The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

かくて冒険は神話となれリ ヘラクレス

 ギリシア神話最大の英雄といえばご存知ヘラクレス。過去に「タイタンの戦い」「タイタンの逆襲」でペルセウス、「インモータルズ」でテセウスといった英雄が登場したが、彼らがアイテムと頭脳戦の要素もある英雄であるのに比べるとヘラクレスは怪力一辺倒。しかもその力押しが半端ではない。その影響はおそらくスーパーマンにも及ぼしているし、マーベルコミックスではまんまハーキュリーズヘラクレスの英語読み)が登場して同じ筋肉同士気が合うのかソーと仲が良かったりする。逆にその脳筋のイメージからギャップを狙ったのかアガサ・クリスティーの創造した名探偵エルキュール・ポワロもその名前の由来はヘラクレスである(フランス語読み)。たしか「マペット放送局」でドラマでのポワロ役のデヴィッド・スーシェがゲスト出演しマペットたちに
「地球を逆回転させて助けてくれ!」
と言われて、ポワロがこんなことを言う(記憶不確かなので間違えていたらご勘弁を)。
諸君らは3つの間違いを起こしている。まず私はヘラクレスではない。次に君たちはヘラクレスとスーパーマンをごっちゃにしている。そして最後に地球を逆回転させたところで時間は戻らない!
 とこんなのがネタになるくらいヘラクレスは欧米の英雄譚に強い影響を及ぼしているといえるだろう。もちろん日本でもギリシア神話の登場人物でも最も有名なキャラクターだと思う。
 そんなヘラクレスであるから過去に何回も映像化はされていて、過去にはディズニー映画にもなっているし、この後「エクスペンダブルズ3」「サボタージュ」と連続して当ブログにも登場予定のアーノルド・シュワルツェネッガーの映画デビュー作は「SF超人ヘラクレス」であったりする。今回も同時期に「ザ・ヘラクレス」という作品も公開されていたりするようだが、僕が観たのはザ・ロックことドウェイン・ジョンソン主演作。ブレット・ラトナー監督作「ヘラクレス」を観賞。

物語

 紀元前358年ギリシア。盗賊に捕らわれたイオラオスが語るところによると彼の叔父ヘラクレスは全能の神ゼウスと人間の女の間に半神として生まれ人食獅子や多頭龍ヒドラを退治し12の難行を成し遂げた英雄である。もしもイオラオスに何かあれば彼が盗賊たちを滅ぼすであろう。しかし盗賊たちは信じず結果彼らはヘラクレスと彼の仲間たちによって壊滅させられてしまった!
 実はヘラクレスは強靭な肉体と怪力を持つものの普通の人間であり、わけあって故郷を後にし仲間と共に傭兵稼業をしていた。彼の英雄伝説は甥のイオラオスの喧伝の賜であったのだ。
 ある時、ヘラクレスの元をトラキアの王女ユージニアが訪れる。トラキアは現在反乱に苦しんでおりそれをヘラクレスに助けて欲しいと。トラキアに赴いたヘラクレスたちは頼りない新兵を鍛え、反乱の首謀者レーソスに挑む。しかしこの戦いの裏には恐るるべき陰謀が隠されていたのであった…

 ところで僕はこの作品を「ドラキュラZERO」と同日に観たのだが、この2作って何かコラボとかでもしてるんでしょうか?僕が観たのは109シネマズ川崎だったけれど一ヶ月ほど前に訪れた時に、次のようにポスターが掲示されていた(ぼけているのはご容赦願いたい)。

 右に崖という似たような構図、そして似たようなコピー。更に入り口の自動ドア。まず「ドラキュラZERO」の自動扉を抜けると、次は「ヘラクレス」。ここでも構図が似ている。


 でも特にこの2作がコラボしてるとかも聞かないんで偶然なのかなあ。
 さて、映画はロック様が子供の頃の憧れだったヘラクレスを念願かなって演じるという夢の企画。とは言え監督は強い個性を持つと言うよりは薄口職人監督というイメージのブレット・ラトナーでちょっと不安でもあった。
 まずは冒頭のプロローグ。予告編を見た限りではメインの物語かと思われた「ヘラクレス12の難行」はあっさりプロローグで終了。そして「紀元前358年」の字幕。紀元前358年?そんな最近なの?いやもちろん現在からみれば紀元前358年は大昔だけれど、こちらは神話の世界の物語だと思って臨んでいるわけです。それが紀元前358年!全然歴史の範疇ですよ。ロック様の役者としての最初のハマり役となったスコーピオン・キングはこの時より3000年ほど前の紀元前3300年頃の人物*1。そして「300」テルモピュライの戦いが紀元前480年の出来事(ちなみにレオニダスはヘラクレスの子孫を称している)。それに比べると紀元前358年というのは全然最近、神話よりも歴史の範疇である。だからまずは「また予告編と違うのか」という想いを感じたのであった。そしてヘラクレスの冒険譚の数々も誇張されて劇中で伝わったものとされ、徐々に劇中の世界は直接神様たちが関与する世界ではないことが判明する。最初の方でもう大体察しがつくのだが完全に判明するのはレーソスたちが遠目には人馬一体のケンタウロスに見えるのに実はただの騎馬武者だったことが判明するあたりか。
 それでは全く神話的な部分のない作品なのかと思いきや、むしろ下手に超常現象を入れないからこそ神話の原理的な部分を描いたような作品になっていたのであった。

 実は本作も特にそうとは謳っていないがコミックス原作。スティーブ・ムーアという人の「Hercules:The Thracian War」というコミックスだそうです。全く初耳なのでどういうコミックスなのかは分からないけれど、実際の神話の半神ヘラクレスではなく、人間ヘラクレスの物語という骨子はこのコミックスから引き継いだものなのだろう。「アイ・フランケンシュタイン」もそうだけど意外とスーパーヒーロー物以外の、かと言ってオルタナティブでもないコミックスも映画化されているのだなあ。

Hercules the Thracian Wars 1 (Hercules (Radical))

Hercules the Thracian Wars 1 (Hercules (Radical))

 ロック様は役者に専念してからはかなり身体が小さくなった印象だが(それでももちろん一般人に比べれば圧倒的にでかい)、昨年は一時的とはいえ本格的にWWEのリングに復帰し、そのためかここ最近ではかなりレスラーだった頃の肉体に近い。半神では無くなったとはいえ、そのパンプアップされた肉体が他のキャラクターを圧倒するため神話的な英雄という設定に説得力を与える。ただちょっと確信は持てないのだが、本作では特に遠目に画面が引いた時、ロック様だけほかのキャラクターより一回り大きく描写されているような気がする。なんというか「ロード・オブ・ザ・リング」のホビットの逆を行く感じで。もしかしたらそういう効果でよりヘラクレスの偉丈夫さを表現しているのかも。
 映画においてはヘラクレスは半神でも何でもないということで後半は鎖に繋がれたりするのだがここから、本当に半神なのではないか、と思わせる活躍を見せる。凶暴な3頭の犬(意識朦朧とした中でこれがケルベロスに見える)を倒し、ラストは巨大なヘラ像を己の力のみで倒す。逆に前半でヘラクレスが「実は普通の人なんだよ」と強調することでラストの奇跡的な怪力描写が生きるのだ。
 ヘラクレスの名前は結婚の女神でありゼウスの正妻であるヘラに由来した「ヘラの栄光」という意味だが、もとより愛人の子に厳しいヘラはヘラクレスにも厳しい。生まれた赤子のヘラクレスに2匹の毒蛇を放ったり(あっさり赤子に潰される)、我が守護星座である蟹座のカニもヘラクレスヒドラを倒す際、ヒドラに加勢したバケモノガニがしかしヘラクレスに踏み潰されその行為を哀れんだヘラによって引き上げられ星座となったものだったりする。ところで車田正美聖闘士星矢」全盛期に小学生だった身としては蟹座生まれは肩身が狭かったですぜ。
聖闘士聖衣神話EX キャンサーデスマスク

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 天空の天の川はヘラクレスがヘラの乳房に吸い付いた時に溢れでた母乳であるとされ英語では「ミルキーウェイ」という。同じヘラの乳を飲んだ愛人の子でもヘルメスは上手いことやったのにヘラクレスはヘラに狙われ続け、結果としてヘラクレスはヘラにもたらされた狂気により自分の妻子を殺してしまう。この神話は映画ではヘラクレスが故郷を離れざるをえなかった理由となるが、きちんと映画の中で決着が付けられている。このヘラとの確執は劇中でも触れられるがトラキアはヘラを守護神とする国であり、最終的にヘラクレスがヘラ像を倒すことで決着をつけるのが非常に象徴的で面白い。

 さて、超常的な神話でなく比較的地に足の着いた英雄譚となったことでヘラクレスのキャラクターも単独で活躍する英雄からチームプレイを重視するキャラクターへと変わる。ヘラクレスには傭兵チームがおり、それぞれが個性的。彼らにも神話のモデルはいて主にアルゴナウタイ(アルゴの乗組員)。ただ惜しむらくはそれぞれのキャラクター名(もちろん古代ギリシア風)がかなり覚えづらい。Argo Fuck Yourself!
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 よってほぼ名前でなく顔で覚えていくことになる。ヘラクレスの甥で彼の実績を誇張して宣伝する口八丁の甥イオラオス、どこか世の中を達観した自分の死の預言もニヒルに構える預言者アムピアラーオス、弓の使い手で紅一点であるアタランテ、ヘラクレスに拾われ彼には忠義を尽くす野生児テュデウスなど。このテュデウスが女性には一番人気かも。
 しかし僕がイチオシとしたいのはヘラクレスのもっとも古くからの友人でもあるアウトリュコスで彼を演じているのがルーファス・シーウェル。この人はハンサムだけれど冷徹な印象の容姿で百年戦争時の馬上槍試合を描いた「ROCK YOU!」の悪役だったり、「リンカーン/秘密の書」の吸血鬼の親玉アダム、その他にもコスチューム劇の敵役などが多くルックスはぜんぜん違うけれど役者のキャリアとしてはマーク・ストロングと似た印象の役者さんで僕はこういう悪役ばっかりやってきた人がそうじゃない役やると面白い化学反応を起こすだろうなあ、と常々思っていて本作ではそれが実現。理想よりも現実を見る人物として(役者の印象から)もしかしたらヘラクレスを裏切るのかな?などとも思わせつつでも最後はきちんとヘラクレスを助ける儲け役。
 この仲間たちは実は良い人だったレーソスも含めるとちょうど仲間が7人になることもあって「七人の侍」というか「荒野の七人」を思わせる。特にアウトリュコスは一度仲間を離れるもクライマックスで助けに戻る役なので「荒野の七人」のハリー(ブラッド・デクスター)を思わせる。
 悪役となるのはトラキア王のジョン・ハートヘラクレスの妻と子供を殺しその罪をヘラクレスになすりつけたエウリュステウスを演じるジョセフ・ファインズジョセフ・ファインズレイフ・ファインズの弟でその優美な容姿と立ち振舞はギリシアの王と言うよりはやはりヨーロッパの貴族とでもいう感じ。「ホビット 竜に奪われた王国」でスランドゥイル王を演じたリー・ペイスにも似た「嫌味なエルフの王」という感じか。

 神話を元にしながら一度それを手のひら返し、しかしラストには再び神話性を帯びる作品。というかどのようにして神話が成り立つのかを描いた作品ともいえるかも。オープニングで神話として描かれた魔物と単独で対峙するヘラクレスが描かれたが、エンドクレジットでは魔物ではない相手と仲間と共に立ち向かうヘラクレスがCGで描かれる。しかしその映像は真実を知ってなお神話そのものより神話性を帯びているのだ。
 普通に神話としての12の難行を観たかった気もするがこれはこれで大変面白かったです。かくして冒険譚は神話となれり。 同時期公開の「ザ・ヘラクレス」はこちら。

*1:関係ないがこの間「スコーピオン・キング2」を見たら1の前日譚のはずなのに登場人物がヘロトドスの「歴史」の一節を諳んじたり、劇中に明朝体の漢字が出てきたりとかなりメチャクチャでありました