アルテミシア(地域ではなく個人名)の戦い! 300〜帝国の進撃〜
旅人よ、行きて伝えよ、ラケダイモン*1の人々に
我等かのことばに従いてここに伏すと
byシモニダス(古代ギリシアの詩人)
奴らが帰ってきた(わけではない)!古代ギリシアの尚武の民スパルタの300人がテルモピュライでペルシア軍との戦いで散って7年(劇中では同時期)!今度は海戦だ!
というわけで、フランク・ミラー先生原作、ザック・スナイダー監督による裸の戦闘映画「300(スリーハンドレッド)」の続編。今回は原作となるグラフィックノベルと映画が同時進行ということのようでペルシア戦争におけるテルモピュライの戦いのスパルタではなくアテナイの戦いを映像化。続編というよりは同じ時期の別の場所の出来事、「300」をシングルA面だとすればこっちはB面という感じか。「300 〜帝国の進撃〜」を鑑賞。
紀元前480年、アケメネス朝ペルシア帝国のクセルクセス1世のギリシアへの進撃が始まった。かつてクセルクセスの父帝であるダレイオス1世の進撃を食い止めたアテナイのテミストクレスは今度も立ち向かうべきギリシアの各ポリスの統合を図る。しかし武力では一番のスパルタは独自の道を選ぶ。敵対するはペルシア軍の総司令官アルテミシア。ギリシア人でありながら過酷な半生を歩みその後ペルシア人に拾われ最強の戦士として育てられた。クセルクセスを怪人として再生させ今や皇帝をも操る魔女となった彼女はギリシアへの復讐のため、大戦力を差し向ける。
最初の戦いではあえなくギリシアの敗戦、そこへスパルタ軍がテルモピュライで敗れたことを知る。二つの戦いは敗れたものの時間稼ぎには十分だった。次こそ決戦。テミストクレス率いるポリス連合軍とアルテミシア率いるペルシア海軍の世紀の一戦サラミスの海戦が幕を開けた!
前作は現在にも「スパルタ教育」などで名を残すスパルタ軍の300対100万という圧倒的不利な戦いを描いた筋肉絵巻。一応史劇というくくりに入るのだろうが誇張や創作も多くどちらかというとファンタジーに近い雰囲気を持っていた。実際のテルモピュライの戦いはスパルタ軍300人の他に他のポリスからの5000人近い援軍もあったのだがその辺は映画ではほとんど触れられなかった(一応今回も登場するアルカディアのダクソス率いる援軍が描写されていた。また史実ではスパルタ軍も300人だけではなく1000人の装甲歩兵がいたという説もある)。
スパルタ軍はこのレオニダス王が率いたテルモピュライの戦い一戦で勇敢な兵士の国として認知されたが、元々は鎖国志向でその独特な極端に武力に重きをおいた制度も全て国内治安のためであった。スパルタはペリオイコイという市民とヘイロタイという奴隷によって成り立っているけれどこの人口比はおよそ1:9。全てを奴隷に任せっきりの割に過酷に扱って反乱にあったりしてペリオイコイは奴隷反乱に備えて極端な軍事国家となったのだ。映画では美化されていたけれど訓練の中にはヘイロタイを殺しまくるなんてのもあったりする。
前作ではレオニダス始めのスパルタ兵士が事あるごとに「民主主義のために!」と叫ぶのがものすごく違和感があった。アテナイあたりが言うならともかくスパルタが言うのか、と。もちろんアテナイにも奴隷はいたし、スパルタも一応元老院があったりするのだがそれでも現代なら「北朝鮮が民主主義人民共和国*2と名乗るような違和感」と同一なものだろう(あとは自民党が自由や民主を標榜するような違和感)。あとペルシア軍がまるで化け物の集団かのように描写されていたのも対比で悪役として強調したのだろうがちょっと公平とは言えない気もした。
ある意味フランク・ミラーのリバタリアニズム思想が最も強く出たのが原作の「300」であり、前作はほぼそのままスクリーンに移し替えた作品だった。
そして今回はスパルタがテルモピュライで奮闘していた頃アテナイはどうしていたのか、というのを描いた。前作のキャラクターも多く出てくる(レオニダス(ジェラルド・バトラー)やステリオス(マイケル・ファスベンダー)はおそらく新撮ではなく前作の流用だと思うがドアップになります)。前作ではナレーションはファラミアことデヴィッド・ウェナム演じるディリオスが担当したが、今回はレオニダスの王妃ゴルゴが担当。ディリオスもゴルゴももちろん前作同様ウェナムとレナ・ヘディが演じている。
新しい主人公テミストクレスはサリヴァン・ステイプルトンという人が演じており、「L.A.ギャングストーリー」なんかに出ていたようだが僕はちょっと覚えていなくて今回が実質初めての認知。ジェラルド・バトラーのパンプアップされた肉体に比べるとちょっと筋張った身体だがそれでもスパルタ軍とほぼ同じ兵装(剣、マント、パンツ、兜、盾以上!)なのでやはり筋肉絵巻ぶりは圧巻。先に前作をシングルのA面だとすれば今作はB面、と書いたが単に同じ時期の別の場所の出来事を描いたというだけでなく作りも対照的になっている部分もある。テミストクレスの腹心の部下(「ウィンター・ソルジャー」でシールドの皮を着たヒドラの一員だったカラン・マルヴェイ)にこれが初陣となる青二才の息子がいたり途中でテミストクレスとアルテミシアが直に会ったりするのも前作でのレオニダスとクセルクセスの会合と符合する。
ただ、やはり陸戦で兵士一人一人の武勇が目立ったスパルタ軍に比べると海戦メインということもあって蛮勇ぶりはちょっと鳴りを潜めてる(それでもなんとか肉弾戦を描写しようという努力は垣間見えるけれど)印象。もともとテミストクレスが個人の武勇で鳴らすと言うよりは軍師タイプの人だと思うのでやはりちょっと前作とは違うのだな。映画ではアルテミシアと和平交渉(という名のセックス)を行うシーンがあるが、実際にペルシアとの折衝を行ったりもしている。映画だと徹底抗戦前提の人という感じだがそれも微妙に違うのだな。
映画での最初の海戦(回想のマラトンの戦いは除く)は史実では「アルテミシオンの戦い」という。これは地名から取られているが劇中では出てこない。その代わり敵となるエヴァ・グリーンが演じるのがアルテミシアである。はっきり言ってこの映画での一番の功労者で胸がすくような悪役ぶり。そして「アルテミシオンの戦い」の名称が彼女の名前から取られた、と言われても信じてしまいそうな強烈な印象を残した。
エヴァ・グリーンはフランスの女優さんらしくヌードになることに躊躇しない。これまでも多くヌードやベッドシーンを演じてきたが実は必ずしも彼女が映画の中で攻撃的な色気を発するのってヌードじゃなくて悪役を演じている時だったりする。「ダーク・シャドウ」の魔女役も良かったし、今回もまあヌードになってテミストクレスと激しいセックスをするシーンがあったりするがそれよりも鎧?を着て船の上で部下に発破をかけるシーンのほうが魅力的だったりする。ちなみにアルテミシアを拾って育てたペルシアの大使は前作でスパルタに赴いてレオニダスに蹴られて穴へ堕ちた人!
前作ではクセルクセスの描写が完全に人としてのそれを凌駕した怪人として描かれていて、イラン(いわゆるペルシア)あたりから抗議の声も上がったというが、それに配慮したのか否か、あるいはどうせならもっと突き抜けろ!と思ったのか分からないが、今回クセルクセスのオリジンも映像化。映画本編の10年前、マラトンの戦い(長距離徒競走マラソンの由来となったことで有名ですね)でテミストクレスの放った一矢がダレイオス1世に命中、ダレイオス1世はそれが原因で亡くなる。王子だったクセルクセスはその頃はまだ身長も容姿も普通の美青年(ロドリゴ・サントロ)だったが、父の死に打ちひしがれた。ギリシアへの遠征に消極的なクセルクセスを危ぶんだアルテミシアがクセルクセスをそそのかし、人格から肉体から徹底改造。謎の液体に浸ったクセルクセスは自らを神王と名乗るが実質アルテミシアの操り人形となるのだった。
- 改造前
- 改造後
実際クセルクセス自身はギリシア遠征に消極的だった、という説もあるらしい。ここではロドリゴ・サントロの素の姿だったクセルクセスが史実に近い感じなのだろうか。前作では人間を超越した化け物としてそれなりのカリスマを放っていたが、今回は傀儡に堕しているのはちょっと残念。僕なんか最初にロドリゴ・サントロを認知したのが前作「300」なんでむしろ「フィリップ、きみを愛してる!」で素のロドリゴ・サントロ(ジム・キャリーの恋人役)を見てびっくりしたのだった。
もいっちょクセルクセス!
ペルシア軍は海軍という都合上か前作の被征服地からかき集めた雑多な民族の多国籍軍という感じだったのに比べると服装などが統一されててちょっと小奇麗にまとまり過ぎかな。
監督はザック・スナイダーに代わりノーム・ムーロという人。ザック・スナイダーは脚本と製作を担当。「マン・オブ・スティール」と製作が重なったための監督降板だという。ザック・スナイダーは個人的にしっかり物語(と可能なら絵作りまで)を備えた原作があればその中で唯一無二な映像を作る人だとは思う。ただ、オリジナルであったり設定はあっても物語まで固定化されていない原作(要は「スーパーマン」)とかだと途端にごちゃごちゃとしてしまう。「300」はフランク・ミラー」の原作をほぼそのまま映像に移し変えたという意味で画期的だったが(その手法はほぼそのまま「ウォッチメン」に転用されている)、その意味で原作がまだきちんと出来上がっていない状態で製作は始まった本作は別の人に委ねて正解だったのかな、と思わないでもない。確かにちょっと凡庸な部分もあるんだけどね今回は。
ちなみにテミストクレスはその後陶片追放によってアテナイを追われ、なんとペルシアへ亡命する。そこで優遇されて過ごしたが、再びペルシアとギリシアが戦争になった際に指揮官となることを求められたが祖国に弓をむけるのを由としなかった彼は自決したという。
元々各ポリスは仲が悪くその中でもアテナイとスパルタは犬猿の仲だったのでこの後もいろいろ悶着を起こした挙句両ポリス共に衰退していく。ギリシアとペルシアの長年の戦争にケリが付いたのはギリシアの中でも野蛮と見られていたマケドニアのアレキサンドロス大王によってダレイオス3世が敗れてアケメネス朝ペルシアが滅んだ紀元前330年のことである*3。
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