ボディーを透明に心は真っ黒に 冷たい熱帯魚
古代ギリシャの哲学者プラトンはもしも透明なることが出来ればその人は不正を働くだろう、というようなことを書いている。姿が見えなくなれば世の理屈から自由になる道理。しかし、時として透明になる側でなく透明にする側が不正を働く場合もあるのである。
ででん、でんででん ででん、でんででん(「ターミネーター」のテーマ曲調で)
まずは全然関係ない(と思う)のですがWinkの「淋しい熱帯魚」をお聞きください。
さて、本題。実に久々の特撮でもTVの延長でもない邦画を劇場で観た。園子温監督の「冷たい熱帯魚」である。
物語
静岡県2009年1月。小さな熱帯魚店を営む社本(吹越満)は娘の万引きをきっかけに巨大熱帯魚店を営む村田(でんでん)と知り合う。娘を村井の店にバイトにやり交流が始まる。人懐っこい態度を見せる村田。しかしその裏には凶悪な素顔を持っていた。社本は共犯にされてしまうが・・・
これは実際に会った事件、埼玉愛犬家連続殺人事件をモデルにしている。
以前にこちらの本、
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主に異なる点は
- 実際の事件(逮捕時)は1995年だが映画は2009年
- 取り扱っている動物が犬から熱帯魚に変更
- 舞台が埼玉県から静岡県に変更
- 共犯の男(つまり主人公)が実際は一人身だったが映画では家族持ち
といったところか。
最初に言っておくとこの映画は凄い。傑作でもあると思う。だけど好きか嫌いかといえば圧倒的に嫌いな作品だ。二度と見たくはない、と言っても良い。この凄いんだけど二度と見たくない、というのは「相棒」今シーズンの第8話「ボーダーライン」を見たときの衝撃に似ている。
待て、お前は「悪魔のいけにえ」とかホラー映画大好きではなかったか、と言われればその通りなのだがこれはホラー映画ではない。別に死体解体シーンとかも平気といえば平気だ。僕は学生の時実在のエド・ゲインの事件を軸に何故かたや「悪魔のいけにえ」になりかたや「サイコ」になったか、という論文を書いたことがある。それでいえることはこの二つはただ忠実に描いたわけではない。解釈によって別々の優れた作品になっている。
何よりこの作品はホラーでもサスペンスでもない(多少はスリラーではあるかもしれない)。例えば静岡県警(この作品の警察はかなりバカである。後述)から名刺をもらった社本が吉田の腕時計と共に車のダッシュボードに放り込むシーンがある。観客は当然この名刺が今後のキーアイテムとなる、と思うだろう。何らかの拍子で村田に名刺が見つかってしまうとか。ところが結局この名刺(&腕時計は)はその後何の役にも立たない。社本が妻に自分に何かがあったらクルマのダッシュボードを見ろと留守電するがその後もそのクルマはずっと社本や村田と共にあるのでサスペンスとして機能しない。もしかしたらそういう期待をさせて外すためのミスリードなのかもしれないが。
やはりあくまで犯罪実録物、として見るべきなのだろう。だから、ジャンルによるフィルターが通用しない。ある意味ホラーとかサスペンスだと思って見る(そういうものを見慣れている)人のほうが驚愕するのではないか。
冒頭、やけに色っぽい女性が冷凍食品を大量に買い、夕食の支度をするシーンからこの作品は始まる。今回の上映の際、予告編がなく、最初これが予告編だと思って(出演してることを知っている)吹越満が出てくるまで油断していた。父、母(後妻)、娘の三人家族は冷凍食品やインスタントで夕食を済まし、娘は食事中男からの誘いで出て行ってしまう。社本という小市民とその家族のあり方を示すシーンとしては実に分かりやすいと思う。ただ、まあ冷凍食品で表現するのはあまりにステロタイプではないかとも思うが。
そして娘の万引きシーンからでんでん登場。このでんでんの演技がこの作品の見所と言っても良いだろう。正直事前に知っていたのと、直近で見たでんでんの出演作品が「相棒」(またかよ!)第8シーズンの老人ホームを経営しながら土地ころがしのため殺人をするという役だったので、悪人でんでんにはそんなに違和感はなかった。
でんでんの大げさだけどリアルに見える、という演技は「フィリップ、きみを愛してる!」のジム・キャリー同様、実際に接したら分からないが映画の中では大いにリアルというのと一緒だ。彼は自分の店の従業員を家出少女などで固め、寮に住まわせ、フーターズ風の衣装で働かせている。詳しくは描かれていないがおそらく村田は全員と関係を持って精神的肉体的に支配している。このアマゾンゴールドギャルが見事にロボットみたいで人間味が感じられない(美人だしみんなエロいんだよ!にも関わらず!そしてフーターズギャルは全然違うよ!行ったことないけど)のが素晴らしい。彼と妻の愛子(彼女のキャラは実際の事件より大分ファムファタールとして変更されている)の関係は興味深い。
個人的にはでんでん、渡辺哲、諏訪太郎のスリーショットは楽しかった。
村田は事あるごとに「ボディーを透明にする」と口走る。ボディーつまり殺した遺体だ。透明にするとは徹底的に解体、焼却、消去してその存在自体を消してしまうことである。一度透明にしてしまえばその存在がなかったことになる。実際の事件は牛の解体とかで経験があってそれを人間に生かした感じらしい。
劇中後半から実際の事件とは趣を変え、社本の逆襲が始まる。個人的には社本が刑事たちと連絡を取り合い、ばれないように村田を追い詰める、という展開を期待したがすでに述べたとおりこの作品はサスペンスではないので、そうはならない。まるで自己啓発セミナーのように自分をさらけ出された後、社本は文字通り逆襲する。この展開自体ははそれまでの小市民的な社本の描写がしっかりしているためある種の爽快感はある。とはいえ、その後の展開があまりにいただけない(この場合はダメというより気が滅入るという感じ)。妻や娘に急に暴力的で強い夫、父を演じてしまうのだ。折角事実にない家族を持たせたんだから・・・ねえ。それと最後の娘の態度も僕には理解不能で不快だった。あと前半の社本の妻、妙子の態度も。
後、ここで出てくる警察って凄いマヌケなんだよね。まずすでに30人以上村田の周りで行方不明者が出てると知っているのに対策が出来てない、という前提もあれなんだけどまず、村田の本拠地である「アマゾンゴールド」*1の前で社本に接触するという暴挙。村田が見てたらどうするんだ。次にあまりにもバレバレな車の尾行。そして極め付けがなぜか現場に関係者家族を連れて行き、そのうえ、あからさまにおかしい状態の社本を一人にした結果、大変なことが起きてしまう。
結局、事実なんだからしょうがないだろ!ということなのだろう。江戸川乱歩が言ったという台詞に集約される。
現実の事件は陰惨で気が滅入るものばかりなので作品作りの参考にはならない
*2
ところで、パンフレットが高橋ヨシキ氏が脚本(監督と共同)手がけているということで「テキサス・チェーンソー」の時みたいに半ば別冊映画秘宝化しているかと思ったら全然そんなことなかったのが以外だった。後劇中で印象的にかかるBGMは深作欣二監督の「忠臣蔵外伝 四谷怪談」他で聞いた覚えがあるんだけど著作権フリーな曲かなにかなのだろうか。
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ででん、でんででん ででん、でんででん
でんでん!