The Spirit in the Bottle

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新世紀の「エイリアン・ネイション」 第9地区


 映画を観るときに事前に準備することといえば、徹底的に情報を収集して備えるか、逆に可能な限り情報を遮断して挑むかのどちらかである。原作物やシリーズ物なんかは情報を知っておくことが多いが、たまに
「これはなるべくまっさらな状態で観よう!」
と心に決める作品がある。今回観た「第9地区」もそういった作品の一つで去年の夏頃最初の情報を聞いて以来
「これは凄い作品だ!」
と確信し、それ以来見たい読みたい欲求と戦いながら待ち望んでいた。まあ、とはいえこのご時世いやでも情報は入ってくるけどなるべく読まないようにしていた。で、僕が知っていた情報はピーター・ジャクソンが新人(ニール・ブロムカンプ、南ア出身)の監督をプロデュースし物語は、
南アフリカに宇宙船が不時着、難民キャンプと化した異星人居留区「第9地区」を巡る物語」
と言う感じだった。ピーター・ジャクソンが製作総指揮というのも期待感を煽った。そしてそれは間違いではなかった。

エイリアン・ネイション

 ところでこの設定を聞いて多少なりとも映画好きなら「エイリアン・ネイション」を連想する人も多いと思う。僕も最初は「エイリアン・ネイション」のリメイクみたいな物かと思っていた。「エイリアン・ネイション」は、

巨大な宇宙船がモハベ砂漠に不時着。それは異星人の奴隷輸送船で乗員は奴隷たちだった。「ニューカマー」として迎えられた異星人たちは徐々に人間社会に溶け込んでいくが人間の差別も根強い。ロス市警にニューカマーの刑事が配属され、粗野な白人刑事(ジェームズ・カーン)とコンビを組まされる。

と言うストーリー。ニューカマーは見た目は人間そっくりだが身体のつくりが頑強で、海水に触れると溶ける*1。生肉(確かビーバー)が好物で腐った牛乳で酔う、などの設定がある。物語の骨子はバディ物なのだが、ニューカマーが礼儀正しく理数に強い、などからアメリカの移民問題を風刺してる物であるのは明らか。
 残念ながら日本ではそれほどヒットしなかったがアメリカでは結構なヒット。続編がTVシリーズも含めてたくさん創られた。現在なら日本でも現実社会の風刺として機能するのでは。シリーズ後半には奴隷達のかつての主人が奴隷を奪還するべく地球に潜入する話なんかもあった。
 もともと「エイリアンAlien」という言葉が「異星人」のほかに「外国人」を表していたのだから*2異星人が登場するドラマは必然的にその国の外国人事情を表現しているともいえる。ちなみに日本の空港などでは最近まで外国人用の入国審査窓口が「Aliens」と表記されてて日本に来る外国人は入国早々いやな気分になることが多かったそうだ。

 

第9地区」物語

 南アフリカ共和国首都ヨハネスブルグの上空に巨大な宇宙船が飛来。数年何も起きなかったが人類は宇宙船内部を探索、そこにいたのは栄養失調で弱り果てていたエイリアン達だった。エイリアンたちはその外見から「エビ」とさげすまれ宇宙船の下の居留地第9地区」にスラムを築いて暮らすことになる。
 それから20年。深刻化するエイリアンと人間との摩擦に対応するべく委託された多国籍企業MNU社はヨハネスブルグから離れた人間の居住区と隣接してない地域にエイリアンを強制移住させようとする。このプロジェクトのリーダーを任されたのはヴィカス・ファン・デ・メルヴェ。人の良さそうな彼はエイリアンに立ち退きのサインをもらうべく各バラックを巡るがとあるバラックで見つけた筒状の物体からなぞの液体を浴びてしまう。やがて彼の身体には異変が生じ始め・・・

 エイリアンの設定が秀逸。彼らは人類と真社会性の昆虫の中間のような種族で昆虫や甲殻類のような外見を持っている(だから蔑称が「エビ」なのだ)。集団を指導する支配者種族と働きアリに相当する種族がいて当初彼らがずっと宇宙船の中で餓えていたのはその支配者種族が行方不明になったため何も出来なかったためだ。働きアリとはいえ彼らは感情も知性もあるが全体的に粗野で人類から見るととても仲良く出来そうにはない。肉が主食で(猫缶大好き)そんなに頭は良くないので騙されやすい。ただし兵器だけは人間より進んでおりしかしDNAロックされているためエイリアン以外には使えない。MNU社の真の目的もエイリアンの兵器回収であり、さらにはエイリアンを食べることによって兵器が使えるようになると信じるナイジェリア人ギャング集団がいたりする
 主人公のヴィカスは一見人の良さそうな人物。冒頭彼に関するドキュメンタリー映像が流れる(この作品は通常のドラマ部分、監視カメラなどの記録映像、物語を後ろから振り返るフェイクドキュメンタリーで構成される)。暴力的な軍人(どうもMNU社はPMCも経営してるようだ)に対抗したり、嫁さんのことを嬉しそうに話したりする姿は小市民的で主人公にふさわしい共感の持てる人物として描かれている。ただしそれはあくまで人間との関係においてだけだ。エイリアンに対する態度、特に卵を見つけたときに「中絶だ!」とか言って笑いながら栄養を卵に供給するパイプをひっこ抜いた姿におぞましさを覚えたのは僕だけではないだろう。彼が本当に共感を覚える人物に変わるのは後半も最後の方になってからなのである。
 ではもう1人の主人公とも言える真に共感を持てる人物は誰か?それはエビのクリストファー(地球名)。彼こそは司令船の持ち主であり、母船に帰るために司令船の燃料を20年かけて集めていた(ヴィカスが浴びたのはその燃料)。彼は他の「エビ」と違って徐々に観客も表情を感じ取れるようになるし、その高貴な精神も感じ取れるようになる。何より彼の息子、子供のエイリアンが非常にかわいい。そして最後には「エビ」全体を共感できるようになる。
 彼は姿が変貌し追われる身となったヴィカスを助け研究所に進入し燃料を取り戻す。
 色々と設定として疑問が残る部分はある。例えばナイジェリア人のエイリアン相手の娼婦*3やエイリアンの肉を食う描写があって、それでどうにかなる描写はないのに燃料(?)を浴びただけのヴィカスが変貌してしまうのは何故なのか、とか。ちなみにヴィカスが追われる表向きの理由は「エビとセックスして未知のウィルスに感染した」だ。
 とはいえそんなのは吹き飛ばしてしまうくらいパワーのある作品であることも確かなのだが。
 
 後はやはり南アフリカを舞台にしているだけあってアパルトヘイトを思わせる描写もある。

アバター」との類似

 「第9地区」はアカデミー賞にノミネートされた。世間の話題はもっぱらジェームズ・キャメロンキャスリン・ビグローの元夫婦のどちらが獲るかということに向いていたが「第9地区」を観た今、「アバター」の作品賞は無いよな、と思った。だって「アバター」と「第9地区」って話の筋を単純化すると同じなんだもん。それでいて密度やリアリティでは「アバター」は「第9地区」に遠く及ばない。もちろん「アバター」の技術的な凄さは認めるし、その面での受賞は当然だけど作品賞だったら「第9地区」の方が同じテーマで幾分上等だと思う。「ハートロッカー」はまだ観てないけど。
 後は個人的にはパワードスーツ対決は「第9地区」の方が魅力的だと思う。エイリアンやギャング達の暮らすスラムのリアルな描写に比べると「アバター」の惑星パンドラは清潔すぎだね。で、そのリアルな描写に輪をかけてそこは製作ピーター・ジャクソンらしく人体破壊描写に迷いが無い。エイリアンの兵器は大体地球で言うところのレールガンのような描写なんだけど大抵、人体が破裂する感じできちんと見せてくれるのも良かった。
 ただし、女っけは足りない、というか無い。エイリアン相手の娼婦、肉食を薦める呪い師、明らかに高嶺の花っぽいヴィカスの嫁ぐらいしか出てこない。その辺は覚悟しよう!
  
 文句なしに今年のNO.1映画。しかし1位がこれで2位が「インビクタス」ということは揃って南アフリカを舞台にしてる映画が上位を占めることになる。今年はサッカーW杯もあるし南アフリカの年なのか?
  

関連エントリ

インビクタス 負けざる者たち - 小覇王の徒然はてな別館
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逐次追加します。

多分もう一回ぐらいは観に行くと思います。次から次と観たい映画が公開されるけどね!

*1:人間にとっての硫酸みたいなもの

*2:ただしリドリー・スコットの「エイリアン(1978)」のヒットによって現在はほぼ「異星人」の意味のみで使われる。

*3:ただしナレーションで済まされるので実際に異種族間セックスのシーンは無い