The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

再録 ダークナイト 二人のジョーカー

 どうも、仕事で一悶着あって軽く心の折れている小覇王です。
 さて、今回は昨年書いた「ダークナイト」のエントリーの再録です。基本、映画の感想をメインにブログをはじめたのでこれは外すわけにはいきません。「ダークナイト」は去年一番ハマった映画で関連記事もたくさん書きました。今も「ダークナイト」関連検索で本館を訪れていただく人は多いです。そんな中でかなり初期の記事。<初出2008年8月8日

 あなたは、俳優を生業としている。単なるアイドルから脱却し、俳優としても良い評価を得、幾つかの映画賞も手に入れた。俳優人生としては順調だが、ここらで一発大規模な作品に出演して、当たり役を手に入れたい。



 そんなあなたに、過去に偉大な俳優がやった役のオファーが来た。そこであなたは早速、その役を見返してみた。


 その作品とは1989年の「バットマン」。



 冷静に考えて欲しい。もし、ジャック・ニコルソンジョーカーをパロディや物まねでなくシリアスに演れ、といわれて、演る自信があるだろうか。僕には無理だ(念のため言っておくと、僕は俳優ではない)。



 しかし、ヒース・レジャーはやってのけた。



 「ダークナイト」のヒースジョーカー(以下「Hジョーカー」)は、ニコルソンジョーカー(以下「Nジョーカー」)とはまったく違ったアプローチで演出されている。



 ネット上の評価を見るとNジョーカーが漫画っぽいとか、ユーモラスとかいう評価も多いが、それは約20年経った、現在だから言えること。当時はこれまでに無い非情な悪役と言われたのだ。



 確かにユーモラスな面はある。それはニコルソンの当時既に大物として頂点にあった者の余裕みたいなものであると思う。


 「バットマン」のジョーカーはジョーカーになる前から既にギャングの大物であり、貫禄のある外見だった。ボスのグリソム(ジャック・パランス)の情婦と通じ、ボスはオレ無しじゃやっていけねえ、とのたまう。ティム・バートン「ニコルソンのボスを演じることの出来る俳優を探すのは大変だった。彼の前に立って威厳を保てる俳優はそういない」というようなことを言っている。パランスはその点で合格だったわけだが、逆に言うとニコルソンは素顔で十分悪役なわけだが、それでもジョーカーはそんな大物の倫理を軽々越えてしまうのだ。



 最近はあまり省みられることは無いが、盗人としてのジョーカーはモダン・アートを専門とする。金や宝石には余り興味を示さない。「バットマン」ではNジョーカーが美術館を襲う場面がある。そこで彼は絵画や彫刻などの美術品に好き勝手に手を加え、「ジョーカー参上!」とサインをしてしまう。このシーンは現代美術の収集家としても有名なニコルソンには二の足を踏むシーンだったそうだ。ジョーカーはそんなルールも一足飛びにしてしまう。

 このシーンでフランシス・ベーコンの不気味な自画像だけ手を加えないよう部下に指示するシーンは実に暗示的だ。



 Nジョーカーは、ボスにはめられバットマンと戦い、薬品槽に落ちてジョーカーとなる。ジョーカーとなった後はボスを殺し、組織を乗っ取り、ゴッサムを恐怖に陥れる。笑気ガスと毒ガスをミックスしたようなスマイレックスを日用品に混入する。一般市民は困憊させるが、殺される時は笑って殺されるのだ。


 原作では基本的に少人数で動き、大きなギャング団にはいないことが多い。その点は「ダークナイト」のほうが忠実だ。しかし、ニコルソンが演じる以上、そんなちまちましたことはやってられない。結果として前線で率先して働く大物ボスになった(「ディパーテッド 」のマフィアと一緒だね)。
 

Heathledgerjacknicholsonjoker


 「ダークナイト」でジョーカーを演じたヒース・レジャーは若い。享年28。その時点でニコルソンとは違う。劇中でHジョーカーは年齢、本名一切が不明だがあのメイクの上でもそれほど年をとっていないであろう。ニコルソンの余裕は感じられない。ゆえに彼はマフィアの組織の階段を一から上っていく、その上で上りきったら後は壊すのだ。Nジョーカーの化学に強いという面、芸術にある種のゆがんだ理解を見せる面は見事にオミットされて、狂気が強調されている。



 ジョーカーは狂気によって解放されている。カリスマ、頭脳全てそれをカバーするのにまわされている。彼は部下をあっさり処刑する。それでも彼には部下がついてくる。恐怖に支配されているのではない。いや、勿論それもあるのだろうが、例え殺されると分かっていても、彼についていってみようと思わせる魅力が彼にはあるのだ。これは個人的なことだが、「バットマン」を観た時、僕はバットマンジョーカーの両方に憧れ、ジョーカーになりたいと思ったが、「ダークナイト」ではジョーカーについていきたいと思ってしまった。



 もし、現実にジョーカーのような悪党がいたとして(「ダークナイト」では本当にいそうと思わせることに成功している)、自分がゴッサムに住んでいたら、進んでジョーカーの手下になっているかもしれない。



 「バットマン」ではまだスクリーンの向こう側にいたジョーカーが「ダークナイト」ではもうこちらにいるような錯覚を思わせる。それが怖いところだ。



 ユーモラスな面もある。看護婦に変装して、病院に忍び込むジョーカーはニコルソンは絶対やらないだろう。



 意外と知られていないが原作と「バットマン」におけるジョーカーの白塗りはメイクではなく薬品槽に落ちたのが原因の素顔である。Hジョーカーは口避けは素顔だが白塗りはメイクかもしれない。ただ、一瞬、肌色の顔が映るショットがあるがメイクを落としたというよりは肌色を上塗りしたような感じがする。どちらにしろHジョーカーはジョーカーの過去を描写しないことで現在を鋭く表現する。



「狂気は人間が手に入れられる最高の自由だよ」byティム・バートン


「世界が燃え尽きるのを特等席で観る、それだけが目的の者だっているんです」byアルフレッド・ペニーワース(マイケル・ケイン



 最後にもう一度、聞こう。


 あなたは俳優で、今は亡き名優の役をオファーされた。




 ヒース・レジャーの後で再びジョーカーを演じる勇気があるだろうか

 
 これは先行公開の後、初日(8月9日)に2回目を見る前、興奮冷めやらぬ中で書いたものです。ほかにもたくさん書いたので機会があればまた。
 
 下のリンクから「ダークナイト」関連の記事にいけます。
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