敵は恋人 JOKER / LOVERS & MADMEN
どんなヒーローでも敵が魅力的でなければつまらない。そしてもっとも安易に人気が出る悪役は「偽者」である。古くはニセウルトラマン(ザラブ星人)に始まり、ショッカーライダー、スーパーマンにも偽スーパーマンであるビザロがいる。
「バットマン」の場合も例外ではなく偽の類は多くいる。例えばバットマンから悪党を守る「裏のバットマン」とでも言うべきキラーモスとか、ブルースと同じ境遇でありながら悪の道に入ったブラックマスク、そのまま本物の蝙蝠男であるマン・バットなどがいる。しかし真にバットマンと表裏の存在になっているのは実はジョーカーである。
お前はオレを殺せない。その精神が邪魔をして。
一方、オレもお前を殺せない。殺したらオモチャで楽しめなくなるからな。
1989年版の「バットマン」ではバットマン/ブルース・ウェインの両親を殺したのはまだチンピラだった時のジョーカー(ジャック・ネイピア)ということになっている*1。そしてジャックは成長したブルース/バットマン、ジャックが起こした悲劇から犯罪と戦うことを誓った男、との対決で薬品槽に落とされジョーカーとなる。この映画においてバットマンとジョーカーは鶏と卵とどちらが先か、という存在だ。
2008年の「ダークナイト」においてそのバットマンとジョーカーの表裏一体はより強調されている。ジョーカーの台詞の端々にバットマンに対する「愛」が感じられる。
さて、そんなバットマンにおいてジョーカーを主役に据えた短編が2作発売された。「JOKER」と「バットマン:ラバーズ&マッドメン」の2作である。
BATMAN LOVERS & MADMEN
「L&M」の方は「キリング・ジョーク」とはまた新たにジョーカーのオリジンを語りなおしたものであり、ジョーカーが元々ギャングだったということを含めて1989年版の映画を踏襲しているともいえる。
- 作者: マイケル・グリーン(作),デニス・コーワン、ジョン・フロイド(画),高木亮
- 出版社/メーカー: 小学館集英社プロダクション
- 発売日: 2011/03/23
- メディア: 単行本
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銀行の金庫破りとしてゴッサムにやってきたジャックは人生に飽き飽きしている。彼は仕事をきっちりやってのけるがその完璧な仕事振りが嫌いなのだ。そして仕事の最中にそれを防ぎに来たバットマンと出会う。
バッカみてぇ
それ以降ジャックは無軌道に犯罪に手を染めそれを阻止に来るバットマンを待つ。まるで恋人を待ち焦がれるように。やがて彼の暴走ぶりにギャング仲間が怒り、ジャックは化学薬品工場で監禁される。拷問を受けるがそこにバットマンがやってきて・・・
ここで描かれるジョーカーの前身ジャックは「キリング・ジョーク」のように自信のない存在ではない。むしろ自分に自信がありすぎてそれゆえに虚無感に陥っている人間だ。
絵も好みで面白いがせめてレッド・フードの設定もどこかに入れて欲しかった、と思うところ。
JOKER
「バットマン:ラバーズ&マッドメン」が1989年「バットマン」のジョーカー誕生のくだりを新たに焼きなおしたものだとするならば、こちらは「ダークナイト」の続編として読むことも可能(勿論そういう意図で描かれたものではないので「ダークナイト」とは色々矛盾は出てくる)。
- 作者: ブライアン・アザレロ(作),リー・ベルメホ(画),高木亮
- 出版社/メーカー: 小学館集英社プロダクション
- 発売日: 2011/03/23
- メディア: 単行本
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チンピラ、ジョニーは出所したジョーカーの手下になる。これまでのチンピラ生活からおさらばできると信じている。しかしジョーカーの思惑は常人に理解できるものではなかった!
物語のほぼ最後までバットマンは登場しない。なのでてっきりこのエピソードはバットマンはいないけどジョーカーが存在する世界を描いたものなのかと思った。
正直こちらの絵は僕好みではない。ただ、常に出血して膿んでいるかのようなジョーカーの口元の描写など凄みはある。もっぱら語り部となるジョニーの視点で描いているため裏社会の陰惨ぶりも際立つ。
両方とも読み応えはあるのだがいかんせん短い短編。ハードカバーのためか両方とも2520円(税込み)と高い。合冊にして3000円くらいにして欲しかったものである。
バットマン:マッドラブ/ハーレイ&アイビー (ShoPro Books)
- 作者: ポール・ディニ,ブルース・ティム,石川裕人,秋友克也
- 出版社/メーカー: 小学館集英社プロダクション
- 発売日: 2011/03/01
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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↑「キリング・ジョーク」のクライマックスを元に作られたプロによる自主制作映画。
最後に以前、「ザ・ファイター」の記事で書いた記事を引用する。
1989年の「バットマン」の時、原作のファンはマイケル・キートンの主役起用に猛反対した。当時彼はコメディアンとして知られていてとても正義の味方という雰囲気ではなかったからだ。しかしキートンは狂気を内包した正義の味方バットマンを見事に演じきってファンをうならせた。
「バットマンは狂っている」
それがティム・バートンの出した結論であり、そのバットマン像を具現化できるのはキートンを置いてほかにいなかったからだ。当時の彼のフィルモグラフィーを見ると圧倒的に狂人の役が多く、当時はジャック・ニコルソンとマイケル・キートンのどちらがジョーカーを演じてもおかしくない、などと言われていた。いろいろな面で1989年「バットマン」を意識している「ダークナイト」を撮ったクリストファー・ノーラン。「バットマン・ビギンズ」を撮った時にバットマン/ブルース・ウェイン役にクリスチャン・ベールを起用したのは単に彼の演技力や美貌のためだけではあるまい。実際ベールもその前に「シャフト」で人種差別主義者、「アメリカン・サイコ」で連続殺人鬼、「マシニスト」で不眠症でおかしくなった男などを演じている。その一方で「サラマンダー」「リベリオン」で悩めるヒーローも演じており、彼の狂気を内包した正義を体現できる力を狙ってのバットマン起用に違いないのだ。
(中略)
だから、「ダークナイト」では「ヒースに食われた」などと言われたが(これも作品の本質を理解していない見方だと思う)、今回のべールのジャンキーな演技を見ると「ヒースとベールのどちらがジョーカーを演じてもおかしくない」のだなあ、と改めて思った。
バットマンとジョーカーは表裏一体。もしもバットマンが現れなければジョーカーは登場しなかった。ジョーカーは今日もバットマンを待っている。いつまでも。
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*1:これはこの映画だけの設定