The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

SF俺たちに明日はない TIME/タイム

 ゲームとかやってると、気づくと何時間も経っていて「すわ、時間泥棒が現れた!」と焦ってしまうことがあるのだが今回はそういう話ではなくもう少し殊勝な話。人間の寿命が通貨として流通する世界を描いた映画「TIME/タイム」を観た。

物語

 人間の寿命が貨幣価値を持つ時代。人間は25歳で成長を止め、そこから先は持っている資産=寿命で全てが決まる。貧しい物の平均寿命はわずか一日。文字通りその日暮らしで日雇い仕事で次の日への命をつなぐ。スラムに住み母親と暮らす青年、ウィル・サラスはある時バーで100歳以上の寿命を持つ富豪、ハミルトンをギャングから助ける。ハミルトンは実年齢105歳。寿命は無限ではなく富豪が貧民から吸い上げているのだと告げる。そして彼はウィルに残りの寿命を託し実質自殺という形で寿命を迎える。思わぬ形で長寿持ち=金持ちとなったウィルは母親を連れて金持ちの住むタイムゾーン、ニューグリニッジへ行こうとするがその母親は税金と物価の値上げにより残り一秒が足らずウィルの目の前で死んでしまう。
 ウィルはニューグリニッジへ向かい、ギャンブルを通して大富豪フィリップ・ワイスとその娘シルヴィアと知り合う。ワイスのパーティーでシルヴィアと親密になるがそこにハミルトンからウィルへの寿命の移行は不正なものとした時間監視局員がやってくる・・・

 ジャスティン・ティンバーレイクアマンダ・セイフライド*1主演。最初にこの映画の予告編を観たのはやはりジャスティン・ティンバーレイクが出てる「ステイ・フレンズ」を見に行った時だったと思う。この手の映画、時間だったり記憶だったりがテーマのSFを見るといつも思うのだがこの時も「ディック的な映画だなあ」というのが予告編を見ての最初の感想。

 で、予告編の時はジャスティンとオリヴィア・ワイルドは恋人同士だとばかり思っていたのですな。で、恋人を不条理に失ったジャスティンはその歪んだ世界を倒すために敵地に乗り込みアマンダと知り合う、と。なので「恋人を失ったのにすぐ次の女か」とか穿った見方をしてたのだけど、その後情報誌でオリヴィア演じるのがジャスティンの母親(見た目は25歳、実年齢50歳)だと知って、なるほどそれなら納得が行く、というか感情移入しやすい、と思った次第。

アメリカ本国での予告編ではきちんとジャスティンがオリヴィアに「ママ」と言ってますね。これだから日本独自の予告編は信用できん。

 で、この映画予告編から感じるものとは少し違う。寿命が通貨になっているSF的な設定はこういう世界だよ、という根幹の部分で重要だがそれ以外にSF的な説明やガジェットはほとんど無いし、どのくらい未来かわからないが技術的に進んだ様子もない。SFといってもいわゆるハードSFではないのだ。むしろ寓話というかお伽話に近い。そして予告編ほどシリアスな物語ではない。僕自身例えば「猿の惑星 征服」や「アンダーワールド ビギンズ」(今度新作公開されますね)とか「マトリックス」みたいな「革命映画*2」の一種と思ってたりした。この辺の予告と本編のギャップは「アジャストメント」に似ている。事前に見た人の評価は全然高くなかったがこの辺のギャップが評価に影を落としているのではないか、と思ったりする。逆に僕の場合事前にそのへんを了承してたので全然楽しめた。
 ジャスティンとアマンダが後半ローン会社(勿論高利貸ししているのは寿命)強盗をして義賊を働く部分とかは「本気で体制に逆らうならもう少し違うやり方があるだろ!」とか思ったりした。多分監督が「ガタカ」のアンドリュー・ニコルということであの雰囲気を期待した人も多かったと思うのだけど「ガタカ」のイーサン・ホークの繊細で神経質な感じと違ってジャスティン・ティンバーレイクはバイタリティ溢れすぎなアグレッシブな感じで繊細さとはまた別なのだな。アマンダの方も金持ちのお嬢様というには今風というか箱入り娘ぽさはあまりなかった。そのへんのキャスティングも作品の雰囲気に影響してると思う。多分この二人の後半部分には映画「俺たちに明日はない」のボニーとクライドのイメージがかぶさっていると思う。

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 ジャスティンとアマンダはともに25歳で成長が止まってから数年という設定。ジャスティンは実年齢28歳という設定で若さと大胆さがあっているのだが、アマンダの設定、長生きのし過ぎで退屈な日々を無為に過ごしてるだけの富豪たちの中でそこから抜け出したいというものなら、そこは先に現れ死んでいったハミルトン同様100歳越えぐらいに設定していたほうがより設定が生きたような気はする。

変種の吸血鬼映画


祖母、母、娘揃い踏み
 で、この映画に置いて「寿命=通貨」が現実社会における労働や格差の問題のメタファー(というには直接過ぎるが)であることは誰が見ても一目瞭然であると思う。なのでそれよりも僕が思ったのはこれは社会問題を風刺した映画と言うよりも吸血鬼映画の変種である、ということ。まあ元々「ドラキュラ」に代表される吸血鬼物がヴィクトリア朝産業革命後の欧州に置いて資本主義のメタファーでもあった。吸血鬼は労働者から富を吸い上げる資本家である。だからドラキュラは貴族なのだ。それまではどちらかと言うと猟奇犯罪的なものはバートリ・エルジェーベトやジル・ド・レイに代表される貴族が行うものだった。下層階級の犯罪として連続殺人鬼が脚光をあびるのは産業革命後の切り裂きジャック以後である*3
 そんなわけでこの映画も吸血鬼映画の変種とみたほうが分かりやすい。何しろここで出てくる大富豪たちは不老不死である。アマンダ演じるシルヴィアの父親は見た目は25歳だが何十年も生きている(劇中では250歳位と言ってた気がするがパンフでは85歳となっている)。
 僕がこの映画を観ながら思い出したのはイーサン・ホークデイブレイカー」。あれもかなりあからさまに吸血という行為が資本主義的な搾取のメタファーになっていた。多分製作者もこの映画が吸血鬼映画であることには自覚的で字幕ではあるが「若さを吸い取って不老を保つ」というようなセリフがあった気がする。

人類の進化は2択 デイブレイカー - 小覇王の徒然はてな別館

キリアンくん、がんばる!


 さて、事前評判が悪かったのにこの映画に関しては全然見る気が失せなかった。それはひとえにキリアン・マーフィーが出ているからである。僕はキリアンの出演映画はそれほど見ているわけではなく「28日後・・・」以外はクリストファー・ノーラン諸作品ぐらいなのだが出演が楽しみな俳優。今回は「28日後…」「インセプション」の繊細な感じではなく、かなり強面。設定上外見が25歳で止まっている(のでこの映画の出演者は子供を除くと皆20〜30前半ぐらいである)中、一人老け顔。刑事(正確には違うけど)としての経験が刻み込まれたような風貌である。彼は時間監視局の監視員で不正な寿命のやり取りを取り締まる。とはいえ実は貧民が大量に寿命を取得してタイムゾーンを越え富裕地区に流入するのを防いでいるのだ。でもそんな彼自身はあくまで一職員に過ぎずその寿命は貧民と同じ一日の割り当ては一日分だけである。彼はウィルに世の中の仕組みのほうが間違っている、と言われるが、「(ウィルが社会のシステムを壊そうとするのは)正義かもしれないが、合法ではない」ととことん追い詰める。この辺のプロフェッショナルな追跡劇は「逃亡者」「追跡者」のトミー・リー・ジョーンズを思わせた。彼は主人公に代表される貧民と倒すべき富豪の狭間に位置する人物で観客も感情移入しやすいのではないのだろうか。そのへんでラストの扱いは非常に残念だったのだが・・・
 ところでキリアンは無事「ダークナイト・ライジング」に出演したようですよ!勿論スケアクロウ役だと思われる。今回も本筋には絡まず前回みたいに冒頭にちょこっとだけ出てほしいものです。
 
 さて、先程この映画を寓話、お伽話と書いた。物語的にも色々突っ込みが入る部分は多々ある(後半主人公二人が寿命が足りなくなるクライマックスは強盗してたんまりあるんだからまずは自分の寿命増やしておけよ、と思う)が実はそれほど現実離れしてはいない。むしろ現実はもっと悲惨だ。

朝日新聞デジタル:ワタミ社員の自殺、労災認定 入社2カ月の女性 - 社会
 居酒屋「和民」を展開するワタミフードサービス(東京)の神奈川県横須賀市の店に勤め、入社2カ月で自殺した女性社員(当時26)について、神奈川労災補償保険審査官が労災適用を認める決定をしたことがわかった。横須賀労働基準監督署が労災を認めず、遺族が審査請求していた。
 決定は14日付。決定書や代理人弁護士によると、女性は2008年4月に入社し、横須賀市内の居酒屋に勤務。連日午前4〜6時まで調理業務などに就いたほか、休日も午前7時からの早朝研修会やボランティア活動、リポート執筆が課された。6月12日、女性は自宅近くのマンションから飛び降りて自殺した。
 審査官は、深夜勤務で時間外労働が月100時間を超え、休憩や休日も十分に取れなかったと指摘。不慣れな調理業務に就いていたことにも触れて、「業務による心理的負荷が主因となって精神障害を発病した」と認定し、業務と自殺の因果関係を認めた。
 女性の父親(63)は「過酷な労働条件で、会社に責任があると認められたのはよかった。同じ状態で働いている人を少しでも救ってほしい」と話した。
 親会社の「ワタミ」は「内容を把握していないため、コメントは差し控えさせていただきます」としている。

「TIME/タイム」でも富豪ワイスは娘と引換に福祉施設に寿命を提供することを拒む。人の命より会社の方が大事なのだ。現実では人を人とも思わない経営者が若者を酷使し自殺に追い込み、あまつさえ政治や教育に口を出している。僕はこの渡邉美樹という社長はおそらくサイコパスなのだろうと思う。こんなの過労による自殺とか言うレベルではなく普通に刑事事件扱いにしたほうがいい。立派な殺人だ。戸塚ヨットスクールとか中学生のいじめと同じ次元である。
 映画の中では悲惨なことが起きても大抵はラストに一条の希望の光が見える。でも現実はただただ陰惨だ。

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*1:発音的にはサイフリッドが近いらしいがパンフでこうなってるのでこう記す

*2:フランス革命とか史実としての革命を描いた歴史映画ではなく架空の物語の中で虐げられたものが立ち上がる映画を僕はそう呼んでいる

*3:そのため切り裂きジャックの容疑者にも王族や貴族が上がるのだ