The Spirit in the Bottle

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人生曲がるときもあるさ 人生の特等席

 クリント・イーストウッドといえば誰もが知る大俳優。アクションから社会派まで様々な映画に主演し、監督としての名声も確かなものとしている。一度は俳優引退、監督に専念することを表明し*1、最期の出演作品とされた「グラン・トリノ」はその集大成にふさわしい作品だったが4年ぶりに俳優に復帰した。この間にも「インビクタス/負けざる者たち」や「J・エドガー」そして「ヒアアフター」などを監督し決してその精力的な映画製作が途絶えたわけではないがやはり、俳優としての復帰は別格。イーストウッドが主演した「人生の特等席」を鑑賞。ちなみに僕がイーストウッド復習として見たのはTVでやってた「ガントレット」というとっちらかりぶり。

物語

 メジャーリーグの老スカウトマン、ガス・ロベル。最高と言われた栄光も今は昔。現在ではデータ重視のスカウト全盛で球団幹部には過去の遺物と考えるものもいる。それでも引退をよしとしないガスは今日も注目の高校生スラッガーの力量を見極めるべく、試合のロードに。そんな時に彼の視力が急激な衰えを見せる。
 球団の幹部で古くからの知り合いであるピートから心配され、ガスのロードに付き添うことを決めたのは弁護士である娘のミッキーだった。大きな仕事と昇進を控え、それでもミッキーは父に付きそう。ガスの代わりの目として。
 その二人と出会ったのはかつてガスによってスカウトされピッチャーとして活躍したが球団の酷使が仇となってトレード後引退したジョニー。彼も今は別球団のスカウトをやっていた。
 意中のスラッガーはホームランを連発しジョニーや他のスカウトマンを色めき立たせていたがガスだけは冷徹に見ていた。「奴はカーブが打てん」
 やがて、ぎこちなかったジョニーとミッキーは惹かれ合い、ガスとミッキーも互いに分かり合っていく・・・

 僕ははっきり言うと野球は嫌いなスポーツ。小さい頃から野球でろくな目にあったことがないのとプロ野球の放送や試合の延長で好きな番組が見れないということがあったこと(好きな番組の裏番組で野球がやっていた時さえ父親権限で野球になってしまっていた)。そして、中学や高校での野球部の特別扱い。そういったものが作用して野球は嫌いなスポーツである。もちろんなかでもアンチ巨人であるし(父親が巨人ファンだった)夏の甲子園大会も嫌い。炎天下の中選手が酷使させられる甲子園大会ははっきり言って児童虐待だと思うのだがあれは現在のコロッセウムみたいなもので高校生が命を削っているのを見てオヤジがビール飲みながら悦に入るのが真の目的なわけですな。
 そんな僕でも当然野球のルールぐらいは知っている。だからこの映画に関しても題材になっている野球は嫌いとはいえそれでも全然困った部分はない。というかアメリカと日本ではおそらく野球の社会の位置づけが微妙に違うんだよね。例えば日本ではとかく特別扱いが多い野球部だがアメリカの学園映画で日本の野球部に値する部活って大概アメフト部だし(次点レスリング部ホッケー部)メジャーリーグはともかく高校野球がそれほど話題になることはないように思う。また古く時代錯誤な因習がまかりとおているイメージがある日本の野球界に比べるとまだ科学的にきっちりしてるイメージもある。以上偏見に満ちた僕の野球観。
 さて、話はずれたが、一部で言われているようにこの作品、アンチ「マネーボール」では確かにある。劇中データ重視、というかデータしか見てないヤンエグ野郎(演じるはマシュー・リラード。直接関係ないが、パンフの彼のフィルモグラフィーに「スクービー・ドゥー」シリーズがないのが涙を誘いました)が登場しガスを散々馬鹿にする(と言っても彼とガスが直接会うのはラストだけなのでもっぱらそれはジョン・グッドマン演じるピートが引き受けるのだが)が彼はいわゆるデータ野球の象徴だろう。一方ガスは昔ながらの自分の目と耳と勘を信用するタイプ。一見するとよくある構図のようだが、最終的にガスが細かい部分を見逃さずうまくいくようになっている。ガスの野球観は古いものだが、それでもジョニーを酷使した扱いに文句を言ったり、スランプの選手のメンタル面に親身になって答えたりといわゆる科学やデータでわからない部分を重視している。実際はデータ野球とガス的な昔ながらのウェットな野球との中間に答えはあるのだろうが、こういう展開は「スペース カウボーイ」辺りとも共通する現在を信用しない頑固親父の物語としてはよくできている。

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 「グラン・トリノ」はイーストウッドの俳優としての最後の作品として、結果としてこれまでのイーストウッドの演じてきた役柄の集大成のような役で重厚な作品であったが、それに比べるとこの「人生の特等席」はご飯を食べ終わった後に締めとして軽く食べるお茶漬けのような軽めの作品。それでもイーストウッドのキャラは「グラン・トリノ」の延長線上にある頑固親父で、途中往年の迫力を見せる部分もある。ミッキーを無理に誘おうとした男に怒った時の瞬間湯沸かし器的怒りは往年の狂気を思わせた(何しろビール瓶を割って脅している!キレる老人!)。父娘が疎遠となった原因について語りだす時の回想シーンのイーストウッドの映像(顔のアップのみだが)はおそらく昔の映像(設定は1986年位だがもう少し前の70年台の映像だと思う)使っているのだろう。
 冒頭がイーストウッドの小便シーン。その切れの悪さにイーストウッドが自分のペニスに発破をかけているシーンから始まる。これが例えば裸の女性を前にしてペニスが勃つように話しかけるとか*2ではなく単に老化を象徴するシーン。
 共演は「魔法にかけられて」「レスラー」「マペッツ」のエイミー・アダムズ。今回は弁護士として活躍しているキャリアウーマン。この人は「魔法にかけられて」で初めて見た時の第一印象は「ちょっとふっくらしたアヴリル・ラヴィーン」だったのだが、相変わらずの可愛さ。とは言え歳相応の色気もあるしディズニープリンセスとしては結構歳行ってる人なのでこの映画で「33歳」と紹介された時に少し(物語とは全然関係ない部分で)笑ってしまった。後期のイーストウッドの映画にはイーストウッドがベテランとして若者とコンビを組み、育てるという作品がいくつかあって変則的ながらこの映画もその流れを組むと思う。「グラン・トリノ」では実際の息子や孫とは疎遠でそれまで縁もゆかりもなかったモン族の姉妹とそういう擬似師弟関係を築くのだが、ここでは実際の娘とそういう関係になる。またかつて自分がスカウトした選手であるジョニーともそういう関係になる。そういう意味ではやはり立派なイーストウッド映画である。


 映画で思わず笑ってしまった部分でガスがスカウトマン仲間(全員老年)と「アイスキューブは凄いか否か」という論争をやっている部分で、日本でも例えばアイドルが声優を演ったり、ミュージシャンが映画を撮ったり異分野に手を出す人をよく言わないことがあるが、ラッパーであるアイスキューブを俳優と呼んでいいのかどうか、という論争を酒場で繰り広げているシーンがある。ここで「ロバート・デ・ニーロにラップが出来るのか」という意見があったりするのが面白いのだが、その後登場するのがミュージシャンでもあるジャスティン・ティンバーレイクだったりする。まだミュージシャン(というかアイドル的イメージ)の印象が強いが、まだそれほど出演作が多くないこともあって何気に「バッド・ティーチャー」以外は日本公開されている作品(初期のビデオスルー作品除く)は全部見てますね、僕。今回は元ピッチャーのスカウトマン。でも解説者を目指しているという役柄。かつてガスに見出された選手でもある。この映画の出演においてはオーディションを受けたそうである。
 その他、先のマシュー・リラードが鼻持ちならないヤンエグ。球団のオーナーにT-1000ことロバート・パトリック、この人はルックスもさることながら結構喋り方に特徴ある人でラスト辺りに「カーブと知っていて打てないのか」みたいなことを言うシーンが印象的。そしてスランプ気味のバッター選手役にイーストウッドの息子であるスコット・イーストウッド。劇中では田舎の両親に会えないのがスランプの原因とか言ってたけど現場じゃ父親と一緒だったんですね!
 

 監督は長年、イーストウッド組の製作や助監督を務めたというロバート・ロレンツ。言ってみれば愛弟子の監督作というわけで、確かにイーストウッドに似た手堅い演出である。音楽もイーストウッド風であり事前に知らないで観ればイーストウッド監督作と言われても分からないだろう(まあこの映画の制作はイーストウッドだしいつものマルパソプロダクション作品なのでイーストウッド作品と言って差し支えない)。
 脚本は多少難ありで、先程も述べたデータ野球と昔ながらの職人スカウトが善悪の対決みたいに単純化されているところとか、ラストに向けて一気に次々とハッピーな出来事が訪れたりする部分はもう少し伏線が欲しかったかな、という気がする。特にラストのどんでん返しのキーパーソンとなるピーナッツ売りの少年とかもう少し描写があっても良かったと思う。ミッキーの所属する弁護士事務所の対応も特に悪いとは思わなかったしね。これが最初からコメディ映画という作りなら気にならない*3が何しろ真面目な映画という体裁を崩していないのでちょっと不満が残った。セリフのやり取りとかは凄い面白かったんだけれど。
 原題は「TROUBLE WITH THE CURVE」で「カーブに難あり」。これは一見すると劇中でガスやその他のスカウトマンが追いかける生意気なスーパールーキー、ボー・ジェントリーを指していることになってしまうがもちろんそれだけではなく、ガスとミッキーの父娘(+ジョニー)の人生が順風満帆の直球ばかりではなくカーブも多いがこれまであえてそのカーブにきちんと向かい合って来なかったという意味もあるのだろう。邦題の「人生の特等席」も劇中で「三等席じゃない特等席だった」みたいなセリフもあり日本人には分かりやすいのでこちらも良い題だと思う。

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 人によっては「グラン・トリノ」で有終の美を飾っておけばよかったんじゃないか、という人もいるかもしれないけれど、幕が下りた後の軽い余韻という感じでとても良かったと思う。とはいえこれで出演作が最後になるとは限らないし、もし新作が(出演でも監督でも)発表されたら絶対観たくなる。それがイーストウッドなんだ。

*1:宣言というほどでは無かったらしい

*2:ブギーナイツでそんなシーンがあった

*3:笑える部分はたくさんあります