The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

鮮血の美女と不死の呪い ビザンチウム

 1990年代の中頃から大スターが出演するホラー映画という流れが一時期あった。きっかけはフランシス・フォード・コッポラ監督の「ドラキュラ」だと思うが、この作品にはゲイリー・オールドマンのドラキュラ、ウィノナ・ライダーのミナ・ハーカー、キアヌ・リーヴスのジョナサン・ハーカー、そしてアンソニー・ホプキンスのエイブラムス・ヴァン・ヘルシングという豪華な布陣だった(他にもモニカ・ベルッチトム・ウェイツとかも出ていた)。それまでにもスターの出ているホラー映画、というものがないわけではなかったが、古典を原典に忠実に大スターを配して映画化する、と言うのは意外と無かった気がする。もちろんホラーというジャンルの認知度の上昇、SFXの技術向上による作品の質の向上、また当時の社会問題(特にこの当時はエイズが大きく取り上げられていて、「ドラキュラ」も後述する「ウルフ」もなにかとエイズ問題と絡めて語られることが多かった)が古典の中でうまくアレンジされていることも大きかったのだろう。
 この流れはコッポラ制作、ケネス・ブラナー監督/出演、ロバート・デ・ニーロ主演の1994年の「フランケンシュタイン」、マイク・ニコルズ監督、ジャック・ニコルソン主演、ミシェル・ファイファージェームズ・スペイダー出演の「ウルフ」と続く。中でも一番僕の心を捕らえたのはアン・ライス原作、ニール・ジョーダン監督による「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」だった。トム・クルーズブラッド・ピット、さらにクリスチャン・スレイターアントニオ・バンデラス出演という豪華出演陣。ブラッド・ピットのブレイクスルーとなった作品はいくつかあると思うが、僕にとってはまさにこの作品がそうであったし、アントニオ・バンデラスはこの時はパリに住む吸血鬼の首領ということでラテン臭さは控えめであったが、後に「デスペラード」や「暗殺者」でブレイクするきっかけになった作品だったと思う。またスレーターが演じたインタビュアーは元々はリヴァー・フェニックスが演じる予定であったということで当時のハリウッドを代表する美青年が一同に介した作品でもあった。トム・クルーズは最初原作者のアン・ライスが「レスタト役には似合わない」と反対したらしいが見事に演じきり公開後にはアン・ライスが新聞誌上で謝罪という形でトムの演技を絶賛した作品でもある。
 そしてキルスティン・ダンスト!この時は11歳ぐらいだがもっと年齢的には低くしかし妖艶さを感じさせ、外見的には成長しない幼女の吸血鬼というのを見事に演じきった。ラストのガンズ・アンド・ローゼズの「悪魔を憐れむ歌(ローリング・ストーンズのカバー)」も相まって忘れられない作品となった。
 後に原作の続編「ヴァンパイア・レスタト」「呪われし者の女王」を併せて映画化した「クイーン・オブ・ザ・ヴァンパイア」が登場してそこではスチュアート・タウンゼントがレスタトを演じた。猥雑な魅力にはあふれていたが耽美な魅力という点では「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」には到底及ぶべくも無かった。
 今回はその「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」のニール・ジョーダン監督の最新作。「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」を撮った監督が再び吸血鬼をテーマとした作品を撮る。しかも主演があのシアーシャ・ローナンなのだからこれは観に行かないわけにはいかない!「ビザンチウム」を観賞。

物語

 一人の少女が自分の物語を書いてはそれを捨てている。一人の老人が拾い上げそれを読む。少女エレノアは吸血鬼で自分の物語を読んで理解を示した人だけから血を吸っていたのだ。彼女の後見人の女性クララがある男に追われるが男を殺害してしまう。二人は逃亡を計り新たな街ヘ訪れる。そこはかつて二人が住んでいた場所。クララは客として出会った男性の持っている下宿「ビザンチウム」に転がり込みそこを娼館として経営し始める。少女は白血病の少年と出会うが・・・
 二百年前、漁村の娘が軍人に騙されて娼婦となる。彼女はその中で授かった娘を孤児院に預けお金を送り続ける。ある時、かつて自分に真珠をくれた別の軍人が娼館にやってくる。彼は死んだはずだが古代の遺跡に行き不死の存在となってよみがえっったという。彼女はその遺跡の記された地図を奪い自分も不死の存在となる。そして彼女は自分の娘も同じ存在にしようとするが・・・

「アダマンチウムの男(ウルヴァリン:SAMURAIのことです)」「エリジウム」に続く韻を踏んだ3本目。予告編だけは観ていてニール・ジョーダン監督によるシアーシャ主演の吸血鬼物、という情報のみで観賞。まあそれだけで十分だけれど。予告編などを見るとラストに「BYZANTIUM」というネオンが見えるため、おそらく舞台となるホテルか酒場か、そういう建物の名前が映画タイトルになっているのだろうと予想。「ビザンチウム」というと普通に連想するのは東ローマ帝国の首都、現イスタンブール、旧コンスタンチノープルの地域名であり東ローマ帝国は俗に「ビザンツ帝国*1」などと呼称されその文化はビザンツ文化などと呼ばれる。4世紀から14世紀までおよそ千年続いた国家であり、歴史上は十字軍や正教会など果たした役割は大きい。
 映画の中ではクララとエレノアが拠点とする下宿名として出てくるほか、最後にクララを追う同盟の連中がクララの首を切り落とそうとする際に取り出す刀剣がビザンツ帝国の遺した十字軍にまつわる逸品である。地域名としての「ビザンチウム」とこの映画のタイトルには直接の関係は薄いが公式サイトによるとアイルランドの神秘派詩人(ニール・ジョーダンアイルランド出身)ウィリアム・バトラー・イェイツの詩から何らかのインスピレーションを受けて作られた作品であるようだ。ちなみにイェイツはあのアレイスター・クロウリーもいた黄金の夜明け団に属していたね。
 映画は「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」の変形進化という感じの作品で、

  • 主人公の吸血鬼が自分の過去を誰かに語る形式
  • 他の吸血鬼集団から追われている
  • 過去と現在が交差する

といった共通する要素を含んでいる。特にクララとエレノアは親子ではあるけれど、レスタトとルイの関係にそっくりで、またエレノアは後述するフランクとともにクローディアに当たる役柄。ただ、当然のことながら男性同士で他人だったレスタトとルイの関係が多分に同性愛的であるのに対してこちらは親子であるから微妙に変わってくる。
 ただ、吸血鬼の表現は時代に合わせて変化しているというか、直接的ではなく、「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」がまだ古典的なヴァンパイアの域(日光に当たると死ぬとか)を出ていたなかったのに対して少し変わっている。太陽のもとでも普通に生活できるし(劇中で突っ込まれている)、特別身体能力が凄いという描写もない(冒頭のクララの逃亡劇で少しそうなのかな、とは思う)。また吸血描写も必ずしも首からだけではなく、また必要ではあるけれどそんなに血液を必要としている描写もない。エレノアが瀕死の老人からきちんと了承を得て血を吸うシーンなんかはパク・チャヌク監督の「渇き」におけるソン・ガンホを思い出していしまう(あのシュールさはないけれど)。「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」から派手さを抜いた感じか。

クララたちが吸血鬼に生まれ変わるために訪れる古代の神々祀った神殿がある島はベックリンの「死の島」を連想させる。ここで生まれ変わりを告げるように滝が真っ赤に染まるシーンは鮮烈な印象を残す。

 ヒロインはもちろんシアーシャ・ローナン。相変わらず神秘的な美しさで、特にアクションこそないが雰囲気としては「ハンナ」に近いか。白い肌に赤が映えて、特に一部顔に鮮血を浴びるシーンは「キャリー」を思わせた。今度新しくクロエ・グレース・モレッツによるリメイク版の「キャリー」が公開を控えていてそれはそれで楽しみ。ただ個人的には同じ血まみれが似合う若手女優ではあるけれど、クロエのそれは陽性でシアーシャの方が陰性という印象で、もしもシシー・スペイセクのキャリーに印象を似せるのであればシアーシャの方が良かったなあなどと思ってしまう。もちろん必ずしもキャリー役は美少女である必要はないのだけれど(クライマックスを考えると血が似合う女優という方が重要か)。
 シアーシャは本当に美しいので、ついこういう神秘的な役柄を当てはめたくなる気持ちは分かるし、またそれが似合うのだが、個人的にはもっと「ラブリーボーン」で見たような明るいシアーシャがそろそろ観たいなあと思う。

 クララ役はジェマ・アータートン。ここでは「タイタンの戦い」のイオ役に続き、再び不老不死とは呪いであることを体現した役を演じている。イオはその不老不死のために愛する人の死を多く見てきたという設定だったが、今回は愛する人=たった一人の娘を守るためになりふり構わない。それは時にエレノアにとってささやかな幸せを壊すことともなるのだが。でもこのクララが実にいい役でセクシーな部分と母親的な部分、またラスト近くは元々の吸血鬼のモンスターっぽい部分と多角的に表現していて、もう一人の主役と言っていい感じ(というかポスターに写っているのはジェマ・アータートンだけだしむしろ主役)。
 エレノアが親しくなる青年フランクが「X-MEN ファースト・ジェネレーション」でバンシーを演じたケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。白血病で身体が弱いという設定で美青年だが妙になよなよしてて美しいとは思うけれど、ちょっと僕は厳しいかも。この人は下手に美少年ぽい耽美な演技をするよりバンシー役の時みたいな飄々とした演技のほうが似合うと思うなあ。後は始まりと終わりを司る軍人ダーヴェル役のサム・ライリーが優しそうなイケメンでしたね。


 全体としてシアーシャ・ローナンの「ハンナ」やそれこそパク・チャヌク監督の「渇き」「イノセント・ガーデン」あたりを想像させるエンターテインメント性には若干欠けるけれど不思議な魅力を持った映画、という流れにあたると思う。好き嫌いはわかれると思うけれど、とても魅力的な映画。お勧めです。

インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア [Blu-ray]

インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア [Blu-ray]

夜明けのヴァンパイア (ハヤカワ文庫NV)

夜明けのヴァンパイア (ハヤカワ文庫NV)

対訳 イェイツ詩集 (岩波文庫)

対訳 イェイツ詩集 (岩波文庫)

仇万血有無、襟時有無、眉山血有無

*1:この呼称は俗称で彼らはあくまで「ローマ帝国」と名乗っていた