」や「ゲーム・オブ・スローンズ」などTVでの活躍の方が知られているか。サラ・コナーを受け継いだだけあってアクションも万端。今回は特に身体を張ったアクションは少ないのだが、その美しさと肉体、そして演技力で女性のギャングボス、という役柄に説得力をもたせている(特殊メイクも彼女のキャラの背景を物語り良い感じ)。

 舞台となるピーチツリーはこの手のアクション映画に於いてはもうひとつの主役といえるだろう。200階建てのビルだが、ビル自体がスラムとなっていて実質支配しているのはママのギャンググループ。アイデアのひとつとして今は無き香港の九龍城があったりするのかな、と思う。住人は一般人もいるがギャングのメンバーや準構成員なども多い。劇中のほとんどがこのビル内で繰り広げられるので、未来描写はうすいのだが、それでも場所と展開を絞ったことは良い効果をもたらしたと思う。
 アメリカが舞台だが、元のコミックスのイギリスのコミックスらしい乾いた雰囲気も健在。元のコミックスからアメリカが舞台であり、古くは「サンダーバード」がイギリスの人形劇でありながらアメリカ人を主役にしていたのと同様、世界に覇を唱えるアメリカへの皮肉もあるのかもしれない。
 また体制側のヒーローが容赦なく処刑する、というのは普通に考えると人気が出るとは思えないがそこも英国流の皮肉が聞いているのではないか。また、結局のところ混沌とした無法地帯ではジャッジのような強圧的な存在が必要なのかもしれない。彼らを生み出さないことが最善なのだ。
 
 スタッフは小説「ザ・ビーチ」の原作者でダニー・ボイル作品の脚本などを手がけるアレックス・ガーランドが脚本と製作。監督は「バンテージ・ポイント」のピート・トラヴィス。どうも監督よりもガーランドの意向が強く反映された作品のようだ。

ジャッジ・ドレッド [DVD]

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バットマン-ジャッジ・ドレッド BATMAN JUDGE DREDD

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 多分日本語で読める「ジャッジ・ドレッド」はバットマンとのクロスオーバー作品であるこちらだけと思われます。それでもアンダーソンも出てくるし、なんといっても敵がジャッジ・デスなんである。クロスオーバー作品だけど「ジャッジ・ドレッド」のバイオレンス描写などは損なわれていないので興味が有る方はぜひ。 今回はいわゆるコミックス的な悪役は出て来なかったがもし次があればぜひ、ジャッジ・デスを悪役として出してほしい。パラレルワールドからやってきたジャッジで正義のためには結局生きてることが罪だと、殺しまくりそれに飽きたらずドレッドの世界にやってきた相当な厄介さんだが、その狂気的なキャラクターで人気がある。次は彼を!

 今回は一切顔を出さなかった素晴らしいカール・アーバンはエオメル、マッコイ、そしてドレッドとSFに残るアイコン的キャラクターを演じているのにいまいち知名度が低い気がするが、まもなく「スター・トレック」の新作「イントゥ・ダークネス」が公開される。もし彼の顔が観たい方はそちらもぜひ(スタートレック普及運動)!