The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

荒涼と暴力と憎悪 ドラゴン・タトゥーの女


 話題の映画「ドラゴン・タトゥーの女」を公開初日に観てきたのだった。僕はこの映画に関してはデヴィッド・フィンチャー監督でダニエル・クレイグ主演だから」というそれだけの理由で観に行ったようなもので、最近多いのだがこれも特に予備知識を持たずに劇場へ行った。勿論これがスウェーデン映画のリメイクというのは知っていた。スウェーデン版の「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」はジャケットだけ見てそこに映っている主役と思われる女性が活躍するアクション・サスペンスだろうと勝手に思っていた。イメージとしてはSFだがシャーリーズ・セロンの「イオン・フラックス」。あるいはケイト・ベッキンセールの「アンダーワールド」シリーズ、「ドゥームズデイ」のローナ・ミトラ。そういうスタイリッシュな女性アクション映画だと思っていたのだ。これには他に原因もあってドラゴン・タトゥーといえば僕の場合真っ先に思い浮かぶのが「クライング・フリーマン」なのですね。なので当然ここでタイトルになっている「ドラゴン・タトゥーの女」とは殺し屋かスパイのことだろうと思い込んでいたのですよ。ちなみに「クライング・フリーマン」はクリストフ・ガンズ監督、マーク・ダカスコス主演で映画化されてますが結構面白いですよ。

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 で、その勘違いはハリウッド版のレッド・ツェッペリンの「移民の歌」のカバーに合わせてめまぐるしくカットバックする予告編が登場しても変わらず「ドラゴン・タトゥーの女」をめぐる物語なのだろう、と思っていた。それが変化したのは公開の一週間程前で、やっと物語の概要を示す予告編を見た時だった。「40年前の事件云々」、「助手として・・・」ときてどうやら彼女は殺し屋では無いということが判明。この件に関しては思い込みで誤解したまま観ていたら作品そのものの評価にもつながりかねないので事前に知っていて良かった。そして同時にそんなにアクション要素は無いのだな、ということも分かったのだった。
 それでも作品はとてもパワフルで面白いものだった。

物語

 実業家の不正を暴く記事を書き名誉毀損で敗訴した記者ミカエル・ブルムクビストはそのせいで雑誌「ミレニアム」を離れることにする。そこへスウェーデンの大企業グループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルより依頼を受ける。表向きは彼の評伝を執筆することだが、真の依頼は40年前に行方不明になっった当時16歳の一族の少女ハリエットの事件の真相を探ること。ミカエルはヴァンゲル一族から話を聞き、当時の写真を再検証して事件の真相に迫る。
 その頃、ミカエルのことも調査した調査会社の調査員リスベット・サランデルはその生活を後見人に管理されていたが後見人の男性が倒れ新しい後見人に性交渉を迫られる。男から暴力を受け、それに対する復讐。
 ミカエルは過去の写真からハリエットが何かを知り、その直後に行方不明になったことを突き止める。そして捜査の進展にあわせ助手を探す。白羽の矢が経ったのはかつて自分のことも調査したリスベットだった。

 いきなり、「移民の歌」に合わせた007バリのオープニングで圧倒される。これは主にリスベットが見る悪夢、男性や社会から受け続けてきた暴力や偏見を表現しているらしい。このオープニングだけでも見る価値がある、と言っていいぐらいだが本編が始まるとむしろ淡々としている。デヴィッド・フィンチャーならではの凝りに凝った映像というよりはスウェーデンの自然をそのまま見せてくれる。でも上映時間約150分全くダレることがない。演出もさることながら編集も素晴らしい。フィンチャーの過去作としては「ゾディアック」が一番近いかもしれない。

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 で、僕は今スウェーデンと書いたが、これがリメイク作というのは知っていたのでてっきり北米かイギリスあたりに舞台が変わっているのだとばかり思っていた。それが原作通りスウェーデンを舞台にしており、おそらくその聞きなれない苗字のキャラクターたちや地名も原作に忠実なのだろう。ただ当然だがキャストの出身国は様々で使用言語は英語。今回も人によっては少し訛りを入れてるかなー、と思うこともあったがちょっとそのへんは僕にはよく分からない。主要キャストの一人を演じるステラン・スカルスガルドはこの前にアメコミ映画「マイティ・ソー」にナタリー・ポートマンの恩師を演じていたが北欧に縁がある人なのかな、と思ったらこの人は本当にスウェーデン出身(多分主要キャストでは唯一の地元出身)なんですね。まあ「ソー」の博士役なんて別に北欧の人である必要は無いんだけど(舞台はニューメキシコ)全然無縁ではないと思う。
 ミカエルに依頼する大富豪ヘンリックにクリストファー・プラマー。映画のなかでは「依頼人といえど犯人候補」などと言っていたが、直前に「人生はビギナーズ」でとてもチャーミングなプラマーを観ていただけに彼が悪人でなくて一安心。その他久々に見たロビン・ライトなどが出ている。
 で、主役のミカエルはダニエル・クレイグ。勿論当然のように007ジェームズ・ポンドを想像してしまうのだけどボンド同様にスタイリッシュな出来る大人というイメージは引き継いでいるものの、そこはあくまでジャーナリストである普通の男として撃たれれば狼狽するし、見つからないように行動しようとしてコケるなど人間臭さも発揮している。超人ではないため肉体も普通の中年らしさを示すため役作りとして太ったらしいがセクシーさはあんまり変化なかったかな。撃たれて怪我を追ったミカエルをリスベットが包みこむようにベッドシーンに入るのだが、ここでボンドだったら自分からリードするか。

 そしてやはり一番の見所はタイトルコールでもある「ドラゴン・タトゥーの女」ことリスベット・サランデルだろう。演じているのはルーニー・マーラ。「ソーシャル・ネットワーク」冒頭でマーク・ザッカーバーグと会話をして振ってしまう短い登場ながらも強い印象を残した人だ。とはいえメイクと佇まいでぜんぜん雰囲気は違う。彼女は最初調査員として登場するが、その後、後見人が必要な「社会的に未熟な女性」としてひどい目にあう。劇中での後見人が倒れた後新しく後見人になった男はリスベットから資金の管理権を取り上げ、彼女がお金を必要とする時は性行為を要求する。下手にスウェーデン福祉国家などと思っている自分がいるものだから余計に陰惨さが目立つ。最初のそのシーンの時点で既に「そのまま噛み千切ってやれ!」とかリスベットを応援している自分がいた。とはいえ実際に復讐に転じるのは3回目の時でじっくり彼女が男たちや社会の偏見に酷い目に合っているのを描写しているためその分復讐が(復讐される側からみて酷かったとしても)観客の共感を呼ぶ。
 物語的には彼女はあくまで本筋(ハリエット失踪事件)の外側に立っている人物であり、最初のミカエルに対する身上調査を別としてなかなかミカエルの物語とリスベットの物語は交わらないのだがその分彼女自身の描写に力を入れている。外見的には黒髪短髪(モヒカン風だったり色々)に口や鼻などにピアス、そして刺青とまあ普通ならあんまりお近づきにはなりたくない風貌だが、どこか寂しげで頼りなさげな雰囲気もまとっている(それが男によっては父親のような立場で保護したいと思うこともあれば、彼女をレイプした後見人のように簡単に落とせそう、と思わせることにもなってしまうのだろう。勿論悪いには100%男のほうである)。彼女、勿論普通に美人ではあるのだが、痩せた少年のような風貌は時折我が国のハリセンボンの細い人のほうを思い出させてしまったりしました。とはいえ彼女がこの映画一番の見所で有ることは間違いない。
 
 物語の本筋となる「ハリエット失踪事件」自体はミステリーやサスペンスとしてはそれほど優れているとは思えない。勿論すべてを知った後だから言えるのであるが「なんで当時の人達は気づかなかったんだよ!」とツッコミを入れてしまいたくなる。とはいえそこは本質ではおそらく無い。スウェーデンの美しくも荒涼とした風景やそういう事件を触媒としてミカエル、そしてリスベットを描くことが本質なのだろう。
 原作が三部作というのは知っていたので物語の途中で終わってしまうことも覚悟していたのだが、本作は本作できっちり終わる。ラスト近くのリスべットの暗躍やリスベットがミカエルに対して恋心を抱きつつ諦める(?)ラストシーンも切なくて良い。

 ストーリー紹介の予告編もあるけどやっぱりこの映画の予告編はこちらの方で。
ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 原作やスウェーデン版は少し間をおいてから見てみようと思っているが、キャストのその後が面白い。ミカエル役のミカエル・ニクヴィストは「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」で敵役を演じている(僕の見た印象は動けるジェフリー・ジョーンズ)。かたや007でかたや「スパイ大作戦」の敵。またリスベット役のナオミ・ラパスは「シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム」に出演。どちらもスパイ物っぽいものに出演しているね。
 
 で、見た人の間でもほぼ批判しか無かったベッドシーンのモザイク処理について。日本が性器や性行為の直接描写について解禁していない、という事自体は割りとどうでもいい。問題はこの作品のなかでは実に自然にベッドシーンに移行していて、おそらくこのシーンを見て性的劣情を催す人などほとんどいないと思われるのに突然モザイク(それもかなり粗い)がかかることによって逆にこのシーンにAVのような性的イメージを観客が思いだしてしまうことだ(実際僕はこのモザイクのせいで映画への没入感が切断されていきなりAVを見せられているような気分にさせられた)。モザイクに隠れた部分がどの程度際どいのかは知らないがこの場合オープンにしたところで問題なかったと思う。まあ、隠すにしてもあんなあからさまなモザイクではなくて自然にぼかす技術はいくらでもあるだろう。あれは日本だけなのか、それとも日本同様規制がある国共通の処理なのかは分からないがあまりに観客を置き去りにした仕事だと思う。作品自体には罪がないだけにもったいない。
 
 このあとも残りの二作品も作られるのかどうかは分からないが(キャストは3作まとめて契約してるらしい)可能ならこのスタッフ・キャストで継続して欲しい。