The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

街角ヒーロー論 スーパー!

 たいていの子供なら小さい頃にTVや漫画のヒーローになりたいと思ったことがあるだろう(女の子なら魔法少女等でもいい)。例えば階段の5、6段目からヒーローになったつもりでジャンプしたりした思い出のある人も多いと思う。しかし、だんだん大人になるにつれ、スーパーヒーローにはなれないことが分かっていく。クリプトン人に生まれなければスーパーマンにはなれないし、改造手術を受けなければ(そして途中で脱走しなければ)仮面ライダーにはなれない。しかして人はスーパーヒーローにはなれないと悟りを得る。しかし一部の人は大人になってもその夢(というか妄想)を捨てることはできない。そしてそんな人たちの一縷の望みがバットマンであるのだ。超能力を持たず犯罪と戦うバットマンはボンクラたちに実現可能であると妄想させてしまう。現実に登場する自称スーパーヒーローがみんなバットマンもどきのヴィジランテであるのはそういうわけだ。日本でも事情は同じで大体が「月光仮面」だったりする*1
 いい大人がヒーローの真似事をする映画「スーパー!」を観た。

物語

 冴えないコックであるフランクは過去に警察の手助けをしたことと、美人の妻と結婚したという2つのことだけを誇りに生きて来た男。ある日妻のサラがドラッグ・ディーラーのジョックの元へ去ってしまう。ショックを受けたフランクは神の啓示を受け、手作りスーツのヒーロー、クリムゾンボルトとしてヒーローデビュー!
 しかし、肝心のジョックスたちにはあっさり正体を見破られ、頼った先のコミックストア店員のリビーは押しかけ相棒ボルティーになってしまう。フランクはサラを取り戻すことが出来るのか?!

 監督は「ドーン・オブ・ザ・デッド」(「ゾンビ」のリメイク)、実写版「スクービー・ドゥー」シリーズの脚本家で快作ホラー「スリザー」の監督、ジェームズ・ガン。「スリザー」残留組としてジョックの手下にマイケル・ルーカー、フランクにインスピレーションを与えるTV番組のヒーロー、ホーリー・アベンジャーにネイサン・フィリオン。ルーカーはまあいつものイメージの強面役だけど、フィリオンはキリスト教原理主義的な福音派ヒーロー。ところでフィリオンは「バフィー〜恋する十字架〜」の最終シーズンで破戒神父を演じてたよね。

ヘイ!彼女、一緒にスリザろうぜ! スリザー - 小覇王の徒然はてな別館


 主役のクリムゾンボルトことフランクはレイン・ウィルソン。「トランスフォーマー/リベンジ」では明らかに学生に手を出してるだろうなあ、と思わせる天文学教授を演じていたのが印象的(ラストにさわやかにサムを迎え入れているのが謎だ)。今回のフランクはそれとは真逆のダメ男。ジャック・ブラックを少し縦に伸ばしたようなルックスの冴えない中年だ。
 実はフランクはコミックマニアではない。それどころかほとんど読んだことはないのだろう。妻が出て行ってしばらく彼はTVで安っぽいヒーロードラマ「ホーリー・アベンジャー」(これ自体はクリスチャン・ヒーローみたいなもの)を観てインスピレーションを受けるのだ。彼は敬虔なクリスチャンであり、小さい頃から神の啓示(という妄想)を受ける霊媒体質でもあった。彼は天命を受けたと思いこんでお手製ヒーロー、クリムゾンボルトになるのである。この意味では彼らは「キック・アス」や「ウォッチメン」より「処刑人」に近い。フランクは何の能力もない一般人なので当然その自警はただの暴力である。スパナを武器として思いっきりぶん殴る。麻薬の売人、児童買春の客などはまだいいがやがて単なる割り込みを叩きのめすに至って観客も「ああこいつは危ない奴だ」と思うようになる(勿論それ以前から危ない奴だと思うだろうけど洒落にならないという意味で)。
 面白いのはヒーロー物のお約束を破って、敵の一味が彼を見た途端、「サラの旦那だ!」と正体を見破ってしまう点である。このシーンで思い出したのは例えば「タイガーマスク」でジャイアント馬場が覆面被ったグレート・ゼブラだったり、あるいはその昔(1986年ごろ)WWF(現WWE)で謎の新人、ジャイアントマシーン(日本発のマシーン軍団WWE版の一人)として登場したマスクマンがどう見てもアンドレ・ザ・ジャイアントで対戦相手のマネージャー(たしかフレッド・ブラッシーだったと記憶)が「ふざけるな!アンドレじゃねーか!」と切れたり、さらに最近ではWWEを首になったハルク・ホーガンがバレバレのマスクマン、ミスター・アメリカとして登場したり、といったことを思い出した。いずれにしろ、簡単なマスクで活動していても正体がばれないというのはお約束のはずだがあっさり破られる。
 そしてもしかしたら自分はバカなことをしているんじゃないかと、フランクに気付かせるのがやはり彼の正体を見破り、彼を助けるものの押しかけ相棒となるリビーである。

 エレン・ペイジ演じるリビーは町のコミック専門店の店員ではあるがけっして浮世離れしたオタクではなく社交性もある今時風の女の子である。彼女はヒーローデビューを決意したフランクにコミックの知識でアドバイスを与える。やがて町を騒がせているクリムゾンボルトの正体がフランクだと突き止めジョックたちに追われた彼を匿うことで自分もヒーローの相棒=サイドキック*2、ボルティーとしてかなり強引にパートナーとなる。彼女の場合、正義感や使命感ではなく単にサディスティックな我欲を満たすためにヒーローになっている。彼女のエキサイトぶりにフランクも一瞬我を取り戻すが、結局は同じ穴の狢。クリムゾンボルトは止められないし、止まらない。しかしサイドキックの運命は常に悲惨なのであった。

古今東西、ロビンを集めてみた - 小覇王の徒然はてな別館


 そのほかのキャストにフランクには過ぎたる美人妻サラにリヴ・タイラー。ジャンキーからの克服する際にはフランクの素朴さが良かったがいざ、夫となると物足りない。かくして再び刺激を求めてジョックの元でジャンキーになってしまう。そのジョックは「X-MEN FC」でセバスチャン・ショウに引き続き悪役を演じるケビン・ベーコン。現代風のギャングといった感じだがどうにも軽いところはベーコンならではなのだなあ。
 そのほか個人的に最初の方で出てくるペットショップの店員のお姉さんがどこかで見たことある気がすると思ったら「ER」で看護士役やってた人だ。マリサ・トメイに似た真面目な職に付いた元不良少女といった感じの美人。
 
 「ダークナイト」以来、軽くブームになっていた「実際にヒーローが存在していたら」というテーマもこれで一区切り付いたような気がする。以下はこの映画の感想というより、現実世界のヒーローについて少し。
 

コスチュームとユニフォーム

 最初にも書いたが現実にスーパーヒーローが存在するとしたら一つしかない。犯罪相手に戦うヴィジランテだ。自警行為はどこでもある程度やっているがヒーロー行為に走るものは同時に自己顕示欲が高い。まともな人間はコスチュームを着て犯罪と戦ったりしないが漫画やドラマの中ではそれが英雄的行為とされる。超能力やハイテクアーマーをもたない一般人にとってヒーローのロールモデルになるのがバットマンなのだ。勿論バットマンも犯罪と戦うだけの装備や才能、努力、納得させられるだけの動機があるのだがどうもその辺は無視され「俺にも出来そう」と思ってしまうものらしい。
 映画「ウォッチメン」の特典映像には実際にアメリカでコスチュームを着てヒーロー行為=自警行為に勤しんでいる人たちの映像が入っている。

小覇王の徒然なるままにぶれぶれ!: ウォッチメン BD

自警行為は麻薬のようなものだ。コスチュームを着て一見正義と思われる違法行為をしていると段々自分が偉く思えてくるのだ。そして一度その快感にはまると止められなくなる。「キック・アス」のキック・アスは最初のデビューで散々な目に逢うが結局活動を再開してしまう。「ウォッチメン」のロールシャッハはヒーロー行為が違法化しても止められない。
 漢字にすると同じ「制服」だがコスチュームとユニフォームは似てる部分、似てない部分がある。似てない部分は組織への従属性。集団で同じ服を着るということは同じ組織に属する、ということである。これは個人では無理なことでも集団なら平気という風になりかねない。似ている部分は他者への優越性である。コスチュームを着て自警行為をすればまるで神にでもなったような気分になれる。また映画「es」などで見られる役割への従属もある。警察の制服を着ればなんとなく強くなったような気分にならないだろうか。ましてや相手が犯罪者で罰せられるべき相手と思っているなら尚更だ。警察や軍隊などはいわゆる「暴力装置」。市民から権力を付加されて緊急時には暴力を振るうことが許されている存在だ。だからこそ逆に市民がその行動を監視・管理しなければならないのだ。法の外から外れるヴィジランテは尚更である。彼らは徐々に(自分の中での)正義が法より上だと思いやがて彼ら自身が犯罪者になる。
 ウォッチメン」でインポテンツになっているナイトオウルが再びコスチュームを着ることで克服するシーンはヒーロー行為が彼らの自信そのものである事を端的に表現している。
 勿論いい年こいて僕の中にもヒーロー願望があることは否定しない。
 
 僕が「スーパー!」を見終わって思い出したのは「タクシー・ドライバー」だ。あの作品のロバート・デ=ニーロ、トラヴィスは大統領候補を暗殺しようとして取り止め、代わりにポン引きを殺した結果英雄扱いされる。しかしその目に宿るのは狂気であり、また、いつか行動に移すだろう。フランクも最終的にサラは彼の元を(改めて)去り、ボルティーも悲惨なし最後を遂げた。今は落ち着いているが時が来ればまたコスチュームを着るだろう。彼の場合神がさらに後押しをする。
 
 とまあ色々書いたがこの手の「実際にヒーローになってみました」系映画ではゼブラーマン」の前半部分が好きです。後半はイラね。

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*1:プロレスのマスクマンとして疑似ヒーローになる、という手もあるのだがそれはまた別の話

*2:ヒーローの年少の相棒、明智小五郎における小林少年