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半世紀分の想いを込めて唄う 怪しい彼女

 2012年のある意味で一番ハマった作品といえるのがシム・ウンギョン主演の韓国映画「サニー 永遠の仲間たち」なのだが、そのシム・ウンギョンの主演最新作、そして監督は社会派問題作「トガニ」のファン・ドンヒョクによる「怪しい彼女」を鑑賞。こちらもSF大作などとはまた別に今年一番期待していた作品であった。

物語

 70歳になるオ・マルスンは女手ひとつで息子を育て、その息子ヒョンチョルは今や大学教授。昼間は老人向けカフェで働き家では嫁に口うるさい。その口の悪さからトラブルも絶えないが、かつて彼女の家の奉公人として働いていたパクだけは彼女を慕うが嫁は姑へのストレスで倒れてしまう。マルスンを施設に入れる話も出てくる中、ふと街で見かけた「青春写真館」という写真屋を見つける。遺影のつもりで写真を撮ってもらったマルスンだが撮影が終わって店を出るとなんとマルスンは20歳の頃に若返っていた!
 家族には家出したことにしてパクの家に下宿して青春をやり直すことに決めたマルスン。憧れのオードリー・ヘプバーンにちなみオ・ドゥリと名乗り新たな青春をスタート。その頃TV局ではある音楽番組のプロデューサー、ハン・スンヌが頭を抱えていた。今の若者の歌は魂がこもっていない。どこかに魂揺さぶる歌い手はいないものか。そんな時スンヌは老人カフェで熱唱するドゥリを見かける。彼女こそ僕が求めていた人だ!そして彼女に目をつけたのがもう一人自分の名前をもじってつけたバンド「半地下バンド」のハン・ジハだ。ジハはドゥリをボーカルとして誘う。彼女が自分の祖母とも知らず。
 かくしてドゥリは70歳の経験に20歳の若さを備えた歌手として孫のバンドで唄うのだった!

 まず驚いたのは監督の前作「トガニ 幼き瞳の告発」とは全く違う作風。「トガニ」は実際にあった性的虐待事件を元にした社会派作品だが本作は荒唐無稽なコメディ。監督のファン・ドンヒョクは「トガニ」の前に「マイ・ファーザー」という作品を撮っているだけだが、こちらは未見。ただこちらも真面目で重い作品だそうなので「怪しい彼女」は監督としても新境地とも言えそう。時折シリアスな作品や製作にトラブルが多かった作品を撮ったあと、リハビリのように軽やかな作品を撮る、というパターンがあるが*1もしかしたら今回もそのパターンなのかも。ただ元々企画が頓挫した脚本がずっと眠っていて、それを監督が見つけてリライトしたということらしい。
 邦題「怪しい彼女」に対して原題「수상한 그녀」は「受賞した彼女」(google翻訳)。これは劇中でドゥリ及び半地下バンドが成功したことを示すタイトルか。英題は「Miss Granny」で「若いお婆ちゃん」とでもいう感じか。もしかしたら「グラミー」と「グラニー」をかけているのかな、と思ったり。

 主演のシム・ウンギョンは「サニー」の時はまだ中学生か、と思うくらい幼い感じだったが今回は歳相応(それでも若く見えるとは思うが)。ただその殆どにおいて観客は本当に70歳の精神を宿した20歳にしか見えなくて驚くと思う。「サニー」でも訛り全開で喋るシーンや敵対する不良少女グループ少女時代との最初の対決で糖尿病の発作からお婆ちゃんを憑依させて相手をビビらせるシーンがあるがあれがずっと続いている感じ。そして事情を知らない劇中の人物にはさぞ風変わりな人物に見えるのだろう。どうしても「サニー」が大好きなので「サニー」と比べてしまうが映画としては「サニー」より「猟奇的な彼女」に近い感じか(邦題はまさにその辺を狙ったのだと思う)。
 シム・ウンギョンは「サニー」の時はサニーメンバーの中で唯一役柄と実年齢が一緒、というキャストだったがあれから3年ずいぶん大人っぽくなっている(もちろんメイクや衣装、そして演技もあると思うが)。「サニー」の時は僕はアイドリング!!!23号伊藤祐奈さんに似てると書いたが、本作ではどちらかと言うとSKE48松井珠理奈さんに似ているように思った。てか松井さんのほうが年下ですな。
 とにかく脚本や演出もさることながら、やはりこの映画の一番の功労者は主役のシム・ウンギョンで彼女の主演でなければかなり印象は変わっていただろう。物語の設定自体はそれほど珍しくないというか、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」のようなタイムリープでこそないが、若返って青春をやり直すとかハリウッドのコメディとしてもよくある部類だとは思う。それでも韓国ならではの部分、全世界的に共感できる部分が絶妙な割合でブレンドされてるのでこれまでにないタイプの映画となっているとも思う。韓流ドラマのベタベタな展開が、ある程度韓国人の間でも本気というより笑ったり突っ込みながら見る物というのは「サニー」でもあったけれど本作でもその視点が健在。
 お婆ちゃんの時でも若返ってもこのマルスン=ドゥリの洪水のようにあふれる罵倒というか悪口というか台詞が魅力的でこれは「glee」のスー先生に匹敵する感じ。劇中で歌われる歌も80年代アイドルソング風だったりして比較的誰でも没入することができる。罵倒芸というのは確かにあって聞いてて心地よい罵詈雑言というのも確かにある。もっとも現実にはほとんどはその域には達していない、聞いててただ不快な罵倒ばかりだが。
 数回あるオ・ドゥリを迎えて歌を唄う部分は本当にシム・ウンギョンが歌っているのかは分からないけれどそれぞれ異なる歌ながらいずれも聞いていて楽しいしメロディアスなので原曲を知らない日本人にもそれなりに響く。元は70年代の韓国でのヒット曲らしいですね。

 面白かったけれど、幾つか気になる部分もないわけでもなく、それは多くは老婆としてのマルスンのキャラクターによるところが大きいと思う。マルスンははっきり言って口が悪い。また嫁いびり(劇中で見えるのは料理に口出ししたり孫への教育に口出ししたり)が酷い。ヒョンチョルの嫁さんは正直綺麗とは言えないルックスだがそれはマルスンに対するストレスのために太ったりやつれたりした結果ではないかと思わせる。またマルスンは息子や男孫のジハは溺愛しているが女孫のハナへはそれほどでもない。この辺も現代の日本の価値観からするとあまりよく思えない。
 ただこの描写はおそらく韓国では一般的なものなのではないかとも思える。韓国はいわゆる儒教色の強い社会だが、家族の中で男の子を第一とし女の子は二の次、とする事が多い。ポン・ジュノの「母なる証明」でも息子への過剰な愛を注ぐ母親が描写されたがもしかしたら誇張こそされていてもああいう感覚は韓国では一般的なのかもしれない。特に年配の人の間では。
 そういう「古い」価値観のマルスンが若返って若者の間で生活することで彼らに影響を与える一方でマルスンもまた若者たちから影響を受けている、のかもしれない。主人公であるし彼女の威勢のいい口の悪さはある意味快感ではあるけれど、そういう意味でちょっときつい部分はある。ラストも嫁と仲良くなっているが、あれマルスンが反省した、というより嫁がマルスン化することで同類化してそれによって仲良くなった感じではあるんだよね。いずれにしろその辺は日本社会とはちょっと違う韓国ならではの一面なのかもしれない。
 マルスンは2014年時点で70歳ということは1944年生まれという計算。劇中でも若返った状態で生まれ年を聞かれ「4…」と答えそうになってしまうシーンがある。で、劇中ではマルスンが若い頃は家が裕福だったが(パクはその頃の奉公人)その後貧乏になり苦労してヒョンチョルを育てた事がわかる。おそらく朝鮮戦争の混乱で家が没落し、夫は朴正熙時代の西ドイツへ出稼ぎ労働者を送る事業で失ったのだろう。そういう事情もマルスンの苛烈な性格を作り上げたのだろう。勤めていたドジョウ鍋屋の味を盗んで独立し恩を仇で売ったような描写もある。基本は楽しいコメディだが、ちょっと背後の設定まで考えると色々興味深い。

 以上のように少しばかり気になる面はあるものの、全体として大爆笑の最高に楽しい作品。
 僕は韓国映画を観るときはなんだか、「もしこれを日本でリメイクしたらこのキャラクターは誰々だろうなあ」などと妄想することが多い。同じ東洋人の作品であっても中国・香港映画だと不思議とあんまりそういう妄想はしない*2。先にシム・ウンギョンを伊藤祐奈だとか松井珠理奈だとか言ったけれど他のキャストも日本人に当てはめてしまった。例えばヒョンチョルはTHE BOOM宮沢和史*3。イ・ジヌク演じるプロデューサー、スンウは西島秀俊眞島秀和。パク氏は大谷亮介(「相棒」の三浦刑事)、その娘は森三中黒沢、そしてマルスンはあき竹城といった感じだろうか。「新しい世界」でもチョン・チョン演じたファン・ジョンミンこそジョン・レグイザモ!とか言っていたが他には小野寺昭っぽい人とかいたしそういう意味ではやはり親和性は高いのだろうか。

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シム・ウンギョンの前作(正確には間に2本ほど出演作有り)。これは本当にオススメなので是非観ていただきたい。
 

監督の前作。
 今年の僕のイチオシ作品の中ではちょっと浮いてる感じかもしれないけれど、過去の記憶を持ったままやり直すとかは「オール・ユー・ニード・イズ・キル」。その若返りが半世紀であるとかは「X-MEN フューチャー&パスト」あたりとも共通する要素があったりするのですよ。とにかくオススメ!僕は多分もう何回か観ますね。
 あ、「青春写真館」の店主は「トガニ」の双子、「新しき世界」のゴールドムーン幹部です。ヒィイ!

*1:楽園の瑕」で苦労したウォン・カーウァイがその鬱憤を晴らすかのように勢いだけで撮ったのが「恋する惑星」だったりする

*2:ただアンディ・ラウだけは彼を見ると自動的に川野太郎も思い出す仕様に脳が出来上がっているけれど

*3:ツイッターでは遠藤憲一だとかダンカンだとかの意見も頂いた