The Spirit in the Bottle

旧「小覇王の徒然はてな別館」です。movie,comics & more…!!!

貴方の親愛なる隣人再び! アメイジング・スパイダーマン

 というわけで「アメイジングスパイダーマン」である。ご存知のようにマーベル・コミックスの看板作品「スパイダーマン」の映画化。原作は1962年に誕生。幾度かの映像化*1を経て2001年にはサム・ライミ監督によって映画化されている。その一作目から11年、シリーズ最後である「スパイダーマン3」から5年を経ての再映画化(余談だが「リブート」という言葉は個人的に響きが余り好きではなく使用したくない。また映画だけならともかく、長い原作があるのだから基準をライミ版だけに置くのはおかしい気もする)。

 例えば同じマーベルコミックス原作作品でやはりそれほど間をおかず、物語の連続しない再映画化作品にアン・リー監督作「ハルク」(2003)とルイ・レテリエ監督の「インクレディブル・ハルク」(2008)、あるいはジョナサン・ヘンズリー監督の「パニッシャー」(2004)とレクシー・アレクサンダー監督の「パニッシャー:ウォー・ゾーン」(2008)がある。これらはどちらも前作がそれほどヒットしなかったための仕切りなおしである。また、映画化における版権をマーベル・スタジオズに取り戻したことにおける再映画化という面もあるだろう。そして、この2つは「物語的には連続していない」にも関わらず、後者の作品ではそのオリジンを再び描くことをせずあっさり描写するにとどめている。それによってシリーズ一作目であるにも関わらず、アメコミ映画にありがちな「ヒーロー登場までの間が長い」という欠点を克服している。
 さて、本作「アメイジングスパイダーマン」において前シリーズに当たるサム・ライミ版はヒットしてないどころか大々ヒット作品である。なのでそれほど間が開いていないのに再び映画化する必要が有るのだろうか、という疑問もあった。実際、ギリギリまでライミ版に続く「4」なのか仕切り直しの1作目なのか分からない状態でもあった。とはいえ、人によっては10年なんてすごい前じゃん!という人もいるので(二十歳前後の人とかはそうだろうな)、この感覚は人それぞれだとは思うが。
 実際作られた「アメイジングスパイダーマン」はオリジン(スパイダーマンになるまで)をあっさり済ませるどころか、むしろより丁寧に描いている。幼少のピーターが両親により叔父夫婦に預けられるところを描き、また再び特殊な蜘蛛に噛まれ、力を得る。そして調子に乗ってチンピラ強盗を見逃した結果、自らの傲慢からベンおじさんを失う。勿論、原作ともライミ版とも違うが結構な時間をかけてどのようにしてピーターがスパイダーマンになったのかを描いていく。いやむしろ外見はスパイダーマンになっても当初はベンおじさんの復讐が目的であり、その志を復讐から犯罪者一般を相手に弱いものを力を持っている自分が守る、というのに至るまでを本作では描いているとも言える。
 先行上映で見たときはどうしてもライミ版と比べて見ている自分がいたため「テンポが悪いな」とか思っていたのだが、吹き替えで見た二回目は普通に単独作品として見れたため、そういうのを感じなかった。ライミ版を観ていて本作も観る、という人には鬱陶しい描写かも知れないが初めて見る人には問題のないテンポだと思う。
 監督はマーク・ウェブ*2(!)。監督作は「(500)日のサマー」。アクション畑でもSF畑でもないがピーターたち高校生の生活を丁寧に描いている。キャストはアンドリュー・ガーフィールドエマ・ストーン、リース・イーヴァンズの他に、ベンおじさんにマーティン・シーン、メイおばさんにサリー・フィールドというベテラン。グウェンの父親であるステーシー警部にデニス・リアリー。ベンおじさん夫婦はライミ版ではそれぞれクリフ・ロバートソンローズマリー・ハリス、ステイシー警部はジェームズ・クロムウェルが演じている。このキャスティングからも分かる通り、本作ではライミ版より全体的に配役がグッと若返っている印象がある。

ピーター・パーカー


 新しいピーター・パーカーはアンドリュー・ガーフィールド。ライミ版でピーターを演じたトビー・マグワイアに比べると蜘蛛に噛まれる前からそれなりに格好のいい美少年である。豊かな巻き毛と彫りの深い顔で、アメコミというより日本の少女漫画に出てきそうな感じ、というのは前に述べた通り。肉体的にも細身で蜘蛛に噛まれて体格が立派になった後も細マッチョという感じで、変身した後もそのスリムなフォルムはライミ版とは大分違う。コスチュームはライミ版より青みが強くなっており基本デザインは変わらないのに印象は大分違う。毎回思うんだけどスパイディのコスチュームって首のところで分割してるのにかぶると首元のラインにピッタリ沿って一体型に見えるのがよく分からない。実際はあくまで映画化用の演出なんだと思うが。ガーフィールドトビー・マグワイアと違って身体はコスチュームを着た状態でマスクを脱いでいるポーズが良く似合う。
 スパイダーマンの一番の特徴はその外見が(実はアメコミでは珍しく)フルフェイスのマスクをしていることある。顔をそのまま出していたり、少なくとも口元を露出していることが多いアメコミヒーローでは珍しい。我々はスパイダーマンと言うとスーパーマンバットマンに並ぶアメコミヒーローの代表みたいに思っているので変に思わないがアメリカンコミックスのスーパーヒーローとしては少数派なのだ*3
 90年代のアニメ版でピーターの声を担当した森川智之「とにかくスパイダーマンはひとりごとが多いよね」というようなことを言っていた。その本来無表情なマスクに反してスパイディはとにかく喋りまくる。それもほとんどは自分に語りかけるようなひとりごとだ。多分小さいころ友達いなかったんだろうなあ。ライミ版でもピーターは比較的よく喋っていたが、今度のピーターはよくしゃべる。映画ではいわゆる説明ゼリフに類するのかもしれないがそもそも原作にあるスパイディの個性なのだから構わない。これはより原作に近いと思う。
 ライミ版スパイディと原作の一番の違いは移動手段であり飛び道具であるウェブが噛まれた蜘蛛の影響で直接手首から発射されるオーガニック・ウェブであること。これはライミより先に企画に関わっていたジェームズ・キャメロンの発案で科学好きとはいえ一介の学生であるピーターが「人工蜘蛛糸発射装置ウェブシューター」を開発するというのは無理がある、ということで採用されたのだという。この設定は蜘蛛糸発射も超能力の一つということで一々説明をする必要が無いということと、(特に「スパイダーマン2」において)肉体的な能力の一つということでスパイディの精神状態を表現することに役だっている。有り体に言えば精神的に参ることでウェブを発射できなくなる=インポテンツ的な表現をしている。今作では原作同様「ウェブシューター」が採用されているがピーターが発射装置だけ自作しオズコープの人工蜘蛛糸をそのまま使用するという形になっている。

グウェン・ステーシー


 ヒーローの多分に漏れず、スパイディも過去に何人もの女性と付き合っている。ライミ版の映画では全然その辺は描かれなかったがJJJ*4の秘書であるベティ・ブラントもその一人。ほかにブラックキャットという女怪盗と付き合ったこともある。しかし、スパイダーマンの恋人と言えばまず第一にあげられるのはメリー・ジェーン・ワトソン(以下MJ)、次がグウェン・ステーシーだろう。MJはライミ版でもヒロインを務めた赤毛の女優志望。最終的にはピーターと結婚し(その後色々あって別れたりもしているが)誰もが認めるヒロインだろう。一方グウェン・ステーシーは金髪。MJ登場後にピーターが大学で知り合い、深く愛しあう。ふたりとも芯の強い部分では似ているがそれでもある意味対照的な存在だった。情熱的な赤毛のMJ*5を太陽とすればブロンドで静かに輝くグウェンは月、といったところだろうか。運命は1973年に訪れる。宿敵グリーンゴブリンに拉致されたグウェンはスパイダーマンの努力空しく命を落としてしまう。この展開は原作者スタン・リーが休暇を取っている間にその間を任されたライター、ジェリー・コンウェイが勝手にやってしまったことらしい。ヒロインの死という悲劇的な展開。しかしこの展開によってグウェン・ステーシーは永遠の存在となった。生きていたらどうなったか分からないが、もしかしたら最終的にMJに取って代わられピーターのとりとめのない過去の一分、その多大勢のヒロインの一人でしかなかったかもしれない。死者は無敵である。グウェンは死ぬことによって(そしてアメコミのキャラにしては珍しく生き返ることがない)MJの永遠のライバルであり、取って代わることの出来ない「スパイダーマン」のヒロインの座を占めることになった*6
 映画版に置いてグウェンは「スパイダーマン3」に登場している(演じているのはブライス・ダラス・ハワード)。しかしこの場合既にMJがヒロインとして確固たる地位を占めており、その存在は物語的にもピーター的にも当て馬でしか無かった。むしろグウェン的なものを感じさせるのは「スパイダーマン1」に置いてグリーン・ゴブリンに誘拐されジョージ・ワシントン・ブリッジから落とされるMJである。この展開は原作のグウェンの死をなぞっている。勿論ここではMJは無事助けられる。
 「アメイジングスパイダーマン」ではMJは登場せず、エマ・ストーンが高校の同級生としてグウェン・ステーシーを演じている。しかしMJと違ってグウェンには常に死の影がつきまとう。僕ははじめにヒロインがグウェンになると聞いてまず真っ先にその死亡シーンを思い浮かべた。同様の原作ファンも多いと思う。幸いにして本作では彼女は死ぬことは無かったが、原作同様父親のステーシー警部は死を迎えている。もしも次回作があればその時こそどうなるかわからない(まるで死を望んでいるかのようなファン心理!)。
 エマ・ストーンはとても美しく撮られていたが、個人的には「Easy A」や「スーパーバッド」における茶色〜赤毛のイメージが強いのでむしろMJにふさわしい女優である、と思っているのだが、優等生でしかし芯の強い美しい女性を上手く演じていたと思う。
 

リザード=カート・コナーズ博士


 右腕をなくし、爬虫類の再生能力に目をつけたカート・コナーズ博士は、自らを実験台に手足を再生させる血清を飲んだ。数時間後見事に右手が再生されたが博士の全身は巨大なトカゲ男、リザードとなり哺乳類を絶滅させ、爬虫類の王国を築くことを目論む!
 スパイダーマンの悪役の中でもまんまトカゲ男に変身してしまうリザードはかなり特殊な部類に入る。彼はグリーン・ゴブリンやその他の悪党のように自分の意志でヴィランになるわけではない。ジキルとハイドのように悪人に変身してしまうのだ。
 リザードに変身する、カート・コナーズ博士はライミ版のシリーズにも登場する。遅刻ばかりするピーターを時には見守り、時には厳しく突き放す大学教授として。「3」では原作ではファンタスティック・フォーのリード・リチャーズが行ったシンビオートの解明にも一役買っている。演じていたのはディラン・ベイカー。いずれシリーズが進めばリザードとしてスパイディの前に立ちはだかると誰もが期待したが残念ながらライミ版ではかなわなかった。とはいえ晴れて新シリーズでヴィランとして登場することになる。原作では比較的初期から登場するキャラで、コナーズ博士そのものは決して悪人ではない、というところが他のヴィランとは違う大きな特徴だろう。
 「アメイジングスパイダーマン」ではリース・イーヴァンズが演じ、ピーターの父親と共同研究をしていたオズコープ(ノーマン・オズボーンが会長を務める会社)の科学者として登場する。コナーズ博士はトカゲ、ピーターの父は蜘蛛とそれぞれ題材は異なるが、他の生物の特徴を人間に適応することで病気や欠損の治療に役立てようとするがピーターの父親は研究の危険性に気づき、姿を消し事故死。コナーズ博士はそのまま研究を続ける(この辺の詳しいところは続編で描かれるのだろう)。またピーターの父親の研究もそのままオズコープで研究が続けられており、ピーターを噛んだ蜘蛛もその成果。コナーズ博士はどうやらノーマン・オズボーン(劇中のセリフから察するに重い病気か何かで余命幾ばくもない)の命令で治療薬を研究しているが最後の鍵が足りない。そこにかつての共同研究者の息子であるピーターがとある方程式(実は父親の置き土産)をもたらしたことで一気に研究が進む。しかし性急な結果を求められたコナーズ博士は自分に血清を注射してしまいそしてリザードに・・・
 リザードのデザインは人間の身体にちょんとトカゲの頭が乗った原作に対し、リアルな恐竜人間という感じである。人語を発したり、再び人間に戻ることなど考えるとこのほうがあり得るのかもしれないが、ちょっと物足りない。また見た目はトカゲ人間でも白衣とズボン着用がある種のアイデンティなのだが、白衣もすぐ破けて裸になってしまうのもちょっと残念かもしれない。
 

ベンおじさんは二度死ぬ

 そのほか、先程も述べた通り、ベンおじさんにマーティン・シーン、メイおばさんにサリー・フィールドという豪華コンビ。ライミ版を観た目には「どうせならいっそ、ベンおじさんが死なない展開でも良かったんでは?」などと思ってしまうがこれが初めてのスパイダーマンという人にはやはりこの展開で良かったのだと思う。「スパイダーマン」を通して語られるテーマ「大いなる力には大いなる責任が伴う」という言葉も形を変えて彼の口から語られる。
 グウェンの父親であるステイシー警部はデニス・リアリースパイダーマンをマスクの自警者として追う。ステイシー家の食事に招かれたピーターが「スパイダーマンは悪者なんかじゃない」というがステイシー警部は「同じような容貌の奴らばかり狙っている。どうせ復讐か何かに違いない」という。実際この時点ではピーターはベンおじさんを殺した犯人(結局捕まらなかったな)だけを追っている。本当にピーターがヒーローとして目覚めるのはこのあと、橋から落ちそうになる自動車に取り残された子供を助けた時なのだ。だからこそ後半オズコープ社に向かうスパイディに子供を助けられた父親たちがクレーン車で道順を示す描写が感動的なのだ。このスパイディを手助けするニューヨーク市民という描写はライミ版にもあった。ニューヨークをホームにしているスーパーヒーローはたくさんいるがこういう描写が似合うのはスパイディだけだろう。
 そのステイシー警部も最終的にはスパイダーマンとピーターを認めるが亡くなってしまう。
 
 ピーターやグウェンの通う高校の同級生で学園のいじめっこがユージーン・”フラッシュ”トンプソンでいじめを良しとしないピーターを標的にしたりするがやがてベンおじさんを亡くしたピーターを慰めたり、「スパイダーマンの第一のファン」になったりする。この展開は原作通りなのだが、もう少し、このフラッシュの変化を描いた描写があればわかり易かったかと思う。まあ本筋からはずれることになるのだが。この高校で力を手に入れたピーターがフラッシュをやり込めるときに、一緒にいたポスターを描いていたメガネ少女がなかなか可愛い。
 
 劇中で名前だけは頻繁に登場するがその人自身は劇中では登場しないのがノーマン・オズボーンである。ライミ版一作目のグリーン・ゴブリンでオズコープ社長。今回は出てきていないが後にピーターの親友となるハリー・オズボーンの父親でもある。ラスト謎の人物が出てくるが、彼がノーマンか?それにしては劇中の描写と矛盾するが・・・続編を乞うご期待!

 実は一回目(IMAX3D、字幕版)に観たときは僕自身ライミ版と比べながら観てしまったこともあって、ちょっと低評価だったのだが、二回目(3D吹き替え)で観たときは単独作品として改めて接し、評価が変わった。これは丁寧に作られているし、後半のアクション描写も見事。ぜひ劇場に見に行って欲しいと思う。

 一部で非難轟々の日本版主題歌(日本語版ではなくて日本版であるところが残念)だがSPYAIRの曲調自体はアメコミ映画によくある感じで格好良かったと思う。ただがっつり日本語でボーカルが入ってしまうと一気にガクッとなるのも確かなのだな。そしてオリジナル版ではここにCOLDPLAYが流れる、ということでやはりそっちが良かったよ・・・とは思ってしまう。ソフトではどうなるんだろう?

 ちょっとタイトル忘れてしまったけど、これかな?全然日本版主題歌とは雰囲気違う曲だね。
 
 そうそう!今回もスタン・リー御大は登場しました。学校でスパイディとリザードが戦っている時図書館でヘッドフォンしながら本をチェックしていて、」その後ろで繰り広げられている、激闘に気づかない、というもしかしたらこれまでカメオ出演したマーベル作品の中では一番美味しい役かもしれないなあ。
Excelsior!

*1:中には提携を経て作られた東映の「スパイダーマン」も含まれる

*2:スペルはMark Webb

*3:ウルトラマンがアメリカで余り受け入れられなかった理由にその超然とした態度と喋らないことがあったという

*4:不屈のジェイ・ジョナ・ジェイムソン。次回における登場が望まれる

*5:マーベルユニバースにはもう一人、情熱的な赤毛のヒロイン、「X-MEN」のジーン・グレイが存在する。もしかしたらスタン・リーの好みの女性のタイプは赤毛なのかもしれない

*6:ジェリー・コンウェイと作画を担当したジョン・ロミータ・シニアは長いことファンからグウェンの死について責められていたという。グウェンの死を歴史的な出来事として受け入れられるには「MARVELS」の発売を待つ必要があった

重要なのはどう生きるか メガマインド

 以前テレビ東京系で放送されていた「SHOWBIZ COUNTDOWN」という番組で紹介されていて少し気になってその後忘却の彼方に去っていたのだが、日本では結局WOWOWで放送されたきりで、ソフトも出ていない状態の作品、それがドリームワークスの3DCGアニメーション「メガマインド」だ。今回id:doyさんに貸していただいて見る機会があった。ありがとうございます。

物語

悪の天才メガマインドは正義のヒーロー、メトロマンとの戦いの日々についに勝利し、メトロシティを手に入れた。しかし生き甲斐を無くしたメガマインドは新たな宿敵を作ろうとする。代わりにヒーローになったのはこれまで何度も戦いに巻き込まれてきた女性ジャーナリストロクサーヌのスタッフ、カメラマンのハル。しかしスーパーヒーロータイトンとなったハルは悪に目覚めてしまう。メガマインドはロクサーヌとともにハルに立ち向かう。

 大雑把に言って「スーパーマン」を基本にアメリカのスーパーヒーロー物のパロディ。3DCGアニメのヒーローものというとピクサーの「Mr.インクレディブル」があるがあちらは「ファンタスティック・フォー」のキャラクターで「ウォッチメン」を再現、というような感じだったが、こちらはもっと基本的なヒーロー物のフォーマットについてという感じだ。
 冒頭、落下するメガマインドがこれまでの人生を振り返る。メガマインドは崩壊する惑星から両親によって脱出させられる。この展開はまんまスーパーマン。しかしそこに同じような境遇で地球に向かうもう一機の宇宙船が。ひとつは裕福な夫婦のもとに落ちメトロマンになり、もう一人は刑務所に落ちメガマインドとなる。二人は学校で出会うがことごとく対比させられる。
 人は生まれ(遺伝)によるのか育ち(環境)によるのか。もしも桃太郎が老夫婦の元ではなく鬼ヶ島に生まれていたら?その命題を突きつける。映画「大逆転」でも大きなテーマになっている。
 悪役を主人公とした作品と言うと「宇宙猿人ゴリ*1」とか「ウィザードリー4 ワードナの逆襲」とかが思いつく。「宇宙猿人ゴリ」はアメリカでも有名な作品なのでメガマインドの子分であるコブンギョの外骨格スーツがゴリラ風なのはその辺を意識しているのかもしれない。
 メガマインドとメトロマンが学校で出会う場面は「キン肉マン」のスーパーフェニックスが苦労して幼稚園に入ったのにキン肉スグルが王家の生まれというだけで入学出来た、という場面を思い出す。
 毎回なぜか拉致される女性ジャーナリストがいるとか、メガマインドが変装するスペースパパがマーロン・ブランド演じるジョー・エル風だとか基本は「スーパーマン」なのだが他のヒーロー作品のパロディも多く、例えばメガマインドにヒーローとなるべくスーパーパワーを与えられるがそれを悪用してしまうタイトンの名前ハル・スチュアートは「グリーン・ランタン」の2代目ランタン、ハル・ジョーダンと3代目ランタン、ジョン・スチュアートの合成だろう。
 また、メガマインドが特別コスチューム「ブラックマンバ」を装着するシーンやAC/DCが流れる場面は「アイアンマン」を思わせる。
 
 パロディであるがゆえにヒーロー物の本質を鋭く描いているとも言える。卵が先か鶏が先か。よく言われる悪党と正義の味方はどちらかが先か。
ダークナイト」でジョーカーはバットマンに「お前がオレを完璧にするんだ」と言った。You Completed Me.
あるいは自覚的にヒーローと悪役を演じるにはプロ意識がないとやっていけないとか。「Mr.インクレディブル」がオブラートに包んで上手くファミリー向けとして成功してるのに対してマニアックすぎるというか先鋭的すぎるきらいはある(それはある意味社風でもあって「モンスターズ・インク」と「モンスターVSエイリアン」を比べてもよく分かる)。まあ日本での公開は難しかったかな、というのも分かる。それでも面白かったけれど。

 今回は吹き替えでの放送でメガマインドを山寺宏一が演じているが原語版ではウィル・フェレル。そしてメトロマンをブラッド・ピットが演じている。ブラッド・ピットは自身の出演作ではヒーロー物とかないけれど「キック・アス」を制作したり本作に声の出演したり実はコミックスヒーロー好きのかな。

 メガマインドに扮するウィル・フェレル

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*1:後に「宇宙猿人ゴリスペクトルマン」を経て「スペクトルマン」に題名が変わってしまう

愛アンマンとワイルドタイガー誠 愛と誠

 2012年も半年が過ぎたけれど、映画鑑賞のうち邦画*1は4本。そのうち2本が三池崇史監督作品(更にいうなら全部マンガやゲーム原作だ)というわけで、「愛と誠」鑑賞。

物語

 学生運動も下火になりつつ合った1972年、ブルジョアのお嬢様、早乙女愛は喧嘩の強い男と出会う。額にバット傷を刻んだその男こそかつて長野ののスキー場で愛を助けた「白馬の騎士」であった。しかしその白馬の騎士・太賀誠はとてつもないワルだったのだ。天使が悪魔に恋をした!
 かつての恩返しに誠を更生させるべく愛は親に頼み込み誠を自分の通う学園に通わせるが、超不良誠はすぐに退学。悪の巣窟花園実業に転校していく。後を追うように転向する愛と「きみのためなら死ねる」と愛を追う優等生岩清水弘。
 しかし、花園実業には恐怖の女番長高原由紀とその用心棒座王権太が待ち構えていたのだった!

 原作は梶原一騎原作、ながやす巧作画による劇画。この間の「ジェーン・エア」ではないが、こちらも僕が生まれる前の作品で断片的に読んだことはあるが全体としては未読。知識としてあったのは過去に映画化された際当時の新人女優がこの映画のヒロインから早乙女愛と芸名を名付けたリしたことと、「きみのためなら死ねる」という有名なセリフぐらい。
 今回、この映画化に合わせてコンビニ版の単行本が出ていたのでそれを読んだら思いの外面白くって、それで映画も駆けこむように観に行ったのだった。ただやはり1973年の作品ということで、現在とは熱量が違う。当時は真剣に捉えられていたと思われるが現在では突っ込みどころも多い。僕も面白かったけどそれは半分ギャグに近い楽しみ方だったのだ(勿論当時の読者も突っ込みながら読んでいたのかもしれないが)。だから今回三池監督が最初からギャグとして作るというのは現代の作品としてはありだと思う。
 予告編からして笑わせる気満々でコントっぽい部分も含め雰囲気としては前回観た「逆転裁判」に似てる。でも「逆転裁判」よりそのマンガ的デフォルメ、コントが物語への没入感を妨げない、ということでは上手い方向に発展してる。ミュージカル的に歌う部分もその方向性を手助けしている。
 ミュージカル的、と書いたがこれをミュージカルといってしまうのはちょっと違うかもしれない。主要キャラクターが初登場するときに自己紹介を兼ねて一曲披露する、という感じかな、と思う。太賀誠が歌う「やめろと言われてもー」で有名な西城秀樹の「激しい恋」は1974年のリリースで、主題歌ではないが西城秀樹が1974年版の映画「愛と誠」に出ていた頃にヒットした歌謡曲だ。

 主演は太賀誠に妻夫木聡。30を越えた高校生というのもどうかという意見もあるが僕個人としては悪くなかったと思う。というか高校を舞台にした物語の場合、同年齢の女子に比べて高校生の実年齢に近い役者だと子供にしか思えなくてこういう濃い物語には合わないんだよね。今期ドラマで「GTO」をちょこっと見ているが*2男子生徒が誰一人顔が覚えられない。勿論、若い人やその男子生徒役の子のファンなんかは別なんだろうけど(あと、お前の物覚えが悪くなっただけだ、という意見は謹んで受け入れます)。海外のドラマを見ていてもむしろ高校生を演じるのにふさわしいのは卒業してから10年ぐらいが勝負!だから妻夫木くん君なんて全然大丈夫だ。
 まあ、妻夫木聡という俳優には悪名高い「タイタニック」吹き替えやこれまた評判の悪い大河ドラマ天地人」などがあってあんまりいい印象は無かったのだが、今回は頑張っていたと思う。年齢は別に気にならないけれど不良を演じるには線が細いかなと思ったけれど長髪にしたそのルックスはTMネットワーク宇都宮隆を思わせるし歌もなかなかうまい。まるでバットシグナルのように刻まれた額の傷も合わせて主役にふさわしい活躍。ただ、原作では学校乗っ取りといった野望があるのだがその辺が無視されていたので、何が目的なのかさっぱり分からなかったりする。逆に虚無感というかニヒルな感じはよく出ていたが。ところで妻夫木聡の子供時代はこども店長が演じるという決まりでもあるのでしょうか?
 一方、ヒロイン早乙女愛は高校生の実年齢(原作は中学から始まるが映画では最初から高校生に)に近い武井咲。これが映画デビューということだが初っ端から特異なことやらされてますね。まだ確定ではないが、今年は彼女主演のマンガ映画を最低あともう一本は見に行く予定。彼女は「あの素晴らしい愛をもう一度」を歌うのだけど、「あの素晴らしい、アーイー」と鼻を伸ばす仕草は何か元ネタがあるのかしら。いまいちよくわからないギャグ?だった。
 関係ないが中越典子武井咲が姉妹演じるドラマを早く作ってください。お願いします!
 

この岩清水弘、君のためなら死ねる!and more...


 原作を読んでいて一番ウゼぇと思っていたキャラが名台詞「君のためなら死ねる」の発信者岩清水弘。原作でも後半はそれほどでもないのだが前半はかなり鬱陶しい。そんな岩清水弘を斎藤工が演じていて原作より更にウザさ倍増(褒めてる)。結構な怪演である。歌うのは「空に太陽がある限り」。
 座王権太には伊原剛志。原作のまるでハルクのような巨体、という設定を「おっさんに見える病気」という設定*3に置き換えて48歳の伊原剛志が演じている。でも妻夫木聡斎藤工が高校生を演じているように伊原剛志が高校生を演じたっていいじゃないか!そういう小手先のエクスキューズは男らしくないよ!ちなみに伊原剛志は1983年の「コータローまかりとおる!」で「愛と誠」の登場人物砂土谷俊(本作には登場せず)のパロディキャラクターである砂土屋俊兵を演じている。歌う曲は「オオカミ少年ケンのテーマ」(今だとガムのCMでお馴染み)。
 後は早乙女愛の両親に市村正親一青窈一青窈武井咲の母親を演じているというのはそう無理な話でもないからいいとして、この二人の歌うシーンはそれほど必要だったかなという気がしないでもない。
 個人的に一番儲け役だったのは大野いと演じる高原由紀。原作のモデルみたいな切れ味尖そうな女性と言うよりは普通にその辺にいそうな女子高生という感じだけどボソっとしゃべるのとかがかなり壺だった。「夢は夜ひらく」を歌うのもかなり良かった。とはいえ生い立ちの寸劇はもう少しあっさりが良かったか。
 後は原作以上の儲け役になってるのは安藤サクラ演じるガム子。歌うシーンもある(また会う日まで)。その他太賀誠の母親に余貴美子。完全な余談だけれどつい最近まで僕は「アマリ キミコ」だと思っていて「ヨ キミコ」だと知って驚愕したものだ。
 
 僕はそれほど昔の歌謡曲に詳しいわけではないけれど(生まれる前だし)、映画のキャラクター達が歌う60〜70年代当時の歌謡曲がイイ味付けになっていることは間違いない。故に主題歌などでがっつり現代の曲(一青窈もだけど主題歌はかりゆし58)が流れるとがっかりくる。これは「アメイジングスパイダーマン」で日本語主題歌流れた時と似ているよ。もうちょっと曲のトーンを統一、普通に当時のヒット曲(あるいはそのアレンジ)で良かったんじゃないかなあ。

愛と誠(1) (講談社漫画文庫)

愛と誠(1) (講談社漫画文庫)

映画 愛と誠 オリジナル・サウンドトラック

映画 愛と誠 オリジナル・サウンドトラック

 全体としては前作「逆転裁判」が良い方向に進化した良作だと思う。ただやっぱり原作の大ファンだったりするとちょっと違うのかなあ。
 

おまけ アベンジャーズの面々が隠し芸で演じた「愛と誠」配役

  • 早乙女愛 アイアンマン(金持ち、アイつながり)
  • 太賀誠 ソー(暴れん坊)
  • 岩清水弘 キャプテン・アメリカきみのためなら死ねる!)
  • 座王権太 ハルク(インクレディブル・座王権太)
  • 高原由紀 ブラック・ウィドー(浪の花(食塩)を追加!)
  • 砂土屋俊 ニック・フューリー(片目ですが何か?)

ホークアイ「おい!俺の出番がないぞ!」
 

*1:特撮ヒーロー物除く

*2:おひぃさまことアイドリング!!!17号三宅ひとみさんが出ておられるので

*3:映画見てる時は冗談のつもりかと思ったが、パンフ読むと本当にそういう設定のようだ

崖っぷちだよ人生は! 崖っぷちの男

 念願の「ダークナイト ライジング」まで後もうちょっとだぜ!ハッキリ言って他の映画観る気がしないぜ!とか言ってる間に7月も半ばになって、とりあえず軽めの映画を何か観ようと思って選んだのが「崖っぷちの男」。まあ人生常に崖っぷちみたいもんだしね。サム・ワーシントンが出てるという以外ほとんど前情報なし。

物語


 J・ウォーカーと名乗る男がニューヨークのルーズヴェルトホテルの見晴らしのいい部屋をとった。部屋に案内された男は念入りに指紋を消し、「無実を証明するために飛び降りる」と書いて窓の外に出る。やがて人々が気づき騒然、やってきた警察に男は「30分以内にリディア・マーサー刑事を連れてこい」と告げる。やってきたマーサー刑事は少し前に自殺の説得に失敗して警官を見殺しにしてしまったばかりだった。やってきたマーサー刑事の説得が始まる。その頃別の場所ではある計画が進行していた。果たして男の真の目的は何なのか?

 なかなかの快作でした。サム・ワーシントン演じる自殺志願(?)の男をめぐって警察やNY市民が翻弄される中、実は本当の目的は別にあって・・という話。サム・ワーシントンはその長い時間、ホテルの窓の縁のみに居場所を置いて物語は進行するけれど舞台向きのワンシチュエーション作品というのとも少し違う。映画ならでは展開だとも思う。始まって早々、男の目的が自殺ではない、ということが分かるのだが、最後の最後に実はかなり始めの方から観客も騙されていたことを知り、心地良い。
 原題は「Man on a Ledge」。翻訳かけたら「棚の上の男」と出た。古いホテルの窓の縁のことを「Ledge」と呼ぶのかな。実際は崖でも何でもないが人生行き詰まったことを表現する「崖っぷち」とかければ邦題はなかなかうまいと思う。これ、なんでも最初の脚本は10年以上前に書かれたものでシチュエーションを限定したサスペンスとしては「フォーンブース」や「セルラー」などと共通する要素があるが物語的に10年経って不況を経験したことで深みが出たと思う。実際劇中で「リーマンショック以来」という言葉が出てきたりする。


 今回キャストでびっくりしたのはエド・ハリスがすっかり痩せ&老けてしまって(ハゲはもともと)その演じたキャラクターとも相まってTVアニメ「ザ・シンプソンズ」のモンゴメリー・バーンズ社長(杜撰な管理で有名な原発の社長だ!)にしか見えなかったこと。とにかく憎たらしさ満点で直接あくどい描写が多いわけでもないのに凄い悪人に見える。
 すっかりおじいちゃんになったといえば驚いたのがウィリアム・サドラーでかつては「ダイ・ハード2」で悪役を演じ、「ショーシャンクの空に」「ミスト」などのダラボン作品のバイプレイヤー(「ビルとテッドの地獄旅行」で死神を演じたのもこの人だ!)として活躍した人。爬虫類っぽい顔つきで悪役が多かったのだが、今回はすっかりおじいちゃんになってしかもかなり美味しい役。見所。
 ワーシントンの弟は「キング・コング」「ジェーン・エア」のジェイミー・ベル。「キング・コング」ではまだ少年ぽいし、子役あがりらしく顔つきは童顔(背もそんなに高くない)。なんとなくかつてのセス・グリーンを思わせる感じ。今回はちょっとコメディ調で楽しい所も見せてくれる。

 一方女性陣はサム・ライミの「スパイダーマン」シリーズや「スリザー」などのエリザベス・バンクスがマーサー刑事を演じている。ちょっとクラシックなイメージだった「スパイダーマン」や「スリザー」に比べて現代的な女性刑事。初登場シーンもノーブラTシャツを魅せてくれる。
 ただ今回一番オススメは弟ジョーイの恋人アンジーを演じるジェネシス・ロドリゲス(すごい名前・・・)。その名の通りおそらくヒスパニック系でまるでマテ茶のCMに出てきそうな美女。金庫破りに際してかなり役立っている他、私服の他に途中で下着になり、今度はぴっちりラバースーツを着込んだり(最初からその格好でやればよかったのでは?)と素晴らしいシーンを多数披露してくれる。ミシェルとはまた違ったロドリゲス分を補充してくれる。とはいえ、多分しばらくしたらすっかり忘れて、また別の作品で出会った時には同じように「うひょー!!」って言ってそうだけど。
 とりあえず」IMF(インポッシブル・ミッション・フォース)はこの家族をエージェントとして一刻も早く雇うべき!
 後は今回感じたのはやはりニューヨークは特別だな、ということ。「スパイダーマン」シリーズでもさ散々、いざとなれば市民一体となってヒーローを応援したりするところを見せてくれるが、今回も似た感じのところがあった。最初は物見遊山で「早く翔べ!」とか囃し立てるのだが、だんだんワーシントンを英雄視し始める。「彼こそは我らの代表者、金持ちの犠牲者なのだ」と。そして最後は彼らが重要な役割を果たす。こういう展開がどうにも他の都市では想像しにくい。例えば東京の銀座あたりで同じことが起きたとしても囃し立てもしないがかと言って盛り上がりもしない気がする。
 勿論、悪徳警官もNY出身だったりするように光の面ばかりではないが、少なくとも「NYってやっぱいいよなー」と多少は思わせてくれる作品である。

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 さて、後は満を持して「ダークナイト ライジング」に備えるのみ!もう新作映画は観ない!*1とはいえ嬉しいことに一部の劇場では予習ということで「バットマン・ビギンズ」と「ダークナイト」の再上映があります、のでそれを見に行きたいと思います。特に「ダークナイト」は公開時8回か9回観に行ったけど、「ビギンズ」は劇場では一回しか見ていないのでもう一度劇場で見たい。なにげに新作ではビギンズの要素も重要なようだし、何より僕自身公開当時は結構低評価だったのに今は高評価に転じた作品。なのでもう一度見ておきたい(まあ何度も見てはいるんだけど)。
 とういわけでとりあえずまず「バットマン・ビギンズ」を見て復習しますよ。

*1:メリダ」はダークナイト後に観ます

もしも、あのアメコミ映画が連続ドラマになったら!

*.当ブログは暫くの間、「ダークナイト ライジング」及び「アベンジャーズ」翼賛体制に移行します!
 
 映画には映画の、連続ドラマには連続ドラマの良さがそれぞれあるわけですが、人気の出たドラマが映画化されるということはよくありますが、映画作品がキャストをそのままに連続ドラマ化する、というのはあんまりありません。やはり映画のほうが一点集中型の豪華主義というか、美術やVFX、キャストにしてもお金を集中できるのに対して連続ドラマはなかなかそうは行かない、というのもあるでしょう。
 YouTubeなどで僕が好きでよく見ている動画に映画のキャストを連続ドラマのオープニング風に編集した、というものがあります。本来ならありえない豪華な役者陣が毎週TVを賑やかしてくれたら!というわけですね。今回はそういうものの中から幾つか、アメコミ作品中心に紹介してみたいと思います。主に「Live Action intro」に映画のタイトルなどを付け加えて検索すると見つけやすいです。

スペクタキュラー・スパイダーマン

 
 元はTVアニメの「Spectacular Spider-Man」のオープニング。映像には現在公開中の「アメイジングスパイダーマン」(主にキャスト部分)、サム・ライミ版「スパイダーマン」シリーズ(主に特撮部分)を併用してかなりアニメの映像を再現してます。

 

ザ・バットマン



 元になったのはどちらもTVアニメ「ザ・バットマン」のオープニング。このアニメ自体は新規解釈が多すぎて僕は余り好きではないが、「バットマン・ビギンズ」「ダークナイト」をTVドラマのオープニング風にしたものの中ではこの2つが一番出来が良かったかな。しかし、こうして見ると、クリスチャン・ベールマイケル・ケインゲイリー・オールドマンモーガン・フリーマンと実は超豪華キャストなのだなあ。この面子の活躍が毎週TVで見れるとかまずありえないだろうなあ。

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X-MEN


 こちらも元ネタはアニメ「X-MEN エボリューション」を元に映画版の映像をふんだんに使っている。

 

イッツ・スモールヴィルスタイル!

 TVドラマ「ヤング・スーパーマン(原題SMALLVILLE)」はスーパーマンクラーク・ケントの若いころを描いた連続ドラマ。オープニングではRemy Zeroの「Save Me」のサビ部分に乗せてレギュラーキャストが紹介される。このオープニングはかなりインパクトが強かったのか「映画をドラマオープニングにしてみた」の原型として多く使用されたほか「HEROES/ヒーローズ」や「スーパーナチュラル/SUPERNATURAL」など別のTVシリーズの「スモールヴィルスタイル」も作られています。こちらも「smallville style」で検索すると色々見つかります。
 まずは大本の「ヤング・スーパーマン」のオープニングから。

 こちらを元に様々な作品が「スモールヴィルスタイル」となっています。まずはやはり「ヤング・スーパーマン」のキャストを元にした「ジャスティス・リーグ」(ドラマの中には別個にフラッシュ、アクアマン、サイボーグなどが出てきてグリーンアローは後半レギュラー出演する)。

 次は例によって「スパイダーマン」「バットマン」「X-MEN」と連続で。



 「スパイダーマン」はJJJやベティ・ブラントがレギュラー扱いになってるのが嬉しいですね。「バットマン」は「ヤング・スーパーマン」の原題「SMALLVILLE」にならってタイトルが「GOTHAM」になってるところがポイント。なぜかアンジェリーナ・ジョリー姐さん(キャットウーマン?)やジュード・ローまで勝手に出演してるのがご愛嬌(そういえば「ダークナイト」公開直後には続編ではジョニー・デップリドラー、アンジーのキャットウーマンが出演するなんて噂もありました)。そしてX-MENはなぜかタイトルが「X-MEN EVORUTION」になっている。
 ここまでは主にアメコミ映画を扱ってきたけれど、大ヒットシリーズ「ハリー・ポッター」も当然スモールヴィルスタイルに。

でも「ハリー・ポッター」で一番のTVオープニングはこれかな。題して「魔法戦隊ホグワーツ」。

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おまけ 1966style

 ジョエル・シュマッチャー版。

 バットマンにも長い歴史があるわけで一般に出来の悪いとされるジョエル・シュマッチャー監督による2作も例えばフランク・ミラーなどのシリアスなバットマンだと思うとあれだけど1966年のTVシリーズのリメイクだと思えば意外とイケてる、という証明(でもないか)。

 一方こちらはノーラン版を1966年のTVシリーズのオープニング風にしてしまったという異色作。これはこれで。

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蝙蝠侠:開戰時刻 バットマン・ビギンズ

 記事タイトルは中国語題から。
 念願の「ダークナイト ライジング」公開まであと僅かだけれど、アメリカでは痛ましい事件が起きてしまった。

米コロラド州 映画館で銃乱射 NHKニュース

 犯人の動機・目的(なぜこの「ダークナイト ライジング」プレミアという機会を狙ったのか、など)は解明されなければならないが、多分「映画に影響された」などと無責任なことを言う輩も出てくると思うけど、映画に影響されたとしてもそれは影響された奴が悪いのであって映画そのものには責任はない。これによって作品の評価と別のところで興行その他で影響が出ないことを祈る。またこの件で亡くなった方々のご冥福を祈らせて頂きます。

 では本題。「ダークナイト ライジング」の予習・復習ということで「バットマン・ビギンズ」を劇場で観てきたわけですよ。僕は「ダークナイト」の方は8〜9回劇場で見ているのだけれど*1、「ビギンズ」の方は劇場公開時に一回観た限り。しかも、実は公開された当時はあまり評価しておらず、その年のワースト作品として雑誌「映画秘宝」に投稿して掲載されたりしたぐらいだった。
 ところが「ダークナイト」が公開されて改めて「ビギンズ」を見直したら、これが結構面白いと思ってその後評価が好転した作品だった。勿論、自分的にも世間一般的にも公開当時酷評されながら後々評価を上げていった作品(あるいはその逆)などたくさんあるが、「ビギンズ」の場合続編である「ダークナイト」の存在によって引き上げられたような部分が珍しい気がする。
 例えば、先日公開された「アメイジングスパイダーマン」は結構、評価が両極端に分かれている。いわゆる映画ファンは「テンポが悪い」「グダグダ」などといい、アメコミファン(といってもアメコミファンの大部分は映画ファンでもあると思うが)は「丁寧な描写」という感じ。「アメイジングスパイダーマン」の場合明らかに続編を考慮して作られているので単品としてみた場合、伏線が放りっぱなしだったり物語が途中で終わっていたりする部分がある。なので「映画としてはダメ」という人も出てきているのではないだろうか。とはいえ映画には連続活劇、という側面も本来あるのでこういうシリーズ化前提の展開も悪いとはいえないと思う。後はアメコミに限らないが原作付き作品の場合も似たような評価の二分が起きるような気がするなあ。

 何度か書いているのだけれど、僕は「バットマン・ビギンズ」に関しては「ダークナイト爆弾の導火線」という評価をしている。「ダークナイト」は全編見所といってもイイ作品だ。そしてビギンズはダークナイトという大爆発を起こす爆弾についたちょっと長めの導火線なのだ。だから謂わば二時間かけて火が爆発物まで到着するのをじっと眺めているようなもの
 今回改めて劇場で観て(勿論、自宅ではブルーレイで何度も鑑賞してる)思ったのは「一本の映画だけで評価したら色々と言いたいことはあるけれど、シリーズの序章としては最高ではないか」ということ。
 例えば「ビギンズ」は前半はブルースの小さい頃に始まり、チベットでのラーズ・アル・グールと影の同盟における修行、大学生のブルースが両親を殺したジョー・チルの裁判とそれを裏で操作するカーマイン・ファルコーネに出会い己の無力感を知る、3つの時間軸が交差するいかにもクリストファー・ノーラン的な感じだが、後半は一直線になっているため、作品が前後半で分断されてる印象が強い。そのうえ、アクションをカット割りでごまかしている(ノーランがそんなにアクション描写がうまくないと言うのは認めざるをえない)部分もあったりする。そして日本人としては影の同盟のニンジャ描写や鳴り物入りで出演が喧伝された渡辺謙ラーズ・アル・グールのあっさりした死が拍子抜けに思えただろう。
 未だにビギンズのラーズ・アル・グールについてはよく分からないことがあって、あの作品では超常的な描写が極力無いので原作におけるラーズの不老不死の源である「ラザラス・ピット」が存在しない。だからラーズと言えども一度死んだら終わりなのだが、問題は誰が真のラーズ・アル・グールなのか、ということ。
 影の同盟は首領の襲名方式をとっており渡辺謙演じるラーズ・アル・グールは本物のラーズ・アル・グールだが、ブルースに倒され死亡したため生き残ったリーアム・ニーソン演じるアンリ・デュカードが次のラーズ・アル・グールを襲名したのか。あるいは元々渡辺謙は影武者であり最初からデュカードこそ真のラーズ・アル・グールだったのか。どうやら後者の方らしいが、影の同盟が有史以来世界中の出来事を裏から操ってきた、という大風呂敷にふさわしいのは前者のような気がする。
 突っ込みどころとしてはやはりラーズ達がウェインエンタープライズから強奪し、使用する「マイクロ波放射器」だろう。ゴッサムの水道に流した薬を蒸気化する役割をはたすのだが、要は水分を蒸発させる機械なわけで普通に周りにいる人間含む生物の体液も沸騰してしまいそうな気がする。

「ビギンズ」では繰り返し、「恐怖」というキーワードが出てくる。ブルースが小さいころ古い井戸に落ちてコウモリに襲われた時、父のトーマスは「彼らもブルースを恐れているから」という。そしてブルースは自分が感じた恐怖を犯罪者にも与えるべくコウモリの格好に扮する。「ダークナイト」ではジョーカーが「混沌は公平(fair)だ」というところを「恐怖(fear)」と誤訳されてしまう部分があるが(地上波放送でもそのままだったのが実に残念)、もしかしたらビギンズにおける「恐怖」の繰り返しに訳者が引きづられてしまったのではないか、という意見を見かけてなるほど。と思った。とは言え後半デュカードが「正義とは公平さ(この場合はbalanceだが)だよ」というシーンもあったりするのだが。
 誤訳といえば、ビギンズラストにジョーカーの存在が示されるが(この時点では続編製作は決まってなかったらしく、あくまでサービスらしい)「前科2犯」と出るがこれも本来は「ジョーカーが犯したとされる(逮捕されて立件されたわけではない)事件が2件」ということであっていわゆる「前科」は誤訳のようだ。
 バートン版*2では希薄でノーラン版になって強められたテーマに「バットマンは犯罪者を捕らえはしても裁きはしない」というのがある。バットマン/ブルース・ウェインは犯罪者に対する復讐という初期の動機があるがそこから脱し、犯罪そのものを憎むに至る。そして彼自身は決して殺人を行わない。勿論、劇中戦いに巻き込まれて重傷負った人はたくさんいるよね、とかラストの「殺しはしない。しかし助けもしない」てのはオイオイどうなのよ。とか思ってしまうところではあるが。でもここで徹底されてるからこそ、「ダークナイト」において、なぜジョーカーを轢き殺してしまわなかったのか。というのが理解できる。

 「ライジング」はいまだ物語そのものに関する情報は基本的にシャットアウトしているのだが、予告編から判断する限り、「ビギンズ」直系の設定も多そうでどうやらクライム・アクションとして伝奇的な要素が少なかった「ダークナイト」に比べると雰囲気的には「ビギンズ」の要素も多そうだ。「バトルシップ」の時のインタビューだと思うが一応リーアム・ニーソンも「ライジング」に出演してるようなのだな(撮影参加時間がわずか二時間で本人も「カットされなきゃいいなあ」みたいなこと言っていたので回想に近い登場だと思うが)。当然役柄はアンリ・デュカード=ラーズ・アル・グールだろう。僕は以前続編には影の同盟のブルースの兄弟弟子みたいな役柄に設定を変えてアズラエルが登場したらいいんじゃないか。と書いたことがあるが、そういえばベイン(トム・ハーディ)も原作ではかつてラーズのボディガードを努め、後継者候補の一人だったことがあるのだな。そういう意味でおそらくベインも影の同盟と関係があるのだろう。

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バットマン ビギンズ オリジナル・サウンドトラック

バットマン ビギンズ オリジナル・サウンドトラック

 最初に述べた通り、この作品は単体で観た時とシリーズ物として観た場合で(僕の場合)評価が変わる。今ではとても大好きで重要な作品だ。
 アメリカの事件で正直ケチが付いてしまったが(犯人の動機はどうやらプレミアのチケットが取れなかった腹いせ?ということらしい)、それでも今年一番重要な作品の一つであることは間違いなく心して待ちたい(可能なら先行で観に行きたいが・・・)。

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小覇王の徒然なるままにぶれぶれ!: ダークナイトもくじ
過去に書いた「ダークナイト」に関連する記事へのリンクまとめページです。旧ブログ含めたくさん書いて入るのでよろしければお読みください。

*1:旧ブログで確認したら2008年の8月・9月は8月1日に「インクレディブル・ハルク」を観て次の日に「ダークナイト」を先行公開で観て以降、ほぼ週一で「ダークナイト」は劇場に観に行ってるものの他の作品は全く見ておらず、次に劇場で観た新作が「アイアンマン」という有様だったのだなあ

*2:ビギンズ公開のこの時点ではまだ仕切り直しの一作目とは必ずしも認識されておらず1989年版の「バットマン」の前日譚と思われてたこともあった

蝙蝠侠:黒暗騎士 ダークナイト

 タイトルは前回同様、中國語題から。「ダークナイト ライジング」公開直前(無事先行公開のチケットゲットしました!)だけど、その直前ということで劇場で「ダークナイト」を観てきました。劇場公開時に7回か8回、IMAXでの再公開時に1回観ていて当然ソフトでも何回も見直しているけど、やはり劇場でやる、となれば駆けつけてしまう、そんな作品。まあ一生ものだよね。

 とはいえ、この作品については様々なところで語られているし、僕自身、何度も記事を書いたので改めて作品そのものに付いて書くことも特に無いのだが、ちょこっと。

 孤児であるブルース・ウェインには複数の父親代わりが登場する。執事のアルフレッド、警官のジム・ゴードン(映画では分からないがブルース・ティムのアニメ版ではゴードンとブルースの父親であるトーマス・ウェインは同い年という設定だった)、そしてウェイン・エンタープライズの社長で発明家でもあるルシアス・フォックス。ブルースはこれらの人たちと擬似親子関係を築きあげている。余談だが僕がもっとも理想とする両親像というのは「スパイダーマン」のベン&メイのパーカー夫妻と「スーパーマン」のジョナサン&マーサのケント夫妻なのだが、二組とも子供は実子ではないところが興味深い
 バットマンとしての活動を当初からがっつり支えるアルフレッド(故に「君が黒幕だというつもりだよ」というギャグが機能する)、ブルース=バットマンと知らないままバットマンを支えるゴードン(同時に彼は自分の家庭における良き父親でもある*1)に比べるとフォックスのスタンスははっきりしない。「ビギンズ」の途中で明らかにブルース=バットマンと気づいているがそれでもアルフレッドほど積極的に関わろうとしない。象徴的なのが香港においてフォックスがブルースに高周波のパルスを発信し反響時間で相手の建造物の構造を探査する機械の説明の際、ブルースが超音波を反射させて位置を探ることをコウモリに例え「それはちょうど、コ(ウモリ)・・」と言いかけてたところを遮って「潜水艦のようにです」と終わらせてしまうところだろう。フォックスはあえて積極的にバットマンの活動に参加しようとはしない。ある一定の距離を置いている。だからクライマックスでブルースが(香港での機械の技術を拡大応用して)ゴッサム市民の携帯電話をすべて盗聴してジョーカーの居場所を探る機械を観た時にかれはたとえバットマンの正義感でもそれは倫理に反する、と言う。このようにある意味で理想的な民主社会の人物として描かれているのがフォックスなのだ。バットマンは一度きりだとし、すべてが終わってフォックスの名前を入力すると機械は破壊される。かつてバットマンよりもデントのほうが真のヒーローだと言ったように*2ブルース=バットマン自身本音では自分ではなく民主主義と法治主義の信奉者であるフォックスこそが正義の体現者と思っているのでは無いだろうか。
 ブルースがバットマンとしての正体を現そうとした際、レイチェルとともにフォックスにも類が及ばないよう配慮しているのもその現れだろう(一方アルフレッドは一蓮托生の仲といえる)。

 もう一つはやはりジョーカーである。ジョーカーの傷の理由は劇中で彼によって二度ほど語られるが、ひとつは父親による虐待によるもの。もう一つは妻を慰めるために自分でやったというもの。明らかにどちらも嘘、その場でのつくり話なのだが*3二度の理由に左右両方の傷ということでこれを信じている人も結構な数いるようだ。ジョーカーのラストシーン、バットマンに向けて3度めの傷の理由を言えばさすがにつくり話だと分かるだろうが。
 ここからは僕の妄想。多分、ジョーカーは「ビギンズ」以前にそれほど名のしれた犯罪者では無い。おそらくギャングたちの使い走りのチンピラ。あるいはアーカムに収容されていたような少し病んでいた犯罪者だったのではないだろうか。それが「ビギンズ」のクライマックス、ナローズ島でスケアクロウの恐怖ガス(スケアクロウによってゴッサム中に撒かれ、ラーズ・アル・グールによって気化された)を吸って恐怖に震えつつもハイになったところでバットマンを目撃し「こりゃ、凄え!オレもあんな風になりたい!もう半端してられねえ!」とサクッと自分の口角に勢い良くナイフを入れてしまったんではないだろうか。この僕の妄想がどこまで製作者が想定しているジョーカーのオリジンに近いかはともかく、「ビギンズ」ラストでもゴードンの口から語られている通り、今までの組織犯罪とは別種のコスチューム姿の犯罪者とでも言うべき新種を生み出したのはほかならぬバットマンなのだ。ジョーカーの誕生はそのようにバットマンと対になっていると考えたほうが良い。
 ジョーカーの部下は若い愚連隊やアーカム出身者たち。ジョーカーはカリスマで彼らを支配する。


 さて結果として「ダークナイト」と「ダークナイト ライジング」を連続して観ることになってしまったた。2008年公開時の8月9月はずっと劇場では「ダークナイト」しか観てなかったがさすがに今年は他にも面白そうな映画もたくさん公開されるのでずっとということはないだろうけど(何と言っても8月半ばには「アベンジャーズ」がある!)、字幕で二回、吹き替えもあるようなので吹き替えで一回、最低三回は観たいですね!いよいよ明日だ!

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例によって。


ダークナイト・ライジング オリジナル・サウンドトラック

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*1:原作におけるゴードンは不倫、離婚、再婚、死別と波瀾万丈な家庭生活を送っている

*2:そのデントですらバットマンを認め、シーザーを肯定し、後にトゥーフェイスに変貌したように彼の正義感については危ういところがあった

*3:一度目の際よく見るとジョーカーの目が上を向いていて即興のつくり話だと推察できる

蝙蝠侠:黒暗騎士:黎明昇起 ダークナイト ライジング

 タイトルは三度、中國語題から。

 先行公開の初日に観てきました、「ダークナイト ライジング」。川崎のIMAXです。待ち望んでいた4年間が無駄にならなかったと思いましたね。例によって賛否両論のようですが僕にとっては大事な一本となるでしょう。
 この作品、物語的にはなるべく前情報を仕入れないで(ただし当然のことながら、シリーズ前2作は見ておいた方が良い)観に行ったほうが良いと思います。勿論これまでの作品同様、物語のたたき台になった原作のエピソードがあって、それと予告編を読みこめばある程度予想はつきますが、それでも初見で見る場合はネタバレしないほうがいいでしょう*1
 僕自身、4年前に「ダークナイト」を観た時と似た興奮が冷めやらず、物語に深く踏み込んだ感想はまだ書けそうもないし、どうせ最低もう一度見るのは決定なので今回は物語には触れず、簡単に初見の感想を書こうと思います。そういうのは「ダークナイト」の時同様二回目を観てから。
 
 とりあえず、見事な完結編でした。僕が今まで観た映画の中では「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」と並ぶ最高の完結編、または三部作の三本目でした。「王の帰還」が原作付きで、しかも最初から三部作として制作されたことを思うと、一作ごとに制作(前作のヒットを持って続編の制作が可能)された「ライジング」の出来栄えは奇跡的とさえ思えます。
 見事なのは単に「バットマン・ビギンズ」→「ダークナイト」→「ライジング」と続くというより、「ビギンズ」→「ライジング」、「ダークナイト」→「ライジング」というそれぞれの直接の続編、という感じになってたことです。
 原作の要素もふんだんに取り入れられてました。ともすれば「必ずしもバットマンでなくてもいい」とか言われた「ダークナイト」に比べるとまず間違いなく「バットマンの物語」になっています。これはストーリー原案を監督のクリストファー・ノーランとともに担当したデヴィッド・S・ゴイヤーの功績だと思いますが結果としてまず「コミックスの映画化」として成功しています。
 
 見事な完結編、最高の三部作の三本目、と書きました。この作品はあくまでこれまでシリーズを観てきた人向けです。これだけ単独で観ても正直分からないことも多いでしょう。一映画作品で観た時の評価はまた別かもしれません。矛盾はたくさんあります。突っ込みどころも多いです。でもそういう緩さも神話的でさえある。そしてこの作品は911〜現代の世界的な不況をもっともうまく表した映画だとも思いますがリアルと神話を絶妙に行き来します。

ダークナイト・ライジング オリジナル・サウンドトラック

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 現代の神話は見事伝説になりました。

*1:作品によって必ずしもネタバレによって物語が楽しめないわけでは無いけれど、この作品はネタバレしないほうが楽しめると思う