The Spirit in the Bottle

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J・エドガー 現代アメリカの闇の主神

 1776年に成立したアメリカ合衆国は現存する主要な国家の中でもイギリスに次ぐ古さを誇る*1。合衆国憲法は現在運用されている成文憲法では最古のもので一度も改正されていない*2。長く制度を保ってるだけあってアメリカの政治制度は上手くできており、大統領に強い権限をもたせる一方、任期を二期8年と制限しており極端な政治を抑制している。また二大政党制だがどちらか一方だけにずっと政権を持たせることをしないのも国民のバランス感覚としてよくできていると思う。50年も一つの政党に任せてきた日本とは大きな違いだ。
 そんなアメリカは初期は北アメリカの東海岸13州だけだったが後に太平洋まで進出し現在は50州に至る連邦国家である。日本人が考える以上に各州の独立性は高く、州を越えると制度も大きく変わる。結果として犯罪を犯しても州を越えれば手が出せない、ということも少なくなかった。そんな越境犯罪に対処するのが「アメリカ連邦捜査局、FBI」である。その初代長官で48年という通常のアメリカの役所では考えられない長さに渡って君臨したのがJ・エドガーフーパーである。クリント・イーストウッドの最新作でフーバーの伝記映画でもある「J・エドガー」を観た。

 物語は1963年、ケネディ大統領時代のフーバーが、自らの回想録を口述筆記するべく書記官に語り始めるところから始まる。その後さかのぼって司法局時代の若きフーバーが描かれる。フーバーは友人も恋人もいない真面目な司法局員で第一次大戦後、増え続ける共産主義者との戦いで躍進する。科学的な捜査方法を取り入れ、結果を出したフーバーはやがて28歳の若さで初代FBI長官に就任、以後半世紀にわたって君臨する。FBIの名が一躍知られるようになったのは30年代のギャングとの戦いにおいて。マシンガン・ケリージョン・デリンジャーなどのギャング戦においてFBIとフーバーは名声を高める。その一方で捜査員であっても自分より目立つ輩は左遷し、また政治家たちのプライベートの秘密をファイル化して握ることで自分の立場を強化していく。この時期のジョン・デリンジャーや捜査官パーヴィスについては、ジョニー・デップクリスチャン・ベール主演の「パブリック・エネミーズ」に詳しい。こちらではフーバーを演じていたのはDr.マンハッタンことビリー・クラダップ

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 フーバー長官というと、例えば「ツインピークス」のクーパー捜査官が「クーパーは語る」の中で子供の頃、ファンレターを出してワシントンに招かれたことやクーパーはフーバーダムが彼のちなんで名付けられたと勘違いしていた事(実際は第31代大統領ハーバート・フーバーにちなんで付けられたもの)。またフーバー長官は人種差別主義者でそれ故彼の時代には有色人種の捜査官は存在しなかったがそのことが「メタルギアソリッド」においてナオミの嘘を見破るきっかけとなっている、などの逸話が思い出される。

 物語は伝記映画といってもフーバーの幼少期からではなく、主に晩年の10年と30年代に絞って描かれる。フーバーを演じているのはレオナルド・ディカプリオで晩年の老けメイクのディカプリオはほとんどフィリップ・シーモア・ホフマンだった。
 で、フーバーといえば、そのプライベートにおいて実は同性愛者だったのではないかと言われていることで有名だ。実際ずっと独身者で恋人もいなかったらしい。またフーバーと共にFBIの副長官を長年務めたクライド・トルソンは公私ともに渡るパートナーであったが、具体的に同性愛と呼べるような関係(例えば肉体関係)が合ったかは不明だ。ただ、これらの噂はフーバー生存時から囁かれていたことだが、秘密の鬼フーバーが証拠を残すこともなく真相は不明。まあ、平清盛で言うところの清盛や崇徳院白河院の御落胤か否か、みたいなものだろう。第一、この映画のなかではトルソンのほうが積極的だったように思える。フーバー自身は最初の方に後に長年の秘書として使えることになるヘレン・ガンディ(ナオミ・ワッツ)にプロポーズしたりしているように特に同性愛者というよりも性的なことに興味が持てない人物だったのではないか、と思う。元々友人がいないフーバーは一度信じた特定の間の人間としかコミュニケーションを築けない人間だったのだはないだろうか。劇中フーバーがJFKの情事を盗聴したオープンリールテープを聞く(その最中にダラスでの事件の一報が届く)シーンでの全く性的興味を示さない様子からも伺われる。
 また、彼はいわゆるマザコンとして描かれており、死後に母親の服を着るシーンなど微妙にエド・ゲインを思わせる(フーバーのほうが10歳ほど年長だがほぼ同時代人)。ちなみに母親を演じているのは007シリーズのMことジュディ・デンチ。狙ってか偶然かFBI長官の母親がMI6責任者という思わせぶりなキャスティング。フーバーが彼女に「共産主義者が云々〜」言うシーンでは思わず心のなかで「お前の母親はMI6だよ!イギリスのスパイだよ!」と叫んでいた。
 ギャングとの抗争、共産主義者の弾圧と並んでフーバーが力を入れたのが「リンドバーグ愛児誘拐事件」で劇中ではハウプトマン逮捕でケリが付いたように描かれているが厳密には今でも未解決事件とされる。稀代の英雄リンドバーグの身に起きた悲劇的な事件ということで大きく取り上げられた。リンドバーグ自身がナチスのシンパだったりしたことで今でも興味のそそる事件だ。この辺の30年代の犯罪模様は同じイーストウッド作品ということで「チェンジリング」に雰囲気がよく似ている。

小覇王の徒然なるままにぶれぶれ!: チェンジリング

 フーバーが大統領が変わっても罷免されること無く半世紀もFBIのトップに君臨できたのはひとえに政治家のスキャンダルを人質にとっていたからだが、その全盛期であろう戦後〜50年代については描かれない。60年代JFKのもと司法長官(当時)のロバート・ケネディとやりあったり、その後ニクソンとの駆け引きが描かれる。この映画はポリティカルサスペンスでは無いので全盛期より興隆期と晩年に重きが置かれる。晩年のフーバーが一方的に敵意をむき出しにするのがキング牧師である。フーバーは一方的な価値観しか持てないため彼の正義はかなり独善的だ。キング牧師の黒人の公民権運動が国の害にしかならないと思っている。
 フーバーが書記官に語った内容はその殆どがフーバーを大きく見せるために誇張が含まれていることが判明する。友人であるトルソンに諌められるフーバー。そしてフーバーは48年の在任期間という記録を残しFBI長官のまま死を迎える。彼の死後、FBI長官の任期は最長10年に制限されている。

 フーバーによって創り上げられたFBIは30年代から今に至るまでいろいろなドラマや映画で取り上げられ、ギャングとの抗争は西部劇、スペースオペラと並ぶアメリカの神話とも言える。その意味で彼はゼウスのような主神であり、また倒されるべきウラノスやクロノスのような存在であったといえるかもしれない。

*1:日本国は1945年から

*2:修正条項という形で追記される