The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

剣と魔法と諸言語と ウォークラフト

 皆さん「ポケモンGO」遊んでますか?僕もすっかりハマってスマホ片手に外を彷徨いてますが、このゲーム自分の部屋にいるときはまったく遊べない代物なので(周囲の環境によるけれど自分の場合はまったくポケモンが出現せず)、ある意味外にいる時だけ遊ぶゲームと割り切って付き合えるのは良いと思います。ちなみにポケモンはその昔学生時代にレンタルビデオ店でバイトしていた時にアニメの「ポケットモンスター」で画面の光の点滅の激しさで視聴者が体調不良を訴える、という事件の余波で店にあるポケモンのビデオを全部メーカーに一旦返却する作業に従事して、それで興味を持ってアニメを見たら結構ハマって初期の方は見てました。ゲームの方は10年ぐらい前に最初の緑をプレイしたけど途中でやめちゃったなあ。まあこういうそれまでポケモンに特に興味がなかった人にまでやってみようと思わせただけでも凄いゲームだとは思います。
 本来モンスターである敵を集めるゲームというと自分の場合「女神転生」シリーズの仲魔なので是非メガテンバージョンも出してほしいなあと思ったり。ARの都会に潜むって設定だとポケモンより悪魔のほうが合ってる気もするんですよね。
 で、こんなゲームの話から始めたのは、今回の映画がゲームの映画化作品だから。ダンカン・ジョーンズ監督作品「ウォークラフト」を鑑賞。

物語

 オークの世界は滅びかけており、オークたちは人間やエルフたちの住む世界アゼロスへと異次元の扉「ポータル」を使って進出をはじめていた。オークたちは魔導師グルダンに率いられアゼロスを襲撃するが、ある部族の長デュロタンはそんなグルダンの姿勢に疑問を抱く。
 一方人間たちも手をこまねいていたわけではなく、王の義理の兄で一番の戦士でもあるローサーは守護者であるメディブ、落ちこぼれ魔法使いであるカドガーとともに対策を練る。オークとの戦闘で人間とオークのハーフであるガローナを捕虜としたことで両軍に対話の道が開かれたかに見えたが…

 原作はパソコンのゲームでもう20年ぐらいの歴史はあるそうだが、僕は全くの未経験。ただ、映画を見終わった後で軽く調べたところによると大体のファンタジーゲームでは敵となることが多いオークをプレイヤーキャラとして選べることが珍しく、それも「ウィザードリーⅣ」みたいな敵の立場でというよりはそれぞれに戦うべき大義がある、みたいな設定らしい。オークのデザインもブタを思わせる「指輪物語ロード・オブ・ザ・リング)」系ではなくどちらかと言えばオーガと言ったほうがいいようなデザイン。世界設定や登場人物、物語なんかもかなりゲームの要素は生かされているみたい。
 監督のダンカン・ジョーンズは今年亡くなったデヴィッド・ボウイの息子で「月に囚われた男」「ミッション:8ミニッツ」に続く三作目。1,2作目がどちらかと言えば限られたシチュエーションで展開する作品だったのに比べるとかなり趣も異なり作品規模も大きくなった。元々映画化の企画自体はかなり前から進んでいてダンカン・ジョーンズは後から参加した形らしいが、元々の脚本ではオークが単なる倒すべき敵でしかなかったのを、もう一人の主役として共感できるように描いたのはジョーンズの功績だそうだ。

 主人公はオーク側のデュロタン、人間側のローサーとなる。オークのデザインは一般のオークと言って思い浮かべるデザインよりももっと大柄に筋肉質に描かれており、基本的にはCGだろう。様々な部族に分かれており、おそらくモデルとしてはインディアン=ネイティブ・アメリカンだと思う。肌の色が二種類に分かれるが緑の肌のオークは元々そういう種族なのか、劇中で出てくる闇の魔力によってそういう色になったのかちょっと分からない感じ。主人公デュロタンはそんなオークの中でも(アゼロスの人間が見て)かなり優しそうなイメージでデザインされていて、他のオーク(特に緑色の)と一線を画す。「スコーピオン・キング」の時のロック様をベースに筋肉や牙などを盛っていた感じか。ひと目で悪いやつじゃないな、と分かるデザインではあるのだが、もっと他のオーク同様外見は人間が醜悪に見える感じに、でもその中身は人間とも分かりあえる、とかでも良かったのではないのか、という気もしないでもない。ホード(オークの軍団)の指導者グルダンはフードを被り魔導師みたいなのに、最後は肉弾バトルだったりするのは結構好き。てかハルクとかドゥームズデイみたいな感じすらする。
 人間側は戦士ローサーを主人公とするが、オーク側に比べるとあんまり個性は強くない。ローサーの妹で王妃であるタリアをルース・ネッガが演じていて、この人はTVドラマ「エージェント・オブ・シールド」なんかに出てますね。エチオピア系のアイルランド人ということで兄であるローサー役のトラヴィス・フィメルとは明らかに人種違うじゃん!とか思ったりもするのだが、あんまりそのへんは気にならずドミニク・クーパー(この人もあんまり人種を問わずいろいろ演じる人だ)の国王と並んで個性的な夫婦。ドミニク・クーパーはまた王様を演じているが今回は良い人。
 ベン・フォスターのメディヴやベン・シュネッツアーのカドガーがもう少し魅力的だと良かったのだが、ちょっとキャラは弱かったかな。

 面白かったのは劇中での言語表現。もちろん使用されているのは英語なのだが、例えば「指輪物語ロード・オブ・ザ・リング)」はそもそも英語による神話創造がトールキンの執筆目的でもあったりするので使われているのが英語であるのは当然なのだが、他のファンタジーではそうは行かない。中世ヨーロッパをモデルとしていてもそれぞれ言葉は異なるはず。
 本作ではオーク同士や、アゼロスの者同士で会話する場合は英語が使われるが、オークと人間が会話をする場合は通訳を介し、それぞれ別の言語を使う。つまり「本来はそれぞれ異なる言語を使っているけれど、それでは色々面倒だし物語進行に支障をきたすから、便宜上英語で喋ってもらってますよ」という体裁なのだ。人間が英語を使い、それを通訳がオークの言葉に治すシーンが多いけれど、人間の捕虜になったオークが通訳となるガローナと英語で会話をして、その背景でローサーが何やら違う言語で喋っているシーンも有るので決して人間も英語を使っているわけではない。あくまで物語の進行上、主となる視点のものに便宜上英語で喋らせているだけなのだ。言ってみればこれは英語吹替版みたいなものと言える。オークの部族名も英語のままだが、これも本来はオークの言葉を英語訳したものという感じだろう。

 セットや世界観はやはりゲームが下地にあるな、という感じはして、「ロード・オブ・ザ・リング」の重厚さにはちょっと及ばない(もちろん「LOTR」以降のファンタジー作品として影響は受けているだろう)。ただ、独自の描写も多く、予告編だけ観た時の印象からは異なり面白かった。
 ただこの作品続編製作が前提にあるのか、物語としてはかなり中途半端に終わる。敵の首領であるグルダンすら倒れることはなく退却する終わり方はちょっとカタルシスに欠ける。あからさまに続編への含みを残す要素も多い。こういうシリーズ化前提の作品作りは最近の傾向ではあるのだが、この作品の場合米国内ではあんまり興行成績も評価も良くなかったそうなので続編が制作されるかも分からず(ただ中国ではヒットしたそう)、もし続編が作られなければ宙ぶらりん出終わってしまう事になるなあ。
 映画はデュロタンの息子である赤ん坊が人間に拾われるところで終わる。この描写は旧約聖書のモーゼを連想させるが、彼がオークと人間の架け橋になるのか、あるいは人間を知ってなお人間を敵とする存在になるのか(彼は最初にアゼロスで生まれたオークであり、その際にグルダンの魔力を受けている)それも続編次第である。

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