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ヒッチ夫妻(ナイフを突き立てろ!) 映画「ヒッチコック」 

 記事タイトルはヒッチコック「スミス夫妻」から(括弧内はとある不届き者に対する僕の怒り。最後のおまけ参照)。
 レンタル店でたくさんある映画の中から映画を選ぶのと違って、新作の公開作の中から鑑賞する映画を観る時は「前回、こんな映画を観たから、その関連で今回はこれを観よう」とかはあまり思わない。早々関連作が続けて観られるわけでもない。それでも今年はなんとなく観た映画にそれなりに関連キーワードが共通しているような部分もあって、最近だと「オズ はじまりの戦い」や「キャビン」から「魔女」「サム・ライミ」などのキーワードが出てきて特に「魔女」というキーワードから前回の「パラノーマン」につながる。で、「パラノーマン」の主人公はノーマンだが一般にノーマンといえば一番有名なのはアルフレッド・ヒッチコックの「サイコ」の主人公ノーマン・ベイツだろう。というわけで今度は「ノーマンつながり」で映画「ヒッチコック」を観賞。

物語

 1959年、「北北西に進路を取れ」をヒットさせた御年60になるアルフレッド・ヒッチコックは次の作品の題材を探していた。もうこれまでのような大スターを配したスパイ映画ではなく、無名の俳優主演でもいいからこれまでにない題材を。妻で編集者のアルマは脚本家のウィットの新作はどうかと薦めるが、ヒッチコックの心を捉えたのは実際の事件を元にしたロバート・ブロックの小説「サイコ」。しかしこれまでにない題材に映画会社は出資を渋り、映倫も難癖をつける。ヒッチコックは資金を自分で出し、制作費を安くあげるためにTV番組「ヒッチコック劇場」のスタッフを起用、なんとか映画製作に乗り出す。
 撮影が始まると例によってヒッチコックは主演女優のジャネット・リーに入れ込み、一方アルマはウィットとの脚本執筆に夢中になるが・・・

 おそらく手がけた作品の質と量、そして監督その人の著名度を比例させた場合、最も有名な監督といえばそれはアルフレッド・ヒッチコックではないだろうか。もちろん他にも著名な監督はいるだろうが、本来裏方である映画監督をパッと見て分かる、というのは中々ないだろうし、今後例えばクエンティン・タランティーノあたりが顔も名前も有名で作品も素晴らしい映画監督として出てくるかもしれないがそれでもまだ当分ヒッチコックにはかなわないと思う。かくいう僕もヒッチコックを知ったのは作品そのものよりもまずヒッチコック自身が先だったと思う*1
 一般に彼の作品の中で有名なのは50年代から60年代に撮った作品たちで「裏窓」「ダイヤルMを廻せ!」「めまい」「北北西に進路を取れ」「鳥」そして「サイコ」といった所だと思うが彼自身のキャリアはとても長く(すでに1940年に「レベッカ」でアカデミー作品賞を受賞してこの時点で十分巨匠だった)サイレント時代から活躍している。「下宿人」は切り裂きジャックをモデルにした初期の映画の傑作のひとつだが、原作となった小説と違い、大物俳優を起用したため犯人に仕立てあげられなくなってしまい、結果として犯人と間違えられた男、という後のヒッチコック映画の特徴「巻き込まれ型サスペンス」の嚆矢となった。
 だから1960年時点で彼はすでに60歳という年齢であり普通なら引退すら視野に入れてもいい頃合い、それなのにむしろ「サイコ」「鳥」とこれまでの作風を崩しつつ傑作を撮っているのだから凄い、と思う。
 監督は「アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち」のサーシャ・ガヴァシ。「アンヴィル!」もアルバム制作を通しての色々、という話だったが、なんとなく構造は似ているかもしれない。
 映画はなんとエド・ゲインによる兄の殺害シーンから始まる。厳密にはエド・ゲインが兄を殺したのかどうかは分かっていないのだが(公式には野火に巻き込まれての窒息死)その後で「ヒッチコック劇場」よろしくヒッチコックその人が出てきて解説を初める。そして本編へ。
 ロバート・ブロックはあのラブクラフトの盟友で自身もクトゥルフ神話を手がけたりしているが現在では主に「サイコ」の原作者として知られる。エド・ゲインの実際の事件を元にしたこの小説は映画の大ヒットによって「精神異常による犯罪者」の代名詞ともなった。ヒッチコックはすでにブロックの原作を一度「ヒッチコック劇場」の中で映像化しており(「切り裂きジャックはあなたの友」)、劇中で詳細に描写されたヒロインが物語半ばで殺され退場するこの作品に興味を示した。
 ヒッチコックは原作付き作品を監督する場合、結構な改変をするタイプだが、「サイコ」では比較的原作に忠実に作られている。大きな違いはメアリーがマリオンに名前が変更されている。ノーマンが最初から登場する原作に対し、映画は中盤まで登場しない。そして原作では中年で冴えない男として描かれるノーマンが映画ではアンソニー・パーキンスが演じることで(見た目は)ハンサムな好青年になっていることだろう。「パラノーマン」の主人公ノーマンは「パラノーマル」からの引用だろうが、ノーマン・ベイツは「NO MAN(人間に非ず)」から取られている(はず)。そしてマリオンの行動を詳細に描いて観客の共感を得た所で殺人によって退場させて観客の度肝を抜いた後、今度はそのアクシデントに(この時点ではノーマンの母親が殺しをした、と思うはず)右往左往するノーマンにある程度観客を感情移入させなければならない。そのために見た目の麗しいアンソニー・パーキンスが起用されたのであろう。

サイコ (ハヤカワ文庫 NV 284)

サイコ (ハヤカワ文庫 NV 284)

 
 この映画は一応「ヒッチコック&メイキング・オブ・サイコ」というスティーブン・レベロのノンフィクションが原作ということになっているがもちろんフィクションだろうな、という部分も多い。もっともこの映画でヒッチコックの妻であるアルマが大きくフューチャーされているのはこの映画の功績。「サイコ」も脚本に参加し、最初はダメだった粗編集にも関わって今の形に仕立てている。彼女はヒッチコックが主演女優に入れあげるのと呼応するように別の脚本家との共同執筆に入れこむが結局、その脚本家ウィットも「ヒッチコックに先入観なく脚本を読んで欲しい」とアルマ自身よりヒッチコックを優先したことにアルマは打ちひしがれる。ヘレン・ミレンが演じているが、実はこの映画の色っぽいシーンはほとんどヘレン・ミレンが担当している。

 そもそも、ハンニバル・レクターであるアンソニー・ホプキンスアンソニー・パーキンスのノーマン・ベイツで有名な「サイコ」の裏話にヒッチコック役で主演、という時点でもうメタ的な匂いがぷんぷんするのだが、それ以外にも「ロボコップ」で悪事の限りを尽くしていたカートウッド・スミスが対照的に映画の不適切な部分をチェックする映倫の検閲官を演じていたり、後述するがやはりエド・ゲイン事件を元にしたと言われる*2悪魔のいけにえ」のリメイクに出演したジェシカ・ビールが出ていたり狙ったと思われるキャスティングも多い。
 ヒッチコックもイギリス人らしくアンソニー・パーキンスの役を必要以上に詳しく知ろうとする態度に対しやんわりと「ただ演じればいいんだ」というようなシーンもあるがいわゆるメソッド演技否定派としても有名なアンソニー・ホプキンスが演じているのは色々と興味深い。アンソニー・ホプキンスはあのでっぷり太った特徴的なヒッチコックのシルエットの体型を特殊メイクで再現しているが顔はそれほどヒッチコックに似ている感じではない。なんとなくヒッチコックのイメージであるユーモラスな部分は抑えめに、あまり知られていないヒッチコックのヒステリックな部分を抽出した感じだろうか。

ヒッチコックと女優

 劇中で出てくるのはヴェラ・マイルズジャネット・リーだが、写真などでグレース・ケリーも言及される。グレース・ケリーは「裏窓」に出演しその美貌で魅了したが後にモナコ皇太子妃となったある意味で最も有名なシンデレラガール。ヒッチコックもかなり惚れ込んでご執心だったらしい。ヒッチコックの主演女優に対する執心は有名で、グレース・ケリーの結婚とそれによる女優引退はかなりショックだったと聞く。劇中ではヴェラ・マイルズが「めまい」の主演に抜擢されたが撮影直前に妊娠がわかって降板。これをヒッチコックは「袖にされた」と判断して冷たくあたる。「サイコ」では契約が残っていたためマリオンの妹ライラ役に起用されるが扱いはかなり悪い。「めまい」のキム・ノヴァクヒッチコックには不満を言っている。また主演女優を金髪にして似た容貌にしてしまうのもヒッチコックの悪趣味なところらしい。ヴェラ・マイルズを演じているのは「テキサス・チェーンソー」の女傑、ジェシカ・ビール
 一方、ジャネット・リーはそういうヒッチコックに対してうまくあしらう術を知っていたのか関係は良好だったそうで、劇中で行われる楽屋にノーマ(ノーマンの母親)のミイラが置いてある、というドッキリも実際に行われるがこれをうまくやり過ごしている。すでに結婚して子供いた余裕かもしれない。まあ、その子供は18年後に「ハロウィン」でスクリーミング・クイーンとなるジェイミー・リー・カーティスだったりする。ジャネット・リーを演じたのはスカーレット・ヨハンソン
 映画では無事「サイコ」が完成、大ヒットして夫婦円満になった所で終わるが実際はヒッチコックの主演女優に対する執心が最高潮に達するのは次作「鳥」のティッピ・ヘドレンに対してであるのでもう一波乱あったと思うけれど。

サイコ再現シーン

 劇中では「サイコ」のいくつかの有名シーンが撮影のシーンとして再現される。それは主にマリオン絡みのシーン。冒頭のサムとマリオンの情事、金持って逃亡する車の中のマリオン、そして有名なシャワー室での殺人シーン。実はこの映画には「サイコ」を構成する上で重要な人物の1人が登場しない。それはタイトルを作ったソウル・バスヒッチコック映画では「めまい」「北北西に進路を取れ」「サイコ」の3本でタイトルデザインを担当している。有名なシャワー室の殺人シーンも一説にはソウル・バスが演出したとも言われている(実際には絵コンテをきった、というのが真相のよう)。ここではヒッチコックがウィットと不倫をしている(と思い込んでいる)アルマへの嫉妬を込めて演出し、自らナイフを振るう、という風になっている。
 ジャネット・リー役のスカーレット・ヨハンソンは通常のシーンでは特にジャネット・リーに似せているわけでもなく、スカーレット・ヨハンソンそのもの、という感じだが、撮影シーンでの「サイコ」再現となると途端にジャネット・リーそっくりに見えるから驚く。特に車の中のシーンはそっくり。
 そして!なんといってもアンソニー・パーキンスその人がそっくり。長身痩躯のハンサムでありながらどこか神経質そうで謎めいたアンソニー・パーキンスにそっくりでとてもびっくりした。アンソニー・パーキンスを演じたのは「クラウド・アトラス」でシックススミスを演じたジェームズ・ダーシー。劇中ではそんなに出番は多くないがある種一番の見所かもしれない。ところで劇中でアンソニー・パーキンスがゲイだと噂されるシーンが有ったけど、当時はどのくらい知られていたのだろう?
 エド・ゲインが結構重要な役割として出てきていて、なんとマイケル・ウィンコットが演じていてびっくりしたのだがこれもよく似ている。ただ冒頭のシーンはともかく、その後もヒッチコックのダブル、いわゆる心の声を具現化した存在として出てくるのはちょっとどうなのかな、と思う。あくまで現実のエド・ゲイン事件そのものの映画ではなく「サイコ」という物語の映画化である以上、例えばこの役割はジェームズ・ダーシー演じるアンソニー・パーキンス演じるノーマン・ベイツとかにしたほうが良かったのではないか。そうすればジェームズ・ダーシーの出番増えるしね!

 ラストは冒頭同様ヒッチコックが観客に語りかける形で終了。「まだ次の作品に何を撮るかは決まっていません。まもなくアイデアが舞い降りてくるでしょう」といいそこに一話のカラスが肩に止まって、次回作が「鳥」であることを暗示して終了。先述したとおり「鳥」にはまた色々と別の曰くもつくのだが・・・
 いわゆるヒチコックの伝記映画ではなく、一部を切り取った映画なのでヒッチコック作品をある程度知っている人向け、という感じはする。ヒッチコックの作品はサイレント時代の作品はともかく、50年代以降の作品はどれも傑作で今でも普通に見られるものばかりなのでぜひ観ていただきたい。
 

おまけ

 実はこの映画を劇場で鑑賞中とても嫌なことがあった。上映開始まもなく隣の席の初老夫婦の夫のほうが携帯電話を開き始めたので注意した所、「マナーだから大丈夫」とか言い出した。僕が「電源から切ってください」と言ったら、その老人が突然豹変して「黙れ若造!」って怒鳴られた。その後も夫婦で喋っていたので(それは主に僕に対しての怒り)「静かにしてください」と注意。そうしたら「喧嘩売ってんのか、この野郎!」って言われた。さすがに売り言葉に買い言葉で僕も「だったら出て行きなさいよ」と言ったら「おまえが出て行け、馬鹿野郎!」と言われて、とりあえずそこ(この時点でヒッチコックの前説は終了してた)でいざこざは終了したが、案の定上映中に2回ほどバイブ音が響いてしかも、一回はその夫、携帯を手に劇場から出て行ったのだった。この夫婦はもちろん、上映前のマナー啓蒙映像の時点から席にいて「携帯は電源からオフに」という忠告も受けているはずなのだ。今までも上映中に携帯を開くバカはいたし、席が近かったりあまりにひどい場合は注意したこともあるが、大概は一度言えば分かってくれた。こんなふうに逆ギレされたのは初めて。マナー啓蒙の映像があまりに無力であることを思い知った瞬間だった。
 というかさ、この映画は「ヒッチコック」なわけですよ。もちろん劇中で「サイコ」公開時の「途中入場禁止」とかそういうネタも出てくる。映画そのものを題材にした映画を観に来てきちんと観る気がないなら来ないでほしい、って思ってしまう。劇中でヒッチコックその人に「これからやる映画を観る前に、携帯をきちんと切らない奴はシャワー室の殺人のごとくあとで酷い目に逢いますよ」とでも言って欲しかったぐらい。
 個人的にあのマナー映像というやつも、映画ファンには不評だがやはり必要なのだろうと思う。そしてその際には変に凝った作りだったり、周りくどい言い方をしないでもっと淡々と、しかし厳し目に言ってほしい。本当は上映開始(予告編などの段階ではなく、本編開始)10分ぐらいまで従業員の方がスクリーン場内で見張っていて、そういうマナーの悪い客に対して他の客でなく従業員が注意してくれるようになるといいのにな、とは思うが。
 後は携帯電話のマナーモードってイイ方もどうかと思う。あんなの別にマナーでもなんでもない。下手にそんな名称だから「マナーモードだから大丈夫」とかいう人が出てくるわけで。
 慌てて言っておくと、コメディ映画などの笑えるシーンで声を上げて笑ったり、ホラー映画などの怖いシーンで恐怖のあまり叫んだり、アクションシーンやSF大作などの凄いシーンで思わず歓声を上げたりというのは程度によるが僕は構わないと思っている。見知らぬ他人と映画を見ている一体感みたいなものも出てくるし、そういう他の人の生の反応が感じられるのも劇場鑑賞の醍醐味。だから僕は特に子供向けの映画(ディズニーだったり、戦隊ヒーローだったり)はそういう子供の反応も楽しみにしている部分も大きい。そういう映画本編を見ることによって出てくる感情の発露とは別の行為はダメだと言っているだけである。
 上映終了後、反対側の隣に座った人には軽く騒がせたことに対して謝ったが、その老夫婦は当然のようにエンドクレジットと同時に立ち上がってさっさと立ち去ってしまった。
 上映中の携帯、ダメ!絶対!

ヒッチコック&メイキング・オブ・サイコ 改訂新装版

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Hitchcock

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 音楽はダニー・エルフマン。もちろん「サイコ」のバーナード・ハーマンの恐怖の旋律も登場する。ハーマンの影響を公言しているだけあってエルフマンに取ってはもう、自分がやらずに誰がやる!的な仕事だろう*3。ところどころにハーマンの旋律を入れつつエルフマンっぽい部分も入れている。「サイコ」の他には「ヒッチコック劇場」のテーマ曲も。
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監督の前作。
 
小覇王の選ぶホラー映画ベストテン!
「サイコ」ランクインしてます。

 ソフト化される際にはぜひヒッチコックの声は熊倉一雄でお願いします!*4

*1:もちろん、チャップリンイーストウッドジャッキー・チェンのような俳優がメインだったが、監督としても名声を得たタイプは別

*2:と定説のように言われるがどうもトビー・フーパーの言によると直接エド・ゲインが「悪魔のいけにえ」の元ネタになったわけではないらしい

*3:実際ガス・ヴァン・サントのリメイク版の「サイコ」でも音楽を担当していたのはダニー・エルフマンだった

*4:この映画に限って言うと必ずしも合っているとは限らないけれど