The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

空を見ろ!鳥だ!飛行機だ!いや、ナチの円盤だ! アイアン・スカイ

「空を見ろ!」「鳥だ!」「飛行機だ!」「いや、スーパーマンだ!」

 というのはスーパーマンの有名なキャッチフレーズだがこのスーパーマンは1938年にユダヤ系の少年ジョー・シュースターとジェリー・シーゲルによって生み出された。現在我々が知るスーパーマンはクリプトン星最後の生き残りが地球にやってきて養父母のもとで育ち長じて地球(正確には正義と真実とアメリカン・ウェイ)のためにスーパーマンとして戦う、というもの。この設定には彼らが読んでいたジョン・カーターやドク・サベッジなどSFの登場人物にサムソンやダビデといった聖書の英雄達が参考にされている。そもそもスーパーマンの運命はモーゼに似ている*1
 しかし、そもそもこのスーパーマン(超人)というネーミングはクラーク・ケントとして登場する前にシュースターとシーゲルの別作品で登場したものであり、そこでは世界征服を企む天才的な頭脳を持つ悪の科学者(おそらく後のレックス・ルーサーの元になった)の名前だったという。更に遡ればニーチェの提唱した「超人」という概念に影響を受けていた。
 1938年と言えば第二次世界大戦が勃発する1年前。ドイツではナチスが政権を取って既に5年。世界的にも不穏な事態には既に陥っていた頃である。「スーパーマン」のコミックスにはスーパーマンヒトラースターリンを拉致し国連(当時は国際連盟)に引きずりだして戦争回避、めでたしめでたし、というエピソードもあった。キャプテン・アメリカも第一号の初っ端からヒトラーを殴りつけているがアメリカが正式参戦する前から既にヒトラーは悪いやつという認識は米国一般市民に根付いていたと思われる。
「空を見ろ! Watch The sky!」というフレーズは後に冷戦下における警告(ソ連との戦争が起きるかもしれない)を経てやがて未確認飛行物体<空飛ぶ円盤を目撃した時のキャッチフレーズになっていく。前置きが長くなったがこの21世紀において、空を見上げたらナチスの円盤が襲ってきた!という映画「アイアン・スカイ」を観た。

物語

 2018年、再選を目論む米国大統領は人気取りと秘密裏の「ヘリウム3」採集調査を兼ねて黒人を宇宙飛行士として月へ送り込む。しかし宇宙飛行士がそこで見たのは巨大施なハーケンクロイツ。月の裏側にはナチの残党が敗戦以来70年、巨大施設を作り地球への復讐の時を狙っていたのだ!
 生き残ったフッション・モデルのジェームズ・ワシントンは美しい、しかしナチスの教義を無垢に信じるレナーテと知り合うが捕まり彼の父に執拗に調べられる。ジェームズの持っていたスマートフォンはナチのコンピューターをはるかに凌駕しており、これが複数あれば彼らの巨大兵器「神々の黄昏」が起動できる。レナーテの婚約者で次期総統の座を狙う野心家アドラーは白人に改造されてしまったジェームズを連れて地球へ向かう。そこにはレナーテも乗り込んていた・・・
 地球に降り立った一行は大統領の広報官ヴィヴィアンに取り入り、そのナチス的演説は大統領にも影響を及ぼす。一方白人にされたまま放り出されたジェームズはホームレスになっていたが今や地球生活を満喫するレナーテと出会う。純粋無垢にナチの教義を信じていた彼女だったがチャップリンの「独裁者(完全版)」を観てナチスの真実を知る。そしてアドラーは彼の裏をかき待ち構えていたナチス総統コーツフライシュを返り討ちにし、総統の座につくと遂に月のナチス軍に地球侵攻を命じるのだった!

 とりあえず、馬鹿馬鹿しい映画です。フィンランド、ドイツ、オーストラリア(オーストリアではない)の共同制作だが主なスタッフはフィンランド人。戦時中に既にナチスが月への有人飛行・着陸に成功していたというのは「矢追純一スペシャル」か何かで知ったと思うが(あれだと日本も共同でとのことだったな)、とりあえず本気で信じている人はいないだろう。ナチスの残党(一般にラスト・バタリオンとか第四帝国とか名付けられる)が集団で逃亡し再び復活する時を狙っている、というのは色々段階があって、同盟国だった日本ヘ、とか親ナチシンパが多かった南米へ、とかはまだリアリティがある話。実際集団はともかく個人レベルであれば南米に逃亡したナチ幹部は多い。この辺でも十分荒唐無稽だが更に段階を上げると南極に秘密基地を構えているという話がある。そしてその荒唐無稽の極みが月への逃亡だろう。まったく源義経の北行伝説の極北、「源義経ジンギス・カン説」並に飛躍している。
 実際に存在した悪の組織としてナチスの人気はフィクションの世界でも今だ人気だ。この映画では70年の間に独自に発展を遂げた世界の中で暮らしている月面ナチス人と地球人のカルチャーギャップものでもある。実際、冒頭突然ナチの武装部隊に襲われそこから逃亡を図ろうとするジェームズや彼が黒人だと知って驚くナチの様子などは「猿の惑星」のテイラーが逃げ惑う様子を思わせる(余談だがもしヒトラーが「猿の惑星」を見ていたら大層気に入ったことだろう。彼は「キング・コング」の大ファンだったそうだから)。そうするとレナーテはジーラ博士に相当するが残念ながら彼女のフィアンセはコーネリアスでは無かった。
 また月面に基地を作り生活するほどの科学力を持ちながらスマートフォンにびっくりしたりする、現実の地球とは違った科学の進化を遂げたりする部分も笑いどころ。でもこの月面基地はないよな。

 シュペーアが地獄で泣くぜ(一部彼のデザイン案を流用しているらしいけど、ゲルマニア構想の美しさとは程遠い)。
 アメリカ大統領(どうみてもサラ・ペイリンがモデル)がナチスの演説を取り入れてしまったりして今のアメリカも紙一重であることを皮肉ったり、広報官ヴィヴィアンの暴走っぷり(最初のほうで彼女が大統領の再選に向けてスタッフに怒鳴りつけるシーンは「ヒトラー/最期の12日間」のパロディ。動画サイトなどで字幕を勝手に付けた「総統は◯◯にお怒りのようです」というタイトルのMADが見つけられる。しかもこの時点ではナチスが全然絡んでいないのもポイントか)もブラック・ジョークだが、大統領と広報官の両方を女性にしてしまったのはちょっと矮小化が過ぎ、無垢な存在として描かれるレナーテとともにちょっと男尊女卑ぽい気がする。
 宇宙空間での戦いは各国の連合軍(各国勝手に極秘裏に条約破って宇宙兵器を製造してた)と月面ナチ軍の戦いになるのだがそれが終わった後はどうやら、これがきっかけとなって第3次世界大戦が起きたらしいことを匂わせる皮肉なラストを迎える。

 月面ナチス側の主人公とでも言える二人。
 アドラーは若き野心家で総統コーツフライシュ(ウド・キアー!)を殺し自分が総統になる。そのフィアンセであるレナーテはとても美しいのだが、ヴィヴィアンにコーディネートされ、現代のナチ風になった姿より古いドイツ軍風制服の方が可愛いし色っぽい。彼女はナチの暗黒面(おそらくユダヤ人虐殺など露程も知らん)を知らずに純粋にナチの教義を信じている。編集され短編となったチャップリンの「独裁者」をヒトラーを讃えた映画!と思っていた。しかし完全版を観てナチスの真の姿に気づく、とはいえ、独裁者は1940年の映画。この時点ではドイツではユダヤ人差別はされてるだろけどまさか虐殺までやろうとは誰も思っていなかった。本当にレナーテを気づかせるなら「シンドラーのリスト」とか見せたほうが良かったかもね。
 後半の戦闘シーンはいがいにあっさりというか月面ナチス軍が弱くてちょっとつまらない。宇宙空間における戦闘よりも地球上での米軍戦闘機とナチスの円盤型戦闘機の戦いとかをたくさん見せてくれたほうが良かったかな。「神々の黄昏号」も出てきただけだしなあ。

 音楽がライバッハだったりします。

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 さて、僕は気を付けて書いたつもりだが、上記の文の中でも明らかにナチス的スタイルを格好いいものとして書いた部分がある。そう、実際ナチス的なものは格好良くもあるのだ。制服、兵器、演説。確かに言いようもなく魅力的である。単に悪役としてだけでなく格好良いものとして受け入れる余地が我々にはある。「キン肉マン」のブロッケンJr.のようにナチス的スタイルでありながらヒーローになってしまった事例もある。ナチスをモデルにしたと思われる、「宇宙戦艦ヤマト」のガミラスや「機動戦士ガンダム」のジオン公国は敵役でありながら主人公たち以上の人気を誇る。
 考えてみればこの現象も基本的にナチスにだけ見られるものだ。例えば現代において「天皇陛下万事!大日本帝国万歳!」などと叫ぶバカは日本人以外にはほとんどいない。イタリアのファシズムも同様だろう。しかしナチスはまた別だ。「アイアン・スカイ」劇中ではニューヨークのネオナチ集団が登場するが、実際にネオナチは世界中に存在する。ナチスの思想は基本的に選民思想、それも血統によるところが多く(親衛隊などその典型だ)それに当てはまる人間などそう多くはないだろうに、ナチの信奉者は多い。なんだろう、通常の民族主義ユダヤ教などの民族宗教だとすれば、ナチの排外的な民族主義世界宗教化とでも言うべきだろうか。以前、「イスラエルに現れたユダヤ人の若者によるネオナチ集団こちらなど参照)」というニュースをニューズウィーク誌で読んだときはあまりのことにわけが分からずクラクラしてしまったのだが、この普及具合こそがナチ思想の最も凄いところ、そして恐ろしいところではないかと思ったりもする。
 フィクションの世界でナチ的なものを(時に格好良く)描くのは全然構わない。とはいえやはりそこに批判精神は欲しいし、どうせなら笑い飛ばしたい(そしてちょっと考えたい)ものだ。こうして見ると1940年時点であそこまでヒトラーを茶化したチャップリンはやはり凄かったのだなあ。

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 しかし、わざわざ地球に戻ってこなくても、ユダヤ人も黒人もいないという月面ナチス世界はある意味奴らの理想郷なんだから出張ってこずにああいう排外的差別主義者は迷惑をかけないところでじっとしててほしいな、などと現実を見ると思っちゃいますね。

*1:というか桃太郎なんかとも似ており典型的な英雄譚なのだ。ちなみにキン肉マンも豚と間違えられ捨てられるなど神話的オリジンを踏襲している